第101話 アンデッド討滅戦2
ウェンデルア中央部、月霜銃士爵軍、本陣改め迎撃陣
暗雲立ちこめる不思議な天候の中、正面からゆらりゆらりと奇っ怪な人影。
彼とは逆に、エルフ銃兵が叫ぶように報告する。
「アンデッドが現れました!スケルトンとゾンビを主体とした……数万の群れです!」
「よっしゃ、よっしゃ、よう来たでえ……南が正面で間違い無しや!」
その報告を聞いた昌長は舌なめずりせんばかりの喜色をその顔に浮かべる。
フィリーシア率いるエルフ術兵やアスライルスは周囲に術流があるか否かを調べるべく探査術を展開し、エルフやドワーフ、平原人の術兵が万が一の魔術攻撃に備えてカウンターの準備を始めた。
のろのろと動くゾンビに、がしゃがしゃと派手な音を立てて移動するスケルトン。
一時的に目の前の川に設置されていた橋脚の無い板橋が取り外され、砦の中へと引き込まれる。
「バラ玉装填せえ!慌てやんでもええで!敵は川で絶対に足止めるよって!」
昌長の号令と忠告で、すぐさま銃兵達が火縄銃に火薬と弾を込め始める。
今回の緒戦においては、バラ玉と呼ばれる散弾を使用することにした昌長。
アンデッドが相手と言うことで、貫通力より散弾による打撃力を重視したのだ。
散弾になれば射程距離が著しく短くなるが、まともな投射兵器を持たないアンデッド軍団には十分である。
「一貫砲にも弾込めといちゃれよ!」
次いで昌長は、馬車に積載して持参した中口径砲である一貫砲へも装填を命じた。
長距離の、しかも道路整備の進んでいない地域と言うことで、今回は十貫砲は持ち込んでいない。
十貫砲にもなれば威力は申し分ないが、その分砲自体の重量がかさみ、また使用する弾丸や火薬も相当な重さと体積となってしまう。
故に昌長は遠征には威力では相当劣るものの、取り扱いや汎用性を重視して一貫砲を15門持ち込んでいた。
自信満々で戦闘の準備を始める昌長達だったが、フィリーシアは不安な目で見ている。
数は圧倒的に敵の方が多く、しかも昌長が自身の拠り所としている水堀は浅いことがフィリーシアの居る場所からよく分かった。
そもそもアンデッドは溺れる、もっと言えば溺れ死ぬという事が無い上に、水に対する恐怖心というものも当然持ち合わせていない。
歩みは遅いが、確実に水堀を歩いて渡ってくることだろう。
装填作業を続けるエルフ銃兵やドワーフ銃兵に平原人銃兵、更には装填を終えた銃兵達を指揮する佐武義昌ら雑賀武者があちこちで号令を掛けている。
やがて戦闘準備が終わった銃兵達が土塁に伏せ撃ちの格好で取り付き、音が途絶えた。
直後、ゾンビとスケルトンの大群が堀の向こう岸に姿を現す。
のろのろと動く様は不気味で、人と同じ形をしたものが鈍い動きで這いずるように移動する姿は異様さに拍車を掛けている。
「き、来たっ!」
兵の1人が悲鳴に近い声を上げると同時に、アンデッドの大群は一旦立ち止まった。
「……術の流れがあるな」
「はい、間違い無くこのアンデッド達は操られていますが、遠いですね」
アスライルスに続いてフィリーシアが言うと、昌長が群れを見据えたまま問う。
「どこに居てるか分かるか?」
「後方、しかもかなり遠方のどこかとしか分かりません……小妖精ならばあるいはと思いますが」
「いや、此だけ怪物共が集結して居ては如何に小妖精とて気配は読めまいよ」
「ふうむ、やっぱり王都のカランドリン女王かいな」
アスライルスとレアンティアの答えに、昌長は思案顔で黙り込む。
その時、見張り台からエルフ銃兵の叫び声が上がった。
「先頭のゾンビ共が堀を渡り始めました!」
最先頭のゾンビが1体だけ進み出ると堀端を乗り越え、ずるずると滑り落ちるようにして川の中へと足を踏み入れていく。
成人男性のものと思われるゾンビは、股下ぐらいまで水に浸かりながらゆっくりと唸り声を上げながら歩みを進める。
掘削を加えた川の水は緩やかに流れるばかりで、とてもゾンビやスケルトンの歩みを止めさせるような勢いは無い。
特に異常がないことを見て取ったのか、それとも術者の意図によるものかは分からないが、先頭のゾンビが川の中で足を止めると同時に、川端で待機していたアンデッドの大群が一斉にわらわらと堀の中へと進み始めた。
「わ、渡っていますよ!」
声を上げて堀の中を歩くゾンビを指さし、兵達が騒ぎ始める。
しかし昌長は苦笑を返すばかりで返事をしない。
「月霜銃士爵様?」
「ほたえやんでええ、じっと待っちゃあったらええ」
そう言って兵達を黙らせると、昌長は視線を前へと戻す。
そこには川縁でごった返すアンデッドの群れがあった。
川縁の土や砂を巻き上げて堀の中へと混ぜ込み、流れる水を泥水と変えていくアンデッドの群れは、やはり歩みを止めることなくゆっくりと進む。
それ故に足下はほぼ見通すことが出来ないようになっていた。
昌長はそれを見てにやりと笑みを浮かべる。
「ええ案配に見えやんようになっちゃあらいしょ。これは思わぬ成果やな」
尤も、そもそもが個々のアンデッドに足下を気にして歩くという芸当が出来るかどうか怪しい所だが、先程瀬踏み役のゾンビが前に出たことで昌長は確信していた。
一件無秩序なこの群れを、きっちり采配している者がいる。
「……それに手え届かんのが歯痒いわえ」
しかしその所在は恐らく王都、それも最深部の玉座の間であろう。
昌長がつぶやいたその時、突如として先頭のゾンビが派手に転んだ。
泥水のしぶきを周囲に撒き散らし、もがくようにして倒れるゾンビ。
周囲のスケルトンやアンデッドに反応はないが、それは突然の出来事だった。
そして、それに続くようにしてスケルトンが足を取られてがくりと前のめりに倒れる。
2体目を皮切りに、堀の中程で次々に転倒し始めるゾンビやスケルトン達。
あるゾンビは完全に倒れ、別のゾンビは足をもがれて這いずる。
また先頭のスケルトンは転倒した際に頭蓋骨を砕いて動かなくなり、その横にいたスケルトンは足の骨が抜けて歩けなくなった。
そう深くない川の半ばで、いきなり渋滞が発生したのだ。
しかし後方からは前方の惨事が分からないのか、はたまた起こっていること自体を理解する能力がないのか分からないが、アンデッドの群れが止まることなく次々に押し寄せてきている。
「ははは、掛かったでえ!撃てや者共!」
昌長の号令で、土塁から顔を覗かせたドワーフ大筒兵が一斉に抱え込んでいた抱大筒の引き金を引くと、殷々たる砲声が轟き渡る。
その瞬間、閃光と白煙が各々の大筒の砲口から散弾と共にほとばしり出た。
至近距離と言って良いほどの場所から、一斉に、そして次々と激発する抱大筒。
その砲口から放たれた散弾は、川の中央付近で立ち往生しているアンデッドの群れに炸裂した。
瞬時に骨を打ち砕かれ、白い破片を撒き散らしながらばらばらと崩れ落ちるスケルトンの横で、腐敗した身体を乱打されて倒れるゾンビ。
威力の強い抱大筒の散弾は、周囲に居たゾンビやスケルトンをまとめて吹き飛ばし、打ちのめす。
「1組下がれ!2組前!手筈どおりや、足下狙え」
昌長の号令でドワーフ大筒兵が薄く白煙を引く抱大筒を抱き込んで下がり、代わって土塁に伏せた平原人銃兵が、火縄銃を構える。
「撃てええい!」
そして昌長の指示どおりに狙いを足下へと定め、号令と同時に撃ち放った。
再び、しかし今度は少し小さめの銃声が一斉に轟き、ゾンビやスケルトンの脚部が鉛弾によって撃ち抜かれる。
痛みを感じないスケルトンやゾンビも、足を砕かれては歩けない。
這いずる以外に移動方法がなくなるが、それも川の水が邪魔して思うようにいかず、その内に後方から来た別のスケルトンやゾンビに踏みつぶされてしまう。
その間、エルフ銃兵は戦列が撃ち漏らしたゾンビやアンデッドの足首を砕くべく、見張り台から狙撃していく。
ドワーフ大筒兵、獣人銃兵、平原人銃兵が隊列を組み、入れ替わり立ち替わり堀の半ばで身動きを取れないまま滞留しているアンデッド目掛けて、散々に弾丸を撃ちかける。
たちまち川の水面は、ゾンビの腐肉とスケルトンの白い骨で埋まった。
「頃合いや!流せ!」
昌長の号令で赤い大きな旗が振られ、離れた場所にある堰の見張り番が小さな旗を振り返してから堰を開いた。
塞き止められていた川の水が放出されるとどっと水量が増え、川の正面にたまっていた白い骨粉と砕かれた腐肉は、未だ人の形をある程度保っている物も含めて川を流れ下っていく。
絶え間なく銃声が轟き、白煙と閃光が土塁の斜面を駆け下るようにして鉛弾を吐き出し、その先に滞留するアンデッドの群れを撃つ。
その光景を見張り台から見ていたフィリーシアがつぶやく。
「何故あんな浅い堀で転倒や立ち往生を……まさか昨日の工事ですか?」
あまりにも呆気なくアンデッド軍団の先陣を撃ち破ろうとしている昌長に、そのつぶやきが届く。
確かに川は浅くて深瀬があるようには見えないし、また流れも決して速くはない。
それでも未だアンデッドの大群は堀の半ばで、まるで見えない何かがあるかのように一線になって転倒し、あるいは足を取られ、周囲を巻き込んでごった返し続けている。
一部乗り越えている者も居るが、それはごくわずかでしかないし、しかもすぐに猛烈な射撃を受け、その身体を崩壊させていた。
昌長は狙いを定め、号令を出すと共に火縄銃を撃ち放ってから、昨日は兵の統制や士気高揚に陣を回っていて工事を見ていないフィリーシアの疑問に声で答えた。
「堀の半ばに壺やら桶を埋けちゃあるんじゃ、石でかこった穴もある」
そして次の平原人銃兵の射撃号令を出し終えると、再び怒鳴り声を上げる。
「如何に死人や言うたかて、形が人と同じやったら、人の苦手なもんやらは苦手じょよ。人の動きはせなならんよって、人の動きの制約は受けるやろ?」
昌長の説明に驚きで絶句するフィリーシア。
呆けた瞬間にドワーフ大筒兵の放った大筒の一斉射撃による轟音をまともに浴び、悲鳴を上げる。
つまり、川は偽装。
本命は、その半ばに埋め込まれた壺や桶による落とし穴である。
川の水を塞き止めたのも、偽装。
途中まで渡らせ、そして引き返しにくいようにするためである。
そうすれば、操られているアンデッドの大群はどんどん前に進むしかなく、また操られている以上、個々に途中で引き返すという判断も出来まい。
また、不死者と言えども元は人間であり、人の形を持って移動し、攻撃してくる者達であるから、当然、人間と同じ動きをする。
そうであれば、人間と同じ動作上の制約を受けるのは当然であろう。
撃ち倒したアンデッドは、塞き止めた水を放出させれば押し流すことも出来る。
残念ながら、堀の全てに壺と桶を埋め込むことは出来なかったが、昌長は迂回したり、特定の場所を避けて行動するような高度な操縦は出来ないようだと、フィリーシアらの話から掴んだ上でこの罠を仕掛けたのだ。
「撃てえ!」
既に10度を数える、火縄銃の一斉射撃が昌長の号令で行われる。
噴き上がる白煙を突いて真っ赤な閃光が銃口からほとばしり、撃発の轟音が空気を揺るがせる。
スケルトンの頭蓋骨が鉛弾で吹き飛ばされ、ゾンビの片腹に大穴が穿たれた。
剣を持った骨だけの手を鉛弾が打ち砕き、腐った臑に鉛弾が炸裂する。
胸に弾を受けてゆっくり後方へ倒れるゾンビに、胸骨を砕かれたスケルトンが巻き込まれて崩れ落ちた。
その前では堀の中にある壺に足を取られたゾンビが、膝を砕いて前のめりに倒れている。
それでも恐怖や諦念と言った感情を持たない、操られているだけのアンデッド軍団はどんどんと前に押し出して来ており、昌長はさすがに焦りを覚える。
十分とは言えないが一応は火薬も弾もあり、銃兵の数も十分に足りている。
しかし、このまま数で押し込まれてしまえば、不利は免れない。
おまけにこちらは生きているので、当然疲労や怯えというものもある。
後から後から押し寄せてくる疲れも恐れも知らないアンデッド軍団に、そろそろ銃兵達が恐怖を覚える頃だ。
「しゃあないのう……今を保たせやんかったら、後はないよってにな!」
間断ない射撃を繰り返させつつ、昌長はそう言うと後方を振り返り、待機している者達へ合図を出した。
「押し出せや!」




