11.仲間
翌日、私たちは住民に惜しまれながらトスキアを旅立った。
いよいよ本当の旅立ちである。この先、何が起きるのかわからない。
村を出ると、川沿いに歩いた。
この川はトスキアが取引を行っている町、バナーレへと繋がっている。
ビートとルウだけなら山を越えて行く方が早いらしいけど、魔力を得たとはいえ、人間の私の体力はまだまだビートに比べると劣る。
そういうわけで、遠回りにはなるが川沿いを進むことになったのである。
「まぁ、迷うこともなくていい」とビートは言ってくれた。彼なりの優しさがじんわりと伝わる。
バナーレはトスキアよりも大きな町だ。
手先の器用なドワーフ族が多く住み、武器や防具などもたくさん売っているのだとか。
ビートがそれらを必要としているのかは知らないけど、そういう物を求めてトスキアよりも強者が集まっていることは確実である。
町までは数日かかりそうだ。
日が落ちると手頃な場所で野営することにする。
「ルウ、一緒に寝よう」
一人で丸くなるルウに歩み寄り、くっついて毛布をかけた。
ルウの毛並みはもふもふで、気持ち良くて暖かい。一緒に寝るにはもってこいだ。
私が抱きつくと、ルウは少し困っているのように見えたけど……それはきっと気のせい。
だって私たちは仲良しだもん。
「……」
そして、そんな私たちをビートは何か言いたげな顔で見つめてきた。
ヤキモチかしら。ふふ、ルウは渡さないわよ。
そんな優越感すら感じながら、私は初めての野宿を経験した。
翌日も川沿いを進み、日が暮れる前に手頃な場所を見つけて野営を組む。
ビートが夕食の獲物を狩りに行ったので、私はその間にお風呂を済ませることにした。
途中何度か休憩を挟んだとはいえ、さすがに疲れた。弱音は吐かないようにしているけど、もう脚がぱんぱん。
汗だってかいたし。
と言っても、風呂桶は持ってきていないから、川の水を温かくして体を洗うだけになるんだけど。
この辺りにも魔獣がいるかもしれないので、いつものようにルウに近くにいてもらう。
けれど湯船に浸かっていないからか、ルウは気まずそうに私から顔を逸らした。
狼なのに、ルウも雄だから照れているのかもしれない。そこがまた可愛い。
「ルウも洗ってあげようか?」
「……」
硬派なルウ君をからかっていたら、突然ピクリと耳を動かし、ルウはある方向を警戒し始めた。
グルルルル……と、唸るルウ。
その方向に私も目を向けると、草木がガサガサと音を立てた。
何かがいる気配。
……なに、もしかして魔獣?
ヤバいかな、ビートを呼ばなきゃ。と思うも、私は今裸である。なのでとりあえず傍に置いておいたタオルを手に取り、体を隠してそちらを警戒する。
「あの……、あっ!」
「……っ、きゃあ!!」
ガサガサと音を立てて現れたのは、魔獣ではなくフードを被った長身の男だった。
どちらにしても、つい悲鳴を上げてしまう。
「カナデ!? どうした!!」
「あ……」
私が叫んだからか……いや、その前に戻ってきていたのであろうビートが飛んでくる。
そして、男に視線を向けると私が何も言う前に、ビートはその男を地面に取り押さえた。
「なんだお前、カナデに何をした」
……怖っ!
何かドス黒いオーラが見えるんですけど。
「ま、待ってください、私はただ――」
「うるせぇ、殺す」
私も驚いてつい叫んでしまったけど、この声、聞き覚えがある。
……もしかして、オルガンスさん!?
まさかと思い、ビートの後ろからそっと顔を覗いてみる。
フードで顔がよく見えていなかったけど、やっぱりオルガンスさんだ。
「待ってビート! その人、オルガンスさんよ!」
「は……?」
「そ、そうです! ビイトさん、私です……!」
話も聞かずに乱暴に首元を押さえ付けているビート。
オルガンスさんは慌ててフードを脱ぎ、両手を顔の横にやって無抵抗であることをアピールする。
「なんだお前か。何の用だ」
相手が誰かわかり、ようやくビートはその手を離した。
「どうか、この私を一緒に連れて行ってほしいのです」
「連れてってほしい? どういうことだ」
オルガンスさんは服の汚れをほろいながら立ち上がると、気を取り直してビートに向き合う。
「実は……、聞いてしまったのです。ビイトさんはその、悪魔なのですよね?」
そして恐る恐る、という感じに言葉を紡ぐ。
「人間であるカナデさんと契約し、今は魔騎士になられているようですが」
聞かれていた……?
村では悪魔であることがバレないよう気をつけていたはずだ。もちろん私も、今は魔力もあるし、見た目だけでは亜人と区別が付かないはず。
思い当たるのは、大猛猿の依頼を受けたときに宿屋でビートと交わした会話を聞かれてしまったのかということだけ。
オルガンスさんから発せられた言葉に、ビートは殺気を放った。
「貴様……! 目的はなんだ!?」
「うぐっ!」
「やめてビート!」
そしてもう一度、オルガンスさんの肩を掴むと後ろの木に押さえ付ける。オルガンスさんが息を詰まらせ、激しく噎せた。
「も、もちろん誰にも話していません! 聞いていたのは私だけです!」
「なぜそれを知りながらついてきた? 狙いはなんだ」
押さえ付ける力を制御しながらも、決して隙を見せないビート。
「実は、私の妹が王都に出稼ぎに行ったきり、一度も連絡がないのです。一年で帰るという約束だったのに、もう三年になります……!」
「それで?」
「妹が心配なのです!! 貴方も、いずれは王都に向かうのでしょう?! 是非、私を連れて行ってほしいのです! 妹を探したいのです!!」
「……」
その言葉に嘘がないと悟ったのか、ビートは考えるように黙り込む。
「ねぇ、ビート、連れて行ってあげようよ。オルガンスさん、可哀想よ……」
静かに声をかける私の言葉を背に受けて、ビートは再び口を開いた。
「はっきり言っておくが、俺は魔王になる。その意味がわかるか?」
「も、もちろんです。カナデさんとの関係も理解しております!」
「へぇ、何も知らないわけじゃなさそうだな」
「はい。それに私は薬学にも覚えがありますし、魔法も使えます。何より貴方は我々の村の英雄です。悪魔であろうと、私には感謝しかないのです。必ずお役に立ってみせましょう」
「……」
その言葉を聞き、やっとビートはその手を離した。オルガンスさんの覚悟を感じ取ったのだろう。
「危険な目にあって死ぬかもしれないんだぞ」
「構いません。それに、私は貴方の強さをこの目で見ましたので」
ニコリ、と微笑まれ、ビートは短く息を吐く。
「わかった。同行を許す。だがもしカナデに何かしたり裏切るようなことがあれば、俺は躊躇なくお前を殺す」
「……承知しました」
ビートの真剣な瞳に、オルガンスさんもその表情を引き締めて頷いた。
「良かったね、オルガンスさん!」
「は……はい、どうぞ、よろしくお願いします」
旅の仲間が増えたことに歓喜して二人に駆け寄り、オルガンスさんに笑みを向ける。
ポッと頬が赤くなり、私から目を背けるオルガンスさん。
「なんだよお前、さっきは叫んでたくせに、結構大胆だな」
「え?」
オルガンスさんとは対照的に、ビートからしげしげとした視線を感じて、自分の格好を思い出す。
「あっ……!」
タオル一枚を巻いただけだった! 殿方二人の前で、なんて恥ずかしい格好を……!!
慌てる私に、ルウがローブを持ってきてくれる。遠慮なく眺めてくるビートなんかより、百倍できる男(雄)である。
「貴方のお名前はなんというのですか?」
ルウにお礼を言ってローブを羽織ると、オルガンスさんがルウを見て尋ねた。
「ああ、この子はルウよ」
「……自分では喋らないのですか?」
何言ってるの? 狼なんだから話せるわけないじゃない。
オルガンスさんのルウに向けられた頓珍漢な発言を不思議に思っていると、ルウは気まずそうに私を見て俯いた後、突然白い煙に包まれた。
なに!? と思ったのと同時に、目の前に若い男が現れる。
――誰……!?
ビートよりも少し高い長身で、ガッシリとした筋肉。輝かしいシルバーの髪と青銀色の鋭い瞳が、ルウと同じだった。
「え? え? まさか……」
「カナデさんはご存知なかったのですか? 彼は狼人族ですよね?」
「……知らない」
その場で驚いているのは私だけのようだった。
え? ルウって人の姿になれるの? 初めて見るんですけど――。
「ああ、そういえば言ってなかったかもな」
「……聞いてないよ」
ビートの言葉に呟くように返事をする。視線はルウに向けたまま。ルウは私と目を合わせて気まずそうにしている。
ああ……人の姿をしていても、雰囲気とかはそのままだ……ああ、そんな、そんな……。
その目に見つめられながら、数々の醜態を思い出し、どんどん顔が熱くなっていく私。
いつもルウの前で着替えていたし、お風呂にも入っていた。そういえばルウは困っていたような気がするけれど、狼だからと私が半ば強引に近くにいてもらっていたのだ。
でも、そんなの……。嘘でしょ……。
「カナデ? 大丈夫か?」
「……」
呆然とする私の顔の前でビートが手を振る。
「カナデ、ごめんな。俺もなかなか言い出せなくて」
喋った!!
初めてルウの声を聞いた。その見た目によく合うイケボだったのね……。
顔を覗き込まれ、申し訳なさそうに見つめられると、胸がキュンとしてしまう。この目はやっぱり、ルウだ。私の大好きな、唯一の癒しである、優しいルウ。
「もう……そういうことならもっと早く言ってよね。ルウったら、いっつも狼の姿なんだもん」
「あの姿が一番楽なんだよな。まぁ戦うならこの方が色々と便利なんだけど、今更人の姿になったらカナデが嫌がるかと思って……」
嫌……なわけではない。ただただ、恥ずかしいのである。
「ううん、言い出し難くしたのは私だしね」
「でも、ほら、人の姿にもなれるが、俺は基本狼が主だから――」
「狼人族は狼とも人とも子を生せたよな。つまり人にも十分欲情できるってことだな」
「――!!」
せっかく落ち着きそうだったところに、ビートが余計な一言を投入した。
例えそうだとしても、今それを言う必要はないのである。
本当にこの男は、狼よりも女心がわかっていない……いや、わざとだ。あの顔は、わざと言っているのだ。
「ビイト……」
困ったようにビートを見つめるルウと、睨み付ける私。
彼は私たちのそんな視線を受け流し、一人ニヤニヤと楽しそうにしていた。
やっとルウが人化しました!
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