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トランスpt.  作者: 夢のもつれ
第2章 旅は道連れ
8/14

8.食べ物と乗り継ぎばかりの旅行記

「おやすみ」

 ぶっきらぼうに言って、壁を向いて横になる。黒百合ももそもそ言ってベッドに入ってくる。ひいって初夜の花嫁もさもありなん。いつもより身体を大きく曲げてる気がする。黒百合もそうかな。2つの四分休符になって寝る。


 時々あるんだけど、4時過ぎに目が覚めてしまった。すーすーってかわいい寝息と、いいにおい。寝てられるかよって起き上がって乗り換え検索する。

「起きて。出かけるよ」

「ふえ?寝ぼけてるんですか?」

「違うって。始発に乗るの」

「始発?何時すか?」

 スマホを引き寄せながら訊いてくる。

「5時ジャスト!」

 なんか高揚してる。

「あと40分寝ます」

 相棒は乗って来ない。


 20分後に着替えて、ホテルをチェックアウトする。空が白んできてる。天気がよさそうだ。

 朝ご飯を買おうとコンビニに入る。仕入れ前なのかサンドイッチやおにぎりが少ない。ハムカツサンドとフルーツサンドを選び、おかかおにぎりと緑茶ペットボトルを2つずつ買う。

「あたしはいいです」

「だめだよ。これから長いんだから」

「どれくらい?」

「365キロだったかな。もちろん普通電車」

「ふええ。お尻割れちゃうよぉ」


 5時の掛川行に乗る。

「早出は旅の基本なの」

 まるで内田百閒がヒマラヤ山系君にお説教するように言う。

「はあ、旅って大変っすね」

 戦闘意欲失ってる。

「貴君は知らないかもしれないけど、山登りだともっと大事だよ。お昼に近づくとどんどん雲が出て、雷が鳴るから死活問題」

「山に連れてくの?」

「いや、そこまでは鬼畜じゃない」

 ヤンデレ、山に登るっていいかも。幽谷(かくれだに)圏谷(カール)とか。


 掛川には40分くらいで着いて、10分待ち合わせで豊橋行に乗り換える。約1時間の乗車のほとんどを黒百合は寝ていた。まだ7時前だからしょうがない。

「お客さん、着きましたよ」と言って豊橋で起こす。


 豊橋で15分ほど待って米原行に乗り換える。

「やっと目が覚めてきた」

「おはよ」

「ホントですよ。…こんな時間に電車に乗ってるとはね」

 ぼくが掛川の前に食べた朝食を今頃食べてる。


「昔さ…」

 ちょっと迷ったけど、やっぱり言いたくなった。

「なあに? 前世の話?」

「そうそう。昔、やっぱりこの切符で旅行したことがあって。あ、もちろん一人旅だよ」

「この辺り?」

「うん、ここで降りて、どうしようかなって思って駅員さんに相談したの」

「相談?」

「この切符持ってるんですけど、なんかおもしろいところありませんか?って」

「そんな漠然とした相談の相手してくるの?おじさんの姿でしょ?」

 偏見だけど、真理だろう。

「それがしてくれたんだなぁ。『飯田線で辰野まで行くのどうですか?』って」

「飯田線?辰野?」

「簡単に言うと、北へ北へと伊那谷をくねくね上って行くの。それが10時半頃に出発して辰野に着くのが17時半頃!」

「うわぁ!乗り換えなし?」

「なし。200キロなし」

「息が詰まりそうだぁ」

「いや、すれ違いとかあって長めに停車することもあるから、プラットホームに降りて自販機で飲み物買うくらいはできる。スマホで写真いっぱい撮れたし」

 天竜峡駅だっけ、『降りて撮影してもらってだいじょうぶですよ』と言ってた車掌さんが交代して、快く思わない人になった。しきりに時計を気にしていた。慣れてない人だったんだろう、悪いことをした。


「楽しいの?」

「乗るの好きだしね。その親切な駅員さんが『時間あるから豊川稲荷どうですか?』って、ちょうどお正月だったの」

 あれ?ぼくって女言葉になってない?

 あの駅員さんはとても楽しそうだった。『乗ったことあるんですか?』って訊いたら、『ないんです』と言っていた。自分の小さな夢をお客に託せるっていい仕事だ。


「初詣?」

「うん、駅からとっても混んでたけど、有名なのにこじんまりした感じがよかった。狐塚があって、かわいくてちょっと怖い感じの子狐が彫ってあった」 

「子狐の悲しい物語があるんでしょうか」

 ごんぎつねでも想像してるのかな。

「さあ」

「一人旅でも楽しそうです。あたしお邪魔してる?」

「ううん。旅は道連れ世は情け」

「あ、それ聞いたことある。やなこともあるけど、信じたいです」

 昨日、絡まれたことを言ってるんだろう。

「人の情け?」

「うん。知り合いじゃない、これっきりの付き合いの人に親切にするのが本当の情け、善意じゃないですか」


 ぼくは窓の外を見た。飯田線から見える、小さな水力発電所、強い圧力のせいか深い皴が刻まれた低山、夕陽に輝く白根三山。東海道線に伊那谷を重ね合わせてみる。


 米原に着いた。20分ちょっとの待ち合わせ。まだ9時過ぎだけど、朝食は5時過ぎだったから、もうお腹が空いている。今日はどこまで行くか。敦賀か、福井か、そろそろ考えた方がいいけど、着いてすぐにお昼を食べる必要もない。

「あのさ」

「何?」

「駅弁買わない?」

「また食べるの?」

「そう言わないで付き合ってよ」

「はいはい」


 駅裏で写真を撮ってから連絡通路に戻る。

「なんかお肉系が多いですね」

「近江牛が名物だからでしょ」

「おーみぎゅー?おいしいの?」

「おいしいんじゃない?土地の名前の付いたのは大抵おいしい」

 飛騨牛や米沢牛くらいしか知らないけど。

「大船牛ってあるかな?」

「細かいね。湘南牛とか」

「おいしそう」と言いながら選んだのは山菜ご飯と鴨のローストのお弁当。ぼくは牛肉がいっぱい載ったお弁当にした。

「転生前じゃん」と言われてしまった。


 進行方向の左向きに座る。この車両には誰も乗っていない。琵琶湖が見え隠れし、静かな湖面が美しい。黒百合はぼくの視線の先を追って、振り返ったりしながら同じものを見てる。

「進行方向と逆の方が風景がよく見えたるします?」

「うん、景色が飛び込んで来ないから楽なんだよ」

 お弁当の包みをガサガサ開けながら言う。

「あたしのお弁当、夜まで保ちますか?」

「だいじょうぶだよ。お昼に食べてもいいし」

 お昼はお昼で食べたいけど、黒百合の胃袋にも配慮する。


 やがて長いトンネルに入る。たぶん在来線最高速度。太平洋側と日本海側は大抵険しい山脈で隔てられている。そのいちばん通りやすいところを鉄道は通しているけど、それでも明治の昔から長大なトンネルを掘って来た。


 福井県側に出ると車内なのに湿気が上がった気がする。空は重苦しく曇ってる。


挿絵(By みてみん)


「天気悪いね」

「ううん、雨にはあんまりならないし、湿り気があっていいんだ」

「でも、雪降るでしょ?」

「そうだね。でも、東北ほどじゃないよ」

「東北も旅行してるんだ」

「うん、前世では東北が中心だった」

 あきれて黙ってしまった。

 敦賀、武生、鯖江と駅名を見るだけで降りたくなる街があるけど、福井まで乗る。

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