14.ベノムニュート
今回の討伐は、ギルドを通さない非正規の依頼である。
その分報酬は大きいらしいけど、危険な仕事も多いとオルガンスさんは危惧していた。
ギルドからの依頼は危険度が設けられ、自分に合った仕事を選択できる。
登録者であれば依頼を受ける前に魔獣を討伐し、その後素材等を持ち帰って報酬を得るというやり方もあるが、登録が無いと報酬はもらえない。
情報屋は依頼主から訳ありの者に直接仕事を流している。
一部には裏ギルドと呼ばれる集まりもあるらしい。
正規のギルドより早く動けることが多かったり、ギルドに登録できない強者がいたりするので、こちらに仕事を依頼する貴族や地主も結構多いそうだ。
つまりギルドのライバル的な存在になる。
まぁ、ビートは強い魂が収穫できるのならなんでも良さそうだけど。
ともかく、大毒蠑螈討伐のため、早速湿地へと向かうことになったのだ。
「なんか不気味なところね」
町から北へ進むと、建物や道が整備されていない森林地帯に出た。更に進むと、辺りは薄暗く、霧が出始める。
湿地帯が近いのだろうけど、いかにも魔物が出そうな感じ。
「大丈夫ですか、カナデさん」
「うん……」
オルガンスさんに声を掛けられ頷くも、足場も悪く、さすがに少し疲れてきた。
「俺に乗れ」
「えっ、でも……」
「構わない」
「……ありがとう」
すると、隣を歩いていたルウが立ち止まり、私を背中へと誘う。
ビートもそうしろと言うように頷いたから、私は素直に甘えさせてもらうことにした。
休憩を取っていては日が暮れてしまう。だったらきっと、この方が迷惑は少なく済む。
ルウの背中は温かくて気持ちが良い。
この感触……久しぶりだなぁ。
つい、久しぶりのもふもふを堪能し、しがみつく。
「……急ぐか」
「ひゃ……っ!」
そんな様子を見てかはわからないけど、足手まといの私をルウに預けたビートが走り出すと、遅れを取らないよう、二人も走り出した。
私は落ちないよう、必死でルウにしがみつく。
まったく……、魔物とは本当に元気である。
一体どれだけ体力があるのだろうか。
それから間もなく、湿地帯に到着するとビートたちは再び進む速度を落とした。私もなんとか振り落とされずに耐えたのである。
「ビイトさん、あちらに誰かいます」
「ああ、行くぞ」
「わぁっ!」
霧が濃く、視界が悪い。けれど二人は何かを感じたらしく、再び走り出す。気が休まる間もなく、再びルウにしがみついた。
*
「くそ、どれだけ湧いてくるのよ、コイツら!!」
霧の中から姿を見せたのは、二人の男と、一人の女。
男は鋼のような鎧の装備を身に纏い、剣や杖を手にしている。女は、二人に比べて軽装だった。
そして池のようなところから、何かの生物がウネウネと這い出て、三人を襲っている。
大きなワニのような……黒地に赤い斑点が浮かんでいる、ずんぐりした体と短くがっしりした四肢の生き物。
あれが大毒蠑螈だろうか。
「炎柱円環!!」
女が叫ぶと、一面に炎が出現した。魔法だ。王道の、火炎魔法だ!!
かっこいい……!!
興奮を覚えつつ観察していると、炎を浴びた大毒蠑螈が「ギャ、ギャ、」と金属を擦り合わせたような奇妙な声を上げて苦しみだした。
「さっさとくたばりやがれ!!」
そして、炎から逃れてきた少し大きめの大毒蠑螈を、剣士の男が斬りかかる。やったように思えたのだが、
「う、うわぁ!!」
斬られて傷ついた皮膚は、すぐに再生して見せた。
再び振り下ろした剣が大毒蠑螈の足を切断するも、あまり効いていないようだ。
すぐに男を威嚇すると、乳白色の塊が放たれた。
「た……、たすけ……!!」
それを受けた剣士の男は、助けを求める声を上げたのとほぼ同時に蒼白の顔で倒れ込み、ガクガクと不自然に痙攣を起こす。
「くそぅ、これでも喰らいやがれ……!!」
それを見て今度は杖の男が大毒蠑螈に向けて光の玉を放つ。これも魔法だろう。女の方とは違い、いかにも魔法使いっぽい杖を持っているのだ。
光の玉を受け、大毒蠑螈は苦しんだ。
しかし、これでは致命傷にはならないようである。威力が弱い。数を打とうにも、遅い。
――ああ、あの男の魔力程度では勝てないだろう。
直感で私は悟った。
そして、案の定後からやってきた大毒蠑螈から放たれた乳白色の塊を体に受け、魔法使いの男も倒れ込む。
「ね、ねぇ、ルウ、なにあれ……ヤバいって」
ルウの背中で気分が悪くなっている私に、ルウもそれ以上近づくことなく口を開いた。
「あれが大毒蠑螈だ。耳の後ろから猛毒を放つ、蠑螈の化物だよ」
「本当に化物なんだけど……」
猛毒ってことは、あの男たちは毒を喰らって死んでしまったのだろうか……。
人(人間ではないのだろうけど、見た目は人型の者)の死を目の当たりにし、目眩がする。
剣では倒せなかったようだし、ビートでも倒せないのではないだろうか。
不安と恐怖でどうすることもできない私は、ただルウにしがみつくだけ。
その感情を読み取ってくれているのか、ルウも動くことができずにいる。
「もう、なんなのよ……使えないわね!」
仲間が殺られて不味いと感じたのか、残された女は再び炎を放つと大毒蠑螈を足止めし、自らは退却することに決めたらしい。こちらに向かって走ってくる。
「誰か知らないけど、貴方たちも早く逃げた方がいいわよ!」
そして私たちの存在に気づくとそう声をかけてきた。
確かに、ここは一旦引いた方が良さそうだ。
というか、そうしたい!!
「ねぇ、ルウ」
同意を求めようと窺うも、ルウの視線はビートに向いていた。
私の視線も自然とそちらを向く。
「ちょっとあんた、何して――」
女の前に出ると、ビートは追ってきていた大毒蠑螈に対峙し、腰に佩いている太刀に手を掛けた。
その口元には笑みが浮かんでいる。
ザシュ――ッ
空気を斬るような一撃だった。
女を追ってきていた三体の大毒蠑螈が毒を吐き出す前に、ビートが大きく太刀を払った。
まだ少し距離があったはずなのだが――
そのずんぐりとした体は、同時に上下真っ二つになったのだった。