09.ラージコングの討伐
翌朝、早速大猛猿が出たという鉱山に向かった。
案内役としてついてきてくれたのは、オルガンス・二ーロというエルフの男性一人。
スラリとした細身で、長身。
白に近い綺麗な白金色の髪はきちんと整えられている。
歳は私やビートよりも上であると思われる落ち着きを感じる。
ただし、魔人や亜人、もちろん悪魔も、見た目では年齢が分からない。
若く見えても人間とは生きている年数が違うのである。
だから私より歳上なのは確実だ。
オルガンスさんは回復魔法などが使えるそうなので、何かあった時に役に立つだろう。と、オジルさん。
普段は魔獣討伐の仕事には同行しないらしいのだが、知識や経験は豊富な勤勉家らしいので、とても頼もしい。
それに彼自身も、トスキアの英雄に成りつつあるビートに感謝しているようで、役に立ちたいと自ら手を挙げてくれたそうだ。
ともかく、私とビート、オルガンスさん、ルウという少人数で大猛猿の討伐へ向かった。
「間もなく村の者が襲われた鉱山です」
村を出て約二時間程経った頃、オルガンスさんの言葉を聞いて私は背筋を正した。
一体どんな化け物なのだろうか……。
そう思った時だった。
グガァァァアアア――!!!
心臓が震えるほどの咆哮が聞こえた。
ビクリと震えてその方向に体を向ける。
小猿……といってもそれが普通のゴリラくらいの大きさなのだが、それらを数匹引き連れて、中心に五メートルはありそうな巨大な猿……いや、ゴリラ? のような生物が現れた。
頑丈そうな筋肉の鎧に、突き出た鋭利な牙。なんと言っても、でかい……!
目の当たりにするだけで私の足はすくみ、動けなくなる。
まるでトラックに轢かれそうになった、あの時のように。
「バカ! 死にてぇのか!!」
ビートの声にハッとする。途端、今私が居た地面がごっそり抉れている。大猛猿が拳を振り下ろしたのだ。
固まっていた私を抱え、そこから飛び上がったビートは、私を少し離れた場所に降ろすとすぐに大猛猿に向かって太刀を抜いた。
しかし、親玉に到達する前に小猿たちがビートの行く手を阻む。
ちょこまかと動き回り、鳴きながら複数で同時にビートに襲いかかるのだ。
「チッ」
鬱陶しそうにしながら太刀を振り、小猿たちを斬り伏せていく。
グガァァア――!!
「ひっ!」
無理! 怖い! 帰りたい!!
ビートの様子を見ていると、私の方にも小猿が一匹跳んできた。
何もできずに恐怖で目を瞑るも、体に衝撃を感じず、そっと目を開ける。
するとルウが私の目の前で小猿の首元に噛み付いていた。
噛み付いた箇所がピキピキと凍り付く。
ルウは氷結技が使えるのか。
一見、オオカミ 対 ゴリラで、体の大きさでは劣っているものの、一対一ならルウに分がありそうである。
ただし、相手は数でこちらを勝っている。なんと言っても、実質こちらの戦力は二人(一人と一匹)なのだから……!!
「ルウ! カナデは頼んだぞ!!」
それでもビートは圧倒的な強さで小猿たちを斬り倒していく。
青光りしたものがふわふわとビートに吸い込まれていくけれど、すぐに魂まで回収している余裕は無さそうだ。
私の近くまで来た小猿はルウが噛み殺してくれる。
同じように、ルウにも青く光るものが吸い寄せられていった。
ふむ、悪魔ではなくても、魔獣を殺すと魔力を得られるようだ。経験値的なものだろうか。などと、感心している余裕はない。
「おっさん! あんたも自分の身は自分で守れよ!!」
「承知!!」
ビートの叫ぶ声にオルガンスさんに目を向ければ、彼は小猿から逃げるようにこちらに走ってきていた。
「えっ、ウソ……! こっち来ないでよ~!!」
私に助けを求めているのだろうか……?
しかし先ほど見ていなかったのか、私が恐怖で動けなくなっているところを。
こっちに来ても、共倒れするだけなのに……!!
「鉄壁之守護!!」
焦る私の前でクルリと方向転換すると、オルガンスさんはそう叫んで両手を前に突き出した。たちまち光の壁が出来上がる。
これが魔法……!? すごい! カッコイイ!!
そのシールドにぶつかると、小猿は呻き声を上げて弾き返される。そこをルウが仕留めてくれた。
「へぇ、やるな、おっさん」
その様子に安堵したのか、ビートは鬱陶しい小猿を蹴散らすと、高く飛び上がって親玉の大猛猿を見据えた。
「ビイトさん! そう長くは持ちません!!」
「あと十秒あれば足りる」
ガァァァアアア――!!!!
小猿たちを殺られて怒ったのか、大猛猿は一層大きな声を上げた。
空気が震える。鼓膜が破けそうなほどだ。
それでもビートの顔には笑みが浮かんでいた。
まるで楽しんでいるかのように、嗤っているのだ。
そしてビートに、鉄の塊のような拳が振り下ろされた。
危ない――!!
そう思うも、ビートは空中にいながらそれを躱すと、素早く後ろに回り込んだ。
「死ね」
まるで舞うような、しなやかで可憐な動きだった。
ビートが腕を振り、地面に着地する。
そしてその刃を鞘に収めたのとほぼ同時に、大猛猿の頭部が落ちた。
首を、刎ねたのだ。
「ぉお……」
その余りに無駄のない動きに、オルガンスさんが感嘆の声を洩らした。