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第10話 王都出立

翌朝、タゥエンドリン宮殿、謁見の間


「マトバ・マサナガにはカレントゥの地を授ける。速やかに赴任せよ」

 レウンデルの言葉にマサナガは眉を上げた。

「そりゃ大層にどうも……何や、王様はいてへんのか?」

「申し訳ありませんマサナガ様。私の不徳の致す所です」


 謁見の間に呼び出された昌長が鎧兜に陣羽織を着た今の状態での正装で入ると、そこに居たのは、これまた緑色の鎧兜に身を固めたフィリーシアであった。

 謁見を行うというのでわざわざ来てみれば、自分を呼びつけたはずの王はおらず、居るのはフィリーシアと数名の文官や貴族だけ。

 そしてそのままいきなり礼式も何も無く、カレントゥという領地を授けると宣言されたのだ。


「王は昨日のその方らの繰り広げた派手な戦闘で気分を害し、体調を崩されたのだ」

「はあっ?何やてえ?」


 書状を棒読みした後に傍らへ控えたレウンデルが言うと、フィリーシアはますます身体を縮こめる。

 レウンデルの言葉を聞いて偏屈の極みの紀州人気質が昌長の中で頭をもたげ、その機嫌がみるみる悪くなる。

 元々偉そうにふんぞり返っている人間に対して良い感情持っていない上に、昨日から今日にかけてと対応が悪すぎるのだ。

 フィリーシアの政治的な立ち位置が弱く、非常に危ういものである事は昌長も薄々察してはいたが、それはそれ、これはこれであろう。


 曲がり形にも国家の重要人物を救い出し、あまつさえ原因は昌長達にあるにせよ、王宮に忍び込んだ曲者を討ち取ったのだ。


 深夜如何に関わらず当日礼を述べに来ても良いくらいなのに、今また突然の謁見中止。

 しかもその事実はこの場に来るまで昌長には知らされていない。

 それに加えて、謁見中止の理由はあろう事か昌長達自身にあるという、難癖のおまけ付きだ。


「何ちゅうやっちゃ……いくら王やいうても、最低限の礼儀はあるやろがいっ」

「決してマサナガ殿のせいではない。陛下は高齢で体調を崩しやすいだけなのだ。今日の謁見中止も体調を崩されたのが理由だ」


 さすがにレウンデルの説明はまずいと思ったのか、カフィルが補足説明をするものの怒りが収まらず、逆に冴え切った昌長の頭脳はそこに嘘を感じ取った。

 先程の貴族と思しき者の口ぶりからするに、そもそも王は自分達の存在を歓迎していない所へ昨夜の戦闘があり、へそを曲げてしまったということだろう。

 しかし戦闘はこちらから仕掛けた物ではなく、そもそもあのような場所にまで侵入される王宮の警備が甘すぎるのだ。


 然るに、今に至るまで警備責任者が処罰を受けたという話は聞いていない。


 それに自分達を呼び付けたのは、今ここに居ないその王本人である。


「どないなっとんのや!」


 昌長の怒声に答える者はおらず、気まずい沈黙が満ちる。


「おい、誰か答ええや!」


 再度の昌長の怒声、そして静まりかえる謁見の間。

 リザードマン戦士団を容易く撃破するほどの実力を持った武人が、平和に狎れきった王宮に痛いほどの暴風を吹き込む。

 しかしそれに耐えられる者は誰1人としておらず、全員がひたすら下を向き、暴風が通り過ぎるのを待っている。

 無礼なという言葉発した瞬間、自分の首が胴から離れる。

 そんな威圧感を持った昌長の視線が貴族や官吏達の上を通り過ぎていく。

 誰もが震える他無い中、気丈にも前に進み出たのはフィリーシアだった。


「マサナガ様……お怒りはごもっともですが、私に免じてどうか怒りをお収め下さい」

「筋違いも甚だしいな」


 昌長の冷たい言葉にぐっと一瞬詰まったフィリーシアだったが、それでも無理矢理勇気を奮い起こして何とか言葉を続ける。


「申しようはごもっともです、私から王に必ず伝えます……僅かばかりですがお礼を用意しておりますので、それだけでもお受け取り下さい」


 昌長の怒気を感じ取りながらも、懸命に申し訳なさそうな顔で言うフィリーシア。

 フィリーシアの指示で、玉座の傍らに立つフィリーシアから文官が震えながら四角い銀製の盆の上で革袋を受け取り、しずしずと昌長の方に近付く。


「あの……ひっ!」


 自分の下にやってくるのを待たずに昌長は自ら文官に近付くと、戸惑う彼女を無視してむんずと革袋を掴んだ。

 そして革袋の口を解き、中から金貨を玉座に向かって打ち撒いた。

 凄まじい勢いで金貨が周囲に打ち出されて貴族や文官の顔や身体に当たり、バチバチと音を立てた後、床に軽やかな金属音を立てて落ちていく。

 控えていた文官が悲鳴を上げ、貴族が驚き狼狽える中、昌長はそのまま乱暴な足取りでフィリーシアへと歩み寄る。

 衛士が慌てて駆け寄ってくるが、昌長の怒りに満ちた一睨みで足をすくませて足を止めた。


「もうええわい、お前らの世話にはならん」


 昌長は捨て台詞を吐くと、くるりと踵を返した。

 慌ててフィリーシアがその後を追う。


「マサナガ様!」 

「姫さんよ、この様な場所にまだ未練あるんか?」


 突如立ち止まって振り返った昌長から小さな声で言われ、フィリーシアは固まる。


 しばし見つめ合う2人。


 今回、フィリーシアは文字通り厄介払いとなって行く先を失い、これで名実共に放逐されることになる。

 今はまだ保持しているが、王位継承権の維持も怪しい情勢となった。

 元々自分は王になるような器ではないと見切っていたし、エンデ族が雲散霧消した時点でその芽は潰えている。

 なので、未練は自分にはないが、敢えて言うとすれば母の事だけだ。

 王都で長く暮らした母を、故郷に近いとは言え廃棄された土地同然の場所へ連れて行くには抵抗がある。

 しかも、母の生まれ故郷でもあるその地はリザードマンに酷く痛めつけられた挙げ句に滅んでいるのだ。

 加えて、フィリーシアには弟と妹が居る。

 

 しばらく目をつぶって考え込んでいたフィリーシアだったが、やがて意を決して目を一回ぐっと強く閉じると、次に開いた時には力を込めて昌長を見返す。

 王妃の1人でありながら、不遇である母も文句は言うまい。

 幼い妹と弟には過酷な環境となるかも知れないが、ここに居て侮蔑の視線にさらされて育つより辺境はずっと良いだろう。


「マサナガ様の領地はリザードマンの闊歩する辺地、しかも満足に住む者も居ない場所で、悪竜や妖物、魔獣が住まう化外の地です……私は王に見捨てられました。最早この国で力を振う余地は無いでしょうが、家族共々付いて行って宜しいですか?」

「おう、ええで」


 いつも通りの調子でにっと不敵な笑みを向けた昌長は、フィリーシアの肩を軽く叩き、そのまま謁見の間を出る。

 昌長の姿が消え、ようやく謁見の間が騒がしくなり始めた。

 文官が金貨を拾い集め、貴族や衛士達が殺気立って何かを話し合っている。

 無礼者を討ち取れという物騒な話がそこかしこから聞こえてきた事に、フィリーシアは背筋を凍らせる。


 ここで騒ぎを大きくする事は得策ではないし、昌長もそこまでは望んでいないだろう。

 フィリーシアは回収された金貨を文官から受け取り、唯一冷静に事の推移を見守っていたカフィルへ顔を向けた。


「兄上、このまま私たちを行かして下さいませんか?」

「準備は……終わっているのだったな。分かった、王に直接無礼を働いた訳でもないし、特に被害があった訳でもない。私がこの場を収めておこう」


 少し青ざめては居るもののカフィルはそう応じて周囲の文官や衛士に指示を出し、列席していた貴族達をなだめに掛かる。

 そして列席していた他の王子や王女達を諫め、あるいは諭して自室へと引き取らせる。

 最後にちらりとフィリーシアを振り返ると、僅かに口を動かした。


 それは餞の言葉。


 声にはされない言葉だったが、フィリーシアは確かに兄からの言葉を受け取った。


「兄上も元気で……」


 自分に従う衛士を使い、フィリーシアは家族と配下の兵を呼び集めるべく指示を出す。

 いよいよ長年住み暮らした王都を離れるのだ。

 そして的場昌長なる平原人の武人に従うのだ。






 タゥエンドリン宮殿、廃城砦



 昌長は足音も荒く不機嫌さ全開で廃城砦に戻ってくると、出発準備をしていた義昌達に命じた。


「早速出発するで!」

「ええっ、いきなりやいしょ、なんでや?」


 下賜された荷馬車に食料や水樽、酒樽を積んでいた吉次達の差配をしていた義昌が驚きの声を上げる。


「まだ荷造り終わってへんぞ」

「そしたら早うさせやんか、うかうかしてられへんのじゃ」


 酒樽を積み込んだ義昌が近寄ってきて言うと、昌長は憮然として答える。

 その様子を見て、義昌は眉間に皺を刻んで言った。


「……おまん、やらかしたんちゃうんか?」

「しゃあないやんけ、無茶苦茶にも程があるで。呼びつけくさって姿も見せへんて、どういうことじゃい」

「ほう?」


 昌長の言葉に、義昌は眉間の皺を消して言う。


「えげつないの。どだい腐っとるんかえ?」

「ああ、この国はもうあかんな。昨日見た“かひる”たら言う王子はまあ、なかなかのモンやが、後はあかん。貴族共もな、京の公家さんらと同じや」

「なるほどな、分かり易いわえ」


 昌長の説明に、吉次らの積み込み作業を脇に見ながら義昌が頷きつつ答えた。

 かつて足利将軍家に雇用され、京の警備や守備に就き、公家とも若干顔を合わせた事のある昌長は、その時に公家のだらしのない、それでいて傲慢な顔を思い出したのである。

 現実を直視する事無く、過去の栄光と権威と血筋が世の中の中心である事を疑わない彼らの相手は本当に疲れたものだ。


「今更よ、家柄と権威で政治は回ると思うちゃある。戦はもう始まっちゃあるんよ、それやのにわいらみたいな貴重な戦力をものにしようともせん。王は来えへんかったっちゅう、それだけでよう分かったわ、わやクソや」


 そんな昌長の鑑定結果を聞き、義昌は険しい顔でぼそりとつぶやいた。


「……とれるか?」


 その言葉に反応し、昌長はにいいっと不敵な笑みを顔に上らせて答えた。


「まあ難しで、この国は図体でかいさけにな。しがらみも多いし、まだまだ腐ってへん所もようけ残っとる」

「ほう……それでも、出来るんやな?」


 義昌の念押しに昌長は笑顔のまま頷く。


「姫さんの使い方と、今後のわいらの活躍次第やな……わいらが王宮や王都におっても違和感ないような雰囲気に持っていかなあかん。何せわいらはこの国の人間やないよって、余程上手くやらなあかんで」

「それやったら、別で国をば立ててから攻め取った方が早いやろうか?」


 その質問に、昌長はしばらく考えてから答えた。


「せやの、その方がエエかも知れへんが、まあ、今後の展開次第や」

「左様か」

「そうや……まあ、今は姫さんに来て貰うんと、蜥蜴人をどないしていてこますか。よう考えやんとの」

「よっしゃ、分かった」


 昌長の言葉で、義昌は荷積みの差配に戻る。

 今後について考えなければならない事は多いが、希望はある。

 昌長は思考を一旦切り、周囲の荷造りをしている雑賀武者達に発破をかけた。


「おっしゃわいもやるで、早う積めい、急げ急げ!」







 オルクリア北門前、貧民街区


 小汚い破れ小屋に、猫獣人ばかり4名が集まっていた。

 それぞれの背には、昌長から預けられたリザードマンの大剣がある。

 暑い最中にも拘わらず、身を寄せ合うようにしている獣人達の中で、少し身体の大きい男が言葉を発した。


「おい、ユエン……本当にあの平原人に付くのかよ」

「ああ、もう決めた。里の人間も全員脱出させてあいつの所へ行く」


 男から声を掛けられたのは、昌長と直接遣り取りをした獣人の女、ユエンだった。

 しかし他の獣人達からその判断は不評で、彼らはユエンを諫めようと口々に言う。


「そんな上手くいくもんか、考え直せよ」

「ユエンはあの平原人に熱を上げてるだけだ!」

「うるさい、もう決めた……それに、あの平原人には命を助けて貰った恩義がある……獣人の誇りにかけて約束は守る。裏切りはしない。絶対に、だ」


 しかしユエンの決意は固い。

 初めて他種族から対等な人間として扱われ、舞い上がった所はある。

 しかしそれだけではない。

 あの傭兵隊長、マトバ・マサナガは何かをやるに違いないという気持ちを抱かせるモノを持っているのだ。

 それは雰囲気かも知れないし、武力であるかも知れない、はたまた人間的魅力や性格かも知れないが、ユエンは獣人らしく自分の勘を信じる事にしたのだ。


「お前らは何も感じなかったのか?あの人に……」


 逆にユエンは一緒にやって来た里の者達に問うと、彼らは顔を見合わせた。

 確かに感じるものはあったが、それより何より自分達の里の事が心配なのと、他種族を嫌う気持ちが現れた結果、加えてリザードマンに対する恐怖から、気持ちを抑え込んでいたのである。


「感じるけど、無理だ。平原人じゃリザードマンには勝てない」

「それは分からないじゃないか。現にマサナガはリザードマンを2人もやった」


 若い獣人の男が言うと、ユエンは強く言い返す。

 確かに他種族が戦争でリザードマンに勝利したという話はここ数年聞いていない。

 しかも昌長達は魔道杖を使って現にユエン達の目の前でリザードマンを殺している。


 決して勝つのは不可能ではないのだ。


 その昌長の指示で、犬の獣人男性は一足先に里へ帰した。

 どうせこのままリザードマンに従っていても、他の里の連中と同じく喰われて終わりなのだ。

 だったら精一杯抵抗する方が良い。

 その抵抗の第一歩として里の者達と連絡を取るべく、足の速い犬の獣人を先に帰したのだ。


「……分かった、族長の言うことに従う」

「おれも」

「分からないけど、今より酷くならないだろうから、従う」


 ようやく獣人達が折れた。


「よし、じゃあ行くぞ?」


 破れ小屋からユエンを先頭に出る獣人達。

 少し行った先にはもう北門がある。

 その近くで昌長達が通るのを待つのだ。


「心配ない、マサナガはきっとやってくれる」


 ユエンはそうつぶやくと、空を見上げた。

 里で見たのと変わらない、大きな太陽が今日も強い日差しを地上に注いでいる。

 何か事を始めるのには良い天気だ。

 そう思いながら、昌長と再会出来る喜びから知らず知らずの内に歩みの軽くなるユエンだった。

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