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第13話 獣人集落奪還戦1

カレントゥ城出発から1日後、ユエンの里近辺の森


 濃い森が覆う丘の上。

 ここからユエンの里をよく見る事は出来るが、里からは森の木々が視界を遮るため、この位置は見えない。

 森林人に支給された糧秣である練り小麦粉の堅焼きをかじりながら、昌長は里をじっくり観察していた。

 大きな池の畔に作られた里はいくつもの小川をまたいだもので、小川の上を木橋や石橋で繋ぎ、板葺きの家々が集まった、かなり大きな集落である。

 小川や池に近接して存在する天幕や草の塊のような家はリザードマンの物で、その規模も大きく、かなりの数がある。

 中には池に浮かんでいる物もあるが、それもリザードマンの家だそうだ。


「蜥蜴人が随分と入り込んじゃあるな?」

「ここはリザードマンの一大居留地だ。戦士だけじゃなく、各地に派遣されている戦士の家族も住んでいる」


 昌長の問いに小声で答えたのは、ユエンの叔父であるというタォル。


「……地形かえ?」

「そうだ、リザードマンの居住地は湿地帯や河川、湖沼の畔。ここはその意味で最も適した場所なんだ」


 次いで昌長が問うと、タォルは重々しく頷いて応じた。


「タゥエンドリンにとってもカレントゥから近い。交易拠点や船舶基地としてエエ場所やと思うんやが、ここはそういう使われ方はしてなかったんか?」


 ゆっくりと丘に上ってきた、雑賀でも指折りの水軍統領であった高秀が聞く。

 里の池は少し先で大きな河川にぶつかる。

 周囲の小川をうまく利用してあの先の大河と結べば、河川航路が開けそうなものだ。

 その問いに、タォルは苦笑して答える。


「それは私たちが細々とやっていた事だ。カレントゥでタウエンドリンの中枢と、エンデの地と北、西、それから東のリザードマンの地を小舟で行き来して交易していたんだよ。まあ、私たち獣人は差別される事が多いからなかなか儲けは出なかったが、各地の領主や勢力から受ける依頼は取りっぱぐれがないから、そこそこ上手くいっていたんだ。だから集落もここまで大きくなった」


 おそらくタゥエンドリンというよりも、森林人に船を積極的に利用して外と交易すると言う発想が無かったのだろう。

 タゥエンドリンは大国。

 故に必要なものはほとんど自国内で賄える。

 それにここはタゥエンドリンの中でも北東の辺地に位置している。

 王都とその周辺のみを支配するタゥエンドリン王の意識の範疇外だろう。

 基本的に各氏族の領域に王は口出しできないことも、遠因かも知れない。

 昌長は高秀とタォルが始めた交易路や船舶航路、果ては交易品や交易先の話を聞きながら周囲を見回す。


 海こそ見えないものの、大地と池や小川が混じり合う独特の風景はどこか故郷を思わせたのだ。

 少し感傷的になり過ぎてしまったと、自制してから言葉を発する。


「まあ、将来の話はエエわ、取り敢えずここに居着いた蜥蜴人リザードマンを何とかしやなあかん。タォルよ、ユエンを呼んでくれんか」

「分かりました」

「わいらも丘は下りとくよって」


 返事と共に踵を返したタォルの背にそう声をかけると、高秀を促し昌長も丘を下りる。


「さあて、策をば練ろうかえ」

「もうできちゃあるんやろ?」


 丘から下りてきた昌長と高秀を迎えた岡吉次が面白がるように言う。

 その言葉に、津田照算が苦笑を漏らし、芝辻宗右衛門が笑顔を浮かべ、佐武義昌がやれやれといった風情で首を振る。

 鈴木重之はにやりと笑みを浮かべて抱大筒を昌長に示し、隣に居た湊高秀が「よっ、統領!」とドンと昌長の肩を鎧越しにどやしつけながら言うと、昌長は軽く笑って答える。


「そう言うないや、こういうモンは気分や気分」





 近くの小川で獣人達に水浴びと洗濯を命じた昌長達月霜銃士隊の面々は、いち早く水浴びを終えたユエンをタォルを通じて呼び出した。


「なんだマサナガ。叔父から聞いたが、私に用か?」

「おうユエンよ、よう来た。まあ座れ」


 昌長の示した石に、ユエンはこくりと頷くと素直にちょこんと腰掛ける。

 義昌とフィリーシアはその姿に奇妙な者を見るような目で見ているが、当人のユエンと昌長は特に何かを気にした風も無い。

 普段義昌やフィリーシアが話しかけても、まともな対応をしないユエン。

 つっけんどんであったり、無視したりは当たり前で、時には激しくかみつくような勢いで反発する事すらある。


 しかし、昌長の言う事だけは素直に聞くユエン。


 その理由は薄々分かっている2人だったが、互いの顔を見合わせるだけにとどめておく分別のある大人な2人であった。

 そんなユエンが石に座ったのを見て、昌長は徐に切り出す。


「ユエンよ、早速やが里に戻ってくれ」

「え?」

「タゥエンドリンの王宮へ間諜に入った連中と一緒に、蜥蜴隊長の剣やら持って行って欲しいんや。出来るか?」


 驚くユエンに、昌長は真剣に言葉を継ぐ。

 その様子を見て、ユエンも何か重大な事を頼まれると覚悟を決めて返答した。

 それにそもそも剣を持って帰らなければ、早晩里の誰かが犠牲になるのだ。


「昌長の頼みなら……やる!」

「そうか、助かるで!」


 ユエンが頷きつつ答えるのを見た昌長は、再度男臭い笑みを浮かべて義昌の方を見た。

 義昌が昌長の顔を見て頷くと、昌長は言葉を継ぐ。


「昌長、詳しい作戦の説明しちゃってくれ」

「おう……ユエン殿には、里で蜥蜴人の主要人物に剣を渡して貰う。そして……尤もらしい口上を述べて貰う」

「口上?」

「そうや……亡くなった戦士長はこう言っていた、とな」


 義昌の言葉に戸惑うユエンだったが、昌長の助言で気を取り直す。


「その内容は?」

「“蜥蜴人の伝統に則り、最も優れたる者がこの剣を受け継ぎ、戦士を率いよ”と言う遺言を残したて言うんや……それでええんやな?姫さん」

「はい。リザードマンは武勇と蛮勇を何より好みますので、武勇を示したカッラーフ戦士長、その剣を取り戻さんと敵の本拠地に乗り込んだ配下の戦士達の剣を示し、そして遺言は最も優れたる者、とすれば……おそらく会合が開かれるはずです」


 昌長の言葉を補足して説明するフィリーシア。

 その言葉にふんふんと耳を傾けていたユエンは、小さく頷く。


「分かった、一番優秀な者がこの剣を引き継ぐという風にすれば良いんだな?」

「そうや、よう分かっちゃあらいして」


 昌長からぐりぐりと頭を撫でられ、くすぐったそうにしながらも喜ぶユエン。

 どうやら獣人達は頭を撫でられるという行為に弱いようで、昌長はユエンを通じて獣人達の頭を積極的に撫でて回って妙な信頼関係を築きつつある。

 それ以外にも昌長の指示で獣人達の食事を充実させたり、水浴びや洗濯を積極的にさせたりしている事も大きい。

 垢染みて薄汚れていた外套や衣服は洗濯の効果もあって色あせこそ直らないものの、すっきりと清潔感がある物へ変わっている。


 フィリーシアとそのお付きの弓兵と剣兵は、石鹸効果のある豆科の植物の種を見つけ出しては獣人達に配布したりして協力している。

 本来獣人達とは余り仲の良くない森林人だが、エンデ族は森林人エルフでも例外的に交易や遠出が好きな部族で、かつての領域にユエンの集落が存在するように獣人族とも古くから交流がある。

 排他的な他の森林人と少々異なり、割合気風は自由で差別意識も薄いのだ。

 リザードマン達とも決して対立していた訳ではなく、それ故突然の侵攻になすすべ無く敗れて部族は散り散りになってしまったのである。

 そんな自由闊達な気風を受け継ぐフィリーシアも、偏狭な所のある森林人にしては珍しく各部族や人種、種族の習俗に詳しい。

 戦いで得られた物もあるが、大半は自分が興味をもって調べたり尋ねたりして知識を積み重ねた結果である。


 因みに、フィリーシアは見た目に反して年齢は100を超える。

 不老長寿な森林人から見れば確かにまだまだ若いが、経験という事に関して言えば一角の物を持っているのだ。


「それで、リザードマンにそう言ったら会合が開かれるんだな?会合を開かせてどうするんだ」


 にこにこしながら剣を預けられたユエンがふと気付いたように尋ねると、昌長はこれまたにこにこしながら説明する。


「会合開くんやったら、集まるやろ?」

「それはそうだな、集まらなきゃ、話し合いは出来ないから」

「そうや、なるべく時間かけて、蜥蜴人をようけ集めて……一気に殲滅や」

「そ……それは、集まるまで待たなきゃだめって事か?」    


 笑みを凄みのある物にかえた昌長が言うと、ユエンは少しおびえた表情を見せる。

 要するに、計略を仕掛けて蜥蜴人をユエンの集落に集め、昌長達が襲いかかるまで里で待機しなければならないという事だ。

 既に里の獣人達には、リザードマンを排除する作戦を行うので、族長のユエンに黙って従うように犬の獣人を忍び込ませて伝えてある。

 その伝達をした犬獣人は、戻って伝達が済んでいる事を伝えた後に今回の一行にも加わっていた。

 リザードマン達は自分達の戦力に自信があるのか、見張りをして里の獣人達が大ぴらに外へ出る事は禁じているものの、夜などに獣人達がちょくちょく抜け出していたりする事にはあまり頓着していない様子だ。


 そもそも食料を得る為には山野で狩りや採取を行わなければならず、獣人達を確保してはいても食糧を供給するという事をしないリザードマン達にとって、自分達で勝手に食べ物を取ってくるのは構う事ではないのだろう。

 自分達の家畜を世話させているのに、かなり酷い扱いである。

 故に、何とかリザードマンの目を盗んで狩りや採取で食料を調達するか、従軍して雑用をこなす他に食料を手に入れる術が無い獣人達はやせ細っているのだ。

しかし昌長に従った15人の獣人達は、十分な食料を与えられて今は元気にしている。


 身体も一回り大きくなり、毛艶も良くなって顔色も赤みが差した。

 何より行動や動作が素早く機敏になり、また心身に余裕が出来たせいか、生来の陽気な性格が顔を出し、今や雑賀武者達ともまるで友のように接している。


「そうや、それからその時にある物を渡すさけに、1人は里に潜んで、合図があったら準備して池の畔の乾いた場所へ埋めるんや。使い方は義昌が教える。カンやタォルも先に里へ忍び入って協力させるよって」

「わ、分かった」





 そうしてカッラーフ以下3名分の剣を奉じて里へ戻ったユエン達4名の獣人。

 早速護衛か連行か分からないような風情でリザードマン戦士達に囲まれ、里の中に作られたリザードマン戦士の兵営に連れて行かれる。

 そこで4人の獣人達は跪き、上位戦士の目通りを受ける。


「私にこの剣を託した戦士殿は、蜥蜴人の伝統に則り、最も優れたる者がこの剣を受け継ぎ、戦士を率いよと、私に戦士団に立ち戻って伝えるよう言い残されました……私たちは戦う術を持たない者、その場から逃げる事しか出来ませんでしたが、この口上と剣だけは伝えねばと……」


 上位のリザードマン戦士に事の次第を伝え、ユエンが昌長に教えられたとおりの口上を述べた所、そのリザードマン戦士は椅子を蹴立てて立ち上がる。

 そして脇に控えていた戦士に命じた。


「直ぐに周囲の戦士団の主立った者達へ使いを出せ!大戦士長の後継を決める!」


 密かにこれ程うまくいくものかと感心し、そして企てが成功した事に愉悦を感じて含み笑いを漏らすユエン達獣人。

 これまでも相当酷い仕打ちを受け続けてきたのだ。

 これで終わるかと思えば、笑みも込み上げてくるという物だ。

 しかし、リザードマン戦士の次の言葉が、彼らの心に冷水を浴びせる。


「貴様ら、実にご苦労だったが、この不名誉を余所に吹聴されても困るのでな。戦士達が集まる場で我らの贄となって貰うぞ……捕らえろ」


 あっという間も無く控えていたリザードマン戦士達の圧倒的な膂力に抗う術なく、ユエン達は相次いで捕らえられる。


「そ、そんな無茶苦茶な!戦士の死を命懸けで伝えた者に、こんな事をするのか!」


 思わず叫んだユエンに、立ち去りかけていた上位戦士はおもしろい物を見る目でユエンを見る。


「ほう、まだその様な口を利く者が残っていたか。その様な者はあらかた食べ尽くしたと思っていたがな」


 そう言いつつ押さえつけられたままのユエンの顔面を硬い拳で殴りつける上位戦士。

 身体を押さえられているので躱す事も反らす事も出来ず、石鎚で殴打されたかのような強烈な打撃をまともに受けたユエンの意識が飛ぶ。

 しかし再度の殴打でユエンを無理矢理覚醒させ、その顔を大きな手で掴んでぐっと力任せに持ち上げると、上位戦士は牙の並んだその長い口を開いて生臭い息を吐きかける。


「う……」


 薄目を開けたユエンに、僅かに口角を上げた上位戦士が言う。


「お前は……記憶があるな。確か村長の娘?だったか……お前の父親は筋張っててとても食えた物ではなかったが、母親はまずまずだったぞ。お前の肉はどちらに似ているのだろうなあ?」


 目の前で惨殺され、解体されてしまった両親の事を思い出し、それを行ったのがこの目の前の戦士である事も併せて思い出したユエンの全身に力がみなぎる。


「う、うがあっ!……がっ?」

「生きの良い獲物は嫌いではないが……少し大人しくしていろ」


 全身のバネを使って跳ね上がったユエンだったが、それでも戒めを解く事も、上位戦士の喉元に食らい付く事も出来ず、再び振るわれる容赦の無い殴打で気を失った。


「牢へ閉じ込めておけ」

「はっ」


 歯を食い縛ってその遣り取りを眺めている事しか出来なかった獣人達。

 ユエンを含めた4人の獣人達は、里に作られた牢へ、リザードマン戦士達の手で引き立てられるのだった。





 ユエンと一緒に王宮へ忍び込んだ犬獣人は、1人だけ離れて既に先に忍び込んでいたカンやタォルと合流した。


「ユエンが捕まったみたいだ」

「えっ?」

「戦士長の選出をする時に食われるらしい」

「……た、大変だ!」


 犬獣人からその事実を伝えられたカンが慌てふためくが、タォルがその肩をぐっと押さえる。


「慌てるな……今はマサナガ殿の依頼を果たせ」

「大丈夫だ、直ぐには殺されない。トカゲ共は新鮮な肉を好むからな……お前も知っているだろう?」


 タォルと犬獣人の2人からそう言われ、カンもようやく落ち着く。

 しかし同時苦い思い出も脳裏に映し出される。

 突如この里へリザードマン戦士が雪崩れ込み、手当たり次第に里人を捕らえた後、里長が降伏を申し出た際に宴が開かれた。

 その宴に供されたのは、言うまでも無く虜になった獣人達だったのだ。

 知人や友人、親族の変わり果てた姿を見て、逃亡しようとした者は更に捕らえられ、怒りに身を任せた者は圧倒的なリザードマンに殺され尽くした。

 今残っている者達は何とか知恵を絞り、この事態を打開しようと機会を窺っている者達と、逃げる事すら出来ないまま里に残った幼子や老人、病人、それにそんな家族を持って見捨てられないままに居残っている者達だ。


「そ、そうだったな……ユエンは閉じ込められているのか?」

「ああ、ユエン達は里の牢に入れられた」


 里の牢は元々リザードマンがこの地を占拠する前からあった物だ。

 獣人達が獣人の犯罪者を閉じ込めるつもりで作った物なので、そう無茶な造りもしていないし、環境は良いとは言えないが数日ならば問題あるまい。


「里人には女子供老人から優先的に森へ逃がすよう伝えたか?」

「そっちは抜かりない、前に一度この里へ戻った時にも伝えてあるからな。夜になったら順次逃げる事になってる」


 タォルの問いに、犬獣人が自信を持って答える。

 この犬獣人は里の現状把握とユエン達の安否を里に伝える為、密かに一度この里へ舞い戻っているのだ。

 その時に昌長から里人の協力を取り付けるよう依頼されており、獣人達へは既にユエンが援軍を連れて里を救いに来るという話が伝わっている。

 今回はカレントゥ城という逃げる先もあるし、一時的に森の中へ移動するくらいであるなら病人や老人、幼子にも容易い。

 それにリザードマン戦士が本当に倒されるのならば、追っ手の心配も無い。


「よし、合図があるまで里に潜んでいよう」

「あの箱……どうなるんだ?」


 タォルの言葉に頷きながらも、カンは不安そうに昌長から預けられた10余りの小さな箱を見て言う。

 この中で昌長達の戦い振りを見た事があるのは犬獣人だけ。

 自然とタォルとカンの視線は犬獣人へと向けられるが、当の本人は視線を感じると余裕のある表情で言った。


「心配ない、マサナガ様に任せておけば良い」


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