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第11話 初戦出陣前

 光神歴4317年6月中旬、タゥエンドリン=エルフィンク王国、カレントゥ城


「さあて、早速やけど、談合しょうか」


 荷解きの終わった事を確認した昌長が主な者達に声を掛ける。

 今回、フィリーシア率いるエンデ守備隊と的場昌長率いる月霜銃士隊は併せて72名。

 フィリーシア・エンデ・タゥエンドリンと隊長の昌長、それに銃士隊の6名に昌長が別に雇用した事になっているユエンら5名の獣人に弓兵、剣兵各30名を加えた総勢である。

 さすがに王も実の娘であるフィリーシアを裸で荒野に放り出すような真似はせず、数ヶ月は辺地においても過ごせるだけの食料や武具、工具、生活用品を支給してくれていた。


 昌長は兵の部署や配置を決め、門前に土塁を築いて臨時の防御設備を構築し、城内を清掃させて居住地を確保する。

 カレントゥ城は元々政庁としての意味合いの強い城である事から、居住性については申し分ないが、防御性についてはやや劣る部分があるようだ。

 しかし昌長は弓兵を効果的かつ集中的に配分し、剣兵と併せて軍を3交代制の配置に就け、現在も10名の弓兵と10名の剣兵が任務に就いている。


「周囲の把握と視察は如何しますか?」

「取り敢えず周囲へ残りの20名、斥候代わりに放っちゃある」


 昌長がフィリーシアの問いに淀みなく答えたとおり、既に昌長は非番となる剣兵と弓兵を2人一組にして周囲に放っていた。

 残念ながらこの地域に支配を受けるべき住民は居ないだろうから、政務について今考える必要は無い。


 食料や武具などの補給もしばらくは王都から受けられる事になっているし、現時点では荷馬車でかなりの量を持ち込む事が出来たので心配は無い。

 量的には半年程度、籠城にも耐えられるだろう。

 しかし昌長はこの城にただ籠もっているつもりはなかった。


「城の修繕は残った兵に任せるわ。まあ大した事も出来やんが、穴をば塞いで石積むだけでも大分ちゃうさけ、やっといてんか」

「分かりました」


 昌長の指示にフィリーシアが頷く。

 因みに昌長の立場はカレントゥ城主。

 昌長に与えられた書状にはエンデ地域の軍指揮権を与える旨が記されており、この地域において僅か100名足らずではあるが、タゥエンドリン=エルフィンク王国唯一の軍指揮官となっている。

 それ故にフィリーシアも王女ではあるが軍編制の上では昌長の指揮下に入る。

 フィリーシア自身に不満は無く、昌長にもわだかまりや遠慮は無いが、明らかに王による嫌がらせである事は言うまでも無い。


「防御は取り敢えずこれで大事ないやろ、ほいたらわいらは討って出るでえ」

「えっ……本気ですか?」

「マサナガ?」


 昌長の不敵な笑みと共に発せられた言葉。

 その内容にフィリーシアとユエンが驚いているものの、会議に参加していた義昌らは当然と言った様子で頷いて言った。


「こないなちっさい城で何時までも引き籠もってたかて発展性は無いやろ?周囲の蜥蜴人共討ち果たして、荘やら郡やらを平定しやなあかん」

「取り敢えずユエンから聞いた軍勢から叩き潰しちゃろ」


 義昌の言葉を受けて昌長はそう言いつつ、フィリーシアから預かった周囲の絵図面を広げた。

 図面上には道すがらユエンから聞いたリザードマン戦士団の配置されている場所が、木炭で黒く書き込まれている。

 その内ユエンの一族が住む、タゥエンドリン北東地域を指で示す昌長。


「まずはここを落として、ユエンの一族をこっちへ引っ張り込むでえ」

「こ、こんな近くにリザードマンが……ここへ向かうのですか?」

「そうよ、既に作戦は出来ちゃある」


 フィリーシアが更に驚き、昌長の顔をまじまじと見つめるが、昌長は特に気負った様子も無く答えると、地図を指でなぞりつつ説明する。


「ユエンから聞く限りやと蜥蜴人共は東の湿地帯を囲むようにして住んでるだけで、実際この森の中へはそうようけ入り込んでへん。なんで、森伝いに移動して、里の手前で裏側に回り込んで襲っちゃるんよ」

「……大丈夫なのですか?」


 心配そうなフィリーシアに、昌長は不敵な笑みを浮かべてその背を軽く叩き、自信満々に言った。


「気遣いないて姫さんよ、あ奴ら自分が攻められるとはいっこも思うてないのや、間違い無い。それで急所になるような場所をば襲われたら、こら相当びびるでえ……まあ、いっちょわいらに任しといちゃれよ」








「マサナガ……本当に大丈夫なのか?同情して私たちを救おうと無理しているなら止めてくれ。私はお前に賭ける事にしたんだ。里の事は……まだ良いから」


 会議が終わり昌長が義昌や照算らと共に席を立つと、ユエンが直ぐに近寄って来て眉根を寄せた心配そうな顔で言う。

 タゥエンドリン東北部に進出しているリザードマン戦士団の配置を昌長に教えたのは、他ならぬユエン自身だ。


 彼女らは他の征服された獣人達と一緒にリザードマンの雑用係や荷物搬送係として徴用され、各地のリザードマン戦士団の補給に回っていたので、タゥエンドリン北東部におけるその配置を概ね把握している。

 加えて自分達獣人の集落の場所についても当然ながら把握しているので昌長に伝えたのだ。

 いくら昌長達月霜銃士隊が強力な魔道杖を持っていたとしても、リザードマンの戦士団は既に10余りこの地域に進出している。


 それぞれが100ないし200ほどの強力なリザードマン戦士を有し、侵略を為し得るほどの知能と好奇心、冒険心を持った優秀な戦士長に率いられているのだ。

 それに比べて味方は月霜銃士隊にフィリーシア配下の兵を合わせても100に満たない弱小勢力。

 それもリザードマンに対しては膂力や防御力に劣る森林人と平原人の混成で、敵となるリザードマン達がまだその戦力を把握していないと言う事が唯一の救いである。


 現状ではとても優位にあるとは言えない状態だ。 


 しかしその頭を乱暴に撫で繰り回すと、うめき声を上げるユエンに昌長は笑みを向けて言葉を発する。


「気遣い無いわ。さっきも姫さんに言うたけどよ、ユエンの里はエエ所にあるんじゃ。多分蜥蜴人共も中継点が欲しかったんで占領したんやろな」


 フィリーシアやユエンが言うには、リザードマンは居住場所であり戦闘上得意な地形でもある湿地帯から余り離れたがらない種族のようだ。

 現在も戦士を派遣してタゥエンドリンの各地を荒らしているものの、今までのように定着する事は無く引き返してしまうので侵攻は止まっている状態なのである。


 件のユエンの里だが、森に入り込んだ湿地帯の外れ、大きな池の畔にある。


 そこから流れ出る川沿いの湿地帯にリザードマン戦士の居留地は点在しており、ユエンの里はリザードマンの国、マーラバントからタゥエンドリン東北部へのいわば中継点であり、集約点であるのだ。

 カッラーフはこの重要拠点を任されていた武勇優れたる大戦士長で、タゥエンドリン北東部への侵攻軍の主導的立場にあったらしい。


 フィリーシアの率いる軍を撃破した後、逃走した残党を少数の戦士達に追わせている際に昌長らと交戦したので、大戦士長でありながらカッラーフの率いていた兵は僅か50名ほどだったのだ。

 しかし、未だユエンの里にはリザードマン戦士が50名近くおり、カッラーフ亡き後の戦士長の座を巡って力のある者同士が争い、牽制し合っているという。

 因みにリザードマンの戦闘単位は戦士長と呼ばれる家長が頂点となった血縁関係による結び付きが主体となったもので、男女の別なく最も優れた戦技を有する者が一族を率いる。


 そして移住性が強く、進出した先の先住者を打ち破ると、その場所にそのまま定着してしまうのだ。

 主食は湿地鼠と呼ばれる豚ほどの大きさの家畜で、湿原に生える草を主食とする齧歯類の草食動物である。

 ただし、リザードマンは敵対した種族や部族をその種類如何に問わず食べてしまうと言う悪癖があるため、他種族からは非常に恐れられているのだ。

 そんなユエンの危惧も何のその、昌長はいつもの調子で問い掛けた。


「ほな、明日出発するで。ユエンよ、荷運び人夫は揃うんやろ?」

「あ、ああ……明日には10人、ここへやって来る事になっている」


 今回はユエンの村への密行進撃。

 行軍にあたって糧食などを運ばなければならないので、昌長はユエンに依頼して荷運び要員として体力と歩行能力に優れた獣人達を集めたのだ。


「信用出来るんでしょうか?」

「馬鹿にするな、みんな私の知り合いだ」


 宗右衛門の言葉にむっとするユエン。

 ユエンは今回の昌長の依頼にあたって、密かに自分の里から出てリザードマンに使われている者達を引き抜いてきたのだ。

 幸いにもフィリーシアの軍を打ち破ったばかりで、カッラーフの一族以外で集められたリザードマン戦士団は一旦居留地に戻っていることから今は従軍労働も無い。


 そうして集められた獣人達に、昌長らは自分達の分も合わせた糧食を運ばせる事にしていたのだ。


「心配すんな、信用はしてるて言うたやろ?おまんのことは頼りにしとるぞ」

「う、うん……なら良いんだ」


 昌長の言葉には素直に頷くユエン。

 それを見ていた獣人仲間達は溜息を吐き、義昌は顔をしかめる。


「何じゃ義昌?」

「いや、余りおなごをからかうもんやないで」

「はあっ?何のことや?」


 意味が分からず怪訝な表情で返す昌長に義昌はますます顔をしかめ、逆に昌長をちらちら見ては顔を赤くしているユエンを前に獣人仲間達は更に深い溜息をつくのだった。











 そうして獣人やフィリーシアらと分かれた昌長は雑賀武者達のたむろする部屋へと戻る。

 そしてそれまでの雰囲気を一変させ、深刻そうな顔つきで話しかける。


「おい、弾と玉薬はどんかい残っちゃある?」


 昌長の問いに宗右衛門がまず応じる。


「6匁筒は1人18発分、昌長様の分も入れれば72発分です」

「長鉄砲は……15発」


 次いで照算が言うと、鈴木重之が思案顔で報告する。


「抱え大筒は8発分やな」

「わいの短筒は、全部で20発分やなあ」


 最後に湊高秀が報告すると、昌長と義昌は難しい顔で腕を組む。

 弾丸の素材は石でも銅でも鉄でも、それこそ金や銀でも構わない。

 金属なら融かして丸くすれば出来上がるし、石ならば丸く削れば良い。

 それに雑賀武者達は個人個人が弾を作る為に、鉛柄杓と弾鋳型という弾丸製造具を持ってもいる。

 最悪火薬さえあれば棒火矢のように矢を装填して撃つ事も可能だ。

 尤も、矢の柄が撃発に耐えられずに暴発する事が多いので、余りやらない方が良い事ではある。


 しかし肝心要の火薬はそうはいかない。


「後2回3回は何とかなるか?」

「おう、今の規模の戦やったら6匁筒で1回4発か5発ちゅうくらいやさけ、まあ大事とっても3回がええとこやろな」


 昌長の問いに義昌が答えると、周囲の雑賀武者達も頷く。

 この話題については昌長ら全員が最も気にしている所で、昌長の周囲へ自然と全員が集まってきた。

 昌長は義昌からの答えを聞くと腕を組んで重々しく言う。


「……多分次は大戦になるよって、もうあかんな」


 おそらくユエンの村という拠点を奪う事になる次回の戦いでは、火薬と弾を今まで以上に使う事になるだろう。

 ただ追い払うだけでは無く殲滅する必要があるからだ。

 昌長の見立てでは早晩、火薬と弾丸が尽きる事になる。

 そうなれば月霜銃士隊、というよりも雑賀武者達の威力は半減だ。

 もちろん、刀剣戦闘や組み討ちにおいても雑賀武者はかなりの力量を持ってはいるが、火縄銃の狙撃と連撃に比べれば、児戯に等しい戦闘能力だ。


 雑賀武者の真価は火縄銃を使用しての戦闘にこそある。


 故に、火薬と弾丸の確保は死活問題であった。


「鉛は……買うたんか?」

「姫から金貨貰うたので、それで少しばかり買うときました。小荷駄の中に木炭と一緒に紛れ込ませてあります」


 昌長が謁見の間でぶちまけた報償の金貨はフィリーシアが気を利かせて回収し、昌長本人ではなく宗右衛門に手渡されていたのだ。

 宗右衛門は昌長の指示を受け、その金貨を使ってこの国の武具や木材、馬車に馬、食料を買い込んで王都の補給品とは別の月霜銃士隊の物資として確保した。

 それに加えて石臼に木炭、植物油、獣脂、油脂、松脂、鉛や銅、鉄の鋳塊インゴットをこっそり買って木箱へ厳重にしまい込んである。


「硫黄と硝石は売って無かったか?」

「ありませんでした、相当探したのですが」

「そうかえ……」


 宗右衛門の答えに少し落胆した素振りを見せ、昌長は下を向いて考える。


「弾はまあ鉛さえあったら何とかなるからエエとして、問題はやっぱり玉薬やな……」

「硝石は硝石丘で作る他無いです」


 昌長の言葉に応じて、宗右衛門が難しい顔で言う。

 硝石丘とは火縄銃に使う黒色火薬の原料の一つである焔硝の製造を行う方法で、草や藁と糞尿、土を混ぜて硝石を含む土を製造する方法であるが、1年から2年、長いと5年ほど時間が掛かる。

 後は硝石を含んだ土を水を加えてから濾過して煮詰め、硝石を取り出すのだ。

 しかしながら直ぐに硝石が必要な昌長達には現実的でない。

 ただ、長期的に考えれば硝石丘での焔硝製造は行わなければならないだろう。

 後は家畜小屋や古家、便所の近辺や床下の土を採取し、これを加水の上煮詰め、既に自然に出来た焔硝を取り出す他無いが、これも労力が必要だ。

 それに、今の昌長の放置に住民は居ないので、前提となる家屋が存在しない。

 古屋でももちろん可能だが、あまり期待は出来ないだろう。


「硝石の鉱山は……ないやろなあ」

「そもそも火薬のあらへん所やで、火薬の原料がある訳無いんちゃうかな?」


 昌長の希望がない交ぜになった言葉に吉次が軽く応じる。

 日の本にも硝石鉱山は無かったが、昌長は交易で関わりを持った南蛮商人達から異国には硝石を鉱山から採掘している場所もあると聞いた事があるので、そんな言葉が出たのだ。

 しかし無いものは仕方が無い。

 昌長はパンと自分の膝を叩いて言葉を発する。


「いずれにしても今は蜥蜴人をばがっちりいてこまして、撤退に追い込んじゃらなあかん。せやないとこれからどうも身動きが取れへん。硫黄と焔硝探しはそれからや」

「まあ、硝石丘の準備だけは進めときます。姫さんに言うて必要な物を揃えて貰うとくようにしますんで。硫黄は……温泉やら火山やら調べときます」

「まあ、ありそうやけどな、火山は……」


 宗右衛門の言葉に、重之が可憐東城の西方を見る。

 そこにはうっすらと噴煙をたなびかせる火山が見えた。


「あれが姫さんの言うてた竜の住まう火山かえ……存外近いのう」

「竜なぞほんまにおるんかえ?」


 吉次が手をかざして火山を遠望しながら言うと、高秀が疑問の言葉を発する。

 このグランドアース世界では、竜は現実の生き物として存在し、そしてその強大な力を此の世で理不尽にも振っているという。


「竜も……いてまわなあかんか」

「まあ、住み家を荒らす訳ですから、すんなり硫黄を採取させてくれるかどうか……」

 義昌がつぶやくように言うと、宗右衛門も言いにくそうにしながら言葉を発した。


「まあ硫黄のありなしぐらいは分かるやろ。屁の粉みたいなくっさい黄色い粉なんぞ目立ってしゃあないさけな。まあそれも頼んどくわ」


 宗右衛門へそう言うと、昌長は立ち上がる。


「ここの守備は姫さんに任せたらエエ、わいらはわいらに相応しい仕事するで」


 そう言うと昌長は獰猛な笑みを浮かべるが、周囲の雑賀武者達の顔にも同じ笑みがある。

 それを見た昌長は頼もしそうに頷くと、最後の一言を発した。


「ほないこか」

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