第20話 サラリエルの抗戦
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硫黄採取の話が持たれてから数日後の太陽が昇り始めた早朝。
碧星乃里の広場に、早くも青焔山へ出発する者達が集まり始めていた。
一旦カレントゥ城へ寄りはするものの、あくまで行程の中の1泊であり、軍の体裁は解かない予定だ。
既に季節は夏へとさしかかろうとしており、一行や見送る者達の額や顔、腕には汗がにじんでいる。
森の木々は益々濃い緑となり、池の上を渡ってくる風にその葉を揺らしていた。
青焔山にて硫黄を採取すべく碧星乃里を旅立つのは、昌長を始めとする6名の雑賀武者に、フィリーシアとお付きの2名の兵士に加えてユエンら10名の猫獣人達。
以前と同じように、獣人達は糧秣等の荷運び要員として加えられた者達である。
若干軽装にはなっているものの、長旅となる為に皆ががっちりと防具を身につけ、重い武具や糧食を背負っている。
また、猫獣人達もカレントゥ城から来た時とは違い、荷物は驢馬に載せていた。
雑賀武者達はいつもの雑賀鉢に緑色の当世具足、打飼い袋にタゥエンドリンから支給された糧秣である小麦煎餅を入れ、水袋に碧星乃里の新鮮な水を詰めている。
武具は大小の太刀に火縄銃を肩に担ぎ、火薬入れや口薬入れ、胴乱に火縄を腰に装着して、背中には整備工具や製弾工具、火薬材料や食料、毛布や手布の入った雑嚢を背負っていた。
日の本から持ち込んだ寝筵や竹製の水筒は里に置き、より汎用性の高い皮袋の水筒や毛布を採用している月霜銃士隊。
加えて緑色に染色された防水機能のある外套を新たに新調した。
碧星乃里ではその名の一部ともなっているとおり、本来は藍や葉緑によって麻や綿を染色するのが盛んで、獣人達の服も緑や碧、紺が多い。
外套自体も普段から使用されている物を少し厚手に誂え直しただけで、手間はほとんどかかっていない。
その獣人達の荷運び人足達は厚手の麻織物で出来た下衣と上衣を身に付け、革製の軽い胸甲に兜を装着している。
また背中には自分用の糧食と水の入った背嚢を背負い、部隊としての糧食と水は引いた驢馬に振り分けて積んでいる。
武装は中程度の長剣1本のみで、これは追い出した蜥蜴人が置いていった大剣を里の鍛冶屋が打ち直したものだ。
因みに月霜銃士隊に採用されて里の警備についている犬獣人達は、やはり蜥蜴人が置いていった胸甲や胴鎧を獣人の身体に合わせて作り替えた物を装備し、丸盾と短めの槍、それからこれまた短めの長剣を装備している。
「事後は任せたで」
「はっ、精一杯尽くします」
「お任せ頂けて光栄ですわい」
昌長の言葉にタォルとキミンが頭を下げて応じる。
碧星乃里の統治はタォルとキミンに任せる一方、軍事指揮は湊高秀がとる事になっていた。
「高秀、攻めてきたら手痛い目に遭わせちゃれよ」
「まあ任せえ、戦場の指揮は得意やよって。焔硝造りは宗右衛門らが犬人に言いつけて進めちゃあるし、わいはこの地の守護をば務めるのみやさけ大事無いわ」
高秀は朗らかな笑顔でそう言うと、昌長に付いて行く事になった吉次の肩を叩く。
「おまんもしっかり働けよ」
「言われるまでも無いわ、心配なんはお前の方やで、しっかりせえよ」
「おう」
吉次に笑みと共にそう返されても悪びれるところ無く、高秀はわははと豪快に笑いながら応じて包みを手渡す。
その中にはカッラーフら主立った蜥蜴人戦士の大剣がくるまれていた。
「おう、預かっとか」
吉次はそう言って大剣を自分の背に負う。
「よし、行くで」
昌長の言葉でゆっくりと歩き出す一行。
まず一番に目指すのは、最初の泊地であるカレントゥ城。
今はフィリーシアの母であるレアンティアが一時的に差配する、言うまでも無いが昌長の居城だ。
マーラバント、エンデ占拠軍最前線、上位戦士長ラークシッタの居留地では、リザードマン戦士達の動きが慌ただしくなっていた。
と言うのも、今まで防戦一方であったサラリエルのエルフ族軍が攻勢に出てきたのである。
大戦士長カッラーフの指揮の下でエンデの地を占拠し、サラリエルの地の一部にまで進出していたラークシッタ。
攻勢に次ぐ攻勢でサラリエル族を押し込みまくっていたラークシッタ配下のリザードマン戦士達だったが、大戦士長カッラーフの死が全てを狂わせた。
謎の平原人傭兵、月霜銃士隊と名乗る得体の知れない輩が現れ、彼の大戦士長を討ち取ってしまったのだ。
タゥエンドリンの武姫と名高いフィリーシアの百人隊を破り、意気盛んな大戦士長直属の戦士達が、激しい追撃の末にそのフィリーシアを捕らえたのも束の間、不得意な平原での戦いであったとは言え、敢えなく戦場に散ってしまったカッラーフ。
その補佐を務めていた戦士達も大戦士長の剣を取り戻そうと画策したらしいが、これまた敢えなく討たれ混乱に拍車がかかった。
その後、カッラーフが支配下に置いていた獣人の里を混乱に乗じた件の傭兵隊が奪い取ってしまう。
サラリエルとのにらみ合いが続く以上、居留地を離れる訳にも行かず、勝手な下位の者達の動きを止める事も出来ないまま手を拱いてしまっているのが現状だ。
後方が脅かされ、マーラバントとの連絡を遮断された。
それだけでなく、そのラークシッタの苦境を知ってか知らずしてか、彼の神経を逆なでする動きがあちこちで出始める。
自分達より下位の戦士長や上位戦士如きがこの地の主導権を握ろうと画策し始めたのだ。
ただでさえ河川の水系が切れるサラリエルの地は、蜥蜴人からして攻め難い土地だ。
それでもその先にある水系に食い込めれば攻勢もし易くなると、ラークシッタは波状攻撃を繰り返していたのだが、後方が怪しくなれば防御の為に兵を割かねばならず、それも思うに任せない。
元々マーラバントも一枚岩とは言えない国だ。
カッラーフのようなマーラバント国内でも影響力のある大戦士長が、遠隔であるエンデの地を攻め取り、新たな部族を構築しようとしたのもそこに理由の一つがある。
そんな中、攻勢を取り止めざるを得なかったラークシッタに、さらなる凶報がもたらされたのだった。
「周辺の居留地の動きがあやしいだと?」
リザードマン国家、マーラバントの上位戦士であるラークシッタは、戦の準備中に配下の戦士から報告を受けて唸った。
サラリエルとの戦いも佳境と言う時に大族長カッラーフが討たれ、いま反撃を受けようとしているこの時に受ける報告としては最低の部類だ。
それでもラークシッタは老練な戦士長らしく、怒りをぶちまけるような事はせずに冷静にその事実を受け止めた。
そして使いに出していた戦士に問う。
「もしかして、居留地の獣人共が逃散したのと関係があるのか?」
「それは……分かりませんが、明らかに毛艶の良い獣人共が複数の居留地に出入りしているのは事実です」
「ううむ……」
ラークシッタも思わず唸る他無い事態である。
現在サラリエルの攻勢を受けているのは、上位戦士長であるラークシッタ、フラーブフ、ポーロシスの3居留地。
敵勢はそれぞれの居留地に対して100から200程度の兵を差し向けてきたが、余程の事が無い限りはそれぞれの居留地の戦士達で十分撃退出来る。
しかし大事を取り、ラークシッタは周辺の居留地に対して戦士の供出を命じるべく、使者として目の前に居る戦士を使わしたのだが、これに応じる居留地は1つとして無かった。
それどころか食料や武具を持ち逃げしてしまった獣人達に代わって、血色の良い獣人達がしきりにそれらの居留地へ出入りしているという情報が入ってきた。
探りの意味もあって使わした戦士は思った以上の成果を持ち帰ったようである。
「警戒せねばならんが……今は目の前の戦いに集中するとしよう」
居留地の柵に森林人の鋭い矢が突き立つ音が連続して上がる。
何名かの戦士が風の加護を受けた強力で正確な射撃に撃たれたようで、うめき声が聞こえ、血の臭いが漂う。
「森林人めが、調子に乗りよって……出るぞ!」
大剣を抜き放ちながら周囲の戦士を鼓舞し、矢の嵐の中に討って出るラークシッタ。
森林人が矢継ぎ早に矢を放ち、周囲の戦士が目や口の中を射られて無言で倒れるが、ラークシッタは意に介さず森林人の兵の中へと躍り込んだ。
あたるを幸いに大剣を振り回し、周囲の敵兵を切り崩すがそれも束の間、森林人の兵達は巧みに森の木々に紛れながら矢を散発的に射込んでくる。
そして早くも後退を始めた。
敵兵の様子が腰を入れての攻撃ではない事を見抜き、ラークシッタはこれが威力偵察程度の攻撃だと直ぐに分かった。
「深追いするな……これ以上は無駄だ」
そして後を追おうとする戦士達を押しとどめるラークシッタ
「それもこれも……月霜とかいう平原人傭兵共のせいか」
後方を押さえられている上に、正面には大敵がおり、全く身動きがとれない。
無理矢理使役していた獣人共は自分達の里が開放された事をどうやって知ったのか分からないが、夜の内に持てる物を全て持って逃げ散ってしまった。
後退するにしても前進するにしても物と人手が足りず、周囲の居留地の動きは怪しげで協力を請えるような情勢には到底ない。
「気に食わんな……しかし打開せねば早晩全滅だ」
ラークシッタは改めて自分達が死地に追いやられているという、由々しき事態であることを知って再び唸るのだった。
タゥエンドリン=エルフィンク王国、サラリエル族の地、主邑レピンドール
王都には規模で劣るものの、森林人の主邑として恥ずかしくない大きさと秀麗さで詩にも詠われるサラリエルのレピンドールは、一言で言えば滝の町である。
豊富な水資源とその水によって育まれた大森林が、この地の豊穣さと精強さを支えているのだ。
北部をエンデの地と接し、西部に王領を控え、南部にはカランドリン=エルフィンク王国と湖を隔てて国境接し、眼前にはその広大な湖を見る、要衝の地でもある。
大小の滝の中に築かれた、石の都レピンドール。
その滝には小さな虹が常に架かり、見る物を和ませ、穏やかな心にしてくれた。
しかし、この地を襲う未曾有の危機に、政務に携わる者や軍に属する物は主邑に似付かわしくない雰囲気を纏わざるを得ずにいた。
町の北側から落ちる幅広く、広大な大滝を背景に建つサラリエル族長の館では、鎧兜に身を包んだ高位の森林人達が集まっていた。
白い石に森林人達が身に付ける水色の装束や鎧が映えるが、そんな幻想的な雰囲気とはそぐわない、戦についての会話がそこで交わされていた。
その中心部、絵図面を険しい表情で睨み付ける秀麗な顔をした森林人の男が、傍らに居る白い顎髭を長く伸ばした老齢の森林人の男に問う。
「サイファス、攻勢の結果はどうか?」
「順調ですぞ族長、10名ほどの兵を失いましたが、全体ではその3倍以上の蜥蜴人戦士を討ちました」
その回答に、周囲に居た男や女達からも安堵の溜息が出た。
そして質問を発したサラリエル族長トリフィリシンも、深い溜息を吐いてから長老のサイファスに再度問うた。
「領地の奪回はどうか?」
「それは無理でした……奪われた地はカッラーフの壱の手であるラークシッタが居留地を構えておりますのでな、こちらに限っては損害と戦果は同程度でした」
サイファスの答えに、一転して渋い顔のトリフィリシン。
ここで一気に領土の奪還と生きたかったが、そう上手く事は運ばないようだ。
「仕方ないな、引き上げさせろ」
「よろしいのですか?」
「これ以上は無理だろう」
戦闘は既に終わり、蜥蜴人も居留地に引き上げた事が確認出来ているので、トリフィリシンも攻勢を打ち切って引き上げを命じることにした。
後は正確な状況報告を部隊長から受けるだけだ。
一応の常備兵を持つトリフィリシンだが、波状攻撃を掛けるには兵も物資も十分とは言えない。
今は攻勢に出られるようになったと言う事を内外に示す事が目的なので、ここで無理をするつもりは無かったのだ。
その言葉で高位の指揮官や管理達が手配をするべく部屋を退出してゆく。
後に残ったのはトリフィリシンとサイファスだけだ。
「取り敢えず、おめでとうございます」
「ありがとう」
サイファスから送られた祝福の言葉を、素直に受け入れるトリフィリシンだった。
蜥蜴人は強い、それはもう嫌になるほどだ。
隣接するエンデの地が蹂躙されるのを指をくわえて見守る他無かったのは、今思えば痛恨の極みであった。
あの時武備が整っていなかったのは、何もエンデだけではない。
サラリエルも、もっと言えばタゥエンドリン王国全体で武備が整っていなかったのだ。
エンデの地が滅び去る時間を利用し、何とか兵を集めて武具を整えたサラリエル族は、領土の一部を奪われながらも何とか抗戦に成功する。
その後は蜥蜴人の種族特性にも助けられ、乾燥地帯での一進一退を繰り返す展開になったが、その先の地、豊富な水を有するサラリエル中央部に進出されていれば、サラリエルもエンデ同様滅びていた事だろう。
無理をして兵を集めて何とか抵抗を続けてきたサラリエルは、他の部族や王に対して応援を求めたが、肝心の王が本腰を入れた支援をしてくれないので常に劣勢に立たされていたのだ。
しかし、ほんの数ヶ月前にその状況が劇的に変わった。
フィリーシア王女の攻勢が失敗するべくして失敗し、王がその後の方策を立てないままサラリエルはリザードマンの攻勢にさらされ続けていたのだが、それが突然止んだのだ。
不思議に思ったトリフィリシンがサイファスに情報を集めさせたところ、敗走していたフィリーシア王女を平原人の傭兵達が助けたという。
その傭兵隊、月霜銃士隊は強力無比な雷杖と称される魔道杖を駆使し、事もあろうにエンデの地を掠め取った張本人の大戦士長カッラーフを討ち取ったとの事。
彼の親衛隊とも言うべき戦士達も散り散りになり、フィリーシア王女を連れて王都に凱旋するとの情報を得たトリフィリシンは月霜銃士隊の助力を得るべく王都へ急いで向かったのだが、途中で王都での戦闘騒ぎと王の冷遇とその結末を知ったのだ。
「結果良し……としておくか。それにしてもつくづく惜しい事をした」
「それは月霜銃士隊の事ですかな?」
トリフィリシンの言葉に、片眉を上げたサイファスが応じる。
その言葉に少しの非難が含まれている事を察し、トリフィリシンは笑って応じる。
「平原人だろうが何だろうが、トカゲ共に勝てるのであれば誰でも雇うさ」
今や月霜銃士隊はかつてのエンデの地に確固たる地歩を築きつつある。
古い考えのサイファスからすれば、かつてとは言え森林人の地に獣人や平原人が入り込んでいるのは余り良い気がしないのだろうが、そのお陰でサラリエルの負担は大幅に減少したのだ。
歓迎こそすれ、非難したり忌避したりするいわれは無い。
かつての自分であったならばこういった考えはしなかったはずだ。
融和的なエンデ族を馬鹿にしていたのは自他共に認めるところであるし、森林人の排他性を人並みに持っているとも自分で思っていた。
しかしながらエンデ族が壊滅し、自分が正面に立つような過酷な戦闘を強いられ、トリフィリシンの心情は変化したのだ。
普段偉ぶっている貴族や王直属の兵団がまるで役に立たず、普段から狩猟で身を立てていた森林人の平民を招集した兵の勇敢さに救われ続けたという真実。
過酷な戦場の環境に耐えきれずに逃げる高位の者に、敗戦でも踏み留まって戦う下位兵士達。
そして、文明程度や思考形態はともかく、戦場ではその蛮勇を遺憾なく発揮し、森林人を薙ぎ倒す蜥蜴人の戦士達。
そう考えれば平原人の傭兵など、フィリーシア王女を助けている以上は同族のような者達だ、避ける理由など何処にも無い。
「そうだな……使者を送れ。同盟を結ぼう」
「正気でございますか?」
今度ははっきり非難してくるサイファスに、トリフィリシンは笑みを向ける。
「敵の敵は味方とも言うしな……ただ、私はあの傭兵達を買っているのだ。我々が何年も掛けて押し返す事すら出来なかった蜥蜴人を一方的に打ち破っているのだからな。どちらかと言えば我々に近しい立場のようだし、味方に出来れば心強いだろう。フィリーシア王女を介せばそう難事でもあるまい?」
「彼の“辺地に追いやられた”フィリーシア様を介して、で宜しいのですね?」
「ああ、頼む」
反感をはっきり表わしたサイファスに苦笑しつつ返答するトリフィリシン。
しかしこれで北の戦争は安定するだろう。
後は……
「あの王をどうするかだな……」
サイファスが使者を送るべく部屋を出たのを確認してから、トリフィリシンは厳しい顔でつぶやくのだった。




