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06.初めての魔獣

 この世界に来て数日。


 まだあっちの世界を思うと寂しくなってしまうことがあるけれど、私には意外とそんな暇がなかった。


 魔力を使うコツを掴んだら、次は実際に上手く扱う練習が必要であった。


 いきなり魔力を還元してお湯の量を増やしてしまった私は飛び級ものだけど、だからといって熱変動操作が簡単にできるわけではなかった。加減が意外と難しいのである。


 少し加減を間違えると、お湯はすぐ熱湯になってしまったり、小枝は一瞬で炭と化してしまう。


 足りないよりは多い方が頼もしい、とビートは苦笑いしていた。そういう失敗はむしろ力が多いということらしい。上手く使えるようになれば、もっと色んなことができるようになるだろうとのこと。



 日々この生活に慣れるのに必死なのと、魔力の練習、それにビートとルウが私を飽きさせなかった。


 それでもこの世界に満足しているわけではないけれど、ビートの目標が達成されれば……つまりはビートが魔王になるということなのだが、そうなれば私を人間界に帰してくれるのではないだろうか――。


 そう期待して、ビートの魔王化に協力することにした。というか、今のところそれしか道はないのである。



 今日はビートが魔獣を狩って村に売りに行くと言ったので、ついて行くことにした。


 魔獣を見るのは少し怖かったけれど、この世界のことを少しはわかるだろうし、どういう魔獣がいるのか知っておいた方がいいと思った。


 でももし、ビートが負けてしまったりしたらどうしよう……。

 そうなればついて行かずとも私の第二の人生も幕を下ろすことになりそうだけど。



 そんな心配をしてみたけれど、それは必要ないくらい、ビートは強かった。


 腰に()いた太刀を抜くと、私の目では追えない速さであまりにもあっさりと、熊のようなモンスターを倒してしまったのだ。



 ニメートルを超える巨体に鋭い牙と爪は、当たれば人間など簡単に真っ二つにされそうである。それに針のように先が尖った、熊のそれではない長めの尻尾。あれは明らかに怪しい。毒でもありそうだ。


「グルゥァァァァァ!!」


 その鳴き声だけで恐怖し動けなくなった私が悲鳴を上げるより早く、ビートは太刀を抜いたのだった。


 え? そう思った時には全て終わって再び鞘に収められる刀。本当に一瞬の出来事だった。


 そして、倒れる熊の体から青光りした細かい粒のようなものが現れ、ビートへと吸い込まれていった。

 更に彼が右手を熊に掲げると、心臓辺りから光の玉がフワフワと浮かび上がり、手の中に吸収されていった。


 これが魔力と魂――。


 凄い……! 凄すぎる!!


 表情一つ変えずにあんな化け物を一瞬で倒しちゃうなんて、これなら魔王にだって本当になれるかもしれない!


 そう思って興奮するも、ビートはそんな私をつまらなそうに見て言った。


大熊蜂(べアービー)なんて、ザコだぜ? 一応売ってくるが、大した金にならん。魔力も魂も微々たるもんだしな」


「……そうなの?」

「ああ、お前にだって倒せるさ」


 それは無理だよ。


 ビートの言葉にそう言おうとしたけれど、どうやら冗談でもなさそうだった。

 もしかしたら、魔力の使い方次第では本当に倒せるようになるのかもしれない。


 魂を得た後は、再び熊に手を翳してその巨体を浮き上がらせると、触れることなく持ってきていた代車に乗せ、村へと向かう。

 これは物質操作というスキルらしい。

 ビートはこの力を自分に使うことで飛べるのだとか。



 村まではどれくらいの距離があるのだろう。時計がないから正確にはわからないけれど、感覚としては三時間以上歩いた。


 正直もうヘトヘト……のはずなのだが、私の身体は意外とまだ元気だった。

 あっちの世界とは違う……いや、これも魔力を得たおかげなのかもしれない。ビートもまるで平気な顔をしている。


 そしてようやく家々が見えて村が近づいてくると、ビートは頭からローブを羽織り、私にもフードを被らせた。


 ビートの住まう森から少し東にある村、トスキア。

 ビート以外のこの世界の住民に会うのは初めてだ。


 一体どんな者たちがいるのだろうか。鬼のような怖い魔人や、私がイメージするような魔物がいて、絡まれたりしたらどうしよう……。


 そんな風に緊張しながら村に足を踏み入れたけれど、その村の住民たちは皆、落ちつき払っていた。


 ビートが引く台車の熊を見て少しは驚いた様子だけど、嫌な反応を示す者はいない。


 その風貌も、ほとんど人と同じ姿をした者と、人に獣の耳や尻尾を生やした姿をした者などが、人間のように暮らしていた。服を着て、家を持ち、親子と思われる者もいる。


 怖い感じは全くしない。

 ビートの話によると、この村の者たちは弱者が多いのだとか。

 都では働き口がなく、森から少し離れたこの場所に村を構え、団体で魔獣を狩ったり、鉱石を発掘したり、薬品の原料になる植物を採取して、それらを加工できる技術のある町へ売りに行き、細々と生活しているのだとか。


 確かに家の造りなんかを見るととても立派とは言えない。けれど住民たちの表情は暗いものではなかった。


「ああ、ビイトさん! ご無沙汰じゃねーか」

大熊蜂(べアービー)なんだが、いくらになる?」

「はは、相変わらず凄いもの持ってくるねぇ。お、珍しい……今日は二人かい?」


 ここで買い取ってもらうのか。ビートが足を止めた建物の前に立っていた、顔馴染みと思われる男が驚きに目を開いて私を見つめてきたので、小さく会釈した。


「コイツはただの助手だ」

「へぇ、えらい別嬪さんじゃねーか! やるねぇビイトさん」


 親しみのある話し方をしてくる男を、ビートは少し冷たくあしらった。


 ……というか、彼の話を聞く感じだとこの熊の魔獣、雑魚なんかではなさそうである。


「それで、いくらになる?」

「ああ、ちょうどコイツの素材要請が出ていたところだ。それにビイトさんはいつも一発で仕留めてくれるから、傷が少なくていいんだよなぁ」


 言いながら、男は何かの紙を見ながら唸った。


「金貨三枚に銀貨……いや、金貨四枚でどうだ?」

「いいだろう」

「よし、毎度あり! また頼みますよ。もうこの村に住んだらいいのに」


 明らかに好意的に接してくれているのに、ビートは言葉数少なめに頷くと、お金を受け取り「後で台車を取りに来る」とだけ告げて再び歩みを進めた。


 素っ気ない態度のビートに私は不安になる。

 去り際に男に目をやると、人の良い顔で微笑まれた。ビートのあの態度にも、気は悪くしていないのかな?


「ねぇ、ビート。あんな態度取っていいの? もしかしたらもっと値をつり上げられたかもよ?」


 早歩きのビートを小走りで追い掛け、隣に並んで口を開く。


 あんなに感じがいい人に対して、失礼だと感じたのだ。やっぱりそういうところは悪魔の感覚なのだろうか。私も客商売をしていたが、やっぱり感じのいい客にはサービスしたくなるものである。


「……他人にあまり干渉するな。痛い目見るのはこっちだぞ。それに、大熊蜂(べアービー)に金貨四枚は上出来だ」

「ふーん。ってか、それどういう意味?」

「……」


 その質問には答えずに、険しい表情を見せるビート。

 そういえば、下級の悪魔は嫌われているとか言ってたけど、ビートも何か嫌な経験をしたことがあるのかもしれない。

 今は中級に昇格しているのに、それでも悪魔だとバレないように気をつけているようだし。



 しばらく歩くと、露店が並んでいる通りに出た。


 何か買うのかと大人しくついて行くと、ビートは一つの店の前で足を止める。


「好きなの選んでいいぞ」

「え?」


 そこには、少しだけ華やかな彩りの服が並べられていた。おそらく、女性物の衣服だ。


「いいの?」

「まぁ、約束だしな」


 相変わらず表情を変えずに素っ気なく言っているけど、こんなにすぐ買ってくれるなんて、少し意外。


 けれどここは遠慮なくその厚意に甘えようと思う。

 この世界の流行とかは分からないけど、一番手前に並べられている淡い桃色の服が目にとまった。


「これ可愛い! ねぇ、どうかな?」


 手に取り、自分の体に合わせてビートに見せる。


「……いいんじゃねぇ?」

「ほんと? じゃあこれにする!」

「早いな、もう決まったのか」


 意外そうにしながら店主の女性に銀貨を二枚支払うビート。


「ビート、ありがとう!」


 素直にお礼を言う。

 世界は違っていてもショッピングとは楽しいものである。

 そんな浮かれる私を見て、店主が微笑みながら言った。


「そんなに気に入ってくれたなら、着て帰るかい?」

「いいんですか?」

「ええ、もちろん」


 店主に促され、私は店の奥に入って服を着替える。

 この薄汚れた服のままでは不憫だと思われたのかもしれない。


「どう?」

「……ああ、良かったな」


 着替え終わった私はビートの前に出てくるりと回って見せた。


 私の満足のいく反応を見せないビートに、相変わらず女心が分からない男だと呆れるも、今の私は上機嫌。

 疲れもどこかへ吹き飛んだ気がするのであった。

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