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トランスpt.  作者: 夢のもつれ
第1章 おっさんの脳と美少女の身体
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1.騙し騙ししてたのがぶちっと切れてしまった

 まぶしい光を夢の中で感じて目を覚ましたとき、まだ手術の途中だと思っていたのだけれど、天井のむかでのようなしみで病室に戻っているのに気づいた。

「あ、目が覚めました?」

 青いカーディガンを羽織った看護師が顔を覗き込む。返事をしようとするが、声が出ない。ぼくを手で制するようにしながら言う。

「せ、先生を呼んできますね」

 まだ40にはなっていないだろうけど、落ち着いた感じの彼女が点滴を調整するとそわそわして病室を出て行った。目を覗き込んでいたくせに目を合わせないようにしている。ぼくはそういうことには敏感だ。

 あの人はなんて名前だったっけかとあれこれ考えているうちにまたふわふわ眠りに落ちていく。細くてキレイな指が見えて、額が撫でられる。いつの間にか別のナースが来たのか。ああ、そうだ。梯さんだった。…


 酒の飲みすぎで肝硬変になって、タバコの吸いすぎで肺気腫になって、やりたい放題の自業自得だから病院にも行かずに騙し騙ししてたのがついにぶちっと切れてしまった。年末の新橋の居酒屋でうげげってなりながら、「ほら、もう一軒行くぞ」と部下の肩を叩きながら外に出たら、雪がちらついて見上げた途端にそのまま一人でジャーマンスープレックスしてぶっ倒れた。

「いや、脳の血管が切れる音がしたんだよ。マジで」とか「ああ、これは神様の堪忍袋の緒が切れた音だと思ったね」とか、見舞いに来た連中に適当なことを言ってたが、音が聞こえたのは本当だ。


「ねーねー、移植しませんかぁ? いいもんですよぉ、生き返りますってば」

 医者のくせに呼び込みみたいなことを言うな。ここは20年前の歌舞伎町かよ、いや二丁目か? この鮫島って医者は。

「いいんです。ぼくはこのまま肝がんか肺気腫で死んでいきますよ。ふ」

「死んじゃらめぇ。生きるのぉ」

 あ、またサンチ下がった。キショイ言い方やめないと自分で酸素マスクはずすぞ。

「でも、先生。人間には死の自己決定権ってあると思うんですよ。ぼくが誰はばかることなく酒をぷかぷか、タバコをがぶがぶやってたのと同じで」

「それ違うー。医者は命助けるの! 患者さまの意思は関係ないのぉ! それからそれから、お酒は吸わないー。タバコは飲んだら危険ー」

 丁寧に突っ込んでくれてありがと。あんたも自己満足だってことか。


 その後も延々鮫島ドクターと議論をしたけど、平行線だった。やつは人を助けたい、移植手術をしたい。ぼくは命の賞味期限を過ぎてまで生きていたくない、人から臓器をもらうなんて気色悪い。結局、病院から脱獄するのが最適の解決方法だなと敢行したが、夜中の晩につるっとすべって総合受付のカウンターの角に頭をぶつけて、耳から血を流して亀みたいにバタバタしてるのを助けてもらう羽目になった。煌々と明りが点いてわらわら人が集まる。助けというのは頼んでない時に限って過剰に来るものだ。


 次の日の午後3時15分、何人かいる新人ナースの1人の梯さんが額のけがを手当をしてる最中に突然ぽろっ、ぽろっと涙を流して、「手術嫌なんですか? このままじゃあ死んじゃうんですよ。そんなのダメですよ…」としくしく繰り返すものだから、こっちもうるうるやら何やらしちゃって移植を受け入れた。

 4時にカンファレンスルームに呼び出されて、小躍りしながら(リアルで小躍りする人を見たのは56年生きて始めてだ)入って来た鮫島の様子から、梯さんはくじ引きに負けたのだろうと推察された。かわいそうに。

 1週間、宝くじも福引きもビンゴもありとあらゆるくじ運がないぼくにドナーが現れたのに驚くやらあきれるやら、申し訳ないような気持ちになって、そうは言っても表情が緩んでしまう。術前検査の合間に見舞いに来た連中全員にメールを送った。とんとん拍子で肺肝同時移植だよ。成功したらホルモン食べに行こうね、フワ食べさせるところ知ってる?ってね。

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