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17.コルダ渓谷にて

「そうだわ、温泉にはもう入った?」

「いや」


 食事を終えて店を出た時、キーナが思い付いたように言った。


「え! 温泉があるの?」

「そうよ。一緒に行く?」


 食い付きの悪いビートに代わって反応すると、キーナは私の方を向いて笑いかけてくれる。

 今日はもう疲れたから、本当はすぐにでもベッドに潜り込みたいと思っていたけれど、温泉となると話は別。ゆっくり浸かって疲れを癒すのは有りだ。


「いいでしょ、ビート!」


 だから、ビートにお強請りする。財布を握っているのは彼だ。


「まぁ、別に構わないが――」

「混浴もあるのよ? 貴方の仲間(モノ)になった記念に、一緒に入ってあげましょうか?」


 え――!?

 ちょっと、何してるの……!?


 再びビートに向き合ったキーナは彼の腕に手を回すと、そのふくよかな胸を見せつけるように擦り寄り、可愛く見上げた。


 キーナって、ビートに惚れたのかな……。

 強いもんね、ビート。やっぱり、普通に見たらかっこいいもんね。

 私は性格を知ってるから忘れてたけど。


「混浴なんてねぇだろ」

「あら、知ってたのね」


 けれど、ビートは意外にもあっさりキーナの腕を振り払って冷たく言った。


 あんなに色っぽい人にくっつかれても嬉しそうにしないなんて……ビートはよっぽど理想が高いのだろうか。

 安心したような……、なんとも複雑な気分。




 そのまま皆で温泉宿に向かった。

 ちゃんと男湯と女湯に別れている。良かった。


「はぁ~、気持ちいい……生き返る」


 私はキーナと二人で肩を並べ、広く開放的な湯船にゆっくりと身を沈めた。

 久しぶりにこんなに広い湯船に浸かった。しかも温泉とは……効果効能も期待できるし、極楽である。


「それで実際のところ、お嬢ちゃんはあの魔騎士とできてるの?」

「は……!? いや、いやいやいや……!! 私たち、そういう関係じゃないですから!!」


 至福の時に、緩みきっていた私をじっと見つめて唐突に言い出すキーナ。

 つい大きな声を出してしまった。男湯に聞こえていないかと、言った後にハッとして口元を押さえる。


「……お嬢ちゃん、ビイトと契約しているんでしょう?」

「ええ……まぁ。っていうか、そのお嬢ちゃんってやめてください。私はカナデです」


 ビートはキーナの前で私が人間であることを言っていた。

 鑑定のスキル持ちであるクーガンにもいずれバレるだろうし、信頼して大丈夫なのだろう。

 それにしても、私はキーナからはそんなに子供っぽく見えるのだろうか。


「アイツなんなの? 本当に凄いわよね。人間界に行くことも、人間と契約することも、普通の悪魔には簡単にできないことなのよ」


 やっぱりそうなんだ。ビートって、私が思っているよりも凄いのかもしれない。

 っていうか私の呼び方のことには触れないのね。


「悪魔は未知数って、あれ自分のことよ。顔も良いし、ああいう強い男の子供なら産んでもいいと思ったけど。アイツ、この私にまるで興味を示さないじゃない?」

「……ビートは、あまりそういうこと事態に興味なさそうだから」


 子供を産むって……、つまり結婚してもいいってこと?

 この世界の結婚制度がどうなっているのかはわからないけれど、少なくとも家族は見た。


 そんなまさかと思いつつも、本気では言っていないような気がするから、もう深く突っ込むことは止めておく。


「でもお嬢……カナデちゃんは好きなんでしょう?」

「えっ!?」

「さっきのあの反応……ヤキモチ焼いちゃって、可愛かったわ~」


 さっきって、あの、ビートに絡みついていたやつのことだろうか。

 クスクス、と笑いながらもしっかり私のことも名前で呼んでくれたキーナに、急に不意をつかれた思いだ。


「あれ、わざとだったの!?」

「フフ、彼は気づいていたようだけど? でもカナデちゃんの気持ちには気づいてなさそうよね」

「……だから、別にそういうんじゃないったら」


 良い人なのか、意地悪なのか、この人はよくわからない。なんとなく、からかわれて遊ばれている気がする……。



 *



 その夜は「男と同じ部屋なんて嫌よ」と言い切るキーナに連れられて、私たちは男女に分かれて部屋を取り、就寝した。


 ビートに言い寄るようなことをしていたくせに、やっぱりあれはビートが自分には靡かないとわかった上で、私の気持ちを探るためにやっていたのかもしれない。

 それにしても、大胆なのかウブなのか、よくわからないお姐さんである。


 その夜はとっても疲れていたのに、結局キーナが眠りにつくまで、ビートとのことをあれこれと聞かれたのだった。


 夜が明けるとすっかり私たちの仲間の一員であるかのような顔をして、キーナは「さぁ、行くわよ!」と張り切った。


「あの、ビート……!」

「なんだ?」


 そして私は町を出る前にビートを呼び止め、そっと口を開いた。


「あのね、やっぱり私も、」

「何よカナデ、ビイトと一緒に眠れなくて寂しかったのかしら?」

「は――!?」


 谷へ行く前に、私はビートに一つ頼み事をしようとしていた。

 やはり私も、武器が欲しかったのだ。

 たとえすぐに使いこなせないとしても、少しは役に立てるかもしれないし、何事も思い立った時がそれを極めるための第一歩となるのだから。

 今日からコツコツと練習すれば、いつの日か役立つときが来るかもしれない。


 それなのに、本題を口にする前にキーナに邪魔されてしまう。


「なんだ、そんなことか。俺は別に狭くたっていいんだぞ?」

「違うから!! 寂しいわけないでしょ……!!」


 キーナの言葉を鵜呑みにして、やれやれ……と誇らしげに息を吐くビート。


「照れるんじゃないわよ、あれくらい言わないと、気づかないわよ?」

「だから……っ」


 キーナに耳打ちされ、カァーっと頭に血が上っていくのを感じる。


 ダメだ、この人たち。話にならない……。


「まぁ、宿のことはまた今夜考えるとして、とにかく急ぎましょう」

「違うんだって、オルガンスさん……!」


 若干呆れた様子でその場を纏めるオルガンスさんにも「わかりましたよ」と笑顔であしらわれ、私の心はぽっきり折れた。


「……」

「ルウ」


 こんな時、唯一ルウだけが静かに寄り添って来てくれる。

 私の気持ちを察するように、ただ静かに、傍に居てくれるのだ。


 その凜々しい狼の横顔に、胸の奥がきゅんとする。

 昔おばあちゃん家で飼っていたハスキー犬のジョンを思い出す。

 ルウ、貴方がいてくれて本当に良かったよぅ……。



 *



 バナーレから北西に進んだ山の麓にあるコルダ渓谷。町を出てほんの数時間で、人工物の一切ない自然の景色が広がってきた。

 ここが魔界であることを忘れさせるような美しい木々や川。聞こえてくるのは風の音と川のせせらぎ、鳥のさえずりや枯枝を踏み締める音のみだ。


 魔物の討伐など忘れて、ハイキングに来た気分である。


「見て、この鳥すっごく綺麗!」


 鮮やかな羽根の色をした孔雀のような鳥が一羽、大きな岩の上に止まっている。

 動物園にでも来たような感覚で近づく。


「馬鹿! 離れろ!!」

「え――?」


 ビートの叫び声に、一瞬そちらに目をやった、次の瞬間、


「ギャーーー!!」

「!!」


 目の前で鳥が大声で鳴き、口から長い舌を出して私の体に巻き付けた。


「きゃあ! なにこれ!?」

「カナデ!!」


 大きな翼を広げて飛び立とうとする鳥に、私の体は浮き上がる。

 私の名を叫んだビートが太刀を抜くより早く、近くに居たルウが人型になって体に巻き付いている舌を斬った。


「ギャギャギャ!!」

「チッ、黙ってろ」


 そのまま鳥の首を落とし、私の体を抱きかかえてしなやかに着地する。


「大丈夫か?」

「う、うん……」


 何が起きたのか、整理の付かない頭でルウを見つめて頷いた。


「ったく、気をつけろよ。どんな魔獣がいたっておかしくねーんだぞ?」


 一部始終を見届けた後、ビートがハンッと鼻で息を吐いて言ってくる。


「ごめん……、綺麗だったから、つい……」

「あれは縄舌鳥(ロープバード)です。その美しい見た目で獲物を引きつけ、長い舌で絞め殺し、捕食します」

「げ……絞め殺すって……」


 私、危なかったの?


 オルガンスさんの言葉に、ゾッとする。


「ごめんね、ルウ。気をつけます……」

「ああ」


 いつまでもルウの腕の中に居たことに気づいて、そっと降りる。


 ビートが冷ややかな目でこっちを見ていると思ったとき、突然体に力が入らなくなり、私はガクンと地面に倒れ込んだ。


「カナデ!?」

「な、なんか……急に体が……」

「これは、縄舌鳥(ロープバード)の毒かもしれませんね。一部の個体は舌から毒を分泌し、獲物を痺れさせると言われています」

「毒……」


 オルガンスさんの説明に、血の気が引く。


 私、死んじゃうの?


「オルガンス、解毒薬あるか?」

「ええ……、」


 手足が痺れる。感覚がない。

 これ、ヤバい――。


「ねぇ、私……わたし、死んじゃうの……?」

「うるさい、これ飲――」

「ねぇビート! わたし……やだ、まだ死にたくないよぉ……!」


 感覚のない手足がガタガタ震える。

 なんか寒気もするし、このまま神経が死んで、体温がなくなって、死ん――


「――!!」

「……」


 死んじゃう……


 そう思って混乱する私の鼻を、突然ビートがつまんできた。


 と、思ったら、容赦なく唇を塞がれた。


 ビートの、唇で。


 ビートの口内から何かが流し込まれ、私の喉を降りていく。


「…………、」

「……どれくらいで効く?」

「……あ、はい、私の薬は即効性があるので、直効いてくるはずです」


 ……薬?


「じゃあもう大丈夫だろ。立てるか?」

「え……っ!? は、はい……!」


 混乱している間にも、確かに私の体から痺れが消えていく。

 ビートに差し出された手を掴み、立ち上がってみる。


「大丈夫みたい……」

「じゃあ行くぞ」

「良かったです」

「……ありがとう」

「凄いわね」


 なんでもないことのようにスタスタと歩みを進めるビートと、いつもの笑顔で微笑むオルガンスさん。


 キーナはビートなのかオルガンスさんの薬に向けられたのか、わからない呟きを一つ。


 いや……私今、ビートにキスされたよね……?

 しかも、口移しって…………。



 そのことには誰も触れさせてくれず、私は顔を真っ赤にしつつ彼等の背中を追うのだった。

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