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15.魔道師の女

「……え、……え――?」


 女は何が起きたのか分からないと言うような顔で立ち止まり、大毒蠑螈(ベノムニュート)とビートを交互に見やっている。


 ビートの太刀の刃に、炎のような黒い影が纏っていた。

 刃で触れずとも、魔力を飛ばして斬ったのだろうか。


「凄い……貴方、何者?」


 呆然とする女に構わず、ビートは大毒蠑螈(ベノムニュート)から魂を回収した。


「別に、何者でもねぇよ」

「今、魂を回収していたわね」

「……まぁな」


 ルウの背中から降り、じろじろとビートを観察するその女を私も改めて見つめた。


 綺麗な鮮緑色(エメラルドグリーン)の長髪は緩くウェーブがかかり、長い前髪から覗く切れ長の目が大人の色気を感じさせる。

 それに、よく見たら胸の谷間が強調された服を着た、随分色っぽい格好のお姐さんだ。

 尖った長い耳はオルガンスさんのものとそっくりであることからして、エルフと思われる。


「ふぅん……。見たところ、魔騎士ってところかしら?」


 ビートを品定めするように見つめながら称号を言い当てると、今度は私たちに目を向けてきた。


「そちらのお嬢ちゃんとおじ様は……」


 私とオルガンスさんを交互に見て、また「ふぅん」と軽く唸るお姐さん。

 なんとなく、相手にされていないような気がした。


「それで、貴方たちの目的も大毒蠑螈(ベノムニュート)の討伐?」

「ああ」


 私とオルガンスさんのことは大して気に止めず、再びビートに体を向ける。


「今のは子供よ。私も親玉の討伐が目的だったんだけど、どうやら私一人じゃ敵いそうもないわね」

「そうか。だったら大人しく帰んな」

「私、どうしてもお金が必要なのよ」

「へぇ」


 彼女はビートに一歩ずつ歩み寄り、色気のある声で言った。


「ねぇ、提案なんだけど、今回だけ私と組んでくれない? 貴方、とっても強そうだし」


 言いながら、甘えるようにビートの腕に手を添える女。

 その近い距離と上目遣いに、見ているこっちがドキッとしてしまう。


「……」


 深緑の瞳に見つめられ、ビートも黙って見つめ返している。


 嘘でしょ!? ビートって女性に興味無いんじゃ……! いや、人間の女に興味無いだけで、魔人ならいいの? それとも、私に魅力が無いだけ……!?


 私から見ても色っぽい彼女を黙って見つめているビートに、軽くショックを受ける。

 美男美女で、なんとなくお似合いな気がする。


「俺に何のメリットがあるんだよ」


 けれど、ビートは冷たい口調で言い放った。

 どこかホッとしてしまう私。


「……何よ貴方、もしかしてアセクシャル?」

「ちげーよ」

「……じゃあまさかそっちのおじ様が趣味ってことないわよね」


 ビートの態度に意外そうにしながら、彼女はオルガンスさんを見た。


「んなわけねーだろ? 俺は女好きだ」


 そして短く息を吐きながら返されたビートの言葉に、今度はジッと私に目を向けてくる。


 っていうかビートってちゃんと女の人が好きだったんだ。良かった。


 ……ん? 良かった?


「……女としての魅力なら私が勝ってると思うけど。大人の女はタイプじゃないのかしら?」


 私だって一応大人の女なんですけど?


 じろじろと見ながら勝手なことを言われてムッとする。

 まぁ、確かに色気では負けてるかもしれないけど……。


 けれど私より先にビートが口を開いた。


「カナデは綺麗だぞ」

「えっ」


 迷いなく発せられたその言葉に、私が耳を疑って聞き返してしまう。


 熱くなる顔でビートを見つめるけど、彼はなんてこともないように平然としている。


 ……やっぱりなんか、私と感覚が違う?


 ビートはたまにドキッとするようなことを平気で言うのだ。天然なのかもしれない。


「……あ、そう」


 そんな様子に、お姐さんも困惑気味だ。

 もうこれ以上追求するのを諦めたのだろう。短くだけ言葉を返した。


「とにかく、俺には目的があるんだよ」

「魂が欲しいのね」


 気を取り直して、彼女はもう一度ビートに向き直る。


「いいわ、魂は貴方にあげるから、報酬だけは折半しましょう」

「だから、俺になんの得があるんだよ」

「ねぇビート、その人仲間もやられちゃったし……一人で帰すのも心配よ。一緒に来てもらおう」


 依然冷たい態度のビートに、さすがに女性を一人で置いていくのも気が引けるので口を挟んだ。

 本当は一緒に行きたくないけど。


「あら、お嬢ちゃん優しいのね。でもあれは仲間じゃないのよ」

「そうなんですか?」

大毒蠑螈(ベノムニュート)の討伐に協力してもらおうと組んだだけよ。まぁ、使えなかったけど」


 仲間ではなかったにしろ、ここまで一緒に来た人が死んだのだ。それなのに、何でもなかったような態度。

 魔人とは、この世界では、そんなこといちいち気にとめていられないのだろうか。


「お嬢ちゃんもこう言っていることだし、いいでしょう? 今回だけ私も混ぜてよ」

「……勝手にしろ」


 引く気がないと察したのか、相手をするのが面倒になったのか、ビートは渋々承諾した。


「私はキーナ・アキュール。よろしくね」

「……ビイトだ。そっちはカナデとオルガンス。そんでコイツはルウ」


 簡単に紹介され、改めてぺこりと会釈する。ビートはさっさと歩き出したので、私たちもそれに続いた。



 *



 湿地帯を進むと、再び霧が深くなってきた。


「カナデ、俺から離れるなよ」

「うん……」


 さっきのが子供ということは、親玉はどれくらい大きいのだろうか。

 大猛猿(ラージコング)もヤバかったけど、あんな毒を飛ばしてくる化物、本当はお目に掛かりたくない。


 けれど、ビートが魔王になるためには、これからもああいう化物を何体も倒さなければならないのか。

 本当はビートだけでも良いのだから、私は留守番していれば良かったかも……。

 まぁ、一人で待っているのも不安なんだけど。


 そんなことを考えていたときだった。


「!!」


 皆がある方向に身体を向けて警戒するように立ち止まった。

 私も一緒に歩みを止める。


「……なに、これ……」


 視線の方向に、大きな影。そして、腹ばいでゆらっと現れたのは、まるで恐竜のような巨体の大毒蠑螈(ベノムニュート)。全長十メートルはあるだろうか。


「くそでけーな」


 固まってしまい言葉も出ない私の隣で、ビートが呟いた。


 ギョロリと動く大きな瞳が私たちを捕らえたのと同時に、大毒蠑螈(ベノムニュート)は開口し吼えた。

 ビリビリと身体が痺れたような感覚に陥る。


身体保護(プロテクション)!!」


 すかさず、オルガンスさんが叫ぶ。

 危機を察し、いち早く私たちに保護魔法を掛けてくれたのだ。


 そしてその直後、大毒蠑螈(ベノムニュート)の頭部辺りから白くネバネバしたものが飛んできた。

 毒だ。ビートは私を抱えてそれを躱したけど、毒が当たった草が瞬時に枯れていく。

 オルガンスさんの保護魔法があるとはいえ、当たればどうなるかわからない。


「こっちだトカゲ野郎」


 私を降ろすとビートは大毒蠑螈(ベノムニュート)の気を引くように太刀を抜いて前に出た。

 ビートに向けて毒を飛ばすために、その頭部が私たちから離れていく。


 しかし、安心もしていられない。


 向けられた長い尻尾が、私たちを纏めて薙ぎ払うように襲ってきたのだ。


「きゃあっ!!」


 反応できない私の身体は、人型になったルウに抱えられて救われる。


「カナデ、離れていろ」

「う、うん、ありがとう……」


 ルウの素早い動きにより少し後ろに降ろされると、今度はルウがその尻尾向けて右腕を振りかざす。

 途端、彼の手に氷のような透明感のあるものでできた美しい刃が出現した。


 すごい……!


 狼の姿なんかより遙かに強そう。戦う時は人型の方が良いといつか言っていたのを思い出す。


 その刃で厄介な尻尾を切断すると、大毒蠑螈(ベノムニュート)が赤黒い腹を反らせて叫んだ。


 ……効いている。そう思ったけど、怒りを買ってしまったらしい。

 ルウを睨むように顔をこちらに向けてきた。


 しかし、


「ぐあっ!!」

「オルガンスさん!!」


 たった今ルウが切断したはずの尻尾が、オルガンスさんを弾いた。

 どうやらもの凄い再生能力があるようだ。


「……大したことはありません、私に構わず、戦ってください」


 飛ばされたオルガンスさんに歩み寄るも、保護魔法のおかげでダメージは少ないようだ。

 その言葉を聞いて、ルウは再び大毒蠑螈(ベノムニュート)に向き合った。


「お嬢ちゃん、見たところ武器も持ってないようだけど……魔法は?」

「使えません……」


 そしてキーナが私の隣に立ち、大毒蠑螈(ベノムニュート)を警戒しながら口を開く。


「……何もできないのにこんなところについてきたの?」

「ごめんなさい……」


 呆れ気味のキーナの言葉に、自分でも情けなく思った。

 私はいつもビートやルウ、それにオルガンスさんにも守られてばかりだ。


「まぁいいわ。二人とも隠れてなさい」


 キーナはそう言うと、私たちから離れて両手を掲げた。


雷撃閃光(ライトニングスパーク)!」


 大毒蠑螈(ベノムニュート)の体に雷撃が放たれた。

 致命傷にはなっていないようだけど、動きが鈍っている。


 そこへすかさずルウが近寄り、厄介に暴れ回る尻尾を再び切断する。更にその切り口に手を翳すと、切断された部分が凍り付いた。凍ったことにより、再生が阻まれる。


 のったりとした動きでこちらに顔を向ける大毒蠑螈(ベノムニュート)


「余所見すんなよ!」


 しかし、こちらに毒を発射する前にビートがすかさず正面から太刀を払う。

 大毒蠑螈(ベノムニュート)も一番厄介なのはビートだとわかっているのだろう。一瞬気が散ったようだが、構わずビートに向けて毒を放った。


「チッ」


 それを躱すため、なかなか近づけないビートは決定打を与えられずにいる。

 魔力を刃に変えた黒い影を放つも、傷口はすぐに塞がってしまうのだ。回復の隙を与えないほどの強力な攻撃か、一発で絶たなければならないのだろう。


 しかし、あんな巨体を一発でとなると、さすがのビートでも簡単ではない。


「あらあら、随分素敵なお兄さんだったのね」

「悪いが俺も興味ないからな」

「……何よ、つまらないわね」


 人型のルウの隣に立ち、本気か冗談かわからない口調で言うキーナ。

 彼女も結構凄い魔法使いだ。オルガンスさんとは得意分野が違うのだろう。それに、戦いに慣れている感じがする。フォローがとても早い。先を読んでいるのだ。


「オルガンス、カナデを頼む」

「承知」


 ルウに言われて返事をすると、オルガンスさんは鉄壁之守護(バリアウォール)を張ってくれた。これで万が一こちらまで毒が飛んできても大丈夫だろうとのこと。


 そしてルウは、ビートの助太刀に大毒蠑螈(ベノムニュート)へと向かっていく。

 とても素早い動きで毒を躱し、足下に回ると右手の氷剣で前足を攻撃する。

 体制を崩して苦しむ大毒蠑螈(ベノムニュート)は、一気に大量の毒を放った。


雷之球体(サンダーボール)!」


 けれど、キーナがその毒に向けて雷の球を放つ。命中した毒は空中で弾け消えた。


「やるじゃねぇか」


 満足そうに呟くと、ビートは次の毒が放たれる隙を狙い、高く飛び上がる。


「終わりだ」


 ビートを追おうとする大毒蠑螈(ベノムニュート)の血のように赤黒い腹の模様が見えた。


 ――スパ――ッ


 そして、あれほど巨体でずんぐりとしたその太い首を、ビートは落下の勢いに乗せて一刀で斬り落とした。

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