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12.バナーレの町にて

 オルガンスさんが新しく仲間に加わり、私たちは再びバナーレを目指した。


 それにしてもオルガンスさんの知識は凄かった。

 薬学に覚えがあると言っていたけど、道中で採取した薬草を私たち(正確には私だけだったようだ)が寝ている間に配合して魔力を織り交ぜ、回復薬を作ってくれた。


 今までは怪我をしなかったから必要としていなかったけれど、絶対にあった方がいいと、オルガンスさん。

 それはそうである。いくらビートが強くても、悪魔でも、性格がひん曲がっていたとしても、今後怪我をしない保証はないのである。

 もちろん私自身だってわからない。必ずビートやルウが守ってくれるとは限らないのだ。その点で言えば、私ももう少し戦えるようになっておいた方が良いかもしれないけど……、それはおいおいだ。


 ……という感じにいつも逃げている。


 回復薬は町にもよく売っているらしいけど、性能がいいものは高い。オルガンスさんもトスキアで自分で調合した回復薬を売っていたのだが、性能が良いものは高すぎて逆に売れないので、わざと性能を落としたものを売っていたらしい。

 では性能が良いものを安く売れば、ウィンウィンではないかと思うのだけど、それでは回復薬の価値が下がってしまうのだ。

 近隣の都市に売るためにも、その価値を下げるわけにはいかない。

 もちろん各都市にも回復薬を製造できる者はそれなりにいるのだが、高性能の回復薬が作れるようになるには魔力や知識はもちろん、その技術を習得するためにそれなりの時間と労力が必要らしい。


 それはつまり……私たちにはとても心強い仲間が入ってくれたというわけだ。


 オルガンスさんほどの実力があれば、もっと大きな町や、王都でも働けただろう。実際、何度か他の町へ行ったこともあるらしいのだが、それは主に勉強の為だったのだとか。


 彼がそうしなかったのは、生まれ育った村への愛着が強いからだそうだ。

 貧しいが人々が温かく優しい村。それがトスキアだった。

 そんな村を離れて連絡のない妹さんが心配なのは分かる。元気にしていると良いのだけど……。


 とにかく、オルガンスさんが必ず役に立つと言っていたのはこういうことだったのかと、早速思い知らされたわけである。




 トスキアからバナーレまでは、徒歩で一週間かかった。

 もちろん、ビートとルウだけならばもっと早く着いている。オルガンスさんがいてももう少し早かっただろう。

 ……やはり、私が足を引っ張ったのだ。


 仕方ないでしょ、私は人間だし、女の子だもん。


 などと内心で言い訳するけれど、私を攻める者は誰もいなかった。

 逆に、疲れただろ? と気をつかって休憩を挟んでくれたくらいだった。それが返って私の罪悪感を刺激したことは言うまでもない。


 車も電車もないこっちの世界でこれだけ過ごせば、さすがに私もだいぶ体力がついてきたのだけど……。まだまだビートたちには及ばないというわけだ。


 ともかく、一週間かかってよくやく町が見えてきた。


 今は早くお風呂に浸かって、ベッドで眠りたい。

 ……ルウが人の姿にもなれると知ってからは、さすがに抱きついて眠ることもできなくなってしまったし。



 町に入ると、トスキアとは比べられないほどの人口の多さと賑わいに驚いた。

 やはりトスキアは小さな村であったようだ。

 それでも東京の街中とは人口の多さでは敵わないし、雰囲気も違う。どちらかと言うと、外国の、ヨーロッパ……北欧風の建造物が目立つ。まぁ、私は実際にヨーロッパには行ったことがないので、これもテレビや映画のイメージなのだけど。


 この町に何度か来たことがあるらしいオルガンスさんの案内で、その日の宿を決める。

 女性の私と部屋を分けた方が良いのでは、と気にしてくれたけど、今更である。

 ビートやルウはもちろん、オルガンスさんともこの町に着くまで共に野営したのだ。

 彼等に女性を無理矢理どうこうしようという気がないことはわかっている。

 彼等は紳士なのだ。決して私に魅力がないわけではないのである。


 そして一つ、とても驚いたことがある。

 この町には鏡があったのだ!

 鏡があることに驚いたわけではない。思えばこの世界に来て、私は一度も自分の姿を客観的に見ていなかったのだが、宿屋にあった鏡の前に立ち、思わず鏡に飛び付く勢いで自分の顔を凝視した。


 この世界に来て顔が変わってしまった――絶世の美女になっていたのだ!!


 ――というわけではない。

 けれど、日本人の私の瞳が、金色に変化していた。それはどう見てもビートと同じ色だった。あの、宝石のように綺麗な瞳が、私にも宿っていたのだ。

 更に肌艶も良くなっている。

 顔が変わったとまではいかないけど、確実に五歳は若返っている。

 十代後半の、ハリのある瑞々しい肌。あっちの世界では不規則な生活をしていたせいか、もっと疲れた顔をしていた気がする。でも今は血色も良い。


 だから思わずじろじろと自分の顔を凝視し、緩む口元を堪えられずにいたら――


「気持悪ぃな、何自分の顔見てニヤけてんだよ」


 と、ビートに突っ込みを入れられた。

 ビートはずっと私の顔を見ていたから当然のことなのかもしれないけど、私には大事件なのであった。



 *



 ビートが住んでいた森は、この国の中心地である王都から見ると西側に位置する。王都から西隣に位置する大都市がこの町、バナーレだ。


 バナーレには亜人であるエルフやドワーフ族が多く暮らしているらしい。ドワーフは戦闘種族ではないが、手先が器用で、鍛冶師や工芸家が多いのだとか。そのためバナーレの街には武器屋や装飾屋等が多く建ち並んでいた。


「わぁ!! すごい! かっこいい!!」


 バナーレに着いて二日目は、中心街を見て回った。

 武器屋にはゲームに出てきそうな剣や盾が並んでいる。いかにもファンタジーっぽくて、ニワカの私でさえ興奮した。


「ねぇビート! 私も武器欲しい!」

「お前はもう少し強くなってからだな。宝の持ち腐れってやつだ」


 バカにしたように短く息を吐いてビートに冷たくあしらわれる。


「いえいえ、カナデさんには内に秘めたる力を感じますよ。きっかけ次第では覚醒できるかもしれません」

「本当?」

「だったらさっさとしてくれよ」


 せっかくオルガンスさんがフォローしてくれたのに、ビートには武器を買う気がないみたい。

 むぅ。と頬を膨らませて拗ねてみるものの、無駄のようだ。


 ビートは店に並んでいる物を眺めてはいるけれど、興味があるようには見えない。

 そういえばここに並んでいる剣は、西洋風なイメージのある両刃のものが多い。対してビートのは確か、日本刀のような片刃であったはずだ。ビートは細長いその太刀を鮮やかに使いこなすのだ。その姿を思い出していると、ふとビートと目が合った。


「……そんな目で見ても買わねぇぞ」

「なによ、ケチ……」



 名残惜しい私を無視して武器屋を出ると、ビートはオルガンスさんと何やら話しながらスタスタと道を行く。


 途中、立ち寄りたいと思ってしまうような魅力的な装飾品が置いてある店や洋服屋を何軒か通り過ぎた。

 けれど、ビートとオルガンスさんの歩みは止まりそうもないし、さすがに私一人ではまだ行けない。

 ルウだけが、狼の姿でいつものように心配そうに私に寄り添って歩いてくれていた。



 *



 大人しくビートとオルガンスさんについて行くと、どんどん人気のない路地へと進んで行った。

 まだ日も高いのに、どこか暗く不気味な雰囲気が漂い始める。

 見るからにガラの悪そうな魔人や、昼なのに酔っ払っている男、怪しげな店の前で露出度の高い服を着ている女性などが、ジロジロとここを通る私たちに目を向けている。


 怖い……。

 人間界であってもあまり通りたくないようなところだ。絡まれたらどうしよう……。


 不安な思いからフードを被り、少し小走りしてビートのすぐ隣を歩き、ローブの端を掴む。


「……ビビってんのか?」

「そりゃあそうでしょ、なんでこんなところ歩くのよ」


 人間だとバレたらどうなるか分からないと言われたけれど、一体どうなるのだろうか。

 この世界での人間という生き物は、どのような存在なのだろうか。

 不安に高鳴る胸に手を当て、ビートにくっつくように歩いた。


「ここです」


 するとようやくオルガンスさんが足を止め、一つの店のドアを開けた。


 やっぱりあまり雰囲気が良いとは言えないお店。

 どうやら飲み食いをする場所らしいけど、窓がないのか店内は薄暗い。客席にそれぞれ小さな明かりが灯っているだけのようである。

 確かにお腹は空いているし、節約しなければならないのかもしれないけど、何もこんなお店で食べなくても……。


 そう思いながらも、オルガンスさんに続いて店に入って行くビートに引っ張られるように、私も店内に足を踏み入れた。


 そこは、大衆居酒屋のような店だった。

 愛想が良いとは言えない店員にオルガンスさんが注文を告げると、しばらくして麦酒とパン、チーズが運ばれてきた。


 こんな時間から飲むのか……。

 店内が暗いから雰囲気に負けそうになるけれど、まだ昼間である。

 それでもこの店では酒を注文するのがルールなのかもしれない。私は空気が読める女だ。だからもう、文句は言わずに運ばれてきたものを口にすることにする。決して昼間からビールが飲めることに喜んでなどいない。


「ん! 美味しい!」


 恐る恐る口にして、その軽い口当たりに驚いた。

 日本のビールよりも淡白で飲みやすく、ちゃんと美味しかった。


 硬めのパンも中はふんわりしており、臭みの強いチーズと麦酒がこれまた良く合う。


 狼のままでいるルウにもパンを半分ちぎってあげる。

 っていうかルウはどの店にも普通に狼の姿のまま入るけど、気にしている者はいないのである。

 この世界では、ペットお断り。的なものはないのかな。というか、知能がある魔物は魔獣扱いにはならないのか、ルウが狼人族(ライカンスロープ)であるということを皆分かっているのか、単にそんなことはどうでもいいのか……。


 その辺の常識は、私にはまだよくわからない。そのうち自然とわかるようになると信じている。


「ビートは食べないの?」


 静かにお腹を満たしていく私とオルガンスさんだけど、ビートはフードを脱がずに腕組みをしたまま周りに目を光らせている。


「食いたきゃやるよ」


 そして自分の分を私にくれると言うので、素直にもらうことにした。

 私はルウと半分こしたし、人間だからお腹も空くしね。


 難しい顔をしたビートに構わず、チーズとパンを一緒に味わい、麦酒を一口。


 うーん、この世界もなかなか悪くないかも……!



「……ビイトさん、やはり私がギルドに登録してきましょうか?」

「いや、いい」

「ギルド?」


 そんなビートの態度に痺れを切らしたように、オルガンスさんが口を開いた。


 ギルドとは、聞いたことのある言葉だ。ファンタジーものの漫画とかによく出てくるあれかな?

 この世界の魔人たちは人間のような生活をしているし、もしかして冒険者とかもいるのかな?


「そうですね、トスキアにはギルドがないので、カナデさんが知らなくても不思議ではありませんが、普通これくらい大きな町にはギルドがあります」


 一人だけ理解していない私に、オルガンスさんが優しく説明してくれる。


「貴女の故郷のような厳重な身分制度はないのですが、一応社会がありますからね。ギルドに登録すれば身分証が発行され、仕事を斡旋してもらえます。魔獣の討伐や採集依頼、護衛など、仕事は様々です。トスキアではオジル達一部の者がバナーレにギルド登録し、村の代表で報酬を受け取っていたのですよ」

「へぇ……そうなんだ」


 つまり外注的なことか。


「じゃあ、バナーレまで来たら自分でギルドに登録した方がいいってこと? ここでも魔獣討伐して報酬貰うなら」


 それならさっさと登録すれば良いではないか。採集依頼とかなら、私にもできるかもしれないし。


「まぁ、そうなのですが……」


 オルガンスさんは言いにくそうにビートにチラリと目をやった。ビートは相変わらず怖い表情で腕組みをしている。


「やっぱり登録するには色々厳しい審査があるとか?」

「いえ、差程厳しいものではないのです。ただ、種族を登録し、身分を明かさなければならないのですが……」


 オルガンスさんは声のボリュームを下げ、私に耳打ちするように言った。


「悪魔は登録できないのです」

「――!」


 なるほど。そういうことか。それはなんとなく、理由を聞かなくても分かる。

 結局、魔界でも悪魔は邪悪な存在とされているのだろう。下級悪魔ではなくても、簡単に信頼の証となるようなものは発行できないのだ。

 そして恐らく、人間の私もダメだろう。


「別にそんなもんいらねーけどな」


 そこでようやくビートが口を開いた。


「身分証なんて無くても困らねぇだろ? まぁ、王都に行けばそれがないと入れない場所もあるが……そんなもんどうでもいい。今のところ俺の目的には関係ない」


 うん……そうだよね。魔王に身分証があるってのもなんか笑えるし。きっとそういうものは関係ない。

 人間社会とは違うのだ。圧倒的な力があれば、地位が得られるのだろう。

 ……まぁ、人間社会でも似たようなところはあるけど。


「それでも今はまだギルドの討伐依頼をこなしていく方が簡単ですよ? ですので私が――」

「んなちっちぇーこと言ってられっかよ」


 オルガンスさんは困ったような表情を浮かべた。


 なに? また私の知らないところで話が進んでる?


「……まぁ、私はビートさんについてきた身です。文句は言いませんよ」


 やれやれ、という感じにため息をつくオルガンスさんに「どういうこと?」と、何の話をしているのか問うてみる。


「堂々とギルドから依頼を受けられない者は何もビイトさんだけではありません。悪魔は他にも存在しますし、違反を犯した者もギルドから登録を抹消されるのです。そもそも規則に従いたがらない者や、ギルドに縛られるのを嫌う種族もいます」

「へぇ……」

「ですので、ギルドには出ていないような討伐依頼も……まぁ、あるところにはあるのですよ」


 ふむ。オルガンスさんの表情を見るに、あまり気が進まないようである。つまり、裏の仕事というやつだろうか? 危ない仕事とは、どの世界にもあるようだ。


「それでこんなにガラの悪いお店に来たの?」

「そういうことでしょう?」


 私の質問を受けて、オルガンスさんはビートに問いかける。


「まぁな。情報屋がいねぇかと思ってな」

「情報屋って?」


 私の質問に、またオルガンスさんが口を開く。質問ばかりで申し訳ない。


「無許可または非合法な手段を用いて人材を斡旋する者のことです。中には非常に危険な仕事もあります。ギルドの後ろ盾がないので、全て自己責任なのです」


 オルガンスさんは嫌そうな顔をしながらビートを見て言った。ビートは構わず聞いている。

 それでビートはさっきから怖い顔をして黙り込んでいたのか。聞き耳を立て、他の客を観察していたのである。


「しかし、そっちの仕事には本当に危険が伴いますよ?」

「んなことわかってるよ。だが金だっていいだろ? 危険な分、敵も強いし報酬もデカいってわけだ」


 オルガンスさんとは正反対に、余裕に言うビート。

 ギルドに登録すれば確実に仕事を斡旋してもらえるようだけど、新人のうちは小さな仕事しか回ってこないのだとか。ちまちまと数をこなしていくのは面倒だと、ビート。


 それに比べて、情報屋からの仕事は自己責任で受けることができる。

 それに、訳ありであろうと、きちんと仕事をすれば報酬はきっちり支払われるそうだ。そうでなければ情報屋が信頼を失い、仕事ができなくなる。魔物の世界なのだ、なんなら殺されてしまうかもしれない。


 そもそもここは人間が暮らす町とは違う。

 警察のような組織があるのかも謎だし、法治国家であるのかも謎。

 なんといってもこの世界に暮らす大多数は魔物なのだから。

 ビートが魔王を目指しているということは、最終的には力が物を言うのかもしれない。

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