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第3話 名も無き草原の遭遇戦 後編

 リザードマンの国、マーラバント国戦士団50名を率いる戦士長のカッラーフは、低い丘の上に作られた土盛りに陣取る少数の平原人を見て首をかしげる。


「平原人と森林人が同盟したという話は聞いていないが……どういうことだ?」


「分かりません、見たところ平原人ではあるようですが、知られぬ部族のようです。まあ数も我らより大分少ない……どころか数人のようですし、敵とはなり得ませんでしょう」


 物知りな戦士が答えると、カッラーフは同意の意を示して鼻を鳴らした。

 カッラーフが見ても、丘の上の平原人の装束は異様に感じられたからだ。

 平原人が身につける鎧や兜とは違い、小さな金属片を組紐で綴り合わせた鎧兜。

 腰には反りのある大小の剣。

 そしてこちらに向けられている魔道杖。


「平原人の魔道杖など、我らには効果ありませんものを……」


 物知り戦士が馬鹿にしたように言うと、周囲のリザードマン戦士達もそれに同意する。

 氷礫や火玉を出す平原人の武具の一つである魔道杖は、蜥蜴人や森林人など他の人族にも広く知られているが、こと魔術耐性の強いリザードマンには効果が薄い。

 カッラーフは見知らぬ平原人の部族という事に警戒心を持ちはしたものの、確かに物知り戦士が言うように魔道丈を主武器にしている時点で脅威は無いと判断した。

 カッラーフは名も無き平原に進出してきた平原人が居るとは聞いた事が無かったし、砦のような物が築かれている事と併せて最初は驚いた。

 しかし、よく見れば居るのはごく少数の戦士のみの集団で、その様子や築かれた石積みを見るに、ここへ来たのはそう遠い時期ではなさそうだ。

 石積みそのものもかなり昔の時代に森林人の野営地であっただけの脆弱なもので、脅威とはなり得ない。

 おそらく平原人のいずこかの国を追放されたか逃げ出したかした者達だろう。

 今までもそういう者達がいたことがあるが、いずれそういった者達は周辺の他部族や自分の国からの追っ手によって滅ぼされてしまう為、長く居着いた試しはない。

 その役目を自分達リザードマンが負うのも悪くないだろう。

 それに、折角捕らえた敵国の姫をその仲間と思われる小男に奪われてもいる。

 明日には捌いて配下の戦士達に喰わせるつもりだったのだ。


「……よし、一気に踏みつぶす!折角の獲物を奪われては面目も立たぬからな」


 カッラーフの命に、リザードマン戦士達は一斉に口から息を吹き出して応じ、がしゃがしゃと自分の武器を打ち鳴らしながら丘を登り始めた。








「統領!蜥蜴人ら攻めて来よったでえ!」

「おう」


 義昌の声に昌長は鷹揚に頷くと、フィリーシアを土塁の中心へと下がらせる。

 そして自分も東側の土塁に義昌達と共に火縄銃を構えて折り敷いた。

 見ればリザードマン達は、武器や盾を振り上げながら丘を登り始めている。

 進む速度はそれ程速くないものの、大柄な蜥蜴人が一斉に丘を登ってくる姿はなかなか威圧的だ。


「よう狙え、焦んな、しっかり当てえよ」


 昌長の言葉で一斉に雑賀武者達は土塁越しに火縄銃を構え、目当てをつけ始める。

 ゆっくり、しかし確実に土塁へ迫るリザードマン。

 戦士達の鱗の1枚1枚が見える程の距離に達した所で、昌長の鋭い号令が発せられた。


「燻べちゃれ!」


 距離はまさに10間。


 轟音が丘を轟き渡り、4丁の6匁筒から白煙と閃光が迸り出る。

 先頭を歩いていたリザードマン戦士がきっちり4名撃ち倒され、戦士団に動揺が走る。

 慌てて盾を構えたリザードマン戦士達の歩みが止まった。

 その間に、昌長らは早合を使って素早く装填を済ませる。

 射撃の合間は10匁の馬上筒を2丁持つ湊高秀が埋めた。

 短めで甲高い射撃音が2発分轟き、リザードマン戦士が2名倒れる。

 その時間を活かして装填が終了した事を確認した昌長が命令を下す。


「鎧と盾の隙を狙ろうちゃれ……今やっ、ぶち込めい!」


 再び轟音が発せられ、白煙と閃光がリザードマン戦士を討ち倒す。

 雑賀武者達の狙いは極めて正確で、盾と鎧の隙間を縫って飛んだ鉛弾が4名のリザードマン戦士の身体を打ち砕いた。


「よっしゃもう一撃や!重之!盾ごと砕いちゃれ!」

「おっしゃ、えいや!」


 再度装填を終えた火縄銃を手にした昌長達は発砲を控え、昌長の号令で今度は満を持して重之が抱大筒を抱え込むようにして構えると、じっくりと粘って引き金を絞り落とした。

 野太い轟発。

 重之の放った鉛の巨玉は、先頭にいたリザードマンの構えた盾の真ん中を撃ち抜き、盾そのものを撃ち砕くと、身を守っていた戦士自身をも倒す。

 そして巨大な弾丸はその戦士を突き抜けて後方にいた戦士2人を殺め、勢いの弱まった大玉が1人を巻き込んだ。

 リザードマン陣営に更なる動揺が走る。

 そこを狙い澄ましたかのように照算の長鉄砲から長い轟音と共に発せられた鉛弾が後方のリザードマンを打ち倒し、動揺の度合いが酷くなった。

 そして再度湊高秀の短筒の発砲が轟き、2名のリザードマン戦士の命が奪われる。

 後は装填の終わったものから順次射撃に切り替えるが、盾の影に縮こまるリザードマン戦士は次々に鉛弾の餌食となっていくばかりとなる。


「うっし!一旦止めよし」


 約半分の戦士を失ったリザードマン達が混乱して右往左往し始めたのを見て取り、会心の一撃を与えた事を確信した昌長が拳を握り込む。

 昌長はしばらく攻撃を控えることにした。

 弾薬はたっぷり持ってはいるが、補給の目途が立たない以上は無駄な攻撃を控えなければならないので、これまでの打撃でリザードマン達が逃走するならそれで良いと考えたからである。







 土塁の中心で座っているよう言われたフィリーシアは、火縄銃の発した轟音と閃光、発煙に肝をつぶし、しゃがみ込むと思わず両耳を塞ぐ。

 身体が痛い程の轟音が再度轟き、リザードマン達の悲鳴が平原人より遙かに性能の良い耳に聞こえてきた事に、フィリーシアは大いに驚く。

 屈強頑健そのもののリザードマン戦士に情けない悲鳴を上げさせたのは、喰われるのを待つばかりだったフィリーシアをその戦士団から連れ出してくれた未知なる平原人の戦士。

 素性は分からないものの、その統領と思しき人物は卑しき性根を持つとは思えず、またその状況判断や小なりとは言え戦士達を統率している様子から信頼出来ると判断したフィリーシアは、その庇護下に入る事にしたのだ。

 フィリーシアはタゥエンドリン国の第10王女だが、国境付近で発生したマーラバント国との紛争に敗北し、囚われの身となったのだ。

 タゥエンドリンは決して小さな国ではないが、近年勢力を伸ばしてきた平原人の国である弘昌国とリザードマンの国であるマーラバントと国境を接するようになってからは紛争が絶えず、2正面戦争を強いられて常に劣勢にある。

 フィリーシアは弓の名手として知られ、王位継承順位が低い事もあって、王女の身でありながら部隊を率いて紛争に参加していたのだ。


 本来敵であるはずの平原人の戦士に救われたのも束の間、この戦士達はリザードマンには効果が薄い魔道杖を頼みにしているらしく、フィリーシアは再びの敗北を覚悟した。


 しかし、目の前で展開される光景は圧倒的だった。


 あれ程頑健だったリザードマン戦士団が、神術を加えた弓矢でようやく五分の戦いをしていたリザードマン達が、轟音を立てる不思議な魔道杖によって次々と撃ち倒されてゆく。

 耳を押さえながらもその光景に心を奪われ、フィリーシアは的確な指揮ぶりを見せる昌長に目を転じる。

 その視線を感じたのか、ふと振り返った昌長。

 フィリーシアと目が合うと、昌長は不敵な笑みを浮かべ、指揮へと戻る。

 広い昌長の背中を見つめ、フィリーシアは心が熱くなるの感じるのだった。




 昌長が待機を命じてリザードマン戦士団を観察している最中、混乱するリザードマン戦士団の中で、ひときわ大柄な戦士が周囲に向かって吠えかけているのが目に映った。


「あいつが大将かい……照算!」


 昌長がそう言うと同時に、射程を伸ばす為に火薬を多めにし、愛用の長銃身火縄銃へ弾を込める津田照算。

 そして、呼吸を整えてゆっくりと構えた。


「皆静かにせえ、照算が敵の大将をば撃つぞ。高秀、台になっちゃれ」


 義昌が重之らに呼びかけると、鉄砲構えの中は水を打ったように静かになった。

 湊高秀は昌長の命令に頷き、馬上筒を腰に収めると、自分の右肩に照算の長鉄砲の銃身を乗せて片膝立ちの姿勢になる。


「……有り難し」


 銃身を高秀の右肩で固定した照算が礼を述べる。

 集中が高まり、神経が研ぎ澄まされてゆく。

 今照算の中にあるのは火縄銃の照星と照門、それから敵大将の狭い額のみ。

 急速に高まる轟発の機運。

 引き金に添えられた照算の人差し指は、じわじわと力を増してゆく。


 月夜に霜の落ちるが如く。


 それは雑賀や根来の鉄砲衆の射撃の心得であり、要諦であり、信条でもある言葉。

 照算の無心となった脳裏に浮かぶ、ただ一つの文言である。


 こちん


 絞り落とすように引かれた引き金が軽やかな音を立てて鉄発条を弾き、火を点じられた火縄を把持する火挟みがことりと火皿に落ちる。


 ぱっ


 点火した口薬が小さな火花を散らして、銃身へと火を導くと、込められた黒色火薬を一瞬で撃発させた。

 凄まじい反動にも関わらず、ぴたりと据えられた銃口。

 轟音が発せられ、白煙と閃光を供に必殺の鉛玉が放たれる。

 一直線に飛んだ弾は、狙い過たずリザードマン戦士長カッラーフの額に命中し、その頭蓋を撃ち砕いた。



 額から上を吹き飛ばされたカッラーフは、表情の乏しいリザードマン特有の顔つきのまま、しかし目を僅かに見開いてゆっくりと仰向けに倒れる。


 一瞬後、リザードマン戦士は恐慌状態となって一斉に背を向け、昌長らの籠もる鉄砲構えからは爆発的な喊声が沸き起こるのだった。







 リザードマンの戦士団に圧勝した昌長率いる雑賀武者達は、戦士達の死体を丁寧に埋葬し、鉄砲構えとなっていた場所を放棄した。

 そして装備を調えて隊列を組むと、ゆっくりと東に向かって昌長を先頭に歩き出す。

 昌長の隣にはフィリーシアが居り、道案内をかねて昌長らを傭兵として雇った主としての立場を示していた。


「こっちでええんか?」

「ええ、この平原の東の森が私たちの国になります」


 鉄砲を肩に担いだ昌長が言うと、微笑みを浮かべたフィリーシアが答えた。

 周囲の警戒をしながら進む昌長達。

 しばらく進んだ所で、フィリーシアは昌長に声をかけた。


「あの、昌長様」

「なんじゃ?」

「昌長様達はもとより傭兵隊であったとおっしゃいましたが、隊の名前はあるのですか?」

「う~ん、名前なあ……」


 フィリーシアからこの世界の情勢や成り立ちの説明を受け、自分達がどうやら日の本も紀州も存在しない、異なる世界に飛ばされてしまった事をおぼろげながら理解した昌長達雑賀武者の面々。

 最初は混乱し、望郷の念や理解不能な出来事に直面した雑賀武者達は様々な問題も起こしたが、今は昌長の下、この異世界で生きていく事を決めていた。


 おそらく秀吉に攻められた紀州は無事では済むまい。


 紀伊惣国一揆も完膚無きまでに叩かれ、滅ぼされた事だろう。

 これは容易に予想出来る事態であり、昌長達も最初から秀吉軍に勝てるとは思っていなかったので、この予想を受け入れる事は比較的簡単だった。

 何の因果か異世界に隠され、故郷の壊滅を見ずに済み、五体無事で生きているのだ。


 ならばこの世界で名をなすのみ。

 ならばこの世界に紀州に負けない故郷を作り上げるのみだ。


 元来楽天的で冒険心に富んだ紀州の人間である所の昌長らはそう思いきったのである。

 差し当たっては今自分達に可能な傭兵稼業に精を出し、いずれ自分達の土地を手に入れれば良いだろう。

 そんな昌長達は、フィリーシアに隊の名前を尋ねられて思案する。

 しかしそうすぐに良い考えは浮かばない。

 ただ、今後この世界で名を成すのであれば、隊名はあった方が良いだろう。


「今決めるか……ほやけどあんまりええ考え出てけえへんな」


 昌長が言うと、照算達も頷く。

 そんな昌長達を見て、笑顔を浮かべたフィリーシアが言う。


「隊の信条などはありますか?もしくはあの不思議な魔道杖を使う呪文など、あれば参考にしてはいかがでしょう?」

「呪文、信条なあ……まあ、月夜に霜の落ちるが如く……やろな」

「そうやなあ」

「呪文っちゅうか、信条っちゅうか」


 その言葉に、昌長がつぶやくように応えると、義昌らも同意する。

 それを聞いたフィリーシアが言う。


「では月霜の傭兵隊、では如何ですか?」

「なるほど、そうやなあ……それで行くか!」


 フィリーシアの言葉に昌長が同意し、他の雑賀武者達も歓声で応じた。




 ここに異世界より転移した、不思議な戦法と戦術を使う傭兵隊が誕生したのである。

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