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習作一覧

何も始まらない物語

作者: andynori

 タイトル通り。何も始まりません。

 導入部だけの習作みたいなものです。



 ああ、空が……


「空が青い」


 抜けるような青空の下、(くさむら)に大の字になり、僕は独りごちた。

 そよぐ風、草いきれ、遠くには山や森も見える。風が運んでくるのか時折某か鳥の囀りも聞こえる。


 良い。

 実に良い。


 こんなにも穏やかで、健やかで、晴々とした気分に浸るのはいつぶりのことか。少なくとも一度目の大学受験よりは前のことだろうから……最低でも二、三年は前か。

 サークル活動にコンパ、将来に向けて必要なことを学ぶ。入学する以前、あれこれと抱いていたはずの夢や抱負は今のところ何一つ果たされていない。

 思えば一度目の受験で躓き、一年間の浪人を経て晴れて合格した念願の最高学府であったが、合格発表当日、掲示板に自身の受験番号を見つけたその瞬間こそが僕の人生の最高到達点であった。

 そして慣れないスーツに袖を通し、両親に見守られて出席した入学式までが惰性か。


 ───以来、

 僕は一度も大学に通っていない。




 以前テレビか何かで、どこぞの識者が『入学受験を最大の関門とする日本式の大学教育は、欧米の入学よりも卒業することに重きを置く(らしい)ソレと比べ劣っている』と偉そうに宣っているのを目耳にしたことがある。

 それはまあいくらなんでも極端な意見であって実際にはどちらにも良し悪しはあるのだろう……たぶん、きっと。

 ただ、まあ僕自身に当て嵌めた場合に限り、その識者の意見は正鵠を射ていたと言わざるを得なかった。

 それは僕が身をもって保証する。

 最難関───とまでは言わないが、日本で五指には入る難関。

 昔日の父が落第したというその大学に子を合格させることが両親の夢であり、彼らの長男として生まれた僕に課された使命であった。

 両親の教育方針は良く言えば周到、悪く言えば狡猾で、いざ大学受験が近づいてから急に締め付けるのではなく、小学校入学以前からごく自然に僕の興味が勉学へと向かうよう日々巧みな誘導を行った。その成果として、僕は自ら家庭教師を求め、塾へ通わせてくれとせがんだりもした。


 いやもう、洗脳じゃねーか。


 何してくれてんだよと思わなくもないが、だからといって両親は毒親というほど酷くもなかった。勉強さえしていれば欲しいものは大抵与えてくれたし、一定の成績を維持している限り僕は基本的に放任されていた。

 思春期に至る頃には僕は他ならぬ両親の教育によって培われた小賢しいオツムをもって彼らの意図するところをほぼ正確に見抜いていたが同時に、その小賢しさで両親の夢を叶える───つまり難関大学に合格することによって得られる“高学歴”というステイタスの持つ有用性もまた理解していた。


『結局、日本は学歴社会』

『目指せ勝ち組』


 そんなことを思った、ような気もする。

 かわいくない、嫌な子供である。


 小中高と目指す目標から逆算しそれに相応しい学歴を順に踏み、初めての大学受験。センター試験では十分な結果を出していたにも拘わらず、

 

「え」


 僕は呆気なく志望校に落ちた。


 不思議と落ち込みは小さかった。

 仕方ない、とすぐに翌年へと切り替えていた。

 

 歪み。


 僕は後にそれを、


 “難関大学に合格する”という目標が両親に与えられた借り物の夢だったからだろう。

 

 と、自己分析したりもしたが、当時は特に深く考えることもなかった。


 両親も、

『父さんだって一度落ちてるんだから仕方ない』という。

『お前なら次は大丈夫だ』という。


 そういうもんか、と僕は思った。

 落第したという本来なら悲嘆すべき事実も、あまり根拠のない“次は受かる”という両親の言葉も何の抵抗もなくストンと腑に落ちた。

 実際にはただ何も考えていなかっただけなのだが。

 要するに、当時の僕は機械(マシン)だったのだ。

 “両親の夢”という重いのか軽いのかよく分からない荷物を載せ“難関大学合格”というゴールに向かってひた走る機械。


 それが当時の僕、天峰(あまみね)雷火(らいか)という人間だった。


 そして一年後───。

 二度目の受験で僕は志望校である難関大学へと合格を果たした。

 僕という機械は無事その目的を遂げたのである。


 ところで、機械とは乗り物の類いや家電類、工作機械などのように基本的には繰り返しの使用を前提としているが、中には一度きり、使い捨てでの使用を前提としたものもある。それは例えばロケットの補助エンジンであったり、例えばミサイルや魚雷のような兵器群であったり……挙げようと思えば他にもまだあるかも知れないがパッと思い付くのはその辺りだろうか。

 使い捨て機械の末路はスクラップだ。というか、補助ロケットやミサイルなどの場合スクラップ以前に木っ端微塵なのだが。


 さて、僕という機械は果たしてどちらであっただろう。


 端的に言えば、受験特化───あえて名付けるなら“お受験マシーン”であった僕という人間(きかい)は後者だった。

 二度の受験(二段階噴射)で燃料を燃やし尽くした僕という名の補助エンジンは両親の夢という名のロケットを無事大気圏外へと送り届け、


 ───燃え尽きた。


 入学式の翌日駅で両親を見送った僕は、一人暮しの為に借りてもらった部屋に帰るとそのまま“引きこもり”となった。


 “サクラサク”


 比喩で咲いた花は春の大型連休すら待たず、季節通りに散ったのだ。


 深い理由はない。

 ただ、両親の夢を叶え自身の目標を達した今、自分が何をすべきかが分からなかった。

 雑に言うならいわゆる“燃え尽き症候群”というヤツだ。


 それから一月が経ち、半年が過ぎても、突如秀才から引きこもりに鞍替えした息子に対し、両親は何も言わなかった。

 いずれ元に戻ると信じているのか、それとももう諦めたのか。僕がせっかく受かった大学をサボり続けていることくらい当然向こうも知っているはずなのに……なのに咎めるどころかソレについて問い質してくることすら一度もなかった。

 藪をつついて蛇を出すのも面倒なので僕の方から両親にコンタクトを取ることも一切なく。

 なのに家賃、生活費は毎月きちんと振り込まれてくる。

 何とも妙な感じだったが、両親は僕が合格したことで満足した、あるいは一方的に夢を背負わせた彼らの僕に対する罪悪感がモラトリアムのような現状を生み出している、と都合良く解釈し更に僕は引きこもり続けた。

 罪悪感。むしろそれは僕の方にこそあったものだが、それには見て見ぬふりを通しした。


 そうして一年が経ち、二度目の春の大型連休に一度だけ妹がアパートを訪ねてきた。


『う゛っ』


 それが久方ぶりに玄関のドアを開き迎え入れた来客の第一声だった。それまで僕の部屋にゴキブリが出た事実は一度もなかったのだが、来客───妹は僕自身がまるでゴキブリであるかのような目を向けてきた。


 ひどっ。


 とは思ったが、まあ……一年以上も引きこもり続けた男とその部屋だ。悲しいが気持ちは理解出来た。


 妹は真面目だ。

 僕も真面目といえば真面目なのだろうが何というかアイツには“確固たる自分”というものが備わっている。両親に唯々諾々と従う機械でしかなかった僕とは根本が違う。


 妹には己の正義があった。

 彼女は自身の正義に従い僕という悪を正しに来たのだ。


 妹の伝えるところによれば、奇妙なモラトリアムが続く現状に対する僕の見立ては概ね的を射ていたようで、僕と同様両親もまた僕の大学合格を機にすっかり燃え尽き、ある意味で“我に返った”そうだ。

 自分たちの夢を押し付け、息子の人生を歪めてしまったことに大層な罪悪感を覚えた両親は(彼ら的には)今さらながら僕にありったけの自由を与えることにしたらしい。それがこの謎のモラトリアムの正体であった。

 正直、


 なんじゃそりゃ。


 である。

 たしかに少々歪な育ち方をしたかも知れないが親が子の将来に対しある程度の指針を示すのはごく自然───当たり前のことであり、うちのような家庭は日本中に掃いて捨てるほど存在するだろう。

 第一、別に僕は両親を恨んじゃいない。罪悪感はお互い様だ。むしろ非難されるべきは僕だろう。

 妹の正義に照らしてもやはり悪いのは僕であるらしく、彼女は散々僕に更生するよう訴え、それでも尚反応の悪い兄をけちょんけちょんに詰り、しまいには見事な右ストレートを僕の鼻っ面にお見舞いし、


『死ねっ!』


 と吐き捨て去って行った。

 妹よ、昔は『お兄ちゃん、お兄ちゃん』と可愛らしく懐いていたのに……。お兄ちゃんは悲しいよ。


 とはいえ流石に堪えた。

 今の自分がクズだという自覚はあったが、改めてそれを他人に、それも赤の他人からではなく妹に突き付けられるこの切なさよ。


 僕は何だか死にたくなった。


 そこから先のことは朦朧としてあまり良く憶えていない。

 僕という機械は“気の迷い”というバグを起こしたようだ。


 “#睡眠薬#譲ります”


 僕のPCのブラウザにはたぶんそんな感じの検索履歴が残されていることだろう。

 何も本当に死のうと思ったワケではなかった。

 程よく自分をリセットしたい。

 そんな風に思った、ような気がする。

 ともあれ、その為に選んだ手段は最悪であったと言わざるを得ないだろう。


 愚かなり天峰雷火。

 死んでしまうとは情けない。


 僕の脳裏に最期に浮かんだ言葉は、まるでどこかの王様の台詞みたいだった。

 



「………………さて、」

 そろそろ現実を見よう。

 トチ狂った僕は睡眠薬自殺(最悪の手段)で人生のリセットを図った。

 それは確かだ、間違いない。

 今さら後悔しても遅すぎるが既に取り返しのつかない事実だ。

 飲み込み、受け入れろ。

「───よし」


 飲み込んだら次は現状把握だ。

 僕は睡眠薬を大量に飲み自殺を図った、自殺なんてしたのはもちろん初めてのことであるからして僕にはその成否を判断出来るだけの材料がない。いやそもそも成功した場合、僕という存在はその自我は消失してしまうのだから僕が僕の死を観測することは不可能だ。

 それこそ───、


 “死後の世界”でも存在しない限り。


 現状、僕は僕を僕として認識している。“我思う、故に我在り”誰が何と言おうと僕は僕だ。

 では僕は“生きた”僕なのか。それは今のところ判断出来る材料がない。体は特に不自由なく動く。どこも透けたりしていないし、心臓だって動いている。自分で触った感じ体温もある。少し冷たいような気もするが、それについては現状が仮死状態(自殺失敗)から蘇生して間もないという風に考えればむしろ科学的(医学的か?)にも説明がつく。


「うむ」

 もしかしたらこの肉体は既に魂的なサムシングであるという可能性もまだ完全には否定出来ないが、今は僕は生きているという前提でいく。

 僕は死に損なった、僕は生きている。


 オーケー?

 

「アイム、オーケー」


 と、自己啓発風に自分を納得させたところで、まだ別の問題が残る。むしろこちらの方が大問題。

「………………つーか、どこだよ? ここ」

 見上げるは青い空。どこ迄も晴れ渡っている。

 少し視線を下げれば遠くには頂上に冠雪を残す山脈、さらに下を見れば山よりはずっと近くに青々とした森も見える。

 僕の背中を柔らかく受け止めているのは背丈二、三十センチメートル程の(くさむら)。ほとんどが同じ種類に見える。

「うーん?」

 これは牧草……ということでいいのか?

 漂う草いきれは何となく郷愁を誘う。

「僕は」

 状況を声に出して整理する。

「僕は自殺した。少なくとも自殺を図った。場所は間違いなくアパートの自室で───ベッドの上だった。なら」

 ならば、だとして、

「ここはどこだ?」

 結局は、それに尽きる。

「もしかしてスイスとか?」

 少女がもみの木の側でお爺さんと暮らしていそうな風景だ。

「まさかなー」

 浮かべた想像をあり得ない、とすぐに打ち消す。

 仮に、仮死状態(昏睡状態?)の僕を誰かがスイス(仮)に運んだのだとして、その目的は? メリットは? そもそも方法は? 

「謎すぎる……」

 まだしもここを天国とでも考えた方が現実味がある。いや、現実味のある天国ってのも意味不明だが。

「ん゛っ、くっぅぅ……っ」

 いい加減起きようか、と思いっきり“伸び”をする。

「───っ、つぅ……」

 体のあちこちからミシミシペキペキと音がする。

 全身が凝り固まっている。

 これは部屋で意識を失ってからかなり時間が経っているのかも知れない。

「ん」

 そう思った途端、急に腹が鳴った。

 一度は死のうとしたくせに我ながら何とも現金なものである。

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 腕を限界まで伸ばし、痛気持ちいい状態をキープしながら叢をゴロゴロと転げ回った。

「ふ……っ」

 ゴロゴロ、ゴロゴロ……、

「ふははははっ」

 何だか変な笑いが込み上げてくる。

 何これ。ナニコレ楽しいんですけど。

「ハァーッ、ハッハッハァーッ───ん?」

 と、

 不意に違和感を覚えた。

 視界の端に、ふとおかしなものが映ったような?

 具体的には“白”。

 空の青、叢の緑。

 そこに割り込んだ違和感。

 それは“白い何か”だった。

「…………」

 僕は馬鹿みたいに転がるのを止め、後ろ手に手をつき上体を起こした。

「えーと?」

 違和感の正体を求め首を回してぐるりと周囲を見渡す。

「……」

 右ヨシ、

「……」

 正面ヨシ、

「……」

 左ヨシ、

 ということはつまり。

「そこだぁ! …………って、は?」


 は?


「───は? え? オン、ナノ、コ……?」


 もう一度、大事なことだから敢えてもう一度繰り返す。


「女の子」


 だ。

 女の子が一人、無防備に体を投げ出し(くさむら)に横たわっていた。

「………………」

 僕は息を殺し少女を観察する。

 肌が……白い。一瞬、自分のことを棚に上げしてすわ死んでいるんじゃないかと心配したが、よく見れば胸の辺りが小さくだがゆっくりと上下している。


 やった!

 生きてる!

 この子も生きてるぞ!


 そんな、何か自分でもよく分からない歓びが込み上げた。


 ああ、生きているって───素晴らしい!


 いや、落ち着け。

 一度死にかけたせいか命在るもの全てが愛おしく思えた。ちょっとばかりテンションがおかしい。今なら勢いだけで宗教とか開きかねない。やばいだろそれ。


「すぅ………………ふぅ」

 深呼吸をする。

 気を静め、改めて少女を見る。

 見た目は日本人だ。

 華奢で小柄だ。

 たぶん身長は百五十を少し超えるくらい。

 髪色は暗い焦げ茶、やや長めボブで前髪の一部に水色のメッシュ。

 顔はかなり整っていて、どちらかといえば可愛い系だ。目を閉じているのではっきりとは判らないがどこか猫に通ずる愛らしさがある。

 妹以外の異性をこの距離でまじまじと見るのは久しぶりのことである。


「………………ふっ」


 すみません嘘です。

 こんなのこれが初めてです。

 しょーもない見栄を張りました。

 脳内で誰へともなく言い訳を並べつつ、更に観察を続ける。


 ───ゴクリ。


 と、生唾を飲み込む。

 その音がやけに大きくて、僕はびくりと背筋を震わせた。


「………………」


 いや───だって、この子スゲー格好してるんだもん。

 最初に僕の視界を掠めた“白いもの”、その正体はこの子の着ている服だった。

 ソレが凄い───いや、すんごい。

 僕は初めソレを“白いワンピース”だと思った。全体的にはゆったりとした作りの、だけど妙に丈の短いワンピースだなあ、と。

 しかしその認識は誤りであった。違っていた。これはオーバーサイズの白いTシャツだ。それも、たぶんだがメンズ物。

 一時期オーバーサイズTシャツが流行っていたが、これは恐らくファッションというより部屋着か寝間着だろう。

 いわゆる“彼シャツ”なのだろうか?

 もしそうなら……何となく悔しい。

 違うといいな。

 ただでさえ広い襟ぐりは伸びてダルダルで、大きな隙間から艶かしいデコルテが覗いている。

 短すぎる裾は大事な部分こそギリギリで見えていないが、すらりと伸びやかで、折れそうなほど細いのにむっちりとしている、そんなともすれば矛盾する魅力を物の見事に両立させた魅惑の生足を、全くこれっぽっちも隠せていない。


 これが着エロかー。

 堪らんなー。

 エッチだなー。

 素晴らしいなー。

 勉強になるなー。


 ───ゴクリ。


 さて本題です。

 いくら着エロが素晴らしくともコイツに比べたらこれまでの部位は全て前座でしかない。いや、ある意味コレも着エロには違いないんだが。


 本命は、

 最大の問題は、

 一番すんげえのは胸だった。

 そう───おっぱいだ。


 呼吸に合わせ上下する胸部、決して大きくはない。何ならうちの妹の方が“ある”くらいだ。されどおっぱいに貴賤などない。小振りながらもしっかりと“女の子です”と主張するお胸様。

 その形が───

「……」

 ───やけに生々しい。

「…………っ」

 いやいや待て待て。

「………………(ちょ、これ、この子ノーブラか……っ)」

 というか、

「(なんか浮いてるんですけど!?)」


 こんもり双子の小山の頂上に小さなポッチが……ポッチが浮いているでありますよ。


 僕はソレをガン見した。

 穴が空くほど凝視した。

 透視能力が開花しそうなくらい見つめ続けた。


 ───ゴクリ。


「…………いや、あかんて」


 これ以上は犯罪だろ。

 けど、もっと見たい。


「…………な、生で」


 ───ゴクリ。


「…………いやいや、やっぱ、まずいって」


 でも、こんな機会はこれを逃したら二度とないかも知れない。

 そうだ───僕は今、人生の大きな岐路に立っている。


 よし、起こそう。

 一回だけ起こして、それで起きなければ……よし。


「お、おーい?」

 少女の肩を掴み優しく揺すってみる、起きない。

「起きろー」

 白い頬を軽く叩いてみる。ペチペチ……起きない。

「寝たふりとかないよな……?」

 脇をつついてみるが無反応。“ふり”では無さそうだ。


 ───ゴクリ。


「はぁ、はぁ……っ」

 呼吸が浅くなるのを自覚する。


 い、良いんですかね?

 良いんじゃないですかね?


「フ、フヒヒ……ッ」


 そうだな。

 据え膳食わぬは男の恥。

 ジャパニーズMOTTAINAlスピリットだ。

 いや、食べないけど。食べたら犯罪だけど。

 でもまあ───見るだけ。見るだけなら良いよね!

 ね?




 閑話休題。


「ふう……」

 堪能いたしました。

 先端は淡いピンクでした。

 下は黒のローレグです。

 しかも紐でした(流石に解いてないです)。

 僕は今日、これまで無為に過ごしてしまった青春の大半を取り戻しました。

 いい日だなあ……まる


 ノーエロス、ノーライフ。

 エロ万歳。

 エロはこれでもかと生を実感させてくれる。

 僕は生まれ変わった。

 生きているって素晴らしい! ここは天国かよ!

 いや、それもう死んでるじゃーん。


 閑話休題(二度目)。


 いや何やってんだ、僕。落ち着け、僕。

 生唾を飲みすぎて逆に口の中が渇いてしまった。

 悪ノリはここらで一旦止めておこう。色々と箍が外れすぎである。いい加減、今後について真面目に考えねば。

 立ち上がり、改めて周囲を見渡す。

 僕らの寝ていた叢は概ね円形をした草原のほぼ中央で、直径は目算で凡そ三百メートルほど。草原は周囲をぐるりと森に囲まれていた。

 俯瞰出来ないので何ともだが、何とくこのロケーションは“草原が森に囲まれている”というより“深い森の中心にぽっかりと草原が開けている”といった方がしっくりくる。……たぶん。ただの勘だが。


「───さて、」

 どうしよう。

 ここは一体どこなのか?

 自分はここへどうやって来たのか?

 果たして帰る方法はあるのか?

 未だに目を覚まさない女の子は何者なのか?

 近隣に人里は在るのか?

 色々と疑問は尽きないが……とりあえずそれらは一旦全て脇に退けて、まずは───

「移動」

 だよな。

 ここが日本や海外、地球上のどこかにしろ、或いは天国やら地獄といった得体の知れない超常のどこかにしろ、何れにしてもこの場所に留まり日暮れを迎える、ましてや夜を明かす、などという選択肢だけはあり得ないだろう。

 何しろ今の僕には火を熾す手段すらないのだ。火種の無いサバイバルなんて無謀極まりないだろう。

 装備だって実質半裸といっても過言ではない少女は論外として、残念ながら僕も上は着古したTシャツ、下はスウェットだ。部屋着だ。当然靴だって履いてない。

 上から下まで部屋でベッドに横たわった当時と変わらぬ姿。こんな自然豊かな場所に居ていい格好じゃない。場違いだ。今すぐお家に───せめて文明社会に帰りたい。

「まあ、移動するのはもう決まりとして」

 問題は、

「この子をどうするか」

 僕一人で先行し、あわよくば助けを呼んで来る───という案がまず浮かぶが、

「駄目だ」

 最も建設的なその案を首を振って打ち消す。

 流石にこんな場所に意識の無い女の子を一人残していくなんて真似は出来ない。

 いや、違う。自分に正直になろう。

 ぶっちゃけ、ボーイミーツガールな現状に少し浮かれている。

 僕はこの名前も知らない女の子と離れたくない。

 当然、連れて行くつもりだがしかし、この子困ったことに今のところ全く起きる気配がないのだ。

 先ほどは色々と堪能させていただいた訳だがその間もずっとただ静かに、本当に生きているのか不安になるほど微かな寝息を立てるばかりで、一向に目を覚まさなかった。

「うーん、どうしたもんかな……」

 試みに、もう一度少女の頬をペチペチと軽く叩きながら声を掛けてみる。

「おーい、起きろー、置いてっちゃうぞー? おーい? おーい? …………お、襲っちゃうぞぉ?」

 ペチペチ、ペチペチ、ペチペチペチ…………

「…………駄目か」

 駄目だ。これ以上はもう暴力の領域だ。

 諦めてどうにかしてこの子を運ぶしかない。どうにか、といっても都合よく荷車なんてないし引き摺るなんて論外、となれば

抱き上げるか背負うかくらいしか方法はないのだが。

 まずは少女の背中と膝の裏に腕を差し入れ抱き上げてみる。

「ぃよっ」

 いわゆる“お姫様抱っこ”のカタチ。

 もちろん初体験。色々見てしまった後でもこれはこれでドキドキする。が、

「く……っ」

 キッツい。思ったよりはずっと軽いが……しかしこれで長距離の移動は流石に無理だろう。

 自慢じゃないが去年まで勉強ばかりしていた身だ。挙げ句、その後一年以上引きこもり生活を送っていた僕に長時間人一人を抱き続けられるだけの体力などない。たとえそれが小柄かつ華奢な女の子だったとしても、だ。

「よい、しょ…………っと…………ふぅぅ」

 一旦、少女を叢に下ろす。

「うへぇ……腕に力が入らん」

 腕がプルプルと震え、全身の毛穴が開くような感覚がしてどっと汗が噴き出してくる。

 我ながら情けなくなるほどのひ弱っぷり。

 そして少女は相変わらず起きない。


「……おぶるしかないか」


 誰かをおんぶするなんて、小学生の頃に妹をおぶって以来だ。ましてや寝ている相手を背負うなんてこれが初めてである。

 出来るだろうか? いや、やるしかない。

「ふぅぅ……っし、」

 僕は大きく一つ息を吐き気合いを入れ直すと、まずは一旦少女を座らせることにした。

 ───ところが、

「───って、あれっ? く……っ、くぬっ」

 これがなかなか上手くいかない。

 イメージは“体育座り”なのだが、意識の無い人体というものは本当に骨が在るのかと疑ってしまうくらいぐにゃんぐにゃんで、手を離す度すぐにくてんと崩れてしまって一定の姿勢を維持させることすら容易ではない。

「こん、のぉぉぉ……っ」

 少女の両膝を立たせ、両腕を引っ張って上半身を起こす。ここまでは良いのだが、意識の無い彼女は自ら膝を抱えてくれたりはしないのだ。股を開かせて何とかバランスを取らせようとしてみるが………また、倒れる。

「うごごご」

 いつか脱力した人体は重く感じると聞い記憶があるが、なるほどまさに今僕は身をもってそれを実感していた。

「だぁっ、し、しんど……っ」

 額からは滝のように汗が流れ落ち、背中にTシャツがべったりと貼り付いて気持ち悪い。初めのうちこそ「合法、合法」などとニヤつきながら、少女の柔らかな感触や匂い体温に鼻の下を伸ばしていた僕だが、既にそんな余裕はどこへやら。

 つい先刻は非合法な手段で拝んだ紐パンも、今じゃ丸見えだというのに僕のリビドーは何ら反応を示さない。

 悟りの境地だ。

 これぞ無である。

「はぁ、はぁ……よ、よし……ここを……こうして」

 両足の開度、上半身の角度、頭の位置を慎重に……慎重に調整して“なんちゃって体育座り”の姿勢をキープさせる。気分は“ジェンガ”の最終局面である。

「っ…………し」


 ───キ、キターーーッ!

 

 遂に成功。

 叫びたい衝動をぐっとこらえ、心の中で渾身のガッツポーズ。

 あとは“これ”を背負うだけだ。

 年頃の異性をおんぶするという心踊るイベントのはずなのに、彼女を見る僕の目はもはや“モノ”を見るソレだ。


 ったく、手間ぁ掛けさせやがって。


 べらんめえな気分だ。

 大胆に開かれた脚の付け根に黒い布地が見えていたってもう何とも思わない。

 見てろ、


 僕は必ずこの“お荷物”を背負ってみせる!


 僕は少女に背を向け地面に膝をつき、間違っても倒してしまわないよう、手を使いながら慎重に後退り彼女の開かれた両足の間に己の尻を滑り込ませる。それから僕は彼女の手首を掴もうと後方に手を伸ばし───


「────ん? あれっ?」


 手が…………届かない。


「なら、こっちは……? こうか……!?」


 左右逆の手で試すがやはり全く届かない。


「嘘だろ……」


 絶望。

 原因は僕と少女の体格差だ。僕は座らせた彼女の懐に身を縮めて潜り込み、腕を首の前に引寄せ背中で掬い上げるような動作(柔道の背負い投げが近い)をイメージしていたが、よくよく考えてみればそれは潜り込む側が小さくなければ難しい。

 パッと見身長百五十そこそこの少女に対し、僕のそれは百七十四……恐らく彼女の脚の間に滑り込ませた“つもりでいる”僕の尻も実際には全然“なってない”だろう。


「…………冷静じゃなかった」


 いや、恥ずかしすぎるわ。

 端から見れば僕は少女に尻を向けたまま膝立ちで縮こまる“ヤベー奴”だ。


「ハハッ」


 第三者が居なくて良かった───と、


「あ?」


 背中に「トン」と何かが触れる感触。


 ───ドサッ。


「あああああああ!?」







 …………マジで死ぬほど疲れた。もはや語るべき事はない。僕は今、少女を背負っている。それが全てだ。


 僕も少女も(僕の汗で)ヌルヌルだ。元からダルダルだった彼女のTシャツはさらに伸び伸びになり、(僕の)汗を吸った生地はもはや透け透けで見えちゃいけないものが色々と見えている。白地に所々付着した赤い染みは僕の血だ(マメが潰れたり、転けて擦り剥いたりした)。

 あまり言いたくはないが、お巡りさんに見られたらソッコーで強姦を疑われるであろう、あられもない姿だ。

 別に頼まれた訳でもないし、本人の許可も得ていない現状、やっていることは完全なる善意の押し売りであり、余計なお世話と言われたらそれまで。つまり百パーセント僕のエゴだ。

 しかしもし目を覚ました少女に文句を言われたなら僕は謝りつつもこう言うだろう───寝ている方も悪い。


 放って置けるかバカヤロー。


 男の子なら誰だって一度はパズーになりたいのだ。


「よっ……と」

 油断すればずり落ちそうになる少女の体を膝の屈伸で位置調整。動く度に少女の控え目ながらも確かな膨らみが僕の背中にフニフニと当たるが今は全然気にならない。


「…………フッ」


 胸に去来するのはえもいわれぬ達成感だ。こんなに頑張ったのはいつぶりだろう。勉強はともかく肉体的なことに限ればたぶん小学生の頃に逆上がりの練習をして以来ではないだろうか。


「……………………って、いやいや待て待て」

 まだ何も終わってないじゃん。


 すっかり終わったような気でいたが、少女をおぶるのは単に移動の為の手段というかあくまでも前準備であって目的ではない。今がようやくスタートラインだ。

 散々苦労はしたものの、いざおんぶしてみると少女は見かけ通りに軽かった。しかしお姫様抱っこよりはマシとはいえ普段運動などしていない僕が人一人背負った状態でいられる時間、歩ける距離などたかが知れている。

 休み休み進むにしても……と、僕は空を見上げた。日はまだ高い。視線を戻し、遠く森を見据える。

 何とか明るい内に森を抜けてしまいたいが……行けるか?


「…………やるっきゃないだろ」


 幸いにして今、僕の気分は頗る前向きだ。気力が体力を凌駕している。

 死にかけた反動というか何というか。マイナスが転じて一気にプラスになった感じだ。ふらりと死にかけたくせに今はものすごく生きたい。

 もしかして僕、躁鬱なのか?

 今なら“何でも出来る”───は流石にちょっと無理だけど───“何でもやれる”。

 そんな全く根拠のない自信が漲っている。

 保護対象(少女)の存在が僕の心の奥底に埋もれていたヒロイズムを掘り起こしてしまったのかも知れない。


「───行くか」


 これ以上ごちゃごちゃ考えてたって始まらない。

 自分とは異なる少女の体温を背中に感じつつ、僕は風にそよぐ草原に一歩踏み出した。

 お目汚し失礼しましたm(_ _)m

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