04.生活します
「今日は疲れただろ? 人間は弱ぇからな。余計なことは考えず、もう寝ろよ」
そう言うと、ビートは木製のベッドのような物の上に枕と毛布を置いた。
そこには既にワンセットずつそれがあったから、不思議に思う。
ああ、きっとビートが使っていたやつは嫌だと思ってくれたのね。それで新しいのを出してくれたんだ。
意外と気をつかえるところもあるじゃない。
「……」
「……」
「え……? 待って、まさかこんな狭いベッドに貴方と二人で!?」
もう寝ろと言いながらそこから動こうとしないビート。
そしてこの部屋に他にベッドなんて見当たらない。
まさか、まさか……、一緒に寝る気!?
そう思い慌てて尋ねるも、ビートは落ち着いた様子で私に視線を向けた。
「……そんな期待されてもな」
「ち、違うわよ、バカ!!」
私一人で赤くなっていることが悔しくて、誤魔化すように元々置いてあった方の枕をビートに投げつけた。
ついでに毛布も渡して、私は一人でベッドに潜り込む。
確かに、今日は本当に疲れた。
「……まぁ、ゆっくり休めよ」
ビートに背中を向けて横になった私に、彼は小さく声をかけるとやがてドアを開け、外に出て行った。
「……」
ビートの魔力で灯っていた明かりが消える。
夜は夜なんだ。
真っ暗闇の中で一人になり、急にこの状況を冷静に考え始めた。
本当に、今日は色々あり過ぎて疲れたはずなのに、なぜか眠れない。
この先私はどうなってしまうのだろうか。
「あー、明日のシフト……」
こんな状況になっても仕事のことが気になってしまう自分に半ば呆れる。
っていうか、あっちの世界で私ってどうなっちゃうんだろ……。
行方不明? お父さんやお母さん、心配するんだろうな……。
それを思うと急に悲しくなってきた。就職してからは自立のために一人暮らしをしていたから、最後に実家に帰ったのは三ヶ月前だ。いつでも会えると思うと、なかなか会わないものである。
「……心配してくれてるの?」
すると、そこで大人しく身を伏せていたルウがこちらに歩み寄り、ベッドの上に顔を乗せてきた。
「ありがとう、君は優しいのね」
狼がペットなんて、怖いもの飼ってるなぁ。なんて思ったけれど、ビートが言うようにこの子は良い子みたい。案外怖くないかも。
さっきビートがしたように、ルウの頭を撫でてみる。ルウは目を細め、大人しく触らせてくれた。
「可愛い」
自然と笑みが溢れた私は、安心して押し寄せてきた睡魔に勝てず、意識を手放したのだった。
*
夢も見ないくらい、ぐっすり眠った。
目覚めたとき、一瞬ここがどこだったか混乱したけれど、すぐに思い出す。
……どうやら全部夢でした、なんてこともなさそうだ。
だって目の前に、私がいた世界にはいなかった美青年の寝顔があったから。
「ああ、起きたのか」
「……っ、な、なんで――!」
その距離、顔一つ分。
私が起きた気配でも感じ取ったのか、ビートは瞼を持ち上げてその綺麗な瞳を晒すと、この状況をなんでもないことのようにゆっくりと身体を起こし、ベッドに腰掛けたまま欠伸をした。
自分の顔だけが赤くなっていくのを感じる。
「……っなんで、なんで、何なの――!」
私も慌ててベッドの上に身体を起こし、ビートからできるだけ距離を取って毛布を抱きしめる。
良かった、服は着ている……。
「は? 何が」
「何が、じゃないでしょ……! 私は、女で、貴方は、お、男でしょ……!!」
真っ赤な顔で、ビートを睨み付けながら言う。本当に、この男はデリカシーの欠片もないのか!
「うっせーなぁ、そんなに襲われてぇのかよ」
「だから、違うって!!」
ガシガシと頭を掻きながら、立ち上がったビートは私を見下ろして言う。
「しょうがないだろ、ベッドは一つしかねーんだ。文句言うなら床で寝ろよ」
「……っ」
これじゃあまるで私が悪いみたい。気にしているのも私だけみたいだし、もしかして悪魔は人間をそういう対象で見ないのかも……。
一人で怒ってしまったのが急に恥ずかしくなってきて、心配そうに近付いてきてくれたルウを愛でて誤魔化すことにした。
「腹減ってんだろ? 飯にするぞ」
そうしていれば、やはりビートはあまり気にした様子を見せずに外へと繋がるドアを開けた。
ついていくと、囲いの中に一匹の兎がいた。私のイメージしている一般的な兎よりは少し大きめである。
「わぁ、可愛い――」
何も考えずに率直な感想を述べた私の前で、ビートは乱暴に兎の耳を掴んで持ち上げると、その首をナイフで一突きした。
「!!?」
ボタボタっと地面に血が流れる。な、な、なんてことを……!
驚愕して言葉も出ない私を差し置いて、ビートは慣れた手つきで兎を捌いていく。
「うっ」
とても見ていられず、顔を背ける。するとその視線の先で、ルウが焚き木を集めてきていた。
「よし」
数個の肉の塊と化した兎に枝を刺し、ルウが集めてきた焚き木に手を翳すビート。
すると数秒で煙が上がり、あっという間に火がついた。
「すごっ!」
「これくらい基礎的なもんだよ。お前にだってできるさ」
「えっ、本当?」
「ああ、飯食ったら練習だな」
言いながら、ビートは枝に刺した肉を均等に並べて焼き、皮袋を私に差し出した。
「水。飲めよ」
「……ありがとう」
素直にそれを受け取り、口を付ける。正直喉が渇いていたから有り難い。
肉が焼けると、ビートはその上で石みたいなものを削って振りかけた。どうやら岩塩のようである。味付けをするということは、悪魔にも味覚はあるのか。一安心だ。
「……美味しい!」
「だろ? 新鮮だからな」
兎さん、ごめんなさい。
目の前で捌かれる可愛い兎に、
「ビートは悪魔だ、なんでこんな可愛い生き物にこんな残酷なことが出来るんだ!」
と、内心で彼を責めたけれど、私だってあっちの世界では普通に牛や豚も食べていた。
捌かれる瞬間を見たことがなかっただけなんだ。
これからはもっと食材に感謝していただかなくては……。
そう実感させられる瞬間であった。