第17話 所領獲得
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獣人の里をリザードマンから奪回してから2日後。
硝煙と血泥にまみれた里の清掃はすっかり終了した。
陸で倒れたリザードマン戦士の亡骸は持ち物を丁寧にはぎ取られてから森の中に埋められ、池や小川で死んだリザードマンの亡骸も回収され、同じく持ち物をはがれて森の中に埋められる。
リザードマンの身に付けていた鎧や頭鐶、鉢金、大剣はまとめられて月霜銃士隊の戦利品として保管された。
いずれ戦勝報告用に一部は王都へ送られるか、はたまたマーラバントとの交渉時に用いられるかであろう。
息があったリザードマンもいたが、里に残らざるを得なかった者は、そのほとんどにおいて負傷の程度が酷くて助からなかった。
怪我をしていても歩ける者、泳げる者は全て逃げてしまったのだ。
むろん、途中で力尽きた者も多いだろう。
リザードマンの張った天幕は畳まれ、池や小川の中、その岸辺にあったリザードマンの住居や施設は概ね撤去された。
こうしてユエンの里に住み着いていたリザードマンは壊滅し、その影は一掃されたのである。
昌長は加えて各地のリザードマン居留地に駆り出されている獣人達に使いを送り、里が開放された事と併せてリザードマンの持つ食料や武具などの物資をできる限り持ち出して里へ戻るよう命じた。
獣人達の離脱が完了すれば、リザードマンの戦士長達は貴重な労働力と物資を失う事になる。
それはタゥエンドリン各地に対する攻撃の手を大いに鈍らせる事になるだろう。
肝心要の補給路であり、連絡路でもある大河との出入り口の最大の部分となる獣人の里は、月霜銃士隊に押さえられてしまっている。
戦力や物資を失う事があっても、マーラバント本国からの補給を受けられない状態になってしまったのだ。
昌長はフィリーシアの手を借り、各地のリザードマン居留地へ文書を送るべく空き家となっていた里の家を訪れていた。
この家は家族が離散してしまい空き家となっていた物だが、ユエンからフィリーシアにとあてがわれたのである。
若干雑賀武者の居る場所から離れているのに意図を感じつつも、フィリーシアはしばらくこの地に滞在する事にしていたので、特に文句も言わず2名の兵と共に起居していた。
その部屋の1室。
木で出来た机と椅子に座るフィリーシアの後ろで、鎧兜を脱いだ昌長が立ったままあれこれと指示を出していた。
「~と、まあそんなとこか?」
「この様な文を出した所でリザードマンは応じないと思いますが……」
「それは分かっちゃある、狙いは別にあるんよ」
フィリーシアが昌長の口上を手紙にしている途中、その文面を見て尋ねると昌長は片方の口角を上げて応じ、フィリーシアが首を可愛らしく傾げるのを見て言葉を継いだ。
「まあエエから姫さんはその文面をそのままに、文をこの宛先に6通書いてくれやんか?」
そう言いつつ昌長が差し出した紙片はユエンの伝えたリザードマン居留地の名称が記された物。
「6通……ですか。9通ではありませんか?しかも最も有力なリザードマンの戦士長が全て入っていません」
それを見て更に疑問を深めるフィリーシア。
エンデの地に築かれた主なリザードマンの居留地は12箇所。
その内ユエンの里は昌長が今回の戦いで奪回し、その余波を受けた近隣2カ所の居留地からはリザードマンが逃げ出してしまった。
2カ所の居留地では会合に呼ばれていた戦士長が戦死したのみならず、里に近いと言う事でより多くの戦士や家族を率いていったのが裏目に出てしまい、居留地を維持出来ないほどの打撃を受けたのである。
居留地の戦士長が自分の有利に会合を進めようと、威勢を示すべくとった行動の悲惨な結果だ。
それを除く9カ所のリザードマン居留地は、いずれもユエンの里とカレントゥ城の両方から離れており、加えて現在タゥエンドリンの5大氏族の一つ、サラリエルと交戦中で、今回の戦いによる損害も鑑みると直ぐに攻めて来る事は出来ないだろう。
その中で100以上の戦士を保持する有力者は、ラークシッタ、フラーブフ、ポーロシスの3名で、全員が上位戦士長の称号を持つ。
いずれも昌長が討ち取った大戦士長カッラーフに見込まれ、サラリエル族との最前線に送り込まれている気性の荒い剛の者ばかりである。
昌長の告げた文面は“エンデの地において領域を適切に分割したいので使者を送るように”というもので、降伏を促したりするような威圧的な文章は入っていない。
当然大戦士長を討たれ、今また喉頸にあたる居留地を滅ばされた上に、その地を奪われたリザードマンの戦士長達が本来なら応じるはずも無いものだ。
今後獣人達が物資をくすねて離脱すれば更に溝は深くなるだろう。
しかし本国との連絡や補給が絶たれたとなればどうか?
中には応じる者が出てくるかも知れない。
しかし上位戦士長である3名を意図的に外してその文書を送るよう指示を出す昌長に、フィリーシアはその意図を計りかねたのだ。
降伏を促すなら全てに送ればよく、有力者だけを外すのは解せない。
「まあ、エエからエエから……それから王都へもちゃんと報告しちゃってよう」
「それはもう既に書き上げて母の元へ送りました」
訝るフィリーシアを宥めるように言いながら昌長が先程したもう一つの依頼について尋ねると、フィリーシアは疑問を残しつつも既にその手配が終わった事を告げる。
「左様か、それは仕事早いな。まあ、もうしばらくは援助して貰わんとあかんからな、エエ報告を上げとかんとあかんよって……ほな後は頼んだで」
「あっ、マサナガ様……もう」
フィリーシアの返答に満足したように頷くと、昌長はそのままフィリーシアの疑問に答える事無く部屋を出て行ってしまった。
「話は終わったかえ?」
「おう」
フィリーシアの居る部屋を出た所で待ち構えていたのは、険しい顔の佐武義昌。
2人は家の廊下を歩きながら話を始めた。
「おい、もう玉薬が限界やぞ」
義昌の顔と同様の渋い現実に昌長の顔も渋くなる。
「分かっちゃあら、手立てはせなあかん」
「どうするんよ?硝石丘に手は付けたが効果は少なくとも3年後やで……木炭は手に入るし、鉛も買える。ほやけども、硫黄と焔硝があらへんのや」
畳みかけるように問いを重ねる義昌に、昌長は渋い顔のまま顎の下に手をやり、しばらく間を置いてから答えた。
「前に姫さんが何や堺みたいな町がようけ集まっちゃあるとこがあるて言うてへんかったか?」
「ああ、坑道人の町やな?そこで買うんか?」
「おう、坑道人共は工芸人であると同時に商売人みたいやし、金さえ積んだら何とか手に入るんとちゃうか?変な物扱うてる物好きも1人2人居てるやろう?」
昌長は良い考えだろうというように義昌を見るが、その顔の渋さがとれる事は無くむしろより一層酷くなった。
「何や、あかんのか?」
「まあ、坑道人にも物好きは居てるかもしれへんし、焔硝や硫黄も買えるかもしれへんけど……無理やろなあ」
「何でや?」
疑問を呈する昌長に、義昌は溜息をついた。
話をしている内に既に2人は外に出ており、2人はそのまま雑賀武者が屯している里の広場の端へと向かう。
そこでは獣人達が森から木を切り出し、土を掘り返して新しい家を建てていた。
もちろん、月霜銃士隊の詰め所となる建物だ。
「どうも、マサナガ様!」
「おう」
建物に向かいながら道行く獣人達と笑顔で挨拶を交わす昌長。
その昌長にもう一度溜息を吐きながら義昌は言った。
「統領は姫さんから見せてもうた地図見たらよ、坑道人の都市はここと反対の南東の沿岸やで、行くんやったらタゥエンドリンと、後カランドリンちゅう別の国の2つの国をば縦断しやなあかん」
「……左様か、ううむ、もう一捻り手立て考えやなあかんな」
もう一つ何かを忘れているような気がしたまま、雑賀武者達の居る場所へと入っていく2人だった。
「うう~ん、気持ち良い~」
翌朝、清い空気に包まれる里を見渡し、ユエンは久々に心から寛いだ気分でのびをする。
朝日に光る池の水面。
畔に打ち寄せた小さな波が寄せては返し、遠くまで波紋を広げ大河にまで達する様子を満足げに眺めるユエン。
あれ程暴虐を振るい、不幸を撒き散らしたリザードマンはもう居ない。
正真正銘、軛の外れた自分の生まれ故郷に戻ってきたのだ。
それを成したのは平原人の傭兵隊月霜銃士隊と、その頭領たる的場昌長。
ユエンが昌長に助けられた事もあってすっかり惚れ込んでしまっているのは自他共に認めるところだ。
どちらかというとそれは尊敬と憧憬の念が強く、恋慕の情は薄い。
しかし昌長に一生付いて行こうと誓うユエンの心は決まっていた。
「きっとマサナガを王様にするぞ!」
かつてこの里にも居た、王という名の身分を持つ者。
エンデ族の威に服してからは名乗る事も無かったが、里長であるユエンはその血筋に連なる者なのだ。
昌長自身もこの地の王たらん事を望んでいる節もある。
尤も彼の目指す所はもっと高い場所であり、もっと大きいものだろうが、この地の王となるのは良いきっかけになるだろう。
獣人の里、獣人達が名付けた正式名を碧星乃里という。
大きな池の畔にある、ユエンが生まれ育った里のことである。
池の名前は碧星池というが、獣人達が名付けた里の名前も池の名前も森林人達は特に気にしていないので、エンデの地ではただ単純に池の里、獣人の池と呼ばれていた。
池には周辺の森や平原に繋がる小川や河川があり、またタゥエンドリンとマーラバントの国境として長らく認識されてきた大河が東を流れている。
東の果てから他人種や他部族からの迫害を逃れ移り住んできた、犬人族のドグネッサ族と猫人族のカタリニア族が共同で開いた里。
星にちなんだ地名を付ける事の多い獣人達であったが、迫害される事も多い彼らが大陸の中央部で定着する事はほとんどなかった。
そんな中、例外的にこの里は長くエンデの地の端にあって獣人だけが住まう地として平穏を保ってきたのだ。
たった数年前にそれがリザードマンの手によって破られ、獣人達は塗炭の苦しみを味わったが、それも数日前までの話。
今再び平穏が、それも不思議な事に平原人と森林人、それにこの地に元々住んでいた獣人達の協力の果てに取り戻されたのである。
獣人達、特に猫人族と犬人族は、その見かけに反して非常に穏やかな民だ。
大河や池で魚を捕り、森で鹿やイノシシを狩り、稗や粟、黍を育て、黄麻や藺草で布を編み、小舟を駆って小川や大河を行き来して細々と交易を行う。
獣人は身体能力の高さに比べて低い文化程度から、各地で奴隷として使役される事も多いので、決して良い印象を持たれているとは言いがたい。
雄族であるライオネル族やウルフェン族であればそういうことも無いが、犬人族や猫人族はまとまりに欠ける事から、各国で奴隷としてよく使われているのだ。
ただ、この里は各地との交易や交流で認知されており、大陸中央において唯一住人でもある獣人達自らが仕切る場所でもあった。
その碧星乃里の森に近い大きな木造の建物、ユエンの住む里長の家で昌長は里の主立った者達と会合を持っていた。
「つまりは……マサナガ様は里の収穫の3割を徴収されると言う事ですか?」
犬人族の里長補佐である老齢のキミンが尋ねると、昌長は鷹揚に頷いてから言う。
「おう、そうや。それから犬人族と猫人族のそれぞれから20名ずつ、わいらの兵として差し出して貰いたい。他にも細々とやって貰いたい事はあるんやけどな、まあ最初はそんなとこやろう。その代わり内政には干渉せえへんし、検見や検地もせん。獣人らの申告によって課税するわ」
昌長が里に要求したのは、里で収穫される農産物に魚、肉、布の3割を月霜銃士隊に差し出す事と、兵としてそれぞれの部族から20名ずつを差し出す事である。
自己申告で良いとは言っても、全ての収穫においての3割であるから、相当な量を差し出さねばならず、里にとっては決して良い話ではない。
ユエンは既に籠絡されてしまっていると見ている里の獣人達は、ちらりと昌長の横で得意げに座っている彼女に目をやってから溜息を吐く。
そして、本来ユエンが果たすべき役割をタォルが担い、ユエンと反対側の昌長の隣に座るフィリーシアに目を向けて口を開く。
「タゥエンドリンに納める税もありますので、マサナガ様に3割を渡すと言う事では苛税に過ぎます。考え直して頂きたい」
昌長の要求に抗議口調で言うタォル。
今までエンデ族に納めていた税は収穫の3割で、しかも漁労、狩猟、採取による物は除かれていた。
それが復活してしまった上で、昌長に全ての収穫物の3割を更に徴収をされるとなれば、全部で6割の税となり、酷い負担増となってしまう。
何時食われるか、何時雑役に駆り出されるか分からないリザードマンの支配よりは随分とましであるが、過酷である事には変わりが無い。
「おい、考え違いしたらあかんで」
タォルの毅然とした発言に、昌長が怒気をはらんで身を乗り出して言った。
その圧力に、発言したタォルを含めた獣人達は青ざめる。
脳裏に次々と血を噴いて倒れるリザードマン達を浮かべた者も少なくないだろう。
ゴクリと獣人の中の誰かが生唾を飲み込む音がした。
鋭い視線で獣人達を睨め上げた昌長は、噛み締めるような口調で言う。
「この地はタゥエンドリンのもんやない、わいが治めるんや」
 




