表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/107

第26話 青竜王アスライルス

 横たわる黄金色の巨体を前に昌長は竜にとどめを刺した火縄銃を肩に掛け、周囲に居た味方の者達を呼び集める。

 エルフ族の姫君フィリーシアと剣兵長リエンティン、獣人族の王に連なる里長の娘、ユエンと荷運びの獣人達、加えて道案内を最後まで勤め上げた寒村の平原人少年スウエン。 

 最後に集まったのは、黄竜王を討ち取った昌長以下6名の雑賀武者。

 昌長は全員が集まった事を確認すると、徐に口を開く。


「取り敢えずこの青焔山で悪さしちゃあったらしい竜をば討ち取った。よってこれから青竜王殿を探すことにする……スウエン」

「は、はい」


 昌長から突然指名されたスウエン少年が、びくりと身体を震わせる。

 それまでも強い傭兵達として認識はしていたが、雑賀武者達がスウエンから見て驚くべき短時間で、しかも空を飛ぶ巨大な竜を全く問題にせず討ち取ってしまった昌長達に、改めて畏怖と畏敬の念が沸いたのだ。

 スウエンは、答えを待っている昌長達に慌てて言葉を返す。


「な、なに……なんですか?」

「竜が捕まる、あるいは閉じ込められるような場所にどこぞ心当たりは無いかえ?」


 昌長の問いに、スウエンはしばらく首を捻ってうなり声を上げつつ考え込む。

 そして思い当たった様子であっと声を上げて顔を昌長に向けた。


「火口は別にあるけど、その途中に竜洞って言う横穴があるって聞いた事がある……あります」

「よっしゃ、そしたら最初に竜洞を探すで。それであかんかったら火口へ上がろうかえ」

「マサナガ様、その……先程打ち破ったのは黄竜王と名乗る竜ですが、青竜王は既に黄竜王に敗れてこの地に居ないのではありませんか?」


 昌長の指示に、フィリーシアが疑問を投げかける。

 昌長はにやりと笑みを浮かべてその疑問に答えた。


「心配無いで姫さん、青竜王殿は多分生きてるわ」

「え?」


 驚くフィリーシアに、昌長は得意げに言葉を継ぐ。


「何か理由あってババ竜に従わなあかんかったんか、それとも身動き出来へんかったんかのどっちかやろうけど、生きてはいる。あのババ竜が自分に“屈して久しい雌竜”とか抜かしちゃあったよってよ。大方無理に言い寄って袖にされてたとかちゃうか?」


 事切れた黄竜王を見下ろし、昌長が嘲るように言う。

 その予想が、特に最後の部分が余りにも突拍子の無い内容であったのでフィリーシアが絶句していると、昌長は頬を指で掻きながら口を開いた。


「ごちゃごちゃ考えるよりも、探して居てたら良し、居てへんかったら、ババ竜に殺されたか追い払われたかや。まあとにかく探そうらよ、話はそれからや」


 それにたとえ青竜王が殺されていたとしても、冷たいようだが昌長には関わりが無い。

 むしろ、この青焔山を支配していると称した黄竜王を討ったのであるから、青竜王が死んでいれば昌長がこの地の領有権を宣言しても良いのだ。

 そう思いつつ昌長は、こちらに来てしまったリエンティンらと合流し、山道を登り始めるのだった。




 山道を登り始めて程なく、昌長は大きな横穴を発見した。


 油断無く横穴の周囲に展開した雑賀武者達はしばらく中を窺う。

 ひっそりと静まりかえった洞窟と呼ぶべき横穴。

 様子を窺っていた重之と吉次が無言で頷き合い、最後に義昌が異常が無いと判断して昌長に対して頷いた。

 昌長は義昌らに頷き返すと、宗右衛門やフィリーシア、ユエン、それにリエンティンと獣人達にスウエンを伴って横穴に近付いた。


「照算、すまんけど周辺の警戒頼むわ」

「承知した……任せてくれ」


 昌長が洞穴の入り口に至ると、音と臭気を確認していたユエンに声を掛ける。


「入っても大丈夫か?」

「変な音とかはしないぞ!……ちょっと臭いけどなっ」


 ユエンが元気に答えると、フィリーシアは目を閉じて静かに手を穴の中に向かってかざす。

 その手が僅かに白く光り、数回明滅した後、フィリーシアは目を開いて言う。


「神聖で清浄な空気が漏れているのを感じます。青竜王様の座所で間違い無いかと……確かに少し臭いますが、大丈夫かと思います」

「よし、いくでえ!」


 フィリーシアの言葉に頷くと、昌長は付いて来た全員に声を掛けてからゆっくりと横穴へと入る。

 天井の高い横穴は適度に乾燥しており、地面や壁、天井も滑らかで平坦になっており、自然の造形ではないと知れる。

 しばらくすすむと、大きな広間のような空間が目の前に現れた。

 そしてその広場の中心には、大きな石柱が立てられている。


「おい……あれは何や?」


 思わず昌長が指を差して問うたのも無理は無い。

 その石柱には、長い緑青の髪を床まで垂らした美麗なうら若い人族の女が腕の先と、腰から下を裸体のまま埋め込まれていたのだ。

 背の高い、かなり大柄な女だが姿形は美しい。

 女が美しいだけに、磔にされたように石柱へ埋め込まれている姿は異様かつ醜悪で、昌長や義昌は足を止めて顔をしかめる。

 吉次や宗右衛門が周囲を警戒しながらも石柱を取り囲み、義昌が昌長の後方に位置しつつ油断無くオリハルコンの鏃を弾代わりに込めた火縄銃を石柱に向けた。


 フィリーシアとリエンティンは広場の光景を見て絶句し、ユエンや獣人達は石柱に半ば埋まった女を見て目を丸くしている。

 そんな中、昌長だけがゆっくりと石柱へと近付いた。

 女の顔は目鼻立ちの通った美麗なもので、フィリーシアに負けず劣らずの美貌である。

 頬や額の中央、それから顎下や耳元など、顔の所々に髪と同じ光沢のある緑青色の鱗が貼り付いていた。

 腕の外側や、美しい乳房の脇にも同じような鱗があるが、緩やかに胸は上下しており、血色も良い。

 昌長は女の異様な姿と酷い有様に奇異なものを感じながらも、後方のフィリーシアらに振り返って声を掛けた。


「妙な女やが……息遣いあるで、まだ生きちゃあるわ」


 その瞬間、石柱に埋められていた女の身体が僅かに動き、閉じられていた目が開く。

 そして小振りな口から涼やかな声が発せられ、古風な言い回しの言葉を紡ぎ出した。


「当然であろう、妾がこの様なちゃちな封印如きで死んで堪るものか」


 その声にさすがの昌長も驚き、慌てて石柱の女に顔を戻す。


「おっ?何やしゃべれたんか……」

「喋る事ぐらい造作無き事よ。其れより貴様、妾を妙な女と申したな?」


 髪や鱗とこれまた同じ緑青色の瞳を持つ目をすっと細め、抗議の雰囲気を込めた声で女が言う。

 しかし昌長は一向に悪びれた様子も無く言い返した。


「そらそうや、裸で石柱に埋まって張り付いちゃあったら妙に思うで?好きなんか?」

「五月蝿い!妾が好き好んでこの様な格好をしている訳なかろうっ!?」


 激高して言葉を放った女に、昌長は構えていた火縄銃を肩に担ぎ、腕を組んで問う。


「……ちゃうんか?」


 昌長の返答を聞いた女が怒りの余り涙を目にため、ぷるぷると小刻みに身体を震わせながら小さな声で言う。


「き、貴様、妾を嬲って居るのか?」


 ようやくその頃にフィリーシアとリエンティンが我に返り、慌てて昌長の下へと駆けつけた。

 そして昌長の後ろで跪く。

 昌長も不思議な威圧感と威厳を持つ女をただ者とは見ていなかったが、フィリーシアらの態度を見てようやく確信した。


「いや、失礼した青竜王殿とお見受け致すが、如何?」

「い、如何にも!如何にも!妾こそはこの青焔山の領主にして、世の理の一端を統べる七竜王が1人、青竜王アスライルスである!」


 昌長の問い掛けに勢い込んで名乗る青竜王アスライルスであったが、最後は力なくうなだれて言葉を続けた。


「……とは言っても貴様が述べたとおり、今は力の無い只の妙な女だ」




「青竜王様、初に御意を得ますフィリーシアと申します」


 昌長がどうしたものかと思案していると、うなだれた青竜王ことアスライルスに跪いたままフィリーシアが口上を述べる。

 アスライルスの身体がぴくりと振れた。

 そしてゆらゆらと頭を上げ、はたとフィリーシアを見据えて皮肉げに顔を歪めて言葉を発する。


「エルフか……其の方の気配は妾が知る者の流れを汲んでおるな?」

「現王が第10子、フィリーシア・エンデ・タゥエンドリンと申します。現在はカレントゥの地にて北東伯に封じられておりますので、お見知り置きを」


 フィリーシアの答えに、再度アスライルスがぴくりと身体を反応させる。


「ふん、フェレアルネンとエンデのレアンティアが子か……タゥエンドリン王の縁者が妾に何用か?この姿を嘲笑いに来たのか?竜玉を奪いに来たか?」

「いえ、決してその様なことは……」


 怒りの滲んだ言葉にフィリーシアは頭を一層下げて応じるが、アスライルスは怒りを爆発させた。


「失せろ!貴様らのお陰で……貴様の王の下らぬ野望のお陰で妾はせぬでも良い殺生を強いられ、挙げ句の果てに国を一つ亡ぼさざるを得ぬ事態に追い込まれた!おまけに妾が力を使い果たした隙を突いてあのスケベ黄竜が妾の身体を狙って飛来し居ったのだ!犯されそうになったのを必死に抵抗したら呪いを掛けられてこの様だ!」


 石柱に埋まった身体を捩り、アスライルスが更に怒りをぶちまける。


「エルフどもめ!大方妾の竜玉を狙っての汚い策謀であろう!渡してなどやるものか!」


 事の次第を知るリエンティンは身体を縮こまらせ、母からアスライルスとタゥエンドリンの因縁を聞かされていたフィリーシアもただひたすら頭を下げるのみである。

 竜玉は竜王や竜公と呼ばれる高位の竜が持つ宝玉で、魔道や神術の威力を高める効果があるとされている。

 また、竜玉を持つ意味は竜玉その物の力だけにあるのではない。

 保持することによって高位の竜と親密な関係を築いて秘宝を譲られたか、もしくは強力な力を持つ高位竜を斃した証となり、保持者の権威を大いに高めるのである。

 いわば竜のお墨付きを貰うようなものだ。

 レアンティアから説明されて昌長達も一応の経緯を知ってはいたが、この一連の出来事の根は深いようだ。


「手の込んだ事に妾を油断させようと最初に同盟を持ち掛けて来おって!むざむざと乗ってしまった自分の愚かさが嘆かわしいわ!」


 アスライルスの言葉を要約すれば、周辺諸国との争いを望んでいなかったアスライルスは積極的に善隣外交を繰り広げ、南の丙正国や弘昌国、東南のタゥエンドリン、東のマーラバントなどとは交渉を持っていた。

 竜は味方にすれば頼もしさにおいて他に勝るものは無く、また敵に回せばこれ程強力な敵も居ない。

 多くの、そして強力な竜を利用しようと各国は鎬を削り、争いが生じる。

 時にはアスライルスを倒して名声を得ようとする輩や竜玉を狙って来る者も居たが、概ね国としての思惑から竜に対して各国は融和的であった。

 ただ、ほとんどの竜が人と積極的な関わりを持つことはなく、むしろ孤立主義的だったがアスライルスだけは違ったのである。


 彼女は文化に興味を持ち、その諸文化を創った各種人族に興味を持った。


 故に各国との交流を求め、欲したのである。


 強大な力を持つ竜が突然諸国と交流を持ちたいと言ったところで、最初はなかなか信用もされなかったのだが、徐々にアスライルスの趣味なども周知され、順調に交流が深まっていたところだったのだ。

 しかしそんなアスライルスの性格と思考に対して密かに目を付け、付け入る隙があると見た者が居た。

 それがフィリーシアの父である現王で、旧名をフェレアルネンと言う森林人の王となった人物である。


 竜には毒が効かないし、森林人の神術もいまいち効果が薄い上に、平原人の魔道杖はもっとだめだ。


 なので幾ら出歩く事が多いアスライルスとは言え暗殺は無理。

 だったら軍勢で攻め滅ぼせば良い、その為のオリハルコンぐらいは用意しよう。

 そう言う思惑で始まった謀略は予想以上に周辺国の政情を混乱させて発展し、最後は平原人の国が1つ滅びる結果となった。

 それも亡ぼした本人のアスライルスが望まない滅亡であり、本来復讐すべきタゥエンドリンに達する前に、フェレアルネンからアスライルスの弱体化を知らされた黄竜王ガラルネイドスが来襲し、アスライルスは敗北する。


「妾を幾重にも填めおって!彼奴だけは許さぬぞ!森林人共も妾が領地から失せろ!」

「まあ落ち着け、青竜王殿」


 フィリーシアらに一通り罵声を浴びせていたアスライルスの息が切れたのを見計らい、昌長が言葉を挟むと、アスライルスは興味深げな視線を昌長に向けながら言う。


「貴様はただの無礼者かと思えば、一応の礼を弁えて居るようだな……しかし平原人か?変わった装束だ」


 そしてその後ろで未だ跪いたままのフィリーシアとリエンティンに、忌々しげな視線を向けつつ言葉を継ぐ。


「貴様、付き合う相手を能く吟味せねばならぬぞ?貴様とこのエルフ共がどの様な関係か知らぬが、此奴らは陰謀と暗躍、虚言と虚飾、詐偽と裏切りに凝った連中だ。付き合い自体あまりお勧めはせぬな」

「そ、それは……」

「黙れエルフ、妾はこの平原人の士と話をして居る」


 フィリーシアが堪りかねて口を挟もうとするが、アスライルスがぴしゃりと遮った。

 昌長はそんな2人の様子を見て大笑いすると、徐に口を開く。


「青竜王殿、そのいましめは解けやんのか?」


 昌長の質問に、アスライルスは自分の身体を情けなさそうに眺め回してから自嘲の笑みを浮かべて答えた。


「死んでも嫌だが妾が黄竜を受け入れて彼奴に犯されるか……もしくは黄竜めが死ねば程なく解けるであろうよ。彼奴め、妾の身体を欲する余り他の竜に妾が奪われぬよう呪いで妾を人に変えたばかりかこの石柱に埋め込みおったのだ……重ね重ね悔しい、あの無駄な戦いさえ無ければ黄竜ごときに後れなど取らなかったものを……」


 ぶちぶちと愚痴をこぼし始めたアスライルスを面白そうに見てから、昌長は徐にその身体へと手を掛けた。

 両肩を持たれたアスライルスが諦めた表情で言葉を継ぐ。


「貴様、何をする積もりか知らぬが、無駄な事だ……ぞ、お!?」


 しかしその途中でアスライルスは驚きから言葉を途切れさせた。

 昌長が身体を自分の方へ引っ張ると、ずるずると石柱からアスライルスがほとんど抵抗なく引っ張り出されたのだ。


「は?え……ええっ?」


 石柱から引き出され、昌長の胸に倒れ込むアスライルス。

 すっかり全身を引っ張り出されたアスライルスは素っ裸で昌長の胸に抱かれた姿勢のまま、驚きと混乱の表情で目を丸くしている。


「おう、言い忘れてたわえ。あのきちゃない黄土色の竜はわいらが討ち取った」

「はっ?」

「何や、感覚とかで分かれへんかったんか?」


 慌てて自分の顔を見てくるアスライルスへ笑顔を向けて答える昌長。

 信じられない物を見る目をしているアスライルスへ、昌長は自分の外套を掛けてやりながら言葉を継ぐ。


「何やったら外へ見に行くか?まだ死体はあると思うで」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=221566141&size=300
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ