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第32話 北部切取勝手次第

 その頃王宮では、昌長の行動について報告を受けた王が、苦虫を噛み潰したような顔で玉座の周囲を行ったり来たりしているのだった。

 やがてぴたりと歩みを止めた王に、レウンデルが尋ねる。

 その周囲にはいつもの面々、シーリーンとメゥリンクがいた。


「如何致しましょうか?」

「……その首を献上品と申している以上、無理矢理排除は出来まい。それに王都中がその物の正体を知ってしまった今、下手に手出しは出来ぬわ」


 昌長が持参したのは、此の世に比類無き武功の証、竜王の首。

 それを献上しにやって来たというのを拒む理由もないし、もし拒めば民はおろか、周辺国や月霜銃士隊に対して違和感を与えてしまう。

 そもそも月霜銃士隊はフィリーシアと共にマーラバントへの押さえとして北のカレントゥへ派遣しているということになっている。

 その者達が上げた武功を厭う理由など何処にも存在し得ないのだ。

 それでも拒めばカレントゥへの封土授与が悪意あるものだったと自ら宣言するのに等しい。


 ただでさえ大戦士長カッラーフを討ったフィリーシアらを遠隔地に派遣するという措置に対しては、他の氏族や民から疑問の声が出ていたのだ。

 王としては受け入れざるを得ないし、忌々しい事にこの武功に対して褒賞を与えなければならなくなった。

 竜王を討ってその首を持参したのに、報償も無しに言葉を掛けただけで終わらせられると考える程、王は愚かではなかった。


「重ね重ね忌々しい、レウンデル、何か適当な褒美は無いか?」

「……官爵と領地が妥当な所だと思います」

「やはりその辺が落としどころか……今回は金貨を払って終いとはいくまい。金貨だけで購うには功が大きすぎるわい。しかし平原人の傭兵などに与える領地は無い!」


 これは王の個人的な見解だ。

 ただただタゥエンドリンの王領を削りたくない、ましてや下位種族と見なしている平原人に領地を与えたくないというその思いからの発言である。

 レウンデルも思わず言葉を止めるが、少し考えてから口を開く。


「では……我が領から割き与えるのではなく、エンデの地の切り取り勝手次第という許可と、名も無き平原の開拓許可を与えては如何でしょうか?」

「ほう?許可とな?」


 シーリーンの提案に興味を示す王。

 シーリーンは王の反応に気をよくして説明を続ける。


「はい、許可であれば我々の領土は寸土も減りませんし、月霜銃士隊は開拓に割く資金と時間を浪費し、しばらくは拡張も出来ますまい。それにエンデの地は、東北と東南に未だマーラバントの者共が巣くっています。まあ既に勝手にマサナガらは領地を切り取り始めているようですが、却って好都合というもの。現状を追認するだけで済みます」

「なるほど、それであれば我が領土は削られぬ。それに蜥蜴人相手となれば、いかな月霜銃士隊といえども容易には打ち破れぬか……」

「流石に蜥蜴人も激しく抵抗致しますでしょうし、大戦士長を討ち取られたとは言え、彼らは尚武の民、すぐに後を継ぐ者が現れましょう」


 メゥリンクが補足すると、更にレウンデルが言う。


「ただし、見捨てたと思われてはなりませんので。援助は1年間に限り、資金と物資で行う事に致しましょう」

「それに……素性や思想はともかくとしても、捨てるには惜しい戦力です。取り込みの効果も狙えるかと思います」


 シーリーンが遠慮がちに付け足すと、王は一瞬顔をしかめるが思案する姿勢を見せる。

 兵を整えるには時間と金がかかる。

 しかも森林人は成長が他の人種と比べて早いとは言えず、どんどんと子供が成長して戦力の強化を進められる平原人や蜥蜴人、獣人と違って、兵士を養成するにしても一苦労なのだ。


「なるほどの……確かにあの兵数でマーラバントの蜥蜴人を阻止出来るのであれば、少しぐらい我慢しても良いか」

「では?」


 シーリーンの期待する言葉に、王は頷く。


「うむ、あまり平原人を国の組織に加えたくはないが、その程度は仕方あるまい。体制そのものに影響もないであろうしな。官爵は……そうだな、適当に傭兵隊の名前でも頭に付けて創設してやれ。騎士でもない故に、まあ奴らの好きな武人の称号でも呉れてやれば良かろう」

「では……月霜銃士爵、と?」


 メゥリンクが問うと、王は鷹揚に頷いて言った。


「意外に風雅な官爵だな、平原人にはもったいないぐらいだが、寿命の短い平原人の一代限りだ、領地持ちの最低爵位の男爵相当にしてやればよかろう」




 王宮前の広場には、人だかりが出来ており、そこに集まる森林人の民は今なお増え続けていた。

 王宮の謁見の間に入るよう要請された昌長達だったが、武装を解かないままそれを拒否して黄竜王の首と共に王宮の前の広場に陣取ってしまったのだ。

 腕組みで仁王立ちする昌長の背を頼もしそうに見つめる群衆。

 黄竜王の首をこわごわと、そして興味深そうに見る森林人の民達。

 雑賀武者達の異相に圧倒される官吏や衛士、剣兵や弓兵達。

 既に月霜銃士隊がこの広場に到着してからかなりの時間が経過している。


 しかし王は未だに姿を見せていない。


 群衆もその事を訝ってざわめき始めていた。

 昌長に付いてきた吉次達も口々に言い交わす。


「ここの王さんは余程わいらの事が嫌いなんやな」

「まあ、そうやろう。何処のモンとも知れん訳の分からん武者がいきなり現れて国を引っかき回したんや、嫌な気分にもなるわえ」


 吉次が言うと重之がそう応じた。

 そしてその言葉に,照算が言う。


「……それをどないか使いこなすんが……上のモンの役目」

「出来へん奴は仕方ないやんけ、気性っちゅうもんもある」


 重之が照算に言うと、今度は吉次が呆れを含んだ声色で応じた。


「それやったら頭領降りたらええのにな?」


 その言葉に、義昌が笑いを漏らして言う。


「そんなん、この国の事情やろうがえ、余計なお世話や言われて仕舞いや。うじうじ考えんの好きな奴はしゃあないでえ~」

「難儀ななあ。ウチの頭領みたいにすっぱり決めたらええんやいしょ」

「……それこそ気性やろう?」


 面倒だと言わんばかりの吉次の言葉に、照算がゆっくり言う。

 油断無く周囲に目を配りつつも雑談に興じる余裕のある雑賀武者達。

 昌長はその声を聞きながら笑みを漏らし、前を見据える。

 しばらくしてから、大勢の衛士がわらわらと王宮の玄関口から飛び出してきた。

 そして機敏な動きで通路の左右に整列を始め、更に昌長達との間に横隊を作って通路を遮断する。


「ふん、用心深いこっちゃ。人を信じてへんにも程があるわ」


 傍らの義昌が顔をしかめてこぼすと、昌長も言う。


「そもそもあの手合いは自分以外の者はいっこも(ちっとも)信用してへん奴が多いわ」


 剣こそ抜いていないが、衛士達が盾を構えている様子はまるでこれから戦いが始まるかのようだ。

 その後ろから、取り巻きに囲まれてしずしずと初老の男が進み出てきた。

 取り巻きの中には、苦い顔をした第3王子カフィルの姿もある。

 初老の男の衣服は、取り巻き達よりも更に豪華だ。

 鮮やかな明るい緑色に染色された豪華な絹を幾重にも織り重ね、大小の宝石をちりばめた衣服を身につけ、頭の上の豪勢な彫金が施された金製の頭鐶にも、大きな宝石がいくつも填め込まれている。

 やがて衛士隊の作る壁の手前で止まった初老の男、タゥエンドリン王は、ゆっくりと口を開いた。


「余がタゥエンドリン王、フェレアルネンである。その方が平原人傭兵隊長のマサナガであるか?」

「そのとおり、わいが的場源四郎昌長、月霜銃士隊の統領や」


 昌長は腕組みをしたまままるで見下すかのように言い放つ。

 謁見の間を使うまでも無いと言わんばかりの態度に腹を立てたのだ。

 にこやかな笑みを浮かべていた王の目が,その言葉で険しくなる。


「貴様平原人!王の御前であるぞ!臣下の礼をとれ!」

「やかましい!わいはこいつの家来とちゃうわ!」


 傲岸不遜な昌長の態度と返答に衛士隊長が怒声を上げるが、昌長は逆に一喝してその言葉を封じる。

 指差された上に、こいつ呼ばわりされた王はぴくぴくとこめかみを震わせるが、一瞬出かかった怒声を押さえ込んで口を開いた。


「よい……確かにマサナガはわしの家来ではない。今まではな」

「ほう?」

「マサナガよ、その方とその方の率いる月霜銃士隊が上げし数々の武功を認め、その方を月霜銃士爵に任じる!エンデの地を回復し、名も無き平原を切り拓くが良い!」


 高らかに宣言する王に、広場がどよめく。

 曰くある場所ではあるものの、昌長は一氏族の領地以上の領域を自由にして良いと王から認められたのだ。

 しかも森林人にしか与えられないはずの官爵付きである。

 昌長はしばし思案した後に腕組みを解いて問い返す。


「……それは名も無き平原とエンデの地の切り取りは勝手次第ちゅうことか?」

「そうじゃ、援助も一年延ばしてやろう」


 その王の言葉を聞き、昌長はにやりと笑みを浮かべた、条件としては悪くない。

 タゥエンドリンの臣下に組み込まれてしまうのは、国のしがらみの影響を受けてしまうこともあるので邪魔くさいが、遠隔の地においては意味もあるかも知れない。

 しかしそれではまだ足りない。


「マーラバントとの地も切り取り次第として貰おうかの」

「ナニっ!?」


 驚く王都周囲の臣下達。

 集まった民人は、マーラバントを征服すると言わんばかりの昌長の言葉に驚きと畏怖、期待を持って見守っている。

 その目を意識したのかどうか、王は慌てて傍らのメゥリンク達とこそこそと話す。

 しばらくしてようやく結論が出たのか、未だ腕を組んで傲岸不遜な態度のまま黄竜王の首の前に立つ昌長に引きつった笑みを浮かべて言った。


「よ、よかろう。マーラバントに対する戦端を独自で開くというのならば、我が王国は関知せぬが止めもせぬ。好きにせよ」


 タゥエンドリンとしてマーラバントとは開戦しないが、昌長がヤルならば好きにしてよいという事であるが、つまりは責任は全て昌長に帰することになる。

 旗色が悪くなれば容赦なく切り捨てることだろう。

 しかし、それこそ昌長らの望むところだ。

 初めて笑みを浮かべ、腕をといた昌長は頭を垂れると、それに雑賀武者らが合わせて頭を垂れた。


「……承知した。これより我らはタゥエンドリンの寄騎として働き申す」


 昌長が口上を述べると、背後の雑賀武者や獣人兵、森林人兵が同じように一斉に片膝をついて臣下の礼をとった。

 王はそれを見てようやく満足そうに笑みを浮かべると、ゆっくり頷いてから言う。


「存分に切り取るが良い、働きに期待しておるぞ」


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