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第21話 レアンティアの策

 碧星乃里を出発してから1日後。


 昌長達はカレントゥ城へ難無く到着する。

 以前は侵攻の際の行軍という事もあって早めに碧星乃里へと進んだ昌長達だったが、今回はゆっくりとした行程での旅となっていた。

 情勢は未だ予断を許さない。

 しかしながら昌長は猫獣人達による諜報網を完成させ、加えて使者を頻繁に一部のリザードマン居留地へ送り込んで互いの疑心暗鬼を誘ってもいる。

 そして弱体化したリザードマンの居留地に対して南のサラリエル族が攻勢をかけ始め、リザードマン居留地はその防戦と対策に忙殺されていて、とても北に攻め上がって来られるような余裕は無い。

 そんな理由から未だリザードマンの攻勢や侵入を心配する状況にない為に、時間的には少しばかり余裕があるのだ。


 唯一心配と言えば心配なのはマーラバント本国からの攻撃だが、どうやらカッラーフの攻撃は独断に近いものであったらしく、未だマーラバント自体の動きは見られない。

 救援を送る程のものではないと考えているのか、跳ね返ったカッラーフの動きを以前から苦々しく思っていたのかのどちらかだと昌長は当たりを付けている。

 故にマーラバント本国からの攻撃に対する警戒を怠ってはならないが、昌長は無いものと考えていた。

 そうでなければ、大河を渡って逃げ散った蜥蜴人が本国にたどり着いた時点で何らかの動きがあるはずである。


「今日明日は城でしっかり休め!解散!」


 昌長の号令で、雑賀武者と獣人達は用意された城の部屋へと散っていく。

 しばらく見ないうちに随分と修復が進んだカレントゥ城。

 欠けた壁や胸壁は真新しい石で修復され、渡り廊下や窓には板が填め込まれている。

 城門も丸太でしっかりと修復され、一部の矢狭間には驚くべき事に弩砲が据え付けられていた。


「姫さんの母御は大したもんやな」

「私も驚きました……」


 城代であるレアンティアに会うべく昌長とフィリーシアの2名は城の中を進む。

 城の中はとても1月ほど前には廃城であったとは思えないほどの様相を呈している。

 乾果物、乾燥野草、乾野菜、豆類などの糧食や弓に矢、剣、槍、予備の盾や兜などの武具に加えて、水瓶には新鮮な水がたっぷりと汲まれ、油や薪などの生活物資も十分に蓄えられているのだ。

 そして城のすぐ外の一角では、凄まじい臭気にも負けず、布で口や鼻を覆って作業している兵達が居た。


「おう、ここまで進んじゃあるんか!」


 驚く昌長の目の前には、硝石丘が築かれていたのだ。

 カレントゥ城のすぐ外のその場所には小屋が建てられ、屎尿や雑草、古藁、腐敗した食料、動物の死骸などあらゆる腐敗臭を放つ物が集められており、数名の森林人兵士が麦藁などを掬う為のフォークを使って上下をひっくり返す作業をしていた。


 昌長は硝石の製造方法や原料についてはレアンティアに伝えてあったが、これ程早く作業を開始しているとは思わなかったのである。


「あら、お帰りなさい2人とも」


 腐敗した丘を眺めていると、後ろからたおやかな声が2人にかかる。


「母上!」

「おう、ちび共も元気か?」


 話題の主であるレアンティアがフィエルとシエリアを連れて現れたのだ。

 驚くフィリーシアに、駆け寄ってきたちびっ子達が見せてくる数珠を触って確かめてやってから、その頭をごしごしと撫でる昌長。

 最後は昌長の無骨な指で耳をくすぐられ、肩をすくめてきゃっきゃっと楽しそうに騒ぐフィエルとシエリア。

 自分の手から離れて昌長と戯れる子供達を見て目を細めていたレアンティアは、同じ表情になっているフィリーシアに笑顔を向けて言う。


「書類はご覧になったかしら?書面にしておいた方がよいかと思って」

「はい、面倒な報告をわざわざありがとうございました」

「母殿、随分とご苦労さんやったのう、色々と世話掛けた」


 昌長も読んだレアンティアの書類は、カレントゥ城に対する細々とした報告や申請が終了した事を示すものであったのだ。

 加えてレアンティアは碧星乃里が月霜銃士隊の手によって奪回された事、リザードマンの戦士団が四分五裂状態である事をフィリーシアからの詳細な報告で知り、それも合わせて王都に補足説明を加えて送付してくれていたのだ。


「あなた達の活躍のお陰で王都は蜂の巣を叩いたような、それこそとんでもない騒ぎになっているそうですよ?」

「えっ……ええっ?」


 レアンティアの言葉に嫌そうな顔で答えるフィリーシア。

 出来れば余り目立ちたくないというのがフィリーシアの本音であるからだ。

 まだ昌長とフィリーシアが押さえているのはカレントゥ城と碧星乃里のみで、広大なエンデの地はリザードマンの居留地となっており、未だ手付かずなのだ。

 隠れ住んでいるエンデ族の村や里、他に存在する獣人の里もかなりある様子で、未だ全て把握していないるわけではない。


 ここで現王から要らぬ干渉をされてはたまらない。


 それを撥ね除けられる程の力はまだ持っていないのだ。

 しかしレアンティアには別の思惑もあるようである。

 それを見抜いた昌長がきらりと目を光らせてから、笑顔のレアンティアに鋭く問う。


「母殿よ、滅亡した一族を呼び集めるつもりか?」

「……さすがはマサナガ様ですね、そのとおりです」

「母上……」


 自分の母がここまで政治的であるとは思っていなかったフィリーシアが驚く。

 厳しい目で自分を見ている昌長を前にしても、笑顔を消さないままレアンティアは口を開く。


「雲散霧消したとはいえ一族の者達は全員が死んだ訳ではありません。王の追及を恐れて出自を隠し、住み処を隠し、素性を隠して各地に潜伏している者がほとんどです」


 そこでレアンティアは一旦言葉を切り、2人の様子を窺う。

 フィリーシアはただ驚いているだけのようだが、その弟と妹を左右の足に張り付かせた昌長の表情は分からない。

 しかし、既に打ってしまった手だ。

 話さない訳にも行かず、レアンティアは観念して言葉を継いだ。


「カレントゥ城は今こそこの城しか残っていませんが、周辺の廃墟や廃屋を見て頂ければ分かるとおり、かなり大きな町でもありました。そして碧星乃里が外港の役割を果たし、王都とエンデの地を繋ぐ中継地点として大いに栄えた町です」

「ほう……まあ、そうやろうな」


 昌長は薄い笑みを浮かべて応じる。

 その真意は分からなかったものの、そう悪い反応ではないはずとレアンティアは思い直し、更に言葉を継ぐ。


「……あなた達の活躍を知り、エンデの地に希望の灯がともったと知れば、自ずとエンデの民や縁のある者達はこの地に戻ってくるでしょう」

「その為に詳しく王都へ報告したんか?愚かやな……あの王が黙ってると思うんか?」


 昌長の冷静な指摘の言葉にもレアンティアに動じた様子は無い。

 それこそ既に打ってしまった手だ、後悔はしていない。

 確かに昌長の言うとおり、そもそも月霜銃士隊の存在や成功をよく思っていない現王やその側近は何らかの対抗措置、はっきり言えば妨害工作を行ってくるだろう。

 しかしながら、逆にこの機を逃せばエンデ族の部族再興は叶わないに違いないのだ。


 王都にも大勢素性を隠して暮らすエンデの者達が居る。

 故郷を無くし、さすらう事を余儀なくされている者達が居る。

 エンデの地において、存在を隠してひっそり住んでいる者達が居る。

 サラリエルの地を始めとする他族の地で肩身狭く暮らす者達が居る。

 遙か遠い別の国であるカランドリンにまで逃れている者達も居るのだ。


 民が増える事は決して悪い事ではないし、たとえその際に異分子や間諜が入り込んだとしても、エンデの民が戻れば十分おつりが来る位は国力の増強が図れるはずだ。

 本来王妃として部族と王の橋渡し役でなければならなかったはずのレアンティア。

 その役目を十分果たせず、エンデ族は滅亡の憂き目に遭った。

 平原人であるとは言え、勇猛果敢で思慮深く、情に厚いこの月霜銃士隊の隊長に全てを賭けてあの時の失敗を何としてでも取り戻すのだ。


 いや、それは必ず取り戻さなければならないもの。


 エンデの復興は自分の使命とも言える。


「もしご不満であったというのであれば、この私の身体を如何様にでもして下さい」


 自分の命一つで、身体一つでこの方策の対価と為せるのなら、喜んで命を捧げよう。

 母の覚悟の深さを知り、息を呑むフィリーシアに微笑みを向け、そして翻ってその覚悟を秘めた笑顔を昌長に向けるレアンティア。

しばし見つめ合った後、ふっと笑みを浮かべた昌長が言う。


「まあええわい、やってしもた事やし、今更止められへんやろ?」


 おそらく昌長はレアンティアの思いと覚悟を、その背景を知らないまでも理解したのだろう。

 そしてエンデ族の再興によって得られる効果についてざっと計算し、理解した昌長はレアンティアの行為を咎めない意思を示す。

 カレントゥ城の周辺はかつてはともかく、今はほとんど人が住んでいない。

 皆無と言っても良い程だ。

 最近は行商人が城の復活と森林人の集結を知り、またその先の碧星乃里の開放を知って早くも訪れ始めている。

 昌長はレアンティアに依頼して積極的にこれらの諸産物を買い入れ、行商人を呼び込んでは居るがそれだけだ。

 地味も豊かで、かつて森林人が栽培していた森畑と呼ばれる、果樹や堅果を織り交ぜた農耕地の跡が残るだけだ。

 蜥蜴人は肉食であるものの、火を使う破壊を余りしないので、城や建物は破壊されこそすれ火を掛けられる事は余りない。

 その為にエンデの地でも人は居なくなったが、森林人の農耕地は樹木作物を主体としている事もあって、野生化はしているもののかなりの部分残っているのだ。


 そういった理由から、人が戻り、集落を作るだけで住める場所も多い。


 因みに森林人は他に麦や豆といった類の作物も一部栽培しているが、それ程生産量は多くない。

 獣人や平原人が栽培しているものを交易で入手する方が多く、森林人の農業生産物は大半が樹木作物によるものなのだ。

 カレントゥ城も名も無き平原の端に位置し、かつては平原の一部だった場所をエンデの民が枇杷や無花果、油樹、椎や樫に栃、桑などの樹木作物を植林栽培し、切り開いた土地である。

 故に、各地に居るエンデの民が戻れば、この地の農業生産力や産業は容易に復活する可能性があった。

 森林人の生産活動については、王都にいる際にフィリーシアから教養されているのである程度は理解している昌長と重賢。

 その為にレアンティアが取った策が、王都の反応を除けばそう悪いものでない事が理解出来たのだ。


「これからこういう事する場合は、きっちり相談してからにして貰うけどな」


 仕方ないと言った風情で言う昌長だったが、ふと自分にかじりついている2人子供森林人を見てふと思い付いて言った。 


「……まあ、ちび共はわいが連れて行くか」

「そ、それはっ!」


 何があっても余裕の笑みを浮かべていたレアンティアが、昌長の言葉の意味するところを理解し、始めて狼狽え、顔を青くした。

 意味するところ、それはすなわち人質である。

 昌長の言葉の意味を正しく知ったレアンティアはあからさまに動揺したのだ。


「そうやなあ……姫さんもこっちに居てるしな」


 言葉を継ぐ昌長は、自分にくっついたままでいる2人の子供、フィリーシアの弟妹の頭をゆっくり撫でる。

 子供達は大人の話し合いとは関係なく、無邪気に昌長の手の動きの変化に目を細めているが、母親であるレアンティアは背筋を凍らせた。

 先程までは微笑ましい光景であったはずのものが、途端にまがまがしいものに転じてレアンティアの目に映る。

 しかし昌長はぽんぽんと2人の子の背を押し、レアンティアの下へ戻るように促して解放した。


「今回に限り、やな……良かれと思ってやった事でも、思わん跳ね返りがある事があるもんや、油断せんと話し合いをしてくれ」

「……分かりました」


 2人の子供達の手を繋ぎ取り、レアンティアは昌長の言葉に頭を下げる。

 それを見た昌長は鷹揚に頷きながらレアンティアに言った。


「では、母御にこの城と町の復興をして貰うわ。その為の策は敵対勢力に利するもの以外は取ってええ……但し!敵対勢力には王も含むで」


 黙って再度頭を下げるレアンティアに、フィリーシアもほっとした様子で溜息を吐く。

 カレントゥ城は昌長達にとって重要拠点ではあるものの、昌長の生来生粋の領地ではなく、あくまでもエンデ族、つまりはフィリーシアやレアンティアの住まう地であり、それはつまりタゥエンドリンの領域である事も意味する。

 実質的にはどうあれ、王の命令があれば内治に関する事以外は従わなければならず、それが足枷ともなるし、利点ともなる場所だ。

 昌長としても現在のところはタゥエンドリンと完全に縁を切る事までは考えていないので、カレントゥ城のような場所は今後とも必要と考えていた。

 後は気になるのは、蜥蜴人に無残にも破れて滅びたエンデ族を、何故か名誉を汚した者達と称して目の敵にしている王の動向だ。


「王さんの出方が気になるとこやが……それはどう考えたんや?」

「それは心配ありません。そもそも月霜銃士隊がかつてのエンデの地で大勝利し、カレントゥが安定したとしか宣伝していません。あからさまにエンデの民を招く事はしていないので、王としても今この段階で私たちに掣肘を加える事は出来ないでしょう」

「なるほど」


 レアンティアの説明に、納得する昌長。

 確かに、住人募集という言葉は何処にも無く、分かる者は分かると言った体である。

 しかし、レアンティアは少し顔を曇らせて言葉を継ぐ。


「……尤も、実際にエンデの民が集まり始めれば、この限りではありませんが」


 レアンティアの言うとおり、実際に民が集まればその素性や様相は知れてしまう。

 エンデの民が集まっている事が分かれば、王が直接的な手段に訴える事も予想出来た。

 この点についてレアンティアは、ここカレントゥで集めたエンデの民を連れて、名も無き平原の北端を開拓し、逃れようと考えていた。

 しかし昌長は、その点について逆に楽観視していた。


「まあ……その時はその時や、しゃあないな。民がようけ集まった頃には、どうにか出来るやろ」

「え?」

「どういうことですか?」


 訝るレアンティアとフィリーシアに、昌長は事も無げに言い放った。


「エンデの者が集まって、町が出来上がった頃には王と戦出来る程にはなっちゃあるやろ、まあ心配いらへんわ」

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