第31話 王都への強行凱旋
黄竜王撃破。
これ以降、グランドアース各地において、月霜銃士隊と昌長を筆頭とする雑賀七銃士の武功は大いに語られるようになり、その勇名は広く知られるようになっていった。
最初に大戦士長を討ち取られたマーラバントにおいては、雷の傭兵。
武姫フィリーシアを助け、エンデの地の奪回を手がけたタゥエンドリンの王都では、北の回復者。
碧星乃里を奪回してもらった獣人達の間では、救世の平原人。
黄竜王を討った青焔山周辺の名も無き平原や宗真国では竜破。
そしてサラリエル族では、青竜王の同盟者。
特に、使者として訪れたカレントゥで黄竜の遺骸と青竜王の姿を目の当たりにしてしまったサラリエルの貴族達は、平原人を見る態度を変えざるを得なかった。
青竜王を伴って黄竜王を討ち取った事実を突きつけられ、一気に目が覚めたのだ。
これはサラリエル族全体の組織改変と意識改革を進めようとする、トリフィリシンに大いなる追い風となる。
特に森林人の民達に月霜銃士隊の武威と武功が広く知れ渡り、森林人の中に他人種に対する見方が変わった者が多くなった。
それに最も貢献したのは昌長の王都に対する電撃訪問であろう。
カレントゥへの援助が打ち切られてから2ヶ月後の王都に、突如昌長は現れたのだ。
援助打ち切りから2月後の王都オルクリアの北城門では、突如として騒ぎが持ち上がっていた。
遠方からやってくる荷馬車を伴う一団に、不審の念を抱いて注視していた森林人の衛士達は、その荷馬車を連れて現れた者達に気付いて驚愕したのだ。
視力に優れた森林人の衛士らしく、かなり遠方であるにも関わらず、はっきりその者達の正体を見る事が出来た為である。
衛士達の見たそれは、月霜銃士隊。
大きな麻布に包まれた荷物を積む荷馬車の周囲を警護している、緑色の不思議な形をした鎧兜を身につけ、雷杖を肩にもたれかけさせるように担ぐ雑賀武者達だ。
今回はそれに獣人兵や森林人剣兵と弓兵が加わっている。
慌てて臨戦態勢をとる衛士達。
すかさず応援を要請する伝令が奔った。
それと言うのも、王宮からは月霜銃士隊を準敵対勢力として対応するようにとの通知があったからである。
兵や衛士、それに大多数のタゥエンドリンの民からすれば、月霜銃士隊は窮地に陥ったフィリーシアを蜥蜴人の魔手から救い出し、獣人の里を奪還して王が本腰を入れないエンデの地の回復を進めている頼もしい傭兵団だ。
フィリーシアと月霜銃士隊が王都より遙か北東の地に向かったのも、エンデの回復の為と王から説明されている王都の民達。
彼らに月霜銃士隊を敵視する理由は何処にも無いのだ。
その命令の本質が何であるのか、あるいは何処にあるのか理解出来ないまま、衛士達は戸惑いつつも命令を果たすべく武装を整える。
一方で、王都に出入りしている商人や旅人達は月霜銃士隊に好意的な視線を向けてすれ違い、追い越して王都へとやってくる。
そしてその全員が城門で衛士達が武備を整え、殺気立っている様子を目の当たりにして戸惑うのだった。
城門に向かって来る昌長達を振り返りつつも、足早に立ち去る商人や旅人達は、それでも王都に入ると自分が見た光景をあちらこちらで話して回る。
その後方で慌ただしく動き、隊列を組んで北の城門へ向かう兵や衛士。
周囲の騒音と相まって、兵や衛士のただならぬ気配に気付いた王都の民が、話を聞きつけて興味を抱き、続々と北門周辺に集まって来る。
衛士達は民達を周辺から追い散らそうと試みるが、それを果たす前に昌長の率いている一団が城門の前に到着してしまった。
「と、止まれ!」
「おう」
焦燥感から思わず声を掛けてしまった衛士に対して鷹揚に応じたのは、言わずと知れた的場昌長だ。
一団は昌長が大きく手を上に上げると、ゆっくりと北の城門前で止まる。
件の荷馬車の周囲には、雑賀武者達の他に森林人の剣兵や弓兵、加えて獣人兵の姿もあり、皆しっかり良い武具で武装しているようだ。
呼びにやらせた応援はまだ来ていない。
それでなくとも精強で強力な力を持つ月霜銃士隊なのだ。
たとえ応援を得てからここで正面切ってやりあっても、勝てる気がしない。
もちろん今の状態で戦端を開けば、間違い無く追い散らされるのは王都の衛士や兵士達だろう。
それでも衛士は役目の為、勇気を振り絞って誰何の声を上げる。
「身分を明らかにせよ!この王都に何用か!?」
「おうさ、わいは天下に武名轟く月霜銃士隊の頭領!その名も的場源四郎昌長というもんや……用向きい?そんなもんなどとうの昔に決まっちゃあらいしょ!王様へのご機嫌伺いが為に献上品をお持ちしたんや」
昌長が戦場での名乗りの気迫そのまま、一気に口上を述べると衛士達は気圧されたように下がる。
しかし衛士達もこの王都の治安と防衛をにない、王命を受ける者達、そう簡単には引き下がれない。
誰何をした衛士が、更に勇気を振り絞って一歩前に出ると同時に尋ねる。
「あ、あれは何だ!」
昌長はその衛士の勇気と胆力に内心感心しながらも、威圧感を消す事無く言い放つ。
「何てよ……見て分からんのか?黄竜王の首やいしょ」
「く、くびっ!?」
昌長の事も無げな言葉に度肝を抜かれる森林人の兵士や衛士達。
王都の城門で歩みを止めていた昌長は、そううそぶいて後方の荷台に向かって歩み寄ると、載せられた大きな荷物に掛けられている麻布を両手で掴み、一気にはぎ取った。
たちまち現れたのは、黄竜王の怖ろしげで大きな首。
両目は潰れ、喉を射貫かれた口からは大きな舌がはみ出している。
同時に周囲の野次馬から悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う。
更にはその場から逃げ出した群衆に押し出され、首の威圧感に動揺する兵士達。
黄竜王の凄まじいまでの怨みが籠もった顔付きに、集まっていた森林人の兵士や衛士達は恐怖して昌長達から下がる。
誰何の声を上げた胆力有る衛士も、流石にこれには肝を潰してその場にへたり込んでしまった。
昌長はそんな森林人の情けない姿を見て高笑いし、衛士に近付いて問う。
「どうや?王さんはこれをば気に入ってくれるかえ?」
「はっ、な、なに?」
「ほやさけ、気に入るかどうか聞いてるんや。要らん物をば献上してもしゃあないよってになあ」
そして昌長は今度は驚愕で口をきけなくなっている衛士に対し、黄竜王の首が載せられた荷馬車を振り返りつつ指さした。
そこには牙を剥き、憎々しげな表情をした黄竜王の首だけが載せられている。
今にも動き出しそうな首を見て、衛士達は腰を抜かさんばかりに驚いているのだ。
いや、何人かは腰も抜かしている。
その頃には黄竜王が既に死んでいる事を知って一旦逃げ散った人も戻り始め、今度は興味津々に黄竜王の首を見ている。
先程逃げ散ってしまったはずだったのに、既に周囲には人だかりが出来ており、月霜銃士隊の異相と相まって、すぐにそれが黄竜王とそれを討ち取った平原人の傭兵隊、北の回復者こと月霜銃士隊と王都の者達は理解する。
因みに北の回復者という異名は、レアンティアがエンデの民を集める為に広めた、雑賀武者達の異名であることは言うまでも無い。
タゥエンドリン王は間諜やレアンティアからの報告から、月霜銃士隊の大活躍と黄竜王との一戦、更には青竜王との同盟までを既に知っている。
しかしその事実を積極的に広報する事無く、タゥエンドリンの民達には布告していない。
それというのも、昌長達の活躍や功績を苦々しく思っているからで、月霜銃士隊の名声がこれ以上高まる事を嫌ったからでもある。
しかしレアンティアの行商人を使った巧みな宣伝と、タゥエンドリンの他地方や諸外国など各地から入ってくる情報を止める事は出来ず、タゥエンドリンにおいては王だけが何の声明も出さないという奇妙な状態に陥ってしまっていた。
「入るで……おい、動かせよ」
「ま、待たれよ!」
無造作に一歩を踏み出す昌長と、その合図で動き始める荷馬車。
それを城門の衛士達が必死に引き留める。
怪訝そうに出した足を止め、理由を衛士に尋ねる昌長。
「何でとまらなあかんのや?」
「ま、まだ王の許可が出ていない……のだ?な、何を為されるっ!」
その言葉の途中、昌長は火縄銃を背中から下ろした。
昌長の行動を見て衛士の顔が青くなる。
荷馬車の護衛に就いている雑賀武者達も次々に火縄銃を構え始めると、衛士達は青ざめながらも一気に緊張を高めた。
最初に言葉を発しかけた衛士は顔が引きつってしまっている。
そんな衛士達を見ながら、昌長は周囲の行商人を指さし、怒気を含んだ声で尋ねる。
「そこの商人や旅人は一々許可とってんのか?あほらし、むちゃ言うんやったら一戦やらかしてから都へ入ってもええんやで?」
「ううっ……」
後方の雑賀武者達がガチャガチャと火縄銃を操作し、獣人兵や森林人の剣兵が剣の柄に手を掛ける。
それを見て怖気を振るった衛士達がじりじりと下がり始めた。
もちろん、彼らも剣や槍を持ち、またそれを扱う訓練は十分受けている。
加えて城門には弩弓の備えもある。
しかしながら、激しい、そして厳しい戦いをくぐり抜けてきた者だけが持つ、一種独特で特有の威圧感と気迫に呑まれてしまっているのだ。
「下がれ下郎!その身体打ち砕いちゃろかっ!」
煮え切らない衛士達を一喝し、それまで発揮されていた、なけなしの勇気をも粉砕にかかる昌長。
衛士達が下を向き、その心が完全に折れた事を確認すると、昌長は自分達に手出し出来ない衛士達を押しのけて王都の中へと入る。
昌長と衛士達の遣り取りを注意深く見守っていた、王都の住人や商人達、そして旅人達等の周囲に集まっていた人々は、昌長達の一行が動き始めると、それについて一斉に動き出した。
昌長達が王都へ入り、中央の大通りを歩き始めると、再び悲鳴とどよめきが同時に上がる。
昌長達は黄竜王の首が乗った荷馬車を王都の中央広場に置き、広く喧伝する。
その噂は瞬く間に王都中へと広まり、王都の反対側に住む者達までもが、中央広場へと繰り出してくる事態となったのだった。
 




