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第16話 獣人集落奪還戦4

「姫さんの言うとおりやな、水の中へ逃げよったわ」

「リザードマンは本来湿地帯で生活している種族ですから」


 昌長が感心したように言葉を発すると、フィリーシアはその光景を見ながら答える。

 逃げ惑うリザードマン達は、森から現れた昌長率いる月霜銃士隊や、里の中から攻撃を加えてきた獣人達を避け、自然と池の中へと逃げ込んだのだ。

 もちろん、自分達が得意な場所であると同時に、平原人や獣人達は簡単に水の中へ進入してこない事も承知しての行動だが、昌長はこの状況もフィリーシアからリザードマンの習性を聞いて予想していた。


「あとはカンが上手くやるかどうかや……どれ、ユエンは気遣い無いかいの?」


 ほぼ大勢は決している。


 昌長はそれでも重之達に油断しないように言い置くと、フィリーシアとその配下の2人の兵に義昌を伴って、縛られた獣人達の居る場所へと歩いて行く。

 里の獣人達は興奮し切っており、リザードマンを攻撃するのに夢中になっていてユエンらを解放するような気配りは出来ていない。

 昌長が脇差しを抜いてユエンを縛っていた縄を切り、フィリーシアの指示でエルフの兵が他の獣人達の縄を解いて回る。


「おい、ユエンよ、しっかりせえ」

「う……あ、マサナガか?」


 昌長の呼びかけに、腫れた顔も痛々しいユエンがうっすらと目を開いて応じる。

 ぐらりと揺れて地に伏し駆けた身体を義昌に自分の火縄銃を預けた昌長が支えた。

 その身体にしがみつくユエンに、昌長は優しく声をかける。


「おう、よう頑張ったな、辛い役目を負わせてしもて済まなんだ」

「いいんだ……それより、勝ったのか?」


 自由になった手をさすり、次いで腫れた顔を確かめつつユエンが問う。

 手酷く殴られた顔を気にするユエンは下を向いてしまったが、昌長はぐっと力を入れてユエンを立たせると、里の広場、次いで池を指で示した。


「よう見いや、蜥蜴人共は負けて逃げ惑っちゃあるで」

「……すごい、マサナガ、すごいよっ」


 累々たるリザードマンの死体を見て息を呑み、そして獣人達によって池に追い立てられているリザードマンを眺めたユエンは、涙を流して昌長に飛びつく。


「ありがとう!ありがとう、マサナガ!」


 永遠に続くかと思われた、蜥蜴人の過酷な支配が今まさに瓦解しようとしている。

 自分達が果たそうとしても果たせなかった里の解放が、今正に成し遂げられようとしている。

 大勢の仲間が死んで、更に大勢の仲間が食われてしまった。

 そして大勢の仲間が掠われて、マーラバントで死んだ。

 逃げだそうにも里を人質に取られ、戦争に協力させられるばかりか、事があれば捨て駒扱いならまだ良い方で、下手をすれば餌扱い。

 両親を食い殺された憎き相手であっても、里長の娘として他の獣人達の命を守る為、従わざるを得なかった。


 そうした屈辱と悲哀の混じった日々がこれで終わるのだ。


「こほん、ユエンさん、もう宜しいのではありませんか?」


 わざとらしい咳払いと同時に、フィリーシアが昌長の身体にへばりついたままのユエンを引き離そうとその肩に手をかけるが、ユエンはそれを肩の動きだけで振り解く。


「いやだ」

「そ、その様な我が儘をっ」


 呆れ顔の昌長を前にして、2人が諍いを始めようとしたその時。

 突如轟音が里の東側から轟いた。


「おう、やったな?」


 終わったと思った戦闘がまだ終わっていないばかりか、凄まじい音が轟いた事に、互いの身体を掴んだまま目を丸くして固まるフィリーシアとユエンを余所に、喜色満面の昌長はそうつぶやいてから雑賀武者達に呼びかける。


「カンらがやりおったでえ!」


 うおーっ!


 野太い歓声が雑賀武者達から沸き起こる。

 続いて轟く破裂音に、遠くで吹き上がる土煙を聞き、雑賀武者達が盛り上がる。

 何が起こったか理解していないフィリーシアとユエンに、昌長は心からの笑顔で言う。


「カンやタォルが自分らの手えで蜥蜴人共を討ったのや」

 






 轟音が昌長の下へ届く少し前。


 池から大河へと流れ出る小川の岸辺に恐る恐るやって来たタォルとカン。

 周囲に居た獣人達を何人かタォルが引っ張って来てはいたものの、その獣人達は何が起こるかを全く理解していない様子で、慌てふためいている2人を訝しげに眺めているだけだ。


「えっと、最初に火を付けるんだっけ?」

「さっさとしろ!トカゲ共が逃げてしまうぞ!」


 もたもたと預けられた箱に付いた火縄を持て余しているカンに、タォルが怒鳴る。

 怒鳴られたカンは、普段なら食って掛かる所を戦場の雰囲気に呑まれているせいか、言い返す事もせずコクコクと頷くと、青い顔で用意していた火種を取り出した。


「あちっ」

「間抜け!何をしているっ、寄越せ!」


 せっかく火消し壺から取り出した、未だ火の残る炭を思わず取り落としたカン。

 タォルはタォルで戦場の雰囲気に呑まれ、こちらは興奮しているようで、普段しないような乱暴な物の言い方でカンから火消し壺を奪い取る。

 そして火箸で別の燃え止しを火消し壺から取り上げると、躊躇無く木箱の火縄に押しつけた。


 じっと軽い音と共に、火縄に火種が宿る。


 タォルはその火縄を昌長に教えられたとおり木箱へ押し込み、火縄の出ていた穴を粘土で塞ぐとカンに押しつけた。


「早く埋めろ!」

「わ、分かったっ」


 タォルから胸元に押しつけられた、僅かに暖かい木箱を池に向かう小川の岸辺へ穴を掘り、木箱を埋めていくカン。

 その間にもタォルは昌長から預けられた箱に次々と点火しては、カンに手渡して岸辺へと埋め込ませる。


 タォルが点火し、カンが埋め込んだ木箱がある小川の岸辺。


 その小川の水が流れ出る先には里の池があり、そこには残ったリザードマン達が多数避難していた。


「お前らも手伝え!この木箱をあっち側の岸に埋めてこい!」


 タォルは自分とカンの周辺で所在なさげにたむろしていた獣人達に怒鳴り、点火した木箱を一つずつ持たせてから、小川の反対側の岸を示す。

 小川自体はそう深くもないし、少し行けば獣人の作った木橋があるので、反対側の岸辺に行くのはそう難しい事では無い。


「あ、そうだった、小川の岸に埋める時は、両方の岸辺に埋めろって言われてた」

「今更なんだ!トカゲが池や小川に逃げた時はそうしろと言われていただろう!」


 カンが最後の木箱を埋め込んでから、はっと気付いた風に顔を上げて言うと、タォルに噛み付かれて首をすくめる。

 タォルとしては全て手前に埋め込んでも良かったのだが、最初の言いつけ通りに両方の岸辺へ半分ずつ埋める事にしたのだ。

 尤も最初の予定通りには行かず、池の岸辺は思った以上にリザードマンが多くいたので接近出来なかったばかりか、待っていた合図と同時にリザードマンと月霜銃士隊の間で凄まじい戦闘が始まってしまったので機を逸してしまった。


 なので、事前に言われていた別の方策をとる事にしたのである。


 池に逃げ込んだリザードマン達は、池から大河に向かって進んでいる。

 そしてこのまま大河に向かうには、今カンとタォルらが工作をした小川を通るだろう。

 マーラバント本国に逃げ帰るには、その道が最もリザードマンにとって安全で迅速、かつ確実な道順であるのは言うまでも無い。

かつてこの獣人の里を襲った時に進入した道順を、逆に辿って逃げるリザードマン達。


 しかし、逃走の試みも道半ばで絶たれる事となる。


「何も起こらないな?」

「……ああ、言われたとおりにしたんだが」


 タォルが木箱を埋めるように依頼した獣人達も、既に依頼どおりに反対側の岸辺へ木箱を埋めてから戻って来ており、カンとタォルは手をかざして自分達が先程まで居た小川を見てから、互いの顔を見合わせる。

 昌長から預けられた木箱を埋めた後、カンとタォルは連れて行った獣人達と一緒に元の里の集落がある場所まで戻っていたのだ。


「まさか失敗したんじゃ……」


 そこまでカンが口にした時、獣人達の鋭敏な耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。

 同時に反対側の岸辺から水柱が立ち上り、噴き上げられたリザードマン達が身体をバラバラにして落ちてくる。

 ぼちゃぼちゃと肉塊と化したリザードマンが赤く染まった水と一緒に小川へ落下し、血の雨がその岸辺に降り注いだ。

 そしてそれをきっかけに次々と土柱が轟音を供に岸辺の地面からから立ち上る。

 周辺にいたリザードマンは爆発に呑み込まれて五体を四散させ、水中から上がろうとしていたリザードマン達は衝撃波にやられてなぎ倒され、ぷかりと水面に浮き上がる。

 それを見たタォルとカンは総毛立った。

 自分達が埋めた装置が、リザードマンを粉砕している。

 自分達の作った物ではないにせよ、それを使用するべく点火し、埋めたのは間違い無く自分達獣人なのである。

 そうこうしている内に、反対側の岸へ逃れたリザードマンが色の変わった砂を踏み抜き、その瞬間周囲のリザードマンを巻き込んで吹き飛んだ。

 うわーっ!

 反対皮の岸へ木箱を埋めた獣人の1人が雄叫びを上げる。

 それにつられて周囲の獣人達が次々に鍬を振り、棍棒を掲げ、鋤を振り回しながら歓声を上げる。


「やった!やったぞ!」

「ざまあ見ろ!クソトカゲ共!親父の敵だ!」

「うおーっ、父ちゃんはやったぞっ!」


 歓声を上げながら口々に叫び、噎び泣く獣人達。

 今まで虐げられていた屈辱と不満、怒りが埋め火の爆発と共に爆発する。

 その歓声と雄叫び、慟哭は爆発が終わるまで続くのだった。








「おう、またやったでえ!」


 昌長が笑顔で煙と轟音を示して言い、吉次達が再度歓声を上げる。

 当初、昌長としてはここでカンやタォルが失敗しても構わないと考えていた。

 リザードマンが逃げ果せて本国へ戻ったとしても相当の打撃を与えている上に、月霜銃士隊の実力はその国内で轟く事になる。

 有力な大戦士長率いる戦士団を打ち破り、領土を奪った強敵と認識してくれれば、そう容易に攻め寄せてくる事は出来なくなるはずだ。

 それにリザードマン達の攻め口は決まっているので、心づもりさえしていれば発見と撃退は容易で、これから掃討作戦の対象になるエンデの地に入り込んだリザードマン達も大戦士長が敗れ、本国との出入り口を敵である月霜銃士隊に抑えられている事を知れば抵抗を諦めるかも知れない。


 曲がりくねって大河へと向かう小川の流路。


 敗走したリザードマンが時間がかかるのを嫌って岸に上がり、距離を短縮しようとするかどうかは分からなかったので、昌長の埋火の策は賭けの要素が強かった。

 貴重な火薬を無駄に浪費しかねない策ではあったが、昌長はここで蜥蜴人に追い打ちを掛け、徹底的に心と戦力を折る事を優先したのだ。

 僅か10個の埋め火であったが、効果は抜群。

 獣人達には自信を、そしてリザードマンには決定的な敗北感を植え付けた。







「まあ、成功やな!」


早くも後片付けをし始めた獣人と雑賀武者達を視界に収めつつ、一瞬は埋火の轟音でいがみ合うのを止めたものの、またにらみ合うフィリーシアとユエンの肩を苦笑しつつぽんぽんと叩いて諫める昌長。


「あっ?」

「う、マサナガ?」


 我に返って自分の背を慌てて追う2人を振り返り、昌長は不敵な笑みを浮かべて言う。


「まずはこの里をば切り取ったで……見たところ里人は500人程、石高もその程度やろうな。まあ約束は約束やさけ、内部の自治は認めちゃろ」

「これから……どうするのですか?」


 フィリーシアが思わず立ち止まって問うと、傍らまで駆け寄ってきたユエンの耳と頭を撫でながら、昌長は不敵な笑みを浮かべたまま言葉を継いだ。


「決まっとるわえ、姫さんには悪いけど、この里と貰うた城を足がかりにまずはエンデの地を切り取っちゃるんよ」


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