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第105話 王都攻撃2

 大きく月霜の紋を染め抜かれた陣幕が張られた中央。

 昌長は隣に座るフィリーシアへちらりと視線をやりつつ、正面で盛んに閃光と白煙を噴き上げ続ける大筒群を眺めていた。


 巨大な10貫砲を真ん中に据え、左右に小振りな1貫砲や3貫砲が多数並べられている。

 10貫砲は5門を湊高秀が苦心して持ち込んだもので、3貫砲は新たに鋳造された物を津田照算が補給物資と共に運んできた物だ。


 1貫砲は元々昌長が軍に帯同していた物で一番数多く揃えられてはいるが、その軽便さに応じて幾分威力は低い。

 しかし強薬つよぐすりと呼ばれる強装薬、つまりは火薬の量を増やして発射される1貫砲の弾は弾速が速く、かなりの威力でもってオルクリアの城壁や城門に突き進む。

 しかし、大筒の弾は一発たりとも城壁や城門に届くことは無かった。


「ほう?ナンや妙な感じになっちゃあるな……」


 昌長がつぶやくと、フィリーシアは僅かに唇を噛み締めた。

 不思議な発光が着弾点に生じ、砲弾が威力を無くして地に落ちる。

 何度も撃ち込めば全てを止められるわけではないようだが、それでもかなりの砲弾が城壁や城門に届く前に不可思議な光に防がれているのが見て取れた。

 大筒兵の中には手応えの無さからその現象に気付く者がちらほら現れ、昌長の陣営には動揺が少しずつ広まっている。


 周囲は砲声と共に噴き上がる白煙は元より、焔硝の燃える臭いと焦げた鉛弾の臭気に包まれて戦場いくさばの雰囲気をかき立てるが、思ったような効果が得られていないことに、兵達の士気はあまり上がっていない。

 そんな中、ゆらりと天幕を訪れたのは竜王アスライルス。

 いつもの緑青の衣服の上に鎧を纏い、大杖を手にしての登場だ。


「ふむ、砲弾が届いておらん。それに……王都の兵共が動き出したようじゃの」

「おう、竜王殿か」


 面白くなさそうな表情で鼻を鳴らしながら言うアスライルスに苦笑を返し、昌長は白煙に煙る先に見える城壁の上に視線を移す。

 確かにアスライルスの言うとおり、エルフの術士兵や弓兵と思われる姿があちこちに見えた。

 エルフの術兵は大陸でも指折りの実力を誇っており、その射程は火縄銃に勝るとも劣らず、個々の狙いは甘い部分があるものの、その威力は桁違いだ。

一方のエルフ弓兵だが、狙撃も遠射もお手の物の精強な兵であり、城壁という高所に陣取った今は、著しくその射程を伸ばすことが出来る。


 迂闊に射程内に入れば、たちまちハリネズミにされてしまうことだろう。

 幸いにも今は大筒による超遠距離射撃戦の最中であり、未だ昌長は火縄銃兵を前進させていないので弓射は仕掛けられていないが、このまま大砲を撃ち続けても城壁を打ち砕けないとなれば、直接攻め掛かる他無い。

 本格的な攻城戦を仕掛けるとなればその威力を存分に発揮してくることだろう。

 同胞の姿を見て暗い顔でうつむいたフィリーシアだったが、さほど時間を置かず顔を上げるとゆっくり口を開く。


「……見てのとおり王都には厳重な防護術式が施されています。本来は投石機や弓射による投射攻撃を防ぐためのものですが、どうやら大筒の弾にも効果がある様子」

「ほう?」


 昌長が続けるよう促すと、フィリーシアは重い口を再び開く。


「エルフの術兵は防護術式を解除出来ません。裏切りを畏れた先々代の王が闇の術式を参考に自ら組み上げた術式なのです。ですが、効果は薄くとも、この状態でしばらく攻撃を継続した方がよいと思われます」


 フィリーシアの説明に得心した昌長は、ふと気付いて質問する。


「しかし王都の兵は少なそうやで?直接攻め掛かっちゃったらどうや?」

「術式は雷杖の弾も恐らく防ぎます。エルフ弓兵の弓射はこちらに届きますから、いくら火縄銃を装備した我が軍とは言え、撃ち勝つには相応の犠牲を払わされる可能性があります。攻め寄せるのは得策ではありません」

「然もありなん、弓と術でエルフはこのグランドアースの覇者として君臨したのじゃからな。フィリーシアの言うところは正しかろう」


 アスライルスが言うと昌長はゆっくりと息を吐いて言う。


「なるほどのう……」


 今はまだ効果が薄いとは言え大筒に撃ち竦められて胸壁に潜んでいるが、昌長が兵を進めると同時に攻撃を開始する腹積もりなのであろう。

 それまでは潜み続けるのだろうが、然程効果が無いとは言え他に攻撃する術が無い以上、今は大筒による攻撃の手を緩める訳にはいかないのだ。

 兎にも角にも王都オルクリア北の城門を抜かなければならないからだ。

 しかし、昌長の焦りに反して王都オルクリアの城壁は大砲攻撃に耐え続けている。


「さすがは王都やで、厄介な術やのう。効果が薄いとは言え、大分大玉喰らわせちゃったのによ、びくともせえへんわ」


 昌長の嘆息混じりの声に、アスライルスは自分の肩に大杖を立てかけるようにおくと、じっと城壁や城門を見つめる。

 アスライルスの目が青く光り、竜眼と呼ばれる瞳孔が縦に割れる爬虫類特有の目が現出する。


「ふむ、ここは吾の出番あろう。どれ、少しばかり悪戯してやろうかの」










 昌長が布陣する北側を一望出来る望楼に詰めたカフィル王子は、次々に白煙と閃光を噴き上げては砲弾を城壁に撃ち込んでくる大砲群を眺めて忌々しげに舌打ちする。


「月霜銃士爵め、問答無用か!!」


 砲弾が城壁や城門近くに着弾する度に周囲が揺れ、おどろおどろしい砲声が轟く。

 時折城壁を越えた砲弾が王都の防護術式に阻まれて大音響と共に落下していく。

 砲弾の内のいくらかは防護術式を突き破って直接城壁や城門に届いてはいるが、未だ被害らしい被害はないのが実情だ。

 大陸屈指の超大国であるタゥエンドリン・エルフィンク王国の王都オルクリアには、それこそ城壁や空堀以外にも幾重もの術が編み込まれた防護術式がある。

 物理、魔術を問わず、なまじっかな攻撃ではオルクリアの城壁は崩せないのだ。


 しかしそれも限界がある。


 昌長の撃ち込んでくる大砲の弾はどれもこれも威力が大きい上に重量もある鉛の塊。

 投石機で撃ち込まれる石塊などとは比較にならないほどのダメージを術式に与え続けており、このままの勢いで攻撃が継続されれば、北側の術式が破れるのは時間の問題だ。

 オルクリアの防護術式を担当している術士達は青い顔をしているが、それ以外の高官達は昌長の必勝攻撃とも言うべき大筒の弾が城壁に然程の打撃を与えていないことに気を大きくしていた。


「全く、口上も無くいきなり王都に攻め掛かるとは、野良犬にも劣る」

「所詮は蛮習改まらぬ平原人の傭兵風情であったということだ、嘆かわしい」

「しかしグランドアース世界に冠たる王都オルクリアの守りは堅固ですからな。蛮族の傭兵風情が如何に怪しげな武具を使おうとも、おいそれと破れる物ではありません」


 誰も彼もが他人事のような口を利いているが、彼ら彼女らは全てここオルクリアでフェレアルネン王に長年仕えてきた高官達だ。

 その姿にカフィル王子が哀れみの目を向ける。

 誰も彼もが平服姿であり、カフィル王子が招集を掛けて続々と集まる完全装備の衛兵や兵士からは完全に浮いているからだ。


 平和呆けもここまで来れば怒りも湧いてこないものか。


 長く続いた安定と平和に狎れ、有事の際の危険性や対応方法をすっかり忘れ去ってしまったのだろう。

 長寿のエルフ。

 かつての闇の者達との戦いやカランドリンやドワーフ族、平原人との戦争を実際に体験した者達も多くおり、小規模とは言え小人族の平定戦に参加している者もいる。

 しかしながらどうにもマーラバントの侵攻からこちらにかけて、平和ぼけが目立つ。

 マーラバントの侵攻という国難とも言うべき事態にも拘わらず、昌長らが突如現れてこれを解決してしまったことも大きな要因であろうが、自分達で何かを成さなければならないという意識が完全に欠如してしまっているのだ。


 これぞ平和ぼけの極み。


 自助努力、自力救済の意思と力を失ってしまったタゥエンドリンの高官達を目の当たりにしたカフィル王子は、ため息をつく。

今正にこの王都が攻められており、危機の真っ直中にあるというのに何の備えも無く激戦地に物見遊山で現れた彼らを排除する気持ちも失ったカフィル王子。

 敗北すれば凄惨な結果が待っているというのにも関わらず、いやむしろそのような結果すら想像出来ないほど呆けてしまったのだろう、全く危機感無く緩みきった笑顔を攻撃を受けている北の門に向けている始末だ。


 そんな高官達に比例して兵の集まりも悪く、士気も低い。

 安定と平和によって醸成されてしまった怠惰と驕慢、失われた気迫と気概。

 タゥエンドリンの病巣は、根深い。

 カフィル王子が思案を巡らせていると、高官の1人が聞き捨てならない言葉を吐いた。


「この王都に攻め寄せるとは、叛意は明らかで御座いましょう。直ちに攻め滅ぼすべきかと……」

「では貴兄がやれ」

「はっ?」


 自分の冷厳な言葉を聞いて固まる高官に、カフィル王子は言葉を継ぐ。


「幸いにここは激戦区だ、ここの指揮を任せる故に月霜銃士爵を討伐せよ」

「そ、それはっ……!」

「月霜銃士爵は敵対した者には容赦が無いそうだ。負ければ全員殺されるからな、頑張ってくれるか?」


 更に畳みかけるように言うカフィル王子。

 その顔を冷や汗を流して見つめ返しながら後ずさる高官に、周囲の高官達も顔を青くして黙り込む。

 昌長が撃ち込む砲弾が連続して着弾する轟音の中、カフィル王子が高官達へ冷ややかな視線を向ける。

 緊迫した空気が満ちた時、それを破るような若い兵士の声が響き渡った。


「伝令!東門です!」

「何だ?」


 カフィル王子が即座に応じると、東門から派遣されてきた伝令兵と護衛の騎兵が幾分青ざめた顔で、書状と藁編みの円筒形をしたバスケットを差し出してきた。

 カフィル王子は書状を受け取り、バスケットは傍らに置くよう命じると、伝令兵は幾分ほっとした表情でそれをカフィル王子の脇に置いた。

 カフィル王子は用件を言わない伝令兵に訝しみつつも手にした書状を開く。

 そして一見してからその書状を投げた。


「誰だ」


 周囲に居た高官達が驚きつつも、怪訝な表情でカフィル王子が投げ広げた書状を見る。

 そして、全員が顔色を変えた。


「私はこのような内容を月霜銃士爵に送った覚えは無い。誰だ」


 歪に広がった書状には紙面一杯に大きく、赤字のエルフ語で「否」と書かれているだけ。

 しかしその下に書き連ねられている文言は、昌長が受け取った講和条件を記したものだ。

 確かに昌長らを徐々に排除していく構想は練っていたが、今すぐにではない。

 しかもそれを軍事的に優勢な昌長に伝えてどうするというのか。

 使者には側近の者を宛て、口頭での遣り取りだけにするはずであり、この様な形で書面を作り、差別意識を前面に押し出すつもりなど一切無かったのだ。

 カフィル王子は静かに怒りを湛えながら、籠を一瞥して問う。


「……その籠は使者の首か?」

「……はっ」


 伝令兵が小さく答えると、周囲が止める暇も無くカフィル王子は乱暴な手付きで籠の蓋を開き、中から首を取り出した。


「ふん……誰だこれは?」


それはカフィル王子の側近ではなく、フェレアルネン政権の高官の1人。

 周囲に居た高官達が嘔吐きながら下を向く。


「我が側近はどうした?まさか不慮の事故とは言うまいな?それとも昌長に暗殺でもされたか?」


 誰も答える者が居ない中、カフィル王子は忌々しげに舌打ちする。

 早期の王都制圧と治安維持、秩序維持を目指したが故に、フェレアルネン政権の高官や官吏、将官達をそのまま取り込む形にしたが、それが裏目に出たようだ。

 少数派になってしまったカフィル王子の側近や将官達。

 カフィル王子も旧政権の者達に配慮して動かなければならず、彼らの手を介さねば何も出来ない形になってしまっている部分はあるにしても、まさか自分の指示を曲解したりすることはないだろうと思っていたが、それは重大な誤りとなって自分の身に跳ね返ってきてしまった。


 カフィル王子が綱紀粛正を図らなければならないことにようやく思い至ったその時、王都を激震が襲う。


 凄まじい破裂音と破砕音が王都中に轟き、王都を覆うようにして現れた光の幕がもの凄い勢いで明滅し、めまぐるしく色を変えている。

 そして、それは不意に消え去った。


「ぼ、防護術式がっ?」


 高官の1人が我に返って空を眺めて叫ぶ。

 その時、轟音と共に閃光と白煙が噴き上がり、今再び発射された10貫砲の巨弾がオルクリアの城壁を撃ち砕き、石塊が宙を舞った。

 連続発射された1貫砲の弾は相次いで城門の鉄を歪ませ、木材を破砕し、更には周辺の城壁に穴を穿つ。

巨大な10貫砲は殷々たる砲声を轟かせ、放物線を描きながら城壁を崩した。

 胸壁に隠れて敵を待ち構えていたエルフ術兵や弓兵がその胸壁ごと吹き飛ばされ、砲弾の破片や石塊を浴びた兵達が負傷して悲鳴を上げる。


 たちまち襲い掛かる砲弾が、それまでの効果の薄さが嘘のように凄まじい勢いで城壁を崩し、町中に飛び込んで家屋を破壊し、街路や水路を打ち壊し、火災を発生させる。

 火の手があちこちから上がり、民人の悲鳴や怒号が交錯する中、高層の建物や城壁が崩れ落ちる破壊の音が響き、やがて真っ黒な煙が王都オルクリアの北部を包んだ。


「防護術式が破られたっ!?」


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