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第103話 カランドリンの王都放棄

お待たせ致しました。

 タゥエンドリンの王都オルクリアは、混乱の時を迎えていた。

 城門の南側に集結するカランドリンの軍兵は完全に旅装であり、また輜重段列と思われる荷馬車の群れが続々と先行して城門を出て行く。


 先頃カランドリンに占拠されたばかりで、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった王都であったが、ここに来てカランドリンが撤退の姿勢を見せ始めたことから、再び混乱が起こり始めていたのである。

 王都の民人達は、誰からともなく広まり始めた噂を怖々と口にする。


「月霜銃士爵がフィリーシア王女を連れてやって来る」

「月霜銃士爵が王都に攻め上ってくる」

「大兵を引き連れた月霜銃士爵を畏れてカランドリンは逃げる」


 噂に真実味を与えるカランドリン軍の動き。

 そして北から血相を変えて次々にやって来る早馬や使者達。

 王都の民は今度こそこのオルクリアの町が戦火に見舞われることを悟りつつあった。










タゥエンドリン王都、オルクリア、宮殿大会議室


 軍装のままどっかりと長い足を組んで座り、肘掛けに突いた手で顎を支えるカランドリンの女王メウネウェーナは、その秀麗な顔をつまらなさそうにしている。

 その前に居並ぶのは誰も彼もがタゥエンドリンの廷臣達で、カランドリンの臣下は1人もいない。

 周囲に居るカランドリンの者はメウネウェーナの護衛の役目を負う近衛兵だけである。

 その近衛兵達も普段とは違って完全武装の上、既に背嚢や水筒を装備し、完全に長期遠征の構えだ。


 兵を普段より多めに連れてきていることを邪推し、怯んだ様子のタゥエンドリンの廷臣達だったが、それでも自分達の地位や今後に関わる宣言、すなわち王都オルクリアを放棄すると言われてしまっては、問わずにはいられない。

 タゥエンドリンのかつてフェレアルネン政権の重鎮達。


 その代表者としてメゥリンクは勇気を振り絞って発言する。


「そ、それでは、女王は我々を見捨ててカランドリンへ逃げ去ると言うことですか!?」

「人聞きが悪いねえ、一時撤退と言いなよ。マサナガの軍は極めてキョウリョクだしね、つい先日もカランドリンの港が焼き討ちに遭ったばかりなのさ。あたしも本国を脅かされて放りっぱなしてな訳にはいかないからね。もちろん付いて来たい奴は付いてきても良いさあ、ただし……あたしらの進軍について来れればの話だがねえ?」

「そ、それでは家族や財産はどうするのですかっ」


 揶揄するようなメウネウェーナの回答に、別の廷臣が叫ぶように言うが、メウネウェーナは薄ら笑いを浮かべて言う。


「そんなもん、知ったこっちゃないね。こっちはマサナガ……月霜銃士爵の追撃から逃れなきゃならないんだ。もたもたしている暇なんざあるわけないだろ」

「そ、そんな無体な……」

「平原人や坑道人、小人、獣人の混成軍など、この王都に入れば何をしでかすか分かったものではありませんっ、略奪程度で済めば良いが、放火や殺戮が起きればなんとするのですか!」

「王都が無くなってしまいます!」

「ま、国がなくなっちまうってのはそういう事さ。今まであたしが恩情を掛けてやってたことが良く分かったろう?マサナガの兵火に焼かれ、軍靴に踏みにじられてからで良いさね。あたしの情け深さに精々感謝すると良い」


 そう言い終えると、驚くタゥエンドリンの廷臣達を余所にメウネウェーナは立ち上がった。

 もちろん、それに合わせて近衛兵達も動く。


「じょ、女王陛下っ」

「話は終わりだよ」


 メゥリンクの悲鳴に似た叫び声にそう冷たく返し、護衛の兵を引き連れて足早に宮殿の出口へと向かうメウネウェーナ。

 その後追うことの出来るタゥエンドリンの廷臣達は1人もなく、床に崩れ落ちる者、悲嘆に暮れる者、怒りに手を振わせる者がいるばかりだ。

 そんな彼らに侮蔑の一瞥を送り、メウネウェーナは歩みを進める。


 しばらく行くと、傍らから次々と兵が合流し始めた。


 合流したカランドリン兵の内の一団。

 その先頭を歩いていた女から声が掛かる。


「メウネウェーナ様」

「ああ、ヘンウェルメセナかい。どうだい、マサナガの動きは?」


 ちらりと視線をやっただけで、自分に付いてくるヘンウェルメセナとの会話を続けつつも足を止めずに進みながら問うメウネウェーナに、ヘンウェルメセナが答える。


「歩兵主体のために決して速くはありませんが、着実にここに向かっています」

「召喚したアンデットじゃ足止めにもなりやしなかったかい……参ったね」


 その答えに自嘲気味に応じるメウネウェーナ。

 闇の勢力が使う術式を用いるという禁忌を犯してまで召喚したアンデットの大群。

 しかし危険を冒したのに見合うだけの成果があったとは言いがたい状況だ。


「簡単に退けられてしまったことは間違いありませんが、それでもマサナガ様は軍の補給や陣の整備に時間を要した様子です。無駄ではありませんでした」

「それならいいけどねえ……まあ、あたし達は満足にオルクリアの財貨を攫うことも出来ずに逃げるハメになっちまってるからね」

「財貨は得られませんでしたが、兵は既に整いました。そして今から進発すればマサナガ様を振り切れるはずです」

「ふうむ、カフィル王子への情報漏洩はどうなった?」


 すっと目を細め、周囲の兵に聞こえないように問う女王に合わせ、ヘンウェルメセナも小声で答える。


「……メゥリンクが早い段階で密使をカフィル王子の元へ送ったのを確認しています」

「ふふん、これであたしが撤退して王都ががら空きになるのを知ったカフィル王子は、マサナガに先んじてオルクリアへ入ろうとするだろうねえ」


 してやったりといった感じに口を歪めるメウネウェーナに、ヘンウェルメセナは僅かに頭を下げて応じる。


「はい、足止めには十分な策かと」

「まあ、あたしはここがどっちの手に落ちようが関係ないし、戦乱で荒れ果ててもさほど痛くはないさ。しかし、まあ後々のことを考えるとマサナガよりカフィル王子に先んじて貰いたいけどね」

「マサナガ様が攻撃に手心を加えるとは思えませんが……」


 女王の言葉を聞き、僅かに眉をしかめたヘンウェルメセナ。

 しかし女王はそれを気にした風もなく言葉を続ける。


「マサナガはそうでも、カフィル王子は交渉を持とうと試みるはずさ。それもまた時間を稼いでくれることになるね……さて、残念だが一旦は国に帰ろうかね」

「はい」


 王宮を出れば近衛兵団が既に整列し、女王や側近を待ち受けていた。

 その姿を満足そうに眺めてから無言で頷き、メウネウェーナは用意された馬車にヘンウェルメセナや護衛と共に乗り込んだ。


 すぐに出発する兵団を車窓から眺めるメウネウェーナ。


 やがて広大なタゥエンドリン王宮の敷地を過ぎ、門をくぐると現れた暗い雰囲気のタゥエンドリン王都オルクリアの町並みがメウネウェーナの視界に入ってきた。

 カランドリンの王都よりも華やかで大規模なエルフの古都であり、世界の中心の一つでもあるオルクリア。

 メウネウェーナが女王の地位について以来、渇望してきたこの大都市の支配権は、僅か数ヶ月でマサナガの手に落ちようとしている。


「次は何時この町並みを見られるかねえ……」


 メウネウェーナは密かにため息をついてそうつぶやくのだった。









同時期、王都南のホウハン郡、カフィル王子の偵察隊


 300名程の小規模なエルフ兵の部隊が緑色の天幕をあちらこちらで張り、野営の準備をしている。

 ある者は湯を沸かして茶を淹れ、ある者は固く焼き締めた堅果の粉で作ったビスケットを口にしており、またある者は早速張った天幕で休息を取っている。


 見張りの兵や、偵察に出ている兵達を除き、比較的ゆったりとした時間が過ぎる中、中央に張られた天幕ではカフィル王子がしかめっ面で書状を読んでいた。

 手の中にあるメゥリンクが送った密使からの書状を読み終え、王都にほど近い場所に偵察隊と共にカランドリンの様子を探りに来ていたカフィル王子はゆっくりと口を開いた。


「マサナガとフィリーシアが王都に迫っているが……どうやらカランドリンは決戦を避けて撤退するようだ」

「カフィル様、これはもしや……」


 側近の緊張した顔に、それまでの顰め面を消したカフィル王子が言う。


「ああ、千載一遇の好機だ。カランドリンの撤兵に合わせて王都を獲る」


 静かに、しかし決意の籠もった声色。

 一瞬静まる天幕の中だったが、側近の1人が恐る恐るといった風情で口を開く。


「もしや……月霜銃士爵とぶつかりませんか?あるいはぶつかってしまったら、如何しますか?」


 再び静まり返る天幕の中だったが、それは先程のものと違い重苦しい雰囲気を纏っていた。

 グランドアース世界最強の指揮官が率いる軍兵と正面衝突するという未来に誰も希望を抱けなかったのだ。

 そんな雰囲気の中、先程発言した側近がもう一度口を開く。


「月霜銃士爵と言えば向かうところ負け無し、あの黄竜王や深海王、更には封印されていた熱走王を討ち、マーラバントやオーク王さえも攻め滅ぼした覇者ですぞ。勝算はあるのですか?」

「何も戦うだけが能ではない、幸い月霜銃士爵マサナガ殿とは僅かではあるが接したこともある。話の分からぬ男ではない、と見た」

「しかし……」

「もちろん、戦うことを否定はしない。あくまでマサナガ殿が王都に……フィリーシアの王位に拘るのならば、戦いはやむを得まい」

「では?」


 側近の言葉に、カフィル王子は頷いてから答える。


「支配領域に動員令を発してすぐに王都に向かわせる。かき集めれば1万から2万程にはなるだろう。王都に残ったタゥエンドリンの兵を合わせて籠城に持ち込めば、如何に大陸最強のマサナガ殿相手とは言え勝算はある。我々は先着の兵が2000を越えた段階で王都に滑り込むことにしよう……カランドリンに気取られないよう注意せよ」

「はっ!」

「承知致しました」

「では、私は直ちに本拠地へ戻ります」


 側近達が新たなカフィル王子の示した方針に基づいて動き始めた。

 ある者は本拠地で動員令を発するため。

 またある者は、物資の調達を支持するため。

 そしてある者は王都の協力者達と連絡を取るために天幕を出て行く。

 それを見送っカフィル王子に、先程発言した側近が近付いてきた。


「偵察はこのまま継続致しますが、宜しいですか?」

「ああ、合わせて王都の北へ偵察を送ってくれ……使者も」

「それは……」


 自分の言葉に躊躇を見せる側近に、カフィル王子は苦笑を浮かべて言う。


「君は反対のようだが……月霜銃士爵は平原人とは言え、フィリーシアの危機を救い、かつてはフェレアルネン王に従ってマーラバントと激闘を繰り広げた。きっと共存の途はあると思うのだ」

「しかし今や月霜銃士爵は侵攻してきたマーラバントを滅ぼしたのみならず、その本国すら制圧しております。しかもこの世界の圧倒的強者である地域王を3柱も滅ぼし、更にはオーク王バルバローセンを討ち取りました。領土を見ても北の名も無き平原を拓き、タゥエンドリンのエルフ氏族を3つも支配下に置いているのですぞ。しかもエルフ以外の部族からの支持も厚い……月霜銃士爵が王都に来た時とは情勢が違い過ぎます」


 一気にそう言い切った側近は、カフィル王子に御無礼をしましたと小さくつぶやきつつ謝罪の意を示す。

 カフィル王子は苦笑を浮かべたまま頷いて謝罪を受け入れると、しばらく天幕の天井を見上げてからぽつりと言う。


「それでもだ……戦いは避けたいのだ」


 その言葉を聞き、側近はそっと溜息を吐いてから答えた。


「……分かりました。私が月霜銃士爵のもとに赴きます。早速出立致します」

「ああ、頼む」


 天幕から出ていく側近を見送り、カフィル王子はため息をつくと、どさっと簡易椅子に力なく座って再び天幕の天井を見上げる。

 少し風が強くなってきたのか、うねるように波打つ天幕の天井。

 ばたばたと布のはためく音もする。


「軍事力は十分とは言え、一度は廃棄部族となったエンデ出身のフィリーシアでは民衆の支持は得られない……それくらいは平原人であっても分かるはずだが、マサナガ殿はどうするつもりなのか……」


 カフィル王子の構想では、自分が王位に就き、フィリーシアは副王としてエンデの地に封じる。

 昌長にはエルフ支族の領域を除いた獲得している全ての領地を与え、月霜公として自治と北の地の切取り勝手次第を認め、緩やかな統制下に置く。

 平原人などすぐに寿命が尽きるのだから、しばらく我慢すれば良いのだ。

 昌長にはエルフの子女を娶らせ、その子供を徐々にタゥエンドリンに取り込む。

 昌長の北にはまだリザードマン国家のコーランドとシンランドが健在であり、ゴルデリアの脅威もある。


 タゥエンドリン共通の敵としてのカランドリンや西方の平原人国家群も未だ虎視眈眈とこちらを窺っており、少しも油断できない状態である以上、昌長もタゥエンドリンと協力せざるを得ないはずなのだ。

 カフィルの勢力がそれなりのものであると分かれば、加えて協力する術があるとなれば昌長も話し合いには乗ってくるはずだ。


「……それにはまずマサナガ殿より先に王都へ入らねば」


 カフィルは視線を天井から戻し、そうつぶやくのだった。

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