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トランスpt.  作者: 夢のもつれ
第1章 おっさんの脳と美少女の身体
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2.脳死は人の死で、身体は脳の筐体です

 鮫島が移植ゴテを持って砂遊びをしている。黄色の帽子をかぶったちっちゃい園児で、顔だけがおっさんなものだから、かわいいどころかマッドぶりがましましになっている。

 ふつうは山を作ってトンネルを掘ったりして遊ぶだろうに、やつはあちこち無造作に穴を掘っては埋めている。


 砂場だと思っていたらそこはぼくの胸や腹だった。というのは夢にはありがちなことだから驚きはしない(ということは目が覚めかけていたのかもしれない)。しないが、砂場代わりにされるのは嫌なものだ。肺も肝臓も移植ゴテですくわれると嫌な色に変わってさらさら崩れそうなカタマリに変わる。


「こうちゃん、もっと掘るの」

 園児+中年男の二重唱みたいな声を出すな。誰がこうちゃんだ。

 腎臓も膵臓も掘りかえしてやがる。図々しいやつだ。

 ああ、そりゃあっちこっち悪くなってるよな。自他ともに認める不摂生人間だもの。


「いちばん悪いのはここー」

 おい!心臓はやめろ! 即死するだろが。

「もっと悪いのはここー」

 頭蓋骨が蟹の甲羅みたいにパカッとはずれて、蟹を食べた翌朝のゴミのようなにおいが漂う。

 腐りかけてたとはね。

 わかったからいい加減目を覚まさせてくれよ。金縛りの予感が嫌だけど。…


 ずるずると目が覚めると鮫島がスマホをいじっていた。病室だぞここは。

 その指の動きはパズドラか。ナースはいないのか、変だろ。

「あ、おはようございますぅ」

 くそ、声出ない。手術は終わったのか。

「声出ませんか? まだ体の使い方に慣れてないんですねー」

 何のこと?


「ともかくこういうことですから」

 スマホをぼくの顔の上にかざす。見慣れない女の子が映っている。

 ぼくがまばたきすると彼女もまばたきする。ちょっとかわいい。お蔭で金縛りが解けた。

 ぼくが顔をしかめると彼女もしかめる。やっぱりかわいい。以下同じ。


「はあー? ちょっとなんですかこれ。まさかのぼくですか? 鏡を貸してくださいよ。…え? えっ

ー?!」

 やっと出たこの声って、少女のような、やけに甘えたような。

 目にライトを当てたり、耳元でささやいたり、ほっぺたつねったりする。邪な気持ちではなく、医学的な簡易検査だと信じたい。

「おー、やっぱり起動できましたね。よかったよかった」


「起動?」

「再起動かな。新しい筐体であなたの優秀なコンピュータが動くか不安でした」

 つまらんお世辞は要らん。筐体だのコンピュータだのというこいつの人間観の方が怖い。


「事態を把握しかねているんですが。説明してくださいよ。まさかの『転校生』ですか? 『おれがあいつであいつがおれで』ですか?」

「それなー、ぶつかって入れ替わるって定番だよね」

「そんなわけないでしょ」

「そんなわけないです。そんな簡単に入れ替わったら世の中めちゃくちゃです」

「そうじゃなくて、ぼくの身に起こったことです。何をしたんですか?」

「…だって美原さん、悪いとこだらけだからさー。そこにぴちぴちボディが入荷してさー。ナイスアイディアっしょ?」

「まさかの脳移植ですか?」

「そのとおりです。配線繋ぐの手間でしたけど、『移植くん』に手伝ってもらって、ミッションコンプリートです! 人類史上に残る偉業です!」

「倫理委員会に諮ったんですか?」

「…いや、まあ、いずれかけますよぉ」

 おねだり目しながら鏡渡されてもね。

 鏡にはもっとはっきり美少女が映っている。顔がほころんでしまうのが情けない。おっさんならキモイと唾棄されるものが、少女ならこぼれるような笑顔と賞賛されるものになる。


「ドナーは?」

「お亡くなりになりました」

 おまえが手を合わせるとかえって不謹慎に見えるぞ。

「だって、生きてるとしか」

 ほっぺたをつまんでみる。やわらかい。すべすべ。

「脳死は人の死ですからねー。身体は脳の筐体ですよ」

 理屈としてはわからんこともないが、違和感ありすぎだろ。

 この子は生きてる。

 じゃあ、死んだのは俺か? 背筋が寒くなる。その背筋は彼女のものだ…。


「ドナーの名前とか…」

「それは教えられないですねー」

「そりゃそうでしょうけど、見た目が彼女になっちゃったのにどうやって生活したらいいんですか」

 しばらく鮫島は黙っている。腕を組んで虚空をにらみつけている。

 今までになく真剣な様子だ。


「先生…」

「考えてなかったなー」

「おい、こら!」

「怒っちゃらめー。なるようになるー」

 体をよじるな、気持ち悪い。


「それでぼくの身体はどうしたんですか?」

「医療廃棄物にしちゃいました。彼女の脳みそもねー」

 証拠隠滅したとしか思えないな。どっちにしてもこれ以上聞き出すのは無理だろうからまた方法を考えよう。


 鮫島が額に手を伸ばしてくる。反射的に避けようとしてしまう。

 動きにくい。

「やめて、掘らないで」

 夢の中の鮫島が美少女のぼくに迫って来る。幻想?

「何言ってんですか。…怖くないですよー。痛くないですよー」

 やだやだと思いながら見た鏡の中に、前髪で半分くらい隠れた額に縫い目が見えた。もっと髪伸ばさなきゃと思った。

「脳死は人の死で、身体は脳の筐体」というのがこの作品全体のテーマです。

脳死を人の死と認めることに抵抗感がある人も多いでしょうが、臓器移植法が改正されてから20年以上経っているのに欧米諸国と比べるとドナーの数が依然著しく少ないのが現状です。https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000519665.pdf

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