第34話 碧星乃里近郊の小戦1
碧星乃里からほど近い蜥蜴人居留地の1つ、戦士長ポーロシスの治める居留地は喧噪のただ中にあった。
「獣人如きが攻め寄せて来ただと!?生意気な!捻り潰してくれるわ!」
猪武者を地で行く戦士長ポーロシスは、その報告を配下の戦士から聞くと、傍らの大剣をひっつかんで吠えたぐった。
「戦士を集めよ!戦いだ!」
すぐさま彼の配下の鍛え上げられた戦士達が50名ばかり集まるが、その少なさにポーロシスは酷く落胆する。
盛時はこの倍以上も配下の戦士がいたのだ。
勇猛果敢、退く事を知らぬポーロシス配下の戦士も、ここ最近連日のように続く戦いで1人また1人と倒れ、徐々にその数を減らしている。
改めて戦士を招集してみると、その退勢は明らかだ。
「これだけか!?」
「戦士長……後は戦傷者だけです」
配下の戦士の言葉に一瞬絶句するポーロシス。
しかし気を取り直して強い言葉を発する。
「うぬう……では仕方あるまいっ!獣人共相手には50もおれば十分よ!行くぞ!」
そううそぶきつつも、内心は落胆しているポーロシス。
彼に残されている道はこの地で戦い続ける事だけなのだ。
かつて蜥蜴人の勇猛さを体現したような彼の攻勢の前に、エンデの森林人は為す術無く敗退した。
しかし最近は後背を月霜銃士隊と呼ばれる得体の知れない平原人の傭兵団に脅かされる一方、正面ではサラリエル族の攻勢に晒されているポーロシス。
大戦士長カッラーフの死と共に近隣居留地との連携も思うに任せず、特にラークシッタやフラーブフといった有力な戦士長とは後継を巡って主導権争いの渦中にある。
配下にあったはずの近隣の小居留地も動揺しており、また主導権争いに加わろうと分不相応な企みをする者や、ポーロシスから他の戦士長に鞍替えしようとする者、はたまたマーラバント本国へ逃げ帰ろうとする者など様々な思惑が錯綜し、とてもまとまるどころではない蜥蜴人達。
その渦中に巻き込まれながら苦々しい思いで自分達の情勢を見ていたポーロシスだったが、彼自身そういった政治工作はラークシッタやフラーブフと違って苦手な事もあり、彼らのように勢力を糾合する事も、近隣の小居留地をまとめきる事も出来ないままずるずると勢力を減退させていたのだ。
そこへ碧星乃里近郊に妙な平原人が主導して最近集まり始めたと思われる、犬獣人の一団が攻勢に出て来たという。
これまでの鬱憤を晴らす良い機会と思い定め、ポーロシスは総勢で討って出る事にしたのだ。
居留地から出ると、正面に犬獣人の集団が50名程短い槍を構えて陣を敷いている。
「奴隷の如き獣人が槍を持って戦列を敷くだと?誰の入れ知恵だ?」
動きやすそうな、それでいて頑丈そうな革の鎧に兜、それに丸盾を持って短槍を前に構えた犬獣人兵を見て、ポーロシスは即座にこれは獣人だけの仕業でない事を見破る。
今までの獣人の戦いは戦法も戦列も無縁のもので、ただ体力と腕力にものを言わせて突撃するしか能がなかったのだ。
それが鎧兜を身に付け、敵を待ち受けるなどという作戦をとれるはずが無い。
必ず誰か背後に居るはずだ。
「それ見た事か、周囲に伏兵が居るかも知れん、注意して進め!」
犬獣人の戦列の後ろに森林人弓兵と剣兵の姿を見つけ、ポーロシスは得意満面に言う。
森林人の弓兵は20余りで犬獣人の後方で弓を構えており、その左右に剣兵が10名ずつ側面を守っていた。
しかも長い金髪を緑色の鉢巻でまとめ、同じ色の肩布と革の胸当てにエルフィンボウ、左肘に丸盾を縛り付けているその装束は見覚えがある。
自分達がさんざん打ち破ったエンデの兵だ。
「ふん、負けたエンデの無能共か?今更舞い戻って何になる!獣人如きを少し調練した所で我らに勝てると思ったのか!?浅はかだな、大盾を前に出せ!」
森林人兵の最大の脅威は長い射程を誇る、性格無比な弓射攻撃だ。
しかもそれは神術によって威力を倍加されており、固い蜥蜴人戦士の鱗を打ち抜く事が出来るようにされてもいる。
敵の弓矢を無効化するべく、ポーロシスは大盾を全面に持ち出させ、その背後に戦士達を隠して前進させる。
猪武者ではあるが、短慮ではないポーロシス。
敵の威力ある攻撃にしっかりとした手段で対処して敵に肉薄し、一気に乱戦に持ち込むのが彼の得意とする戦法なのだ。
「慌てるな!ゆっくり進め!」
当然伏兵に対する備えも怠らない。
獣人兵を操っているのが森林人と分かっても、他に伏兵がいないとは限らない。
ポーロシスは岸辺にある自分達の集落から、散発的に矢が放たれ始めた森林人と獣人の混成部隊が待ち受ける森に向かって漸進を始めた。
一方、森林人と獣人の混成部隊。
その丁度犬獣人の戦列と森林人の戦列の間に伏せるようにして控えているのは、岡吉次である。
そして左右には同じように伏せている湊惣左右衛門高秀と鈴木孫三郎重之がいる。
一応周囲を警戒しているのだろう、ゆっくりと前に進み始めた蜥蜴人を見て、岡吉次は喜色を隠そうともせずに口を開く。
「よっしゃよっしゃ!わいらには気付いてへんな?」
「はっ、大盾を構えて近付いてきています」
森林人の弓兵長がその問いに答える。
「ほな、あの大盾目掛けて適度に矢をかましちゃれ。あんまり熱心に撃たんでええぞ、あくまで及び腰でこっちがびびってるように見せ掛けるんや」
「はっ!弓狙え!」
一斉にエンデの弓兵がエルフィンボウを構え、手空きの剣兵達が矢に神術の加護を与えるべく、詠唱を始めた。
しばらくして詠唱が完了し、神術が矢に付与された事を感じ取った弓兵長が息を大きく吸い込んだ。
「撃て!」
鋭い弓兵長の号令と共に、神術の加護を受けた矢が蜥蜴人戦士の構える大盾に突き立つものの、打ち抜く事は出来ずに役目を終える。
幾本かは盾の合間を抜けてリザードマン戦士に痛撃を与えるが、それだけだ。
攻撃を受けとめた蜥蜴人の歩みが速まった。
おそらく侮りの気持ちを強めたのだろう。
「ええ調子や……おい、お前らも少し槍先を動揺させえ、さっきも言うたが、怯えているように見せるんや」
「は、はい。おい、槍の穂先を揺らせ!」
今度は犬獣人兵に槍を動揺させるように命じる吉次。
その命令で犬獣人は兵長の命じるがまま、一生懸命に槍先を揺らし始めた。
その様子を見て高秀は呆れて言う。
「わざとらし過ぎるやんけ……まあええか、ここまで来たらばれへんやろう」
大盾に鋭い音と共に突き立つ森林人兵の矢。
時折鏃が大盾の裏にまで顔を覗かせるが、打ち抜く程の威力は無い。
分厚い置き盾型の大盾を貫通寸前まで射貫くのはさすがだが、それだけでは意味が無い。
蜥蜴人には何の打撃も与えられないまま、矢がむなしく大盾に突き立ち続ける。
「工夫の無い奴らめ!それだから貴様らはこの地を追われたのだ!……突撃準備!」
侮蔑の気持ちをたっぷり詰め込んだ台詞を吐くと、ポーロシスは配下の戦士達にそう命じる。
戦士達の歩みが速くなり、相互の距離が縮まる。
もうあと少しで突撃に移る距離というところで、犬獣人が槍先を激しく揺らして動揺し始めた。
その光景を見てポーロシスは勝利を確信する。
「ふん、多少調練したとは言っても所詮獣人、獣の如き反応よ!」
少し槍の揺れにわざとらしい所もあるように見受けられたが、素人に毛の生えた程度の集団であるので、それ位の動揺はあって然るべきと判断したポーロシスが突撃を命じようと大剣を振り上げた、正にその瞬間、森林人弓兵が弓を下ろし、犬獣人達の槍の歩先がぴたりと止まった。
「何?」
訝るポーロシスの前に、すっくと立ち上がる者達がいる。
犬獣人兵と森林人弓兵の間に立ち上がったその3名は、緑色や青色の不思議な鎧兜を身に付け、手には何やら棒のような物をこちらに向けて構えている。
平原人や森林人がたまに使う弩に構え方が似ているが、その形状は似て非なる物だ。
「なんだあれは?」
「戦士長……あれは、あれは噂の雷杖ではっ?」
戦士の1人が上擦った声で報告するのを聞き、ポーロシスははっと気付いた。
雷杖と呼ばれる不思議な魔道杖を用いて、大戦士長カッラーフを敢えなく討ち取ってしまった平原人の戦士団。
「ま、まさか……この部隊はただの獣人と森林人の跳ね返りではないのか!?」
そう叫んだポローシスの目の前で、爆発的な轟音と閃光、白煙が噴き上がった。




