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トランスpt.  作者: 夢のもつれ
第1章 おっさんの脳と美少女の身体
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3.脳移植か脳の故障か?

 会計で入院費を払う時、やけにカウンターが高いなって思ったが、今は身長が150センチもないことに気づいた。梯さんが買ってきてくれたスニーカーじゃかえって不便かもしれない。


「とりあえず必要かなと思って、普段着の替えと…下着の替えも入ってます」

 退院時に恥ずかしそうに紙袋を渡してくれた。

「あといろいろわかんないことがあれば遠慮なく訊いてください。わたしで答えられることであれば…」

 さらに恥ずかしそうにする。そりゃそうだよな。好むと好まざるとに拘わらず、おっさんが少女の身体をいじくり回すんだから。規則違反だと思うけど、そっと連絡先を書いたメモを渡してくれた。本気で脳移植も悪くないと思った。


 廊下を走り回れるようになった時に、

「ちゃんとブラ付けてください! 美原さんのそれなり大きいんですから」と注意された。

「えー。窮屈でやだな」

 見ないようにして見たら梯さんの胸はぼくほどではないようだ。そんなことは彼女は疾うに確認しているだろう。

「女性はみんな我慢してるんです!」


 おっさんの頃の荷物の入ったトートバックと少女の服の入った紙袋を持って病院を出る。移植手術が成功した患者の退院って、執刀医やナースが車いすを取り囲んで花束を渡してくれるといった図をイメージしてたけど、そういうのは全くない。鮫島はこちらから願い下げだけど、梯さんには来てほしかった。ま、夜勤だから仕方ない。


 目覚めたあの日、額の縫い目を触ったら、ハロウィンの頃にドンキだか東急ハンズで売ってるようなシールだった。

「なんじゃこれはー」

「いや、まあそれっぽくしようと思って」

 ペリペリ剥がしながら訊く。

「ホントに手術したんですか?」

「したよぉ。しなくてどうしてその体に美原さんの心が宿ってるの?」

「確かに…でも…」


「そりゃむずかしいっちゃむずかしいよ。でも、ぼく天才外科医だし、ブラックジャックだし」

「無免許かい!」

「ピノコの代わりに『移植くん』もいるし」

「傷跡1つなしで?」

「発想の転換ですよぉ。OSのインストールなら侵襲性は…あわわ」

 鮫島はしまったという顔をして言葉を切った。

「OS? 彼女の、ドナーの脳はハード的に壊れてたわけじゃないってことですか?」

 うなじにUSBポートでもあるのか? 草薙素子か?

「いやいやいや、比喩ですよ。比喩。…チューブでシリンジに陰圧掛けて」

「はあ?! 脳を吸い出したぁ?」

 また蟹みそを思い出した。今度は瓶詰の。

「そうとも言えるかな。で、美原さんのをぎゅぎゅっと注入したってことでご納得いただけます?」

「そんな場当たりな説明はやめてください。いい加減なんだから。…実際どうやったんですか?」

「どうだったかなぁ。今、画期的な術式について論文書いてるんですよ。それで寝不足なもんで混乱してまして」

「混乱って自分でやったことなのに」

 犯罪事実を隠蔽しようとしてるんだろ? 警察にでもマスコミにでも告発してやろうか? 誰も信用しないか、こんな話。


「まあ、ちょっと待ってください」

 鮫島が院内用の携帯を取り出してどこかに電話して誰かを呼んだ。

 しばらくすると女医がノックして入って来た。

「あらぁ、すごくかわいい子。あたしの好みだわ」

 香水の匂いがむわっと来る。いきなり抱きつくな。

「あの…」

「あ、えっと、この人は…」

「鮫島先生、あたしの名前くらい覚えてくださいよ。真坂ですぅ」

 胸の名札を見せつける。白衣の上からこれだと巨乳だな。

「そうそう、真坂先生、精神科のね」

 精神科? 嫌な予感がした。


 予感は的中した。真坂先生が診断書を書いて、ぼくは外傷性記憶障害とそれに随伴する一時的パーソナル転移性障害ということにされるようだ。

 つまりドナーの子がちょっとおかしくなっておっさんの人格を呼び出したってこと。

「カルテはできてます」

「仕事早いですねー。相変わらず」

「先生が要領悪いんですよ」

 ベッドの『脳外科 主治医 鮫島』というカードを『精神科 主治医 真坂』に変えながら言う。


「いろいろ大変でしたね。ゆっくり治していきましょうね」

 何かとぼくの病室に来たがった鮫島と違って、真坂先生は病棟内の狭い診察室で診る。鮫島がそばに立っているから余計に狭い。

「治すって。…誰としてですか?」

「見たとおりの子としてがいいんじゃないかしら? それとも美原さんの人格で無理矢理頑張っちゃいます?」

「ぼくは死んだってことにするんですか?…でも、この子の記憶はないんですよ?」

「うんうん、そういうのもゆっくり考えていきましょうね。どう生きるのかいいのか。…ごまかすのも時には必要よ。そうすれば意外と自由に生きられるものよ」


 ちょっと考え込む。…いや待てよ。

「だって、仕事どうするんですか? こんな格好で会社行けないでしょ」

 あー、あいつらじゃプロジェクト進められない。顧客を怒らせるだけだ。

「はいはい、心配なのはよくわかります。でも、休みましょ。お疲れになってるんですから。心を休めて、自分を甘やかしていいんですよ。旅行をするのもいいんじゃないですか。…あたしからこれをお勤め先に送っておきますから」

 『術後の管理と社会復帰のため、3か月の自宅加療を要する』と書かれた診断書を見せながら言う。ホント仕事早いな。鮫島よりはよほど社会常識がありそうだ。それだけに鮫島以上にマッドな医者かもしれない。

「あ、鮫島先生はもういいですよ。…女同士の話もあるので」

 そう言って鮫島を見送って、こっちを振り返った視線にぞくっとさせられた。男として色気を感じたというのとは違った微妙な感覚だった。

精神科や心療内科は患者の器質的病変を検査で発見して、診断を下したり、治療したりしているわけではありません。つまり脳のここがこうなっているから、こういう病状があるのだという客観的な事実に依拠しているわけでなく、患者が主観的に訴える病状に適合した薬を処方しているだけです。

実は臨床医の中には微妙な(いや露骨かもしれません)上下関係のようなものがあって、精神科医は少なくとも変わり者と見られることが多いようです。

真坂先生についてはその辺のことを逆手にとってキャラ付けをしてみました。

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