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第二話 縁起でもない

 僕の話をしよう。僕は煙草が大好きな、彼女に言わせれば知性がかけている当年とって28歳の政府のつかいっぱしり。彼女と一緒の職場のはずなのだけれど、僕と彼女の立場では雲泥の差がある。一応大学時代の専攻は応用微生物学でその分野については多少の知識がある。だからこそこうやって重要管理地点へ派遣されて現地でサンプル採取や調査を任されているわけだけれど、仕事自体は本質的に肉体労働だ。ブルーカラーここに極まれる。つまり彼女の仕事が空調の効いた部屋で悠々とコーヒーでも飲みながら僕に指示を与えるのに対し、僕は忠犬よろしく現場を動き回るのが仕事というわけだ。 


 さて彼女のことだ。彼女というのは当然僕のガールフレンドという意味ではなく、sheの意味での彼女。先述のとおりエリート街道まっしぐらのキャリアウーマン。僕と同じ職場で違う仕事。知性という知性に磨きをかけて、いたるところでヒンシュクを買う発言をしている。彼女は現在、僕が向き合っている問題と同じ問題を解決するためにその頭脳の能うる限りを絞っている。


「ようやく戻ってきたのね。あまりに遅いわ。これまではあなたを犬呼ばわりしてきたけれどそれでは犬に失礼な気がしてくるわね。」

とんだご挨拶だ。これでも動いている公共交通機関の組み合わせで最速のものを選択したつもりだ。とはいえ僕は彼女の言動にまともに取り合うのが時間の無駄であるとしっている。

「サンプルはもう研究室の冷凍庫で保管したよ。」

僕らは職員用のカフェテリアで向かい合って座っている。彼女は紙コップに入ったホットコーヒーを、僕はコーラを持っている。

「暑い日にホットコーヒーとはぞっとしないね。」

「コーヒーには体温を調節する働きのある生理活性物質が含まれているの。回らない頭で私の行動の揚げ足を取らないほうがいいわ。」

これもとんだご挨拶。軽口をたたこうものなら5割増しの反撃が返ってくる。


「さて僕が犬以下の働きをしている間、君のほうでは成果があったの…」

「成果があればあなたの如き知性が欠如した野暮天と仕事をしなくて済むのにね。」

「成果は出なかったと…」

「残念ながら」


 彼女はその知的な顔を少し伏せる。普段平素は舌鋒鋭く、僕に難癖をつけ楽しんでいる彼女にしては珍しい態度だ。とおもったら、


「残念といえばあなたが私と同じ職場にいてあまつさえカフェテリアで向き合っている事実のほうが残念だけれど。」

と結局いつもの彼女だ。


 政府の機関で僕らは働いている。その中でも環境変動が人類の生活を脅かす場合のための部署にいる。部署のほとんどの人員を占めるのが地震や火山活動などの地殻変動の専門家たちだ。そして僕の立ち位置。リスクは少ないが一応やっておいたほうがいい仕事をやる人だ。いや、だった。現在僕のいるチームはてんてこ舞いだ。そしてかなりの増員がなされている。もともと彼女は、部署は同じでもチームが違ったのだが、事態が僕のような雑用係だけでは対処できないまでに大きくなってしまった。そして僕はデスクワークの雑用係から外を駆けずり回る犬へと相成ったわけだ。全然嬉しくない。


 カフェの中には多くの職員たちが出入りしている。みなラフな格好をしているため、見た目からは職業が判別できないが、ここにいる人間の多くは研究者だ。災厄から人類を救う賢者達。そんな風に言うと大げさだけれど、でも今の状況では冗談抜きで人類の存亡にかかわる。


「僕はそろそろ行くよ。また現場に行かなきゃ。空調の効いた部屋でゆるりとしているのには後ろ髪引かれるけれどね。」

「引かれる後ろ髪なら切るのが常だけれど。ではまた報告をよろしくね。」

「僕は欲深いほうでね。それにしても、少しは灰色の世界に行く同僚に励ましの言葉でもかけてみたら…」

少しの逡巡。口を開く彼女。

「武運を。」

 毒舌以外の彼女の言葉。縁起でもない。

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