第24話 鏃拾いと登山
寒村を出発して1日後、古戦場後
名も無き平原の果ての近く。
近くに青焔山の裾野が広がり、正面にはその青焔山の孤峰がそびえ立つ平野。
そこでは現在発掘作業が行われていた。
6人の雑賀武者に、10人の獣人が土を掘り返しては何かを探している。
寒村からやって来た子供達は雑賀武者や獣人達から呼ばれる度に笊や木桶を持って走り回り、小さな物を幾つも預かっては近くを流れている小川へと向かい、そこで受け取った物を洗って泥や土を落としている。
ミフィシアとリエンティンはそんな子供達が持ってきた物を鑑定し、選り分けている。
その前の地面に広げられた天幕には、幾つもの青い円錐形をした小さな金属が並べられていた。
薄く青い色に光るのは、希少金属オリハルコン特有の光沢。
昌長達はかつてこの地で戦い、敗れて全滅した丙正国の軍が使用したというオリハルコンの鏃を発掘しているのである。
「またあったぞマサナガ!」
ユエンが嬉しそうに泥だらけの手を振り回す。
その近くでフィリーシアが黙々と鋤を使って土を掘り返していた。
実は先程から鏃を見つけているのはユエンばかりであり、フィリーシアはようやく2つと言ったところだ。
「おう、ようやったで。子供らに渡して洗うて貰え」
昌長も鏃を2つ、近くに居た子供を呼び止めてその木桶に放り込み、鋤を一旦地面に突き立てながら、頬についた土を袖で拭ってから応じる。
その間に寒村で道案内として付けられた子供の1人が、笊を持ってユエンの所へやって来た。
「しっかり頼んだぞ?」
「はい、猫のお姉ちゃん」
泥まみれなオリハルコンの鏃を笊に2つばかり放り込まれた子供が嬉しそうに応じる。
その中に、更に2つの鏃が放り込まれた。
「私のもお願いしますね」
「分かりました、エルフのお姉ちゃん」
そう言って駆け出す子供を微笑んで見送るフィリーシアに、意地悪さを多分に含んだ声が掛かった。
「ふふん、やっと2つか?」
「ええ、これからもっと見つけますからっ、今はこれで良いのです」
胸を反らして言うユエンは、既に10個以上の鏃を見つけ出しているのだが、その隣で穴を掘っているフィリーシアはようやく今の2つ。
「鑑定に回った方が良いのじゃないか?」
嘲るようなユエンの言葉に、美しい顔を土で汚したフィリーシアは、作業を再開しつつ悔しそうに言う。
「……鑑定役は2人もいれば十分です。私はマサナガ様の近くで……あ、あった!」
「役に立っているのは私の方だからなっ、忘れるなよっ」
ぽろぽろと5つほどの鏃を見つけ、嬉しそうに土まみれのそれを取り出したフィリーシアに、危機感を持ったユエンが捨て台詞を吐いて負けじと作業を再開する。
そんな牧歌的な光景が、寒々しい平原の果てでしばらく続くのだった。
その日の夕方、昌長は自分の火縄銃にオリハルコンで出来た円錐形の鏃を鉛弾の代わりに込めていた。
鏃の形は雑賀武者もたまに使用する椎の実型の物に近く、また6匁筒の口径よりも若干小さい物ならば使用に耐え得ると判断した昌長。
既に半日掛けて500個近いオリハルコン製の鏃を見つけ出していた一行。
長い年月で割れたり欠けたりしている物も少しあったが、概ねは神秘の金属と呼ばれるだけあって無傷である。
昌長達は土にまみれたそれらを洗って乾かし、試射を行うべく集まったのだ。
「ほなやるで」
昌長がそう言って照星と照門を合わせて狙いを定める。
その先にあるのは、大きな岩だ。
跳弾が生じると危ないので、周辺に人がいない事を確認している。
昌長の引き金に掛かった指が、静かに落とされた。
轟音が轟き、白煙と閃光が銃口からほとばしり出る。
そして……
がちんという硬質な音と共に、昌長が狙いを定めていた岩へ到達する鏃。
跳弾は無い。
オリハルコン製の鏃は大岩の硬度を物ともせず、その正面に大きな穴を穿って突き通ったのだ。
「実験は成功やな!」
紫煙たなびく火縄銃を立てた昌長が嬉しそうに言うと、雑賀武者達が一斉に頷き、獣人達が喜んではねる。
「やったなマサナガ!」
「見通しが立ちましたね」
「おう、いよいよの竜退治や!」
近寄ってきたユエンとフィリーシアに男臭い笑顔を向けた昌長はそう答えた。
「それで……どういう風にすんのや?」
「まずは話し合いや。それで硫黄が手に入れば良し、あかんかったら……戦う他無いやろう、幸いにもオリハルコンたらゆうやつの鏃はわいらの鉄砲で使えるよってな……しかもえらい威力や。石砕けたんやし、竜の鱗も撃ち抜けるやろ?」
義昌が尋ねると、昌長は飄々と応じる。
オリハルコンの鏃の存在は半信半疑であったが、確かにそれは使用されようとした物であり、確かに此の世に存在する物であったのだ。
しかも形状や大きさも誂えたように火縄銃にぴったりと来ている。
火薬との相性も問題無さそうだというのは、試射の結果はっきりしている。
「竜退治に使用される武器はほぼ全てオリハルコン製です。竜の鱗を貫いたという実績もありますから大丈夫だと思います」
更にフィリーシアの語る所によれば過去にも竜と対決した国や英雄がおり、そこで使用されたのはオリハルコン製の武器防具であったとのことである。
「竜には魔道や神術はほとんど効かない。固い武器で貫くしか倒す方法が無いのさ」
フィリーシアの言葉を受けて剣兵長のリエンティンが言うと、ミフィシアも言葉を継いだ。
「私たちの弓を使えば、オリハルコン製の鏃で十分竜の鱗を貫けると思います……とはいえ、あくまで矢を射る時間と空間があり、尚且つ当たればの話しではありますが……」
「矢をば射る前に、兵士は竜に焼かれてしもたんやな……」
「そういうこっちゃ、弓では無理やろうな」
重之の言葉に昌長は頷いた。
発掘作業で出土するのは炭化した木や溶けて固まった金属。
金属は大半が元の形が何であったか分からないような有様で、武具や防具であったことは分かるのだが、それを持っていた人物も、その他の持ち物も分からない。
辛うじて分かるのはオリハルコンの鏃が大量に発見された場所が、弓兵のいた場所であっただろうと言う事のみである。
それも発射された形跡が無い。
使用されているのであれば、もう少しあちこちに分散して、それこそばらばらに出ても良さそうなものだが、大半が固まって出てくるのだ。
この出土状況が意味するのは……
「戦闘に入る間もなく焼き払われたんやろな……竜はやっぱり凄いで」
昌長が再度発した言葉にフィリーシアと両兵長が神妙な顔で頷き、ユエンも不安そうに見る。
「明日、青焔山に向かう……雑賀武者は弾薬装填の上で火縄には火を点じとけ。油断すんな、ほやけど話し合いをするつもりで行くで」
青焔山の麓に到着した昌長一行は、寒村で引き渡された子供達の1人、一番年嵩で昌長に道案内の可否を問われ、しっかりと返答したスウエン少年を先頭にゆっくりと山を登り始めた。
リエンティンとミフィシアの指揮で獣人達を驢馬と荷物、それから他の子供達の護衛に回して拠点を設けさせ、昌長はユエンとフィリーシアを伴い雑賀武者を率いて山を登る。
雑賀武者達の持つ火縄銃には既に火薬とオリハルコンの鏃が装填されており、ゆらゆらと火を点じた火縄を腰の火縄入れから覗かせながらの登山だ。
ようやく中腹まで達した所で、小休止をとるべく傾斜の緩い場所を探し始めた昌長達だったが、孤峰である青焔山にはなかなかそういう場所が無い。
薄靄の立ちこめる中、苦労して見つけた平坦地に向かって移動する途中、転がっている大きな石を迂回しながら昌長が漏らした。
「なかなか厳しい傾斜やな」
「独立した山だからね、他に道はないよ……です」
昌長の言葉に、案内役のスウエンがそう言いつつゆっくりと先導する。
「お前はここまで来た事はあるんか?」
「ここまで来た事は無い……です。でも、近くまでなら……山道も見た事あるし」
昌長の問いに歯切れ悪く答えるスウエン。
しかし昌長はその頭をくしゃくしゃと乱暴に撫で回し、笑いながら言葉を継ぐ。
「気遣い無いわえ。ここまで案内出来たんやから、十分や」
古戦場跡への案内を問題無く果たし、今また青焔山の山裾まで淀みなく案内をしてくれたスウエンを労いながら昌長はそのままスウエンを後ろへと下げる。
そして腰の竹製の火縄筒から火縄を取り出して火縄挟へと装着した。
「え?」
「下がっとけえ……変なん来るで」




