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第14話 獣人集落奪還戦2

 昌長達の潜む森に、偵察に出していた獣人達が戻る。

 身のこなしも素早く、森の木々や草花と僅かに触れた葉擦れの音以外ほとんど音らしい音もさせずに舞い戻った獣人達に、昌長は笑みを浮かべて尋ねる。


「どうじゃ?」

「蜥蜴人の戦士達は200は集まっている……こんなに集まっているのは見た事が無い」

「蜥蜴人全部で500位になる……本当にやるのか?」

「こっちは10人も居ないぞ……」


 口々に言う獣人達の頭を丁寧に撫でながら、昌長は男臭い笑みを浮かべたまま言った。


「それでこそ、やないか。集まってたら伏兵の心配もせんでええし、一気に覆滅しちゃれるやろう?」

「う……それは」

「そうかもしれないけど……」

「で、出来るの?ユエンは捕まっちゃったよっ」


 昌長の手触りにうっとりした様子の獣人達だったが、辛うじてそれだけを尋ねる。

 しかし昌長の自信は微塵も揺るがない。


「心配ないわ、まあよう見ちゃれ。ユエンも無事に救い出しちゃる……おまはんらは村までもうひとっ走りしてきてくれ、合図をもう間もなく出すとな」

「わ、分かった」


 昌長の頼みに一番年若い犬の獣人が駆け出し、あっという間に見えなくなった。


「流石に早いな」


 呆れ半分に僅かな草の揺れだけを残して駆け去った獣人を見送り、昌長は残った獣人に尋ねる。


「里人の避難は何処まで済んだ?」

「昨夜の内に女子供と老人は森の中に逃がした。残りは戦える男と女だけだ」


 潜行して戻ってきた獣人の内、一番年上の猫獣人が応じる。

 それを聞いた昌長は不敵な笑みを浮かべた。


「ほな配置に就くで、蜥蜴人共をば皆殺しにしちゃろう」


 その言葉の凄みと昌長の背後から立ち上る圧倒的な殺気に晒された獣人達が怖気を振るうが、周囲にいた雑賀武者達は何事も無かったかのように無言でその場を立ち去る。

 リザードマン達はすっかりこの地を制圧した気分でいるらしく、見張りらしい見張りも置いていないのは既に分かっている。

 そもそもそんな細かいことに気を回す種族ではないそうだが、大戦士長であるカッラーフが居なくなったことで、皆浮き足立っている部分はあるのだろう。

 大戦士長の死を悼みつつも、リザードマンの誰もが上位に登る好機と捉えているのだ。


「おまんらも早う行かんか」

「は、はい」


 慌てて立ち去る獣人達を見送り、昌長は考える。

 ユエン達が閉じ込められている牢は村はずれにあるのでまず流れ弾の心配は無いし、住民達も概ね避難が終わっている。

 蜥蜴人リザードマン達は会合を水辺の広場で行うのが常で、今も観察している限りでは情報通り水辺の広場、最も大きな天幕のある場所で行うようで、盛んに蜥蜴人が出入りしているのが見えた。

 既に相当人数の蜥蜴人が集まっているのは間違い無いようで、好機と言えるだろう。


「もうやるか?」

「もうしばらく待て、頃合いはよう見計らわなあかん」


 大筒を構えた重之の言葉に、昌長はそう答えて抑える。


「まだ相手が気付いた様子はありません」

「そうかえ、ほなもうちっと近付くかえ」


 弓を手にしているフィリーシアの言葉に昌長は後方を振り返ってちょいと手を上げる。

 その手を合図に、ざざっと森の下草が揺れ、兜や鎧に草や枝を付けた雑賀武者達が移動を開始する。

 その葉擦れや僅かな足音と共に、フィリーシアと重之を従えた昌長が進む。

 やがて水辺を右手にして、前方に蜥蜴人の大集団が広場に集まっている様子が見えてきた。


 この辺りにあった獣人の家々は蜥蜴人の意向で取り除かれてしまっており、見通しはかなり良い状態だ。

 昌長の視線の先、獣人の里の広場と池の畔が接する場所に大量の蜥蜴人が集まっているのが見えてくる。

 広場の中心には大きな火が焚かれ、その焚火の脇には会合の宴に供されるであろう獣人や牛、豚、蜥蜴人の家畜である水辺鼠が大量に、未だ生きたまま繋がれている。

 中には既に捌かれ始めている動物もおり、我慢出来なかったのか生きたまま繋がれた家畜の喉元に食らい付き、内臓を引きずり出して頭からかぶりついている蜥蜴人も居る。


 幸いにもまだ獣人は繋がれているだけで犠牲にはなっていないようだが、獣人達の興奮の度合いを見るに、それも時間の問題だろう。

 血飛沫が舞い、火炎の熱と風が周囲を煽る異様な光景。

 手伝いにかり出されている獣人達も、極力蜥蜴人とは目を合わせないようにしているのが分かる。

 おそらく蜥蜴人の機嫌を損なえば、そのまま贄の端に加えられてしまうと言う事が分かっているのだろう。


「家畜も人も一緒か……おえ、生きたまま喰ろうちゃある、なんちゅうむごい連中や」


 日の本の戦国の世を駆けてきた歴戦の勇士である雑賀武者達も眉をひそめるさすがの光景に、吉次が思わずつぶやく。

 数多の残酷な光景を目の当たりにしてきたものだが、これ程酷い物は久しぶりである。

 血潮や内臓の放つ臭いが熱風と共に昌長達雑賀武者の潜む森にまで届いてきた。


「伊勢長島の焼き殺しとよう似ちゃあるな……」


 その戦に参加し、指導的立場にあった湊高秀がその臭気を数度嗅いで顔をしかめながら言う。

 横では同じ戦に出ていた岡吉次も鼻を押さえ、高秀同様の苦い顔で頷いている。

 かつて一向一揆の盛んな伊勢長島は、織田信長により兵糧攻めにあった。

 伊勢長島の一向一揆を指導する願証寺は本国とも言うべき摂津石山本願寺に援軍や兵糧の送り込みを依頼した。

 それに応じ、戦闘指導の為に紀伊雑賀衆が百名程の単位で伊勢長島へ派遣された。


 派遣部隊の一員であった湊高秀や岡吉次はそこで地獄を見たのだ。


 一向一揆勢は必死に抵抗するも、九鬼嘉隆率いる伊勢志摩の水軍衆までもを用いた徹底した包囲網に為す術無く、囲みの一角をも破る事が出来ないまま兵糧や弾薬が尽き、降伏を余儀なくされたのだ。

 その降伏した一向一揆の門徒に待っていたのは、弾丸と矢の嵐に、火炎。

 降伏するならば必要最低限の生活用具のみを持って外に出る事。

 武具を捨てていれば攻撃しない事を約束しての降伏だったが、織田信長は容赦をしなかった。

 非武装の一向宗徒は、そのことごとくが焼き殺され、撫で切られたのだ。

 湊高秀や外岡吉次ら雑賀武者達は戦闘指導の立場から最後まで居残っていたが、それが幸いした。


 織田信長の約定破りが明らかになり、伊勢長島の一向宗門徒が必死の抵抗を始めた頃に城外へ討って出たのである。

 雑賀武者達の一糸乱れぬ一斉射撃と連続射撃に、捕虜同然の一向宗門徒を虐殺していた織田軍は不意を突かれ、お陰で2人は命からがら紀伊へ逃げ帰る事が出来たのだ。


 その際の臭気を覚えている。

 断末魔の悲鳴を覚えている。

 泣き叫ぶ女子供、老人の声が怨嗟に変わるのを覚えている。

 何も出来なかった自分達の無力さと、逃げ帰る他無かった不甲斐なさを覚えている。


 岡吉次と湊高秀、伊勢長島を経験した雑賀武者の拳に力がこもった。


「こっちは食われてまうんや、えげつないにも程があるわ」

「食う為に焼くんか、殺す為に焼くんか……ははっ、殺される方に取っちゃどっちも変われへんわい。待ってんのは苦しみと死だけやいしょ」


 無力感にさいなまれかけた2人をなだめつつ、昌長は言葉を継ぐ。


「今度はそんな事させなんだらええんや、簡単やろが」

「おう、二度とあんな思いすんのは御免やわえ」

「そしたら配置へ就け、抜かるなよ」


 昌長の命令におうと短く応じ、吉次らが戦列に加わるのを見送った昌長は、傍らに付き従っているフィリーシアへ声をかけた。


「フィリーシア……ユエンは見えるか?」

「はい、あの中心の、焚火の横の少し離れた場所に繋がれています」


 フィリーシアがまっすぐに指さす先には、確かにユエンと思しき獣人達が繋がれているが、昌長の視力では判然としない。


「わいも目は良え方なんやが、よう見えやんな」

「森林人の視力は特別ですから……でもマサナガ様もあれが見えるのであれば、平原人とは思えない視力ですね」


 射撃を最も得意とする雑賀武者達は、夜目が利く上に視力が驚異的に良い者ばかりなのだが、それでも森林人の視力には若干敵わないようだ。

 元々光に斑のある森林で狩猟や採取をしていた森林人の視力は、平原人に比べればそれこそ驚異的に良い。

 風術を組み合わせて遠方の敵を狙う森林人の弓術は比類無き威力を誇る。

 それも森林人の視力あったればこその戦術であるのだ。


「よし、まああそこなら危ないけど何とかなるやろ。漸進や」


 昌長の言葉で戦列を組んだ雑賀武者達が静かに進む。

 このまま森の縁まで進み、鈴木重之の一撃を合図に不意打ちの一斉射撃を加えてやるのだ。

 開戦はもう間もなくだ。






 一方、蜥蜴人の上位戦士は悦に入っていた。


 大戦士長カッラーフとその左右の腕と呼ばれた戦士達の、合計3本の剣が実質的に自分の手の内にあるのだ。

 一応外聞があるので、獣人が剣と共に持ち帰った遺言通り会合を開くべく周辺の居留地へ招集をかけた上位戦士だったが、まともな会合を開くつもりは全くなかった。


 これは自分の大戦士長就任を承認させる為の会合。


 そう位置付けて自分に従いそうな戦士達をまず呼び集めたのである。

 そうして大戦士長推薦と就任の儀式を執り行い、既成事実を積み上げた後に他の有力者達に参集を迫るつもりの上位戦士。

 既に本国の族長には貢ぎ物と共に承認を求める使者を送っており、自分の大戦士長就任の動きは追認されるはずである。

 そもそもこの地への侵攻を決めて成功させたのは大戦士長カッラーフの力に寄る所が大きく、本国で余剰となった人員を率いて新天地を切り開いたカッラーフは新たな部族をエンデの地に打ち立てる事を目指していた。


 しかしその志は半ばにおいて、大戦士長カッラーフ自身が平原人傭兵の魔道杖によって討ち取られるという失態とも言うべき死によって砕かれた。

 今は惰性でまとまっているリザードマン戦士と居留地の民達だが、早晩権力争いが起こる事は予想され、各地の有力戦士長は水面下で動き始めている所であったのだ。

 カッラーフの左右の腕と称された戦士達が、獣人を使って少数でタゥエンドリンの王都へ忍び込んでカッラーフの剣を奪回しようと試みたのも、自分達の立場を少しでも有利にしようとしての事だ。


 タゥエンドリンは弱ったりといえども大国。


 如何に戦に弱く兵の数が少ないとは言っても、今エンデの地に進出しているリザードマンだけで滅ぼすのはカッラーフが生きていたとしても無理だろう。

 ましてや現状で王都を攻めるなど不可能だ。

 なので少数での潜入を選んだ戦士達だったが、それが裏目に出た。

 結果としてカッラーフ亡き後この獣人の地を共同で治めていた高位の戦士達は死に、上位戦士に過ぎなかった自分にお鉢がうまく回ってきたのである。


「愉快だな……そろそろ獣人共を捌け」


 自分のこれからの発展を思い、宴を一層盛り上げるべく捕らえた獣人達を戦士達に振る舞うよう指示を出した。


 その時。


 甲高い飛翔音と共に、森の半ばから火の玉が打ち上がった。

 とっさの事に判断が付かず、また火矢ではなく火の玉が上がった事にリザードマン戦士達の反応が遅れる。

 これが火矢であれば何らかの攻撃と察知して動けたのだろうが、今まで見た事の無い物であった事がリザードマンの判断を鈍らせたのだ。

 火の玉はするすると空に向かうと、次第に力を失ったように勢いを落とし、そしてゆっくりと上位戦士達の居る広場の焚火に向かって落ちてくる。

 呆然とその光景を眺めているリザードマン戦士達の囲む、焚火に火の玉は落ち……


 大爆発が起こった。


 爆風と飛来した石片や鉄片は周囲に立っていたリザードマン戦士をなぎ倒し、その身体を容赦なく打ち砕いた。

 ばたばたと血まみれになって倒れる戦士達を前に、上位戦士はいきり立った。


「な、何事だ!」


 そう言って椅子から立ち上がった上位戦士の顔面に、ばっと真っ赤な血飛沫が満ちる。

 遅れて届いた銃声。

 その音を初めて聞くリザードマンが大半であったので、ほとんどの者がゆっくりと後ろに倒れてゆく上位戦士を呆気にとられて見送るが、昌長達と名も無き平原で激突し、無様な敗北を喫して逃げ帰った戦士達は気付いた。


「ら、雷杖だっ!!」


 悲鳴と怒号が交錯し一瞬で混乱に陥るリザードマン達。

 戦士はもとより、その家族達も集まる会合の場であった事が混乱に拍車をかける。

 爆発と上位戦士が撃ち倒された事で恐慌状態に陥ったリザードマン達が右往左往して逃げ惑い、戦士達は逆に敵を探して駆け回るので、動きに統一性が無く、混乱は一気に混沌へと変わってしまったのだ。


 そして、森から死の使者が現れた。


 緑色の草木を全身に付けた雑賀武者達が横隊で森の端から現れたのだ。

 そして、その異様な姿に肝をつぶしているリザードマン戦士が威嚇の声を上げるより早く、昌長の号令が轟いた。


「エエ具合に混乱しちゃあるぞ、撃てい!」


  ずどどん!


 ぴたりと筒先を揃えられた7丁の火縄銃の銃口から、轟発の音も高らかに閃光と白煙が噴き上がり、必殺の鉛弾が打ち出された。

 雑賀武者の放った鉄砲玉は、一発の無駄も無くリザードマンの身体と命を打ち砕く。


「撃て!」


 間髪入ず発せられた昌長の号令で、抱大筒の霰弾の再装填を終えた鈴木重之が混乱するリザードマンに駆け寄ると引き金を絞り落とす。

 轟音が轟き、リザードマン戦士達が風を受けた草のようになぎ倒された。


「撃てい!」


 3度目の号令は弾込めの間合いを見計らい、少し間を置いてからのものとなったが、三度みたび鉛玉がリザードマンの戦士やその家族に孔を穿つ。


 「全部に弾込めえ!止めさすで!……横列1!」


 昌長の号令で、2列横隊の雑賀武者達が、ざっと1列横隊に広がる。

 そして早合を使用して素早く弾込めを終える雑賀武者達。

 その動きに一切の無駄は無く、弾込めを恐るべき早さで終えた雑賀武者の手によって構えられた8丁の火縄銃の銃口は、ぴたりとリザードマン達を狙い、微動だにしない。

 しばしの間が開き、リザードマン戦士達が煙の向こうに注意を向ける。 


 その眼前。


 池から吹く風に今までの発射で生じた白煙が吹き飛ばされ、雑賀武者達の姿が露わとなった。

 雑賀鉢と呼ばれる、戦国時代でも特徴のある兜に、青色や緑色を基調とした縅も鮮やかな当世具足。


 そして手には火縄銃。


「あ、彼奴らだ!カッラーフ大戦士長を殺したのは彼奴らだ!雷杖だ!」

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