第107話 終話
タゥエンドリン・エルフィンク王国、王都オルクリア、王宮、玉座の間
王都オルクリアは昌長の下に屈した。
昌長は直卒の白兵戦団を投入して北の城門から城壁を制圧すると、王都内の衛兵屯所や官庁をあっという間に制圧した。
抵抗する者は最早なく、制圧と言うよりも接収の体を為していたが、昌長は迅速に王都オルクリアを掌握する事に成功したのである。
そして、王宮を包囲すると、最後の抵抗を示していた気骨ある衛兵や近衛兵達を火縄銃での一斉射撃とその後の突撃で一掃し、宝物庫や文書庫を抑えた。
大筒を率いた本軍は、王宮制圧後にフェレアルネン政権の残党やカフィル王子が残していった残置兵を掃討しつつ大通りを進撃、王都オルクリアの市民達に昌長の勢威を示すと同時に、この地が昌長の支配下に入ったことを知らしめる。
タゥエンドリンとフェレアルネン王の旗は降ろされ、月霜を象った軍旗が城壁や官庁、更には王宮に掲げられる。
事ここにいたり、ようやく昌長の王都上洛は成ったのである。
「ほな、姫さんよ。そこへ座りよし」
「はい、マサナガ様」
昌長の言葉に素直に頷き、フィリーシアは側近のリエンティンとミフィシアを従えて玉座へゆっくりと登る。
玉座の前の階下には、この度の遠征に加わった諸将が居並んでいる。
玉座から見て右にはマサナガを筆頭とした雑賀武者の面々やドワーフ、小人族、平原人などの将官が並び、左にはエルフ族の高位高官達が居並ぶ。
そして彼らの下座には、玉座に正対する形で主立った隊長や兵士、王都の商家や有力者が多数集まっていた。
しかしそこにフェレアルネン政権を担った高位高官は1人もいない。
彼らは王都から逃れ出ただけでなく、逃げ散ってしまったのだ。
王都に居残った者達も、全て昌長やその配下の者達の手によって捕らえられ、その全てが入牢している。
抵抗を示した者達はもちろん、敢えなく討ち取られたことは言うまでも無い。
諸将の居並ぶ中を静かに歩き、そしてフィリーシアはやがて玉座に至った。
その手前の左右にはリエンティンとミフィシアが控える。
昌長はフィリーシアの姿を満足そうに眺めると、傍らにやって来て控えていたリンデンの捧げ持つ木箱から王冠を取り出した。
「あれは、まさか……」
「王冠はフェレアルネン王と共に失われたはず、何故それがここにあるのだ?」
「マサナガ様があれをお持ちとは、いやはや……」
本当のタゥエンドリンの王冠を知るエルフ族からは疑問と感嘆の声が上がる。
翻ってそれ以外の諸将からは驚きの声が上がった。
「しかし、あれは、もしや木製の王冠か?」
「素晴らしき細工……ドワーフの工芸技術か?」
「ふうむ、エルフの王の王冠を我らが手がけることになるとは……感慨深いものだ」
「驚いたな、木製の王冠があれ程輝いて見えるとは」
昌長はそんな声を聞きながら更に笑みを深め、アスライルスに視線を向けた。
アスライルスは一つ頷くと、大杖を床に一つドンと突いて音を出すと、ゆっくりと前に進み出た。
そして全員が注目する中、アスライルスは昌長の前を通り過ぎ、フィリーシアに近付くべく歩みを進める。
昌長もその後に続いて王冠を手に玉座に近付く。
アスライルスは玉座に掛けるフィリーシアの前に立ち止まると、厳かな口調で言う。
「フィリーシアよ、タゥエンドリン・エルフィンクの王位を継ぐこと、覚悟は出来たか?」
「はい、身命を掛けて王の務めを果たすこと。我が祖霊に誓います」
フィリーシアの宣誓の言葉を聞き、アスライルスは小さく頷くと言葉を継ぐ。
「されば吾が立ち会いとなりて、マサナガがそなたに王冠を授けよう」
アスライルスが昌長に場所を譲り、前へ出た昌長がにやりと不敵な笑みを浮かべながら王冠を軽く上に上げる。
「マサナガよ、王冠をこれへ」
「おう」
苦笑を漏らしつつアスライルスが言うと、昌長は短く応じつつほのかに恥ずかしげな笑みを浮かべるフィリーシアの金髪に触れながら、王冠をそっと頭に載せた。
その瞬間、どっと歓声が上がり、更には万雷の拍手が玉座の間に満ちる。
「吾、青竜王アスライルス、ここに新たなる王の誕生に立ち会いこれを祝す!」
アスライルスはその言葉と同時に右に下がり、昌長は左に下がって拍手を送る諸将や人々に向き直った。
フィリーシアはすっくと玉座から立ち上がると、拍手が止むのを待ってから徐に口を開く。
「ここにフェレアルネン王を正式に廃し、我が名フィリーシアをもってタゥエンドリン・エルフィンク王国の正当なる王権を樹立します。皆さん、今までありがとうございました、そしてこれからも力を貸して下さい」
フィリーシアがタゥエンドリン・エルフィンク王国の王に即位したことで、昌長の戦略の概ねが達成された。
昌長はフィリーシアから月霜大公の爵位を授けられるとともに現在の支配領域を追認され、タゥエンドリン・エルフィンク王国の軍事指揮権を掌握した。
これからは各地の軍閥化した勢力を潰し、フィリーシアの名の下にタゥエンドリン・エルフィンク王国の勢力圏を確立するのだ。
昌長はフィリーシアらタゥエンドリン縁故の者達に王都の行政機構の再構築を命じる一方、自分達の兵を使って王都の治安維持に腐心する。
短期間に支配者がころころと入れ替わったことで、政策に一貫性がないまま王都は混乱の極みにあったのである。
昌長は最初に王都の鎮定にあたり、敵対勢力の掃討と間諜の排除に注力した。
ゴロツキを装って居残っていたカランドリンの残置部隊やカフィル王子の協力者をあぶり出し、隠れ潜むフェレアルネン政権の高官達を捕縛したのだ。
時には武力をもっての暴圧も実施したが、概ね王都の市民は昌長が無体な統治者ではないことを理解し、徐々に平穏を取り戻しつつある。
昌長は南は敵対勢力の本拠地であるので許さなかったが、北の地域との交易や行き来は自由にしたので、商業活動も少しずつ活気を取り戻してきていた。
王都オルクリア北の昌長拠点
昌長は率いてきた軍の一部を本拠地のカレントゥ城に戻して再編し、更には王都守備隊を新たに設立した。
既存の施設や装備をそのまま流用するが、かつての王都守備隊の兵士達は本当にやる気のある者以外は全て地方に左遷し、新たにエンデの地を中心に兵を募ったのである。
中には平原人や小人族、ドワーフなども含まれているが、彼らもきっちりと組み込むことで人員不足を補う。
更にアンデッド討滅戦で使用した陣地を正式に町と拠点として整備を加え、昌長は王都オルクリアにほど近い場所に軍事と政務の拠点を設ける。
フィリーシア政権とは若干距離を置き、今後の領土拡大と大陸制覇を目指すためには必要な措置であったが、今はまだタゥエンドリンの国内戦争の真っ最中であることから、必然と拠点は軍事的な意味合いを強くし、地理的な理由もあって昌長の進発の最重要拠点となっていた。
その拠点の本営。
昌長が執務室を設けた手前の会議室では、今正にタゥエンドリン再統一の施策、いや戦争計画が発動している。
「まず、港を占領しちゃあるゴルデリア、それから南に下がったカフィル王子、更にはレオンティアのカンナルフィンたらいう族王、マーラバントの残党を受け入れたコーランドとこっちを窺うてるカランドリンも一叩きしときたい」
昌長の言葉に、各地から集まった雑賀武者達が力強く頷く。
「岡吉正には、今までどおりコーランドの攻略を頼むわ」
「おう、分かったわ」
頷きながら言う岡吉次は、今や月霜大公領の北方方面軍を率いるマーラバント守護職として、コーランドやシンランドに強く畏れられている。
昌長は頼もしく胸を叩く吉次に笑みを向けてから、顔を左へ転じる。
「湊高秀には、湖からゴルデリアを叩いてくれ。水軍を潰したら進退窮まって帰るやろ」
「承知や、ついでにカランドリンも荒らしちゃろう」
月霜大公水軍統領と兼ねて東エンデ守護職となっている湊高秀は、岡吉次と同じように胸を叩いて応じる。
湊高秀の水軍はカランドリンの水軍を壊滅させただけでは飽き足らず、中央湖の湖賊を討滅し、大河から南方海域までの水路を掌握している。
ゴルデリアとの直接対決はまだないが、ゴルデリア側は中央湖の水軍勢力を壊滅させた湊高秀をかなり警戒している様子が窺える。
「頼んどか」
昌長は再び頼もしげに笑みを向けてから、その隣に座る鈴木重之に視線を移す。
「鈴木重之、おまんは新たに軍を編制して西の平原人の国を平らげてくれ」
「いよいよやな、任せちゃれ」
今まで副将格で昌長に付き従っていた鈴木重之は、この度ハーオンシア守護の上位に立つ西方探題に任じられ、平原人諸国の攻略に乗り出すことになっている。
先遣隊となっているハーオンシア守護のシルケンス率いる小人族の部隊が既に平原人国家と小競り合いを起こしており、各国は昌長の動向に神経を尖らせると共に、重之の動きを注視していた。
昌長は次に右へと顔を向ける。
「津田照算と芝辻宗右衛門、おまんらにはカレントゥや本拠地の守備と、各方面への後詰め役を頼む」
「うむ……任せてくれ」
「分かりましたわ」
「おう、しっかり頼むで」
津田照算と芝辻宗右衛門は一旦カレントゥに引き上げて、統治と物資の確保に努めることになっている。
兵は拙速を尊ぶ、で電撃的に王都へ上洛を果たした昌長達であったが、無理は祟ってしまっている。
兵の調練と火薬の製造、火縄銃の張り立てはまだまだ不足しており、それらを充実させる必要があるが故に、昌長は2人を引き続き本拠地の担当としたのだ。
最後に昌長と長年……雑賀で切磋琢磨を重ねてきた相手でもある佐武義昌に顔を向ける。
「佐武義昌は王都守護職を任せるわ、つまりは王都で姫さんの面倒見を頼むわえ。ついでにカランドリンの頭を抑え付けちゃれ」
「引き受けたわえ。まあ、よう任せよし」
「気遣い無いとは思うが、カランドリンが本気で出て来た時は無理しよすなよ」
昌長の言葉に義昌は鼻で笑う。
「誰に言うちゃあるんよ。カランドリンなんど、押し込んじゃるわ」
佐武義昌もグランドアース世界に来てからは昌長の副将としての地味な仕事が多かったが、月霜大公勢力においては誰もが一目置く重鎮中の重鎮。
その重鎮中の重鎮が王都の守護に就く。
率いる兵は少なくなるとしても、滅多なことでカランドリンは国境を侵すことは出来ないだろう。
昌長は全員を見回し、席から立ち上がって宣言するように言う。
「わいは主力を率いてカフィル退治や……では任せたで!」
グランドアース世界の歴史に突如現れた7人の異相の銃士達。
彼らは大いにこの世界の歴史を動かし、発展させ、そして大きな足跡を残して消える。
後に大陸の七王と呼ばれ、グランドアースの一時代を築いた彼らの事績は枚挙に暇がない。
タゥエンドリンに地盤を築いた昌長らが大陸制覇に乗り出すまでを記したここまでの物語は、彼らの勃興期における事績のごく一部。
大陸制覇の序章に過ぎないが、物語は一旦ここで終わりとなる。
皆様、長い間応援ありがとうございました。
此の者語りはここで完結となります。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




