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第29話 竜洞にて2

「では話は決まったな」


 再び鈴の鳴るような音がアスライルスの咽から発せられ、小妖精達はそれを聞いて一斉に竜洞から飛び立つ。

 早速硫黄の採取に向かったようだ。

 しかしその中でもただ1人、他の妖精と行動を共にしない妖精がいる。


「……お前は行かんのか?」


 宗右衛門の肩に座る小妖精は、ぶっきらぼうに声を掛けられて嬉しそうにコクコクと何度も頷き、自分の座っている右肩を示して笑う。

 要するに、自分の居場所はここだと言いたいらしい。


「堪忍してくれやんかえ?」


 この宗右衛門の言葉に、少女妖精は後ろにまとめた髪が顔に当たる程激しく首を何度も左右に振る。

 宗右衛門から離れるのが相当嫌らしく、既に涙目だ。

 それに気付いた宗右衛門が困り切った風に口を開く。


「な、泣くな……分かった分かった、居ててええで」


 途端に小妖精は満面の笑みでその頬に飛びついた。


「ほ~う、宗右衛門も隅に置けやんなあ?」

「そ……そんなんちゃいますっ」


 相変わらずの困り顔だがそこはかとなく嬉しそうな宗右衛門を見た昌長のからかいに、宗右衛門は狼狽えたような微妙な顔で答えると、続いてぼそりとつぶやいた。


「……難儀や、わいの印象が変わってまいますわ」


 再び笑いが爆発する。

 結局、宗右衛門を気に入った妖精は彼の肩から離れる事は無く、そのままくっ付いて来てしまう事となったのだ。




 一頻り笑ってから困り顔の宗右衛門を横目にアスライルスが口を開いた。


「ああ、愉快だ、此所1000年で一番愉快な時間だ」

「そ、そら良かったですわ……」

「そう怒るなソウエモンよ、妖精は気に入った者に幸運をもたらすと言う。危なくなれば自分で身を守る位もするしな」


 宗右衛門を宥めるように言うと、アスライルスはにやにや人の悪い笑みを浮かべている昌長に顔を向ける。


「マサナガ、青竜王領は硫黄や鉱物の対価として此方は各種の食料を所望する」

「承知したわ……ほやけど青竜王殿は物食うんか?」


 対価については、レアンティアから食料が良いという事を聞いていたので、既に用意している。

 青竜王領が機能していた時代は、鉱物などの金属資源の対価として周辺国は食料を供給していたという話を聞いていた昌長達。

 実は当初から荷馬車1台分は全てアスライルスへの献上品となる予定だったのだ。 

 しかし100年間も飲食無しで生き存えていた青竜王や、その青竜王の気を活動源としている小妖精達に食料が必要とは思えなかった昌長は思わず聞く。


「心外な、妾とて此の世の理に加わる生き物ぞ、当然食うし出すわ……ただ地脈や日光を竜術でもって変換し、活動源と為しうるだけの事よ。妾の庇護して居る妖精達もそうだ」

「ほな別にあえて食べやんでもええんやろ?」


 アスライルスの答えに更に昌長が質問を重ねるが、アスライルスは露骨に嫌な顔をした。

 そして勢い込んだ様子で立ち上がると、竜杖を強く握りしめて言う。


「生に楽しみが無くなるではないか!美味い食物を口にしつつ美酒を飲む。此に温泉が加われば最高じゃ!マサナガは妾に生の楽しみを諦めよと言うのかっ?」

「ま、まあ、確かに食うモンや酒が旨いのはええけどな」

「であろう?……黄竜めも妾の溜め込んでおった食い物を堪能しておった様子でなあ……全く竜洞の奥にたっぷり糞を出して溜め込んでおったわ、妾の住み家に肥溜めを拵えるとは……許しがたしっ」


 その台詞を聞いた吉次が面白がるように言う。


「あの巨体やったらさぞようけ仕込んじゃあるこっちゃろうなあ?」

「全くだっ、黄竜めの糞はいかい臭くてたまらぬ。妾の厠が溢れんばかりじゃ。一応藁や草をすき込んで何かしようとした風はあったはあったが……くっさい結晶が山程出来ておったわ」


 その言葉にびくりと反応する雑賀武者達。

 急に真面目な顔になった昌長らを見て、笑みを浮かべてその話をしていたアスライルスは元より、フィリーシアやユエン達も面食らう。


「その話はほんまか?」

「あ、ああ。土や草藁を敷いて臭気避けにしようとしたみたいじゃの。竜炎で焼けば良いものを、あやつは昔から妙なところがだらしがなかったからの、溜め込んだのであろう」


 アスライルスの言葉に思わず拳を握る昌長。

 それは他の雑賀武者達も同様で、静かに、しかし力強く喜びを表現している。


「直ぐにそこへ連れてっちゃらんかっ!?」

「あ、ああ……分かった」


 昌長の勢いにのまれ、アスライルスは折角用意しようとした茶をそのままに立ち上がるのだった。


 こんもりとナニかで盛り上がった、最早穴とは言えない場所に来た昌長はその臭気に思わず顔をしかめるが、宗右衛門は喜びの声を上げてその物体に近寄った。

 アスライルスに案内された竜洞の横穴の1つの最も奥にそれはあった。

 案内してきたアスライルスは、それまでの威厳溢れる態度とは打って変わってもじもじと恥ずかしそうに下を見ながら口を開く。


「し、下の方は妾のじゃから、あまり見てくれるな……」

「左様か」


 昌長はそんなアスライルスの態度に頓着すること無くナニの山を見上げる。

 ヒカリゴケに照らされ、その表面には析出した硝石の結晶がきらめきを放っていた。

 再度喊声を上げた宗右衛門に吉次。


「これ、めちゃくちゃすごいわ!全部硝石やんか!」

「……硝石丘やな……桁違いのもんやが……」


 宗右衛門が三度叫び、照算が呆れとも感心とも取れる声を上げる。


「竜のうんこはもの凄い量やなあ……」


 山を見上げた義昌が半ば呆然として言うと、アスライルスが羞恥に顔を赤く染めながらも勢い良く振り返って抗議する。


「ひ、人の身体の形を取っている時は相応の量じゃっ」

「いや、これからも竜の身体でこれしてくれやな困るわえ」


 ナニの山を指差しながら躊躇無く言い放ってくる昌長にアスライルスが怯む。


「ううっ、無体なことを言うなマサナガっ」

「あ、あの、青竜王様も女性です。自分がしたナニの……エエ、全てではなく大半は黄竜王様の物でしょうが、一部なりとも自分のナニを人目にさらされるのは、あの、その」


 フィリーシアが必死に両手で顔を覆っているアスライルスを庇おうと言い募るが、宗右衛門と吉次は早速硝石を取り出す為にこの物体を運び出す相談をし始めている。


「とりあえず、外で作業せな臭うて敵わんわ。はよ運び出そうらえ」

「もう嫌じゃ~」


 昌長のその言葉を聞き、遂にアスライルスは顔を両手で覆ったまましゃがみ込んでしまうのだった。


 


 竜糞の搬出や硝石の採取、析出にかかる作業を渋り倒したアスライルスだったが、昌長らには必須の物質を取り出す為と言うことで総出で説得に掛かり、何とか承諾を得た。

 しかし、それには厳しい条件が付けられることになる。


「但し!搬出は認めぬっ、乙女のナニを衆目に晒すなど許せぬ!焔硝の製造とやらは妾が小妖精に行わせる故に、マサナガらには触れて貰わぬっ」

「それには同意します」

「右に同じです」

「無理でしょ」

「うん、それは嫌だよねえ……」


 アスライルスが顔を真っ赤にして言うのを聞き、フィリーシアにリエンティン、ミフィシアにユエンといった女子陣が同意する。


「でも、焔硝は危ないですよってに、わいらがやった方がええないですか?」


 宗右衛門が難色を示すが、女子陣に思い切り睨み付けられてそれ以上の主張は出来なくなった。


「おっほん、では妾の……は、妾が加工……する、故。マサナガらは手出し無用じゃ」

「まあ、あんじょう焔硝買えるんやったら、わいらは別にかまわんけどな」


 昌長の言葉に満足したのか、アスライルスはようやく笑顔に戻る。

 次いで、フィリーシアが恐る恐る言葉を発した。


「青龍王様……マサナガ様に黄竜王様の遺骸をお渡し頂けますか?」

「黄竜王の死骸なんぞ貰うてどないするんや?とてもあのままでは運べやんぞ」


 フィリーシアの言葉にアスライルスが答えるより早く昌長が言う。

 昌長としては、黄竜王の身体が持つ価値がどの様な物であれ、腐敗の始まるより前の早い段階であの巨体を埋葬してしまいたいのだ。

 しかし黄竜王の遺骸については、フィリーシアとアスライルスの間で既に話が付いている。

 フィリーシアはアスライルスに向けていた顔を昌長に向けると、静かに言う。


「マサナガ様、竜の鱗や爪、牙に骨はそれこそ国が買える程の価値があります。ですから今後マサナガ様が勢力を伸ばすのであれば、正に必須の資源です」

「まあ、それはユエンもくどい程言うてたから分かったんやけど、あの巨体やで?一体どうやって運ぶんや?ここでばらすんか?」


 アスライルスを気にしながら言う昌長。

 ユエン達の説得や説明は無事昌長に通じていたようだが、運搬手段を問われてさすがのフィリーシアも黙ってしまう。

 この青焔山で解体してしまうという方法もあるが、さすがにかつてとは言え同輩の身体を目の前で解体されて青竜王が良い気分になるはずも無く、出来ればカレントゥか碧星乃里までそのまま持ち帰りたい所である。


 しかし昌長が言うとおり、その手段が無い。


 フィリーシアが頭を抱えていると、アスライルスが静かに言う。


「運搬は妾が手を貸そう」

「どないすんのや?」


 昌長が問うと、アスライルスは薄く笑って答えた。


「忘れて貰っては困るな……妾は青竜王、本態に戻れば造作も無い事」


 尤も、今のアスライルスにとって竜身に戻る事は本意ではない。

 その理由は言わずもがな、昌長の存在だ。

 竜身を晒して昌長に万が一にでも忌避感を抱かれるのを恐れている、そんな自分の心の変化にアスライルスは薄く笑ったのだ。

 しかし、昌長はにかっと笑みを浮かべて言う。


「おう、それは助かるでえ……青竜王殿の竜の姿もさぞ勇壮であろうな!是非見てみたいわあ」


 そこには微塵も忌避感や嫌悪感は無く、純粋に竜の勇姿に期待する響きがあった。

 密かに抱いていた恐れを木っ端微塵に打ち砕く、思い掛けない昌長の言葉に、目を丸くするアスライルス。

 そして、今度は暖かな笑みを浮かべてアスライルスは笑う。


「ふふふふ……」

「どないしてん?」

「いや……ふふっ」


 昌長の問いにもしばらく答えず、口元を手で押さえて上品に、そして静かに笑い続けるアスライルス。

 その姿を見て嫌な予感しかしない者が2人。

 フィリーシアは片眉を上げ、ユエンは鼻の頭に皺を寄せる。

 しかし、表だって何かをした訳でも言う訳でもないので、2人は黙って成り行きを見守る他無かった。

 しばらくしてようやく笑い終えたアスライルスが徐に口を開く。


「いや、何も無い……そうさな、妖精達は数日も有ればあの荷馬車に満載出来る程の硫黄を集められるだろう。その、焔硝もな……妾の案内役以外は緩りと帰還すれば良い。黄竜を運ぶべき場所は何処か?」

「そうやな、碧星乃里はまだまともに商人が出入りしとらんし、母御殿にも伝手があるやもしれんよって、カレントゥ城でええやろ」

「承知した……カレントゥの城で有るなら妾も存知ておるが、下手に矢でも射掛けられては敵わんのでな、案内役はマサナガに願いたい」


 昌長の答えにそう応じながら、アスライルスは勝ち誇った笑みをフィリーシアとユエンに向けた。


「……何でしょうか?」

「むむっ?」

「ふふふ……いや何、妾とマサナガは空の旅を楽しむとしよう。お主らはゆるりと地上を来ると良いぞ?」


 思わず険しい表情のまま問う2人に対し、アスライルスは楽しそうに告げる。


「なっ!?それが目的ですかっ」

「ずるいっ!」


 相次いで抗議の声を上げるフィリーシアとユエン。

 思わず立ち上がった2人に、アスライルスは余裕たっぷりの笑みと共に言う。


「何が狡いものか、妾でなければ黄竜の遺骸は運ぶ事敵わぬ。其れに妾は遺骸を自由にする権利を他でもなく黄竜を討ち取ったマサナガにのみ許したのだ。其れ以外の者を同行しても仕方有るまい?」

「くっ」

「ううっ」


 心底悔しそうな表情を浮かべる2人をアスライルスの高笑いが包むのだった。


「お、そうであった、楽しさに感けて忘れる所であったわ」


 悔しそうな2人を余所に、一頻り笑ってからアスライルスは丸い青銅製の竜頭が装飾された留針ブローチを宗右衛門に差し出した。

 その右隅には、緑青色をした鱗の一片が埋められている。


「これは何やろか?」


 手に取った宗右衛門が裏表をしげしげと眺めながら問うと、アスライルスは表情を引き締めて答えた。


「妾から其の方らに対する細やかな感謝の印だ。同時にヨシマサらを青竜王士に叙したい。どうか受けてはくれまいか?」

「えっ?」

「……竜王士!?」


 アスライルスの言葉にフィリーシアが驚き、リエンティンが素っ頓狂な声を上げた。

 竜王士とは、竜王によってその武勲や功績を認められた者が竜王から直接叙勲される称号であり身分である。

 伝説の英雄や勇者、王や為政者が希に叙勲されることがあったぐらいで、一度にこれ程の大勢が叙されることは今まで無かった。

 竜王士はその鱗の欠片を竜王から下賜され、身分証の代わりとするのだ。

 もちろん非常に名誉なことであると同時に、竜の庇護下にある事を示すので滅多なことで害されることは無くなる。


「尤も、此も既に形骸化した権威だ。此の乱れた世でどれ程通用するか分からぬが、持って居て損は有るまい、どうか?」

「……貰うときます。おおきにありがとうございます」


 宗右衛門があっけなく留針を受け取ると、リエンティンが我に返った。


「し、失礼致した……しかし、竜王士の誕生に立ち会えるとは思ってもいませんでした」


 そんな惚けているリエンティンの様子を見てアスライルスは徐に口を開く。 


「心配要らぬぞ、お主達にも相応の礼はする。マサナガら以外の者達には全員に竜子証を交付しよう」

「えっ、私もですか?」


 フィリーシアが驚くと、アスライルスは顰め面で言葉を継ぐ。


「親との因縁が有るからと……大恩を受けた娘を冷遇すると言うのは、妾の矜持に反するのでなっ」


 アスライルスはそう言うと、小さく四角い青銅の装飾が施された板をフィリーシアとリエンティンにまず手渡した。


「あ、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「うむ、大いに感謝するが良い……お主達はマサナガ達のお陰で此を交付されるのだからな、其れを忘れるで無いぞ」


 竜子証とは、持つ者が純粋にその竜の庇護下にある事だけを示すものである。

 かつて竜がこのグランドアース世界に積極的に関与していた時代、いくつもあった竜王国の国民証のような意味合いを持つ物だ。

 竜が世情から身を退いて久しく、竜王国も今や存在しない今、意味合いはあくまでも竜と関係がある者という程度でしかないが、意味が無い訳ではなく、非常に珍しい上に名誉なことでもあるのは言を俟たない。


「本来であれば大々的に客を呼び、叙勲式を盛大に執り行う所であるがな……妾も国を散じさせて久しいし、おまけに100年間も封じられて居て其の様な事が出来兼ねる。此の様な略式で許して欲しい……しかし、せめて全員に妾手ずからに交付したい。後で呼んでくれぬか?」

「おう、下に居る子供と獣人らにも頼むで?」

「承知した。当然の事だ」

 

 昌長の言葉に、アスライルスは笑顔で応じるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 第28話の前にお話が一つ飛ばされているかもです。 (おそらくは硫黄の探索を要請するくだりです) いきなりご登場の妖精さんが散開&なついていらっしゃるので…
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