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01.悪魔

 ――神が天から降りてきた。


 一瞬本気でそう思ったほど、彼は神秘的で、美しく見えた。


「死にたくなければ俺と契約を結べ」


 けれどその思いは彼の言葉と怪しげな眼光により一瞬で打ち砕かれる。


 やっぱり神様なんていない。




 今日は厄日だ。

 朝からお気に入りのマグカップを割り、学生の頃からアルバイトしていてそのまま就職したダイニングバーで客に赤ワインをぶっかけ、遅番の学生が急に出勤できなくなったと言うから十二時間超えの労働を強いられ、最終のバスに間に合わないと慌てて歩道橋の階段を降りていたら転んでバッグから財布が溢れた。

 財布が転がった先が道路で、つい左右の確認もせずに飛び出してしまった。


 唯一、今日の私を慰めてくれたのは道端に咲いていたマーガレットの花。

 何気なく一本摘んで、子供の頃よく花占いをやったなぁ、なんて思い出したりしていた。


 その花も、転んだ拍子に落としてしまったけど。


 今はもう、大きなクラクションの音と、驚きに目と口を開いたトラック運転手の顔だけが、私の中を埋めつくしていた。



 ――死んだ。


 トラックに轢かれるのって、やっぱり痛いのかな?

 遺体とか、ぐちゃぐちゃになるのだろうか。

 両親のおかげでそれなりに良い見た目に産んでもらったのに。


 中学の時にクラスで上手くやれなくて、そのまま高校でもリア充組に入れず、彼氏の一人もできなかった。

 大学ではアルバイトに明け暮れて客からナンパはされたけど、そういうのについて行く度胸もなくて。

「せっかく可愛いのに勿体無い」

 なんて職場の同僚に言われながら、今年こそは彼氏を作ろうと意気込んでいたのになぁ。


 神様なんていない。


 せめて顔だけは潰さないでほしい。

 両親が悲しむから。


 ……あ、私が死ぬだけで悲しむか。


 人は死ぬ前に走馬灯を見るとか、スローモーションに感じるとかって聞いたことがあるけれど、それにしても随分ゆっくりだ。

 まるで時間が止まってしまったみたいに。


 ……いや、止まってる?!


 いつまでも驚愕に歪む運転手と目を合わせていた私は、恐る恐る手を動かしてみた。


 動く……。


 そっと右足を引いて、震える足で立ち上がる。

 そのまま一歩ずつ後ろに下がると、私は無事、歩道へと戻ることができた。


 一体どういうこと……?


 そこで初めて辺りを見渡して、私以外の全てのものが止まっていることに気がついた。


 なになになに……?! どうなっちゃったの?! 私、死んだの……? 死んだことに気づいていないとか?


 震える手を重ね、その体温を確かめる。温かい。生きてる。……と思う。じゃあどういうこと? 理解できない。


「お前、運がいいな」


 混乱する私に、ようやく人の声が届いた。たぶん二十代くらいの男の人。

 動ける人がいるんだと、安心して弾かれるようにそちらを振り向く。

 振り向いて、私も硬直した。


 その人は、明らかに人ではなかったのだから。


 いや、見た目は人間だ。百八十センチほどの長身で、引き締まった体躯に、紫がかった黒髪。その前髪の下からは金色の瞳が鋭く私を捉え、口元を小さく持ち上げている。所謂(いわゆる)、イケメンと言われる人種だ。


 けれど、男は今空から降りてきたように見えた。人が飛び降りられるような台なんかは近くに見当たらない。

 それにその格好は何処か異様。腰に刀のような物をぶら下げ、今時の日本のファッションとはズレた服装。ゲームや漫画のコスプレ……それを連想させるような漆黒の洋服が、彼の蠱惑的な雰囲気を引き立てている。


 夜の街灯に照らされ、怖いほどに美しく見えた。

 そのオーラというか、雰囲気が、人ではない、そう物語っていた。


「お前に選択肢をやろう。このまま轢かれてぐちゃぐちゃのミンチになって死ぬか、俺と契約するか」


「……は、?」


 やっと声を出せたのは、その一文字だけ。だって理解できない。頭が混乱する。待って、何? これは何?


「早く決めろ。いくら人間界といえ、止めておけるのも長くないんだ」


 反応の悪い私に、少し苛ついた様子を見せる男。


「あの……どういうことですか?」

「だから、このまま死にたくなければこの俺と契約を結べと言っている」


 実質、選択肢は一つのようだった。

 それを選ばなければ、私は死んでしまうのか。あの大きな鉄の塊にぶつかって、両親に産んでもらったこの身体は無惨な姿になってしまうのか。


「契約って……貴方は、誰ですか? 私は何をすればいいの?」


 聞きたいことは山程ある。何から聞けばいいのかわからない。


「もう時間がない。決めろ。死ぬか、契約か」


 それでも男は急かすように言うと、一歩、また一歩私に歩み寄り、鋭い眼光を向けた。


 わからない、契約って、何かとんでもないことになるような気がする……。

 けれど、死にたくはない。


「契約だな?」


 逸らすことを許さないその輝きに吸い寄せられるように思考が停止した私は、震える手を握り締め、コクリ、と首を縦に動かしたのだった。

お読みいただきありがとうございます!


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