16.新たな敵
相変わらず、無駄のない綺麗な太刀筋だった。
そして、素人ながらに良いチームワークだと感じた。
皆凄い。それなのに、私だけ、何もできない……。
その事実が自分に重くのしかかる。
いや、私は人間なのだから仕方ないんだ。
ついこの間まで平和な日本で普通に暮らしていたのだから。
戦闘訓練なんて受けたこともないし、こうして魔獣と戦うために生きてきたわけではない。
来たくてこの世界に来たわけでもないし、ただビートを強化するために契約させられただけの存在だ。
別に誰も、私にそれ以上のことは望んでいない。
だからこうして文句も言わずに守ってくれるのだ。
……仕方、ないのだ。
「……本当に、凄いわね」
「ええ、さすがはビイトさんです」
「まぁ俺一人でも倒せたが、お前らのおかげで楽だったぜ」
魂の回収をしながら、キーナとオルガンスさんの言葉に余裕の表情で答えるビート。
「さ、日が暮れないうちに帰るぞ」
そして私に目を向けると、眉を潜める。
「どうしたカナデ。どこか痛いのか?」
「ううん、大丈夫。皆が守ってくれたから」
「そうか? じゃあなんだ、疲れたのかよ? これだから人間は弱ぇんだよな! 帰りもルウに乗せてもらえよ」
「……」
ハハハ! と軽く笑って言うビートの言葉に、私の胸は小さく痛む。
「……え? このお嬢ちゃん人間だったの? ってことは貴方、人間と契約しているの!?」
「あ? ああ――まぁな」
「はぁ!? 嘘でしょう!?」
ヤベ、と口元を押さえるビートに、キーナが何か騒ぎながら言っている。
その声を遠くに聞きながら、私は俯いた。
私は弱い。人間だから、足手まといでしかない。
ビートにとっては、契約の為に仕方なく連れているお荷物でしかないのかもしれない。
「……カナデ、大丈夫か?」
「ルウ……」
何かを騒いでビートを問い詰めているキーナと、それを宥めるオルガンスさん。
そんな三人の背中を追いながら、ルウが優しく私の隣に立つ。
ルウはいつも優しい。
狼の時も、人型でも、変わらない。
さっきの武器はもう消えていて、今は普通の人間に見える。いや、ちょっと人間離れしたくらいイケメンだけど。
「ごめんね、ルウも疲れるでしょう? 私、自分で歩くから」
「いや、俺はカナデ一人くらい全然平気だが」
「おい何してる。さっさと行くぞ」
後ろでもたもたしていた私たちを振り返り、ビートが言う。
「なんだよお前、ルウに乗せてもらわないのか?」
狼の姿に戻るルウと私を交互に見て、ビートはやれやれ、とわざとらしく息を吐くと、
「じゃあ俺がおんぶしてやろうか?」
と、にんまり笑って言った。
「大丈夫よ、自分で歩くから」
あんな化物の首を斬った後だというのに、ふざけたことを言うビートを冷たくあしらう。
「……ふーん。遅れんなよ」
そんな反応につまらなさそうにしながらビートは私の前を歩いて行った。
それから何度かルウに心配されつつも、私は最後まで自分の足で歩いて町まで帰ってきた。
魔力を得たといえ、休憩なしではさすがに疲れた。
けれど私はやり遂げた!
意地悪でいつもより早く歩くビートにも根を上げず、遅れを取らずに歩ききったのだ。
根性というパラメーターがあれば振り切っているに違いない。
ビートがつまらなそうにしていた顔が思い出される。
でも……今日は早く眠りたい。
*
辺りはすっかり暗くなっていた。
昼間でも薄気味悪い雰囲気だったのだが、その路地は夜になると更に怪しさを増していた。
魔獣も怖いが、知恵のある魔人も怖い。
今回の討伐依頼を受けた情報屋のことは、どうやらキーナも知っていたらしい。
というか、情報屋の依頼は早い者勝ちで、同時に依頼を受けて先に狩られても文句など言えないのが暗黙のルールになっているそう。
大毒蠑螈討伐の証拠に、魔物の第二の心臓となる石のようなもの、魔核を持ち帰った者が報酬を得られる。
残りの部位は持ち帰って素材にするでも、放置して後で処理してもらうでも、好きにしていいのである。
結構適当な気もするが、魔物の世界なのだ。正規のギルドを通しているわけでもないし、厳密なルールはないのだろう。
とにかく、ビートは魔獣をその手で屠り、魔力と魂を得られれば良いのだ。報酬の金貨でさえついでなのだ。
情報屋である男――クーガンは〝オリヴァーの店〟にいた。店の奥にある円卓で、一人酒を飲んでいた。
「なに!? もう倒してきたのか……!!」
その日のうちに戻ってきた私たちに、クーガンは目を剥いて大きな声を上げた。
「……いや、まさか、あんたが本当にトスキアの英雄だったとはな……いや、それにしたって――」
「俺は別に英雄になったつもりはねぇよ」
大毒蠑螈の魔核を鑑定し、それが本物であることを確認すると、クーガンは私たちを席に座らせ、人数分の麦酒を注文した。ルウの分もあるようなので、彼も人型になって席に着く。
「俺の奢りだ。遠慮はいらん」
そして気前良く言うと、乾杯をするように自らの杯を掲げてきた。
「とりあえずこれは一時金だ。残りはまた明日の夜、ここで払おう」
そう言うと、懐から財布らしき袋を取り出し、中から金貨を十枚並べた。
一時金で金貨十枚とは……いまいち価値がわからない私でも、大金だということは理解できる。
「それで、ビイトさん、あんたたちはしばらくこの町にいるんだろう?」
「まぁな」
「それじゃあまた紹介してやろう。俺は大体この店にいる。仕事が欲しくなったらいつでも来な」
そう言ってぐいーっと自らの酒を飲み干すと、クーガンは早々に席を立った。早速依頼主の元へ向かうようだ。
「店主には俺から言っておくから、ゆっくりして行けよ」
ビートの肩にポン、と手を置いて、クーガンはご機嫌に去って行く。
「……まぁ、せっかくですし、いただきましょうか」
出された麦酒をありがたくいただき、ついでに夕食も済ませることにしてオルガンスさんが料理を注文した。
「ねぇ、良かったら今後も組まない? 貴方とはやりやすかったわ。それに凄く強いし」
約束通り金貨を五枚ずつ分けたビートに、キーナはご機嫌に微笑む。
お腹が空いていた私は、運ばれてきた大皿料理をオルガンスさんと一緒に小皿に取り分けていた。
すると、私と逆隣でビートの横に座っていたキーナが、ビートに身を寄せてそっと口を開いた。
「私、これからも貴方と一緒に戦いたいわ」
「今回だけの約束だろ? 俺は仲間を増やしたいわけじゃないんでね」
「でも貴方、情報が必要でしょう? 私、色々と役に立てると思うけど?」
「どうやってだよ。それに、クーガンに聞くから別にいらねぇよ」
「ふふ……、見てなさい」
料理を取り分けながら二人を気にして見ていると、キーナはペロリと舌を出し、下唇を舐める仕草を見せた。
女の私でさえ色っぽいと感じてドキッとする。
まさか懲りずにビートを……?
そう思ったけれど、キーナは立ち上がるとカウンター席へ向かい、店主と何やら話し始めた。
ここからでは会話まで聞き取れない。
「さぁどうぞビイトさん、お召し上がりください」
キーナのことをあまり気にした様子も見せず、オルガンスさんは手早く料理を取り分け終わると、各々の前に皿を並べていく。
「カナデさんも」
「うん、ありがとう」
途中から手が止まっていた私の代わりに、結局ほとんどオルガンスさんがやってくれた。
私だってあっちの世界ではウェイトスタッフだったのに、オルガンスさんはとても綺麗に手際良くサーブしてくれた。唯一私が得意とすることでも、役に立てなかったのである。
「早く食わねぇとカナデに食われちまう」
「む。何よ、チーズのことまだ根に持ってるわけ?」
あれはビートが食べていいと言ったのだ。まぁ確かに、全部食べてしまったのは不味かったかもしれないけど……。
ともかく、今は食事だ。
歩き疲れてお腹はもうペコペコ。目の前には魚や野菜をソテーしたものと、パン。
いい匂いにお腹が鳴る。
「いただきます」
シンプルな味付けだけど、空腹は最上の調味料である。とは、誰の言葉だったか。
まさにその通りである。ビールがよく進む。
それに、いつもは食事中も狼でいるルウの人型の姿に、少し頬がニヤける。
フォークで豪快に魚を刺してかぶりつく姿が、その端麗な容姿とは不釣り合いで可笑しいのだ。
「ルウって本当に可愛いよね」
「なんだよそれ……男が可愛いって言われても嬉しくねぇよ」
うんうん、知ってる。ルウは紳士だもんね、ジェントルマンだもんね。誰よりも優しくてカッコいいよ。わかってるよ。
そう思いながらニヤニヤと、正面に座るルウを見つめる。彼は不機嫌そうな顔を見せながらもどこか照れているように見える。
本当に、ルウは狼でも人でも、可愛い。
「北西の谷に、厄介なのがいるそうよ」
ルウに癒されていると、キーナが戻ってきて席に着いた。一転、皆が彼女に注目する。
「店主の話では、邪悪魔かもしれないって」
「邪悪魔?」
聞きなれないその言葉に、ビートを見つめる。
「……凄いですね。そんなこと、クーガンさんは言っていなかったですが……そんな簡単に聞き出せてしまうのですか?」
オルガンスさんの言葉に、私も頷く。やっぱり美人は得なんだな。
「この店には色々な者が集まるからね。ある意味この店は裏ギルドみたいなものなの」
「そうではなく、それを簡単に聞き出せる貴女が凄いと言っているのですよ」
珍しく、オルガンスさんは鋭い視線をキーナに向けた。
「……気づいてるくせに。私には魅惑的誘導があるのよ」
「やはりそうでしたか」
「なにそれ?」
「スキルよ。私のことを良いと思った相手の心を操れるの」
「え!?」
「一種の催眠魔法ですよ。習得するには一定の条件があるはずです」
そんなことができるなんて……ヤバくない?
「そうよ。まぁ、元々見た目も良かったから? 質問に答えさせるくらいなら大抵の男は簡単に掛かるわよ。貴方たちには効かなかったけどね」
キーナは得意気に言いながら長い髪をかきあげた。美人がやると様になる。
けれど、つまりはビートたちはキーナをいいと思わなかったということだろうか。
もしくは、相手の魔力の方が上だと、簡単には掛からないらしい。
「それより、邪悪魔がいるって確かなのか?」
「さぁ、行ってみないとわからないけど……」
「……」
「放ってはおけないんじゃない?」
考え込むように、ビートが険しい表情を見せた。
「邪悪魔って?」
「ビイトさんのような分別のある悪魔ではなく、邪に染まった非道徳的な悪魔のことです」
「……ビートとはどう違うの?」
私のその質問には、オルガンスさんが答えてくれた。
「この世界にいる悪魔の大半は、昇級していない下級悪魔なのですが――」
元天使だった悪魔は、堕天使にされ下界に落とされると、多くは天使だった頃の魔力の大半を失い、弱い下級悪魔にされる。
下級悪魔は寿命が短い。
そして自分の短い時を悟り、大人しく死を受け入れる者と、昇級を目指す者に別れる。
中には好き勝手に悪さをする者がいて、その時生まれる邪気を吸いすぎると邪悪魔が生まれてしまうことがあるらしい。
邪悪魔は魔獣と変わらない。知能が衰え、本能に従って生き、その身も人の姿から獣へと変貌するのだそうだ。
魔人を殺している者は強力な魔力を得ている。けれど話が通じないのは本当に厄介なのだとか。
そして、子孫を残すために他種族に強引に種を仕込む者もいるそうだ。
生まれる子は悪魔。大抵は幼いうちに殺されてしまうらしいのだが、生まれながらの悪魔は育つとかなり強いらしい。
悪魔が他の魔人たちから嫌われ、恐れられる理由はこういうところにあるようだ。
「――ってわけで下級悪魔の中には理性がなく、誰彼構わず種を仕込もうとしてくる奴もいる。だからお前も気をつけろよ? そのペンダントは絶対に外すな。大きな町へ行けば行くほど、悪魔が潜んでいる可能性も高くなる。もちろんこの町にも存在している可能性は十分ある」
「うん……」
オルガンスさんの説明に加えて、ビートは最後に私に向けてそう言った。
少し怖いけど、ビートがいれば大丈夫よね?
心配してくれるのは少し嬉しかったりして。
「……ふぅん」
そんな私たちのやり取りを聞いて、キーナは意味深に唸った。
「それに俺が言うのもなんだが、悪魔は未知数だ。下級でも俺のような奴もいれば、手に負えない魔獣のような化け物もいるし、昇級していても心に邪を抱えた奴もいる。魔人に扮している奴も多いから、魔力が強ければ見抜けないかもしれない」
「そうなんだ……」
ビートがここまで言うのだから、本当に危険な存在なのだろう。
心配されて喜んでいる場合ではないと、私は気を引き締めた。