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第23話 青焔山の麓の村にて

カレントゥ城出発から2日後の夕方、名も無き平原の村


 寒村。

 その言葉が正に当てはまるような寂れた村に、昌長達は到着していた。

 かつてはタゥエンドリンのエンデ族地域の中で人族の村として存在した村。

 しかし今は誰の支配も受けない代わりに誰の庇護も受けられない、悲惨な村と成り果ててしまったこの村に、昌長率いる一行が到着した。


 昌長の一行は総勢16名。


 糧秣や水を詰め込んだ荷馬車を3台引き連れ、まずは昌長ら異相の平原人兵士が6名、奇妙な魔道杖を持って付き従っている。

 その他に森林人の美姫フィリーシアにミフィシアとリエンティンの両兵長と、ユエンら獣人の荷運び要員が併せて10名に驢馬が5頭。

 フィリーシアは碧星乃里から付き添ってくれた兵を連れて行こうとしたのだが、ミフィシアとリエンティンがどうしても自分達が付いて行くと申し出て後に引かなかったので、レアンティアの取りなしもあった事から彼女たちが同行している。


 村人達は南からやって来たこの一向に畏怖の眼差しを向け、早々に家へと逃げ込んでしまった。

 破れた柵に囲まれた泥と藁で造られた村の家々は見るからに貧しく、外に広がる畑も粗末な物で野獣や盗賊に度々襲われているであろう事が容易に予想できる有様である。


「こりゃえらいとこやの、よう警戒せな荷物持って行かれるで」

「ああ、警戒の手法はお前に任せるわ。分宿させへんようにして、荷馬車をば村の外へ出して天幕を張れ……わいは姫さんとユエン連れて村長と話しして来るよって」

「おう」


 しかめ面で発せられた義昌の言葉を受けて昌長が指示を出すと、義昌はすぐに返事を残して獣人と驢馬を誘導し始めた。

 それを見送ってから昌長は傍らに居るユエンとフィリーシアに声を掛ける。


「姫さんとユエンは聞いてのとおりや、わいと一緒に村長に話し付けに行くで」

「分かったぞ!」

「承知致しました」



「あんたらは一体何者だ」


 村長の家らしき建物にたどり着いた昌長とユエン、フィリーシア。

 昌長がその木造の破れ扉を叩くと、扉は開かれずに警戒心が溢れんばかりに盛られた声が聞こえてきた。


「わいらはカレントゥ城主の的場源四郎昌長という者や」

「……」


 昌長は苦笑しつつその答えを伝えるが、扉は開かれない。

 それどころか中で複数の人間が集まる物音が聞こえてきた。


「不穏やなあ」

「マサナガ、少なくとも中には男が5人と女が2人いるぞ」


 耳をぴくぴくさせながらユエンが腰の短刀に手をやって警戒を促すと、フィリーシアも少し下がって弓を構えて矢をいつでも抜けるように手を背に回す。

 昌長はそんな2人を頼もしげに見遣ると、再度扉を叩きながら声を掛けた。


「何を警戒することがあるんや?わいらはこの村に今日一晩の滞在許可と道案内要員の供出を頼みたいだけなんや」

「……村に宿泊するというのか?」


 少し間があってから昌長の言葉に回答があった。

 未だ警戒を解いた様子は無いものの、話をする気にはなったらしい。


「そうやない、村の外にある広場をば間借りするだけや、ええか?」

「それは構わない……好きにしろ」


 突き放す様な言葉。

 しかし昌長はめげずにフィリーシアを手招きしてから口を開いた。


「そうか……ほなそろそろ顔見せてくれへんか?」

「私はタゥエンドリンのフィリーシアと申します。この方は私の協力者で、新たにカレントゥ城に封ぜられた領主です」


 フィリーシアが声を掛けたことで、扉の隙間から目だけが覗いた。

 そしてすぐに目が引っ込むと、扉の向こうでひそひそと話し合う声が漏れ聞こえた後、しばらくしてからゆっくりと扉が開かれた。

 その中にいたのは貧しさを体現したかのようなはげ上がった頭とやつれた顔、薄汚れた衣服を身に纏い、ぎらぎらと目だけを光らせた男達が居た。

 全員が平原人で、酷く打ちのめされた様子もうかがえるがその理由は分からない。


 寒村での生活に疲れたのか、それとも他に理由があるのか、とにかく彼らは酷く疲れていた。


「わしがこの見捨てられた村の長だ。この辺りは色んな盗賊が多くてな、悪かった……タゥエンドリンの関係者であるなら……まあ信用しよう」


 後方に居るフィリーシアを見て村長であると名乗った男が昌長達を家の中へと招いた。

 中は外より若干ましと言った程度。

 それでも一応椅子らしき物に座り、応対を受ける昌長達。


「それで……こんなわしらに何のようだ?何をしに来た?」

「道案内を頼みたい、かつての丙正国と竜王が戦った場所、それからその竜王の住む青焔山までや。概ねは分かっちゃあるが、詳しい道を知りたいんや」


 村長の質問に昌長が答える。

 村長は昌長の言葉を聞いて少し眉をひそめた。


「何をするつもりだ?」

「竜退治」


 ずばりそのものをにかりと笑みを浮かべて答えた昌長を見て、村長達は凍り付いたように動かなくなった。








 とっぷり夜も暮れた寒村の道を3人が歩く。

 結局色よい返事はもらえず、交渉は長引いたが無駄なものとなった。


「何や、意気地が無いのう……別にこの村がやられる訳やないのになあ」

「仕方ないぞマサナガ!マサナガみたいに勇気のある奴ばかりじゃない」

「それでも一応村人の希望者を募ってくれると言う事ですから……一晩待ちましょう」


 昌長が首を捻りながら言うとユエンがその鎧の背を叩いて元気付けるように言い、フィリーシアが取りなすように言葉を継ぐ。

 一応明日には断るか受け入れるかの返事をくれるということだが、望みは薄いといえるだろう。

 そんな会話を交わす3人の前に、村の外に展開された天幕が見えてきた。


「まあ、しゃあないな~明日までゆっくり休むか」

「そうだなっマサナガ、一緒に休もうっ」


 両手を上に上げてあくびをしながら言う昌長に、ユエンがそう言いつつ飛びついた。

 しかしすかさずフィリーシアが横からその襟を掴んで引き剥がす。


「ダメですよユエンさん、私たちと一緒に休みましょう」

「いやだっ」


 ぎゃいぎゃいと騒ぎつつ歩く2人を後ろに、昌長は笑いながら義昌や宗右衛門らが待つ天幕へと先に向かうのだった。




 翌朝、村長が昌長らの休む天幕に幼い子供達を連れてやって来た。


「昨日の話、受ける事にした……ついてはこの子らが道案内をする」


 10代も前半と見える男の子と女の子が5名ずつ、村長に背を押されてやって来た。

 呼び出された昌長はその様子を見てぴくりと頬を引き攣らせた。


「村長よ、口減らししたいんやったらはっきりそう言えや」

「む、ぐ……子供達は連れて行って貰って構わん!加えて、み、道案内の報酬として荷馬車にある食糧を幾ばくか分けて貰いたいのじゃ」


 昌長の怒気をはらんだ言葉に、村長は僅かに怯んだものの要求を押し通す。

 目敏くもやはり昌長達の持ってきた食糧に目を付けていたようで、報酬として金銭ではなく食糧を要求してきた。

 それだけ村の食糧事情が悪いのだろうが、それにしても全滅することを予想している集団に子供を差し出すというのはいただけない。

 そもそも道案内は1人で良いのだ。

 これでは本当に口減らし以外に考えられない。

 しかし昌長は敢えて問うた。


「きっちり案内出来るんやろな?」

「そ、それは心配ない……です!この周辺は庭みたいなものだ……ですからっ」


 自分の意図を見抜かれ、動揺している村長に代わって答えたのは、年嵩の少年。

 強い意志を感じさせる瞳が意味するのは、自分で進んで口減らしの為、傭兵隊の要請に応じたというところだろう。


「なら構へん。他にもやって貰う作業もあるし、ええ人数やないか?」

「食い扶持増えたのに、食糧渡すてどないよ……」


 義昌が呆れて言うが、食糧はある事情から多めに用意しているので、少しぐらい村に渡した所で支障が出ることは無い。

 ユエンに指示して獣人達が保存用の小麦煎餅の包みと、乾燥果物の樽を3つずつ荷馬車から降ろして村長が連れてきた村人達に渡す昌長。

 タゥエンドリンで造られた保存食であれば、平原人の国では高値で取引される。

 このまま村で食べるのか、それとも別の場所で転売して対価で安い食糧を大量に手に入れるのか分からないが、それなりの報酬であろう。

 その開いた空間に子供達を乗せるべく獣人達に整理させていると、フィリーシアが困った様子で昌長に話しかけてきた。


「……子供を連れて行くのですか?」

「ここにおっても早晩何か理由つけてか、騙されるかして売られてしまうだけやろ……まあ、くれるて言うんやさけ、貰うといちゃれよ」


 昌長の言葉にフィリーシアは初めて嫌悪感を抱いた。

 奴隷に手を出して欲しくない一心で、フィリーシアは言葉を継ぐ。


「危険です」

「まあそうは言うても、その危険な一行に子供預けたんはその親とこの村やで?」


 忠告の言葉でもって昌長の行動を止めようとしたフィリーシアだったが、昌長にそう一蹴されて黙ってしまう。

 一方の昌長はフィリーシアが食い下がったことに気を悪くした様子も無く、子供1人1人の目を見たり、手を触ったり、背中や腰つきを手で確かめつつ、うんうんと頷いている。

 そして全員の確認が終わると、獣人達に言いつけて先程確保した荷馬車の空間へ子供達を乗せさせる。

 それを見てフィリーシアが唇を噛んだ。

 そもそも奴隷やそれに近い者達はグランドアースの世界に多数存在している。


 こういう形で引き取られるのはまだましな方かも知れないのだ。

 天幕をたたませて出発準備を指示しに立ち去る昌長の背を見送り、フィリーシアが複雑な表情で居ると、雑賀武者の1人で抱大筒を持つ鈴木重之が近付いてきて言う。


「心配せんでもええて姫さん……頭領はこの子らを鉄砲放ちにするつもりや。あの年頃から訓練したらええ腕になるで。なあ吉次」

「おう、エエ鉄砲放ちになるでえ!」

「え?」


 重之の言葉と、朗らかに答える吉次を見て目を丸くするフィリーシア。

 それだけ言って立ち去ってしまった重之らに質問し損ね、慌てて近くに居た津田照算に問い糾すフィリーシア。


「先程のお話しは本当ですか?」

「まあ……間違いないやろな……統領、子供らの手やら目やら見て……具合と塩梅をば確認しとったしな」


 吉次らと同じ内容を重々しく答える照算の言葉を聞き、フィリーシアは安堵する。

 存在を知ってはいても、そしてそれがどうしようも無い社会的な制度と秩序、要求の上に成り立っているものである事を理解していても納得はしていないフィリーシア。

 特に平原人の国では他人種の奴隷が多く、奴隷獲得の為だけの戦争も度々起こっている。

 弘昌国がタゥエンドリンの西国境を度々侵しているのも、容姿端麗な森林人の奴隷を得る為なのだ。

 多数の罪無き森林人が奴隷商人と結託した平原人の国家に連れ去られている現状。


 たとえ平原人であったとしても、幼い子供が奴隷として扱われる姿は見たくないと考えていたフィリーシアは、昌長の考えを知り、昌長が奴隷商売に手を染めるつもりが無いと分かって安心したのだ。

 その安心しているフィリーシアから離れつつ、照算がぽつりとつぶやく。


「まあ、今回は……やけどな……姫さんが人買いをば嫌うとる言うのが分かっただけでも……ええわ」


 そもそも戦国のならいとして乱取り、人攫いは戦勝者の権利として許されていた面があり、もちろん昌長らも戦場で徴発などの作戦行動としての物も含めて行った事がある。

 そして攫ってきた者は、戦場に着いてきている商人に売り渡したり、身代金を要求して親族に引き渡したりするのだ。

 雑賀武者は傭兵である事が多く、既に報酬は約束されているので余り頻繁には行わないが、それでも半奴隷として人間を扱うことはあった。

 今回はたまたま利発そうな子供達で、根性もありそうだったからこそ銃士隊に入れようと考えただけで、あくまでも昌長の気まぐれに過ぎない。

 これが成人の男女であれば、扱い方は当然変わったはずだ。


「……今後この地で民の支持を受けて、頭領が大名になるには考えやなあかん事やな」


 照算は昌長や義昌にこの件を注意するよう伝えるべく、ゆっくりと近付くのだった。

 

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