魔王のお宿①
「ずいぶん、安いんだな?この宿」
「いえいえ、他の方にはもう少し頂いているんですが、あなた方は高名な勇者様御一行ですからね。この世界のために戦っていらっしゃる皆さんにはうんとサービスさせて頂きます!夕食も期待していてくださいね!皆様に力をつけていただけるように頑張りますので!」
「そうか。わるいな」
このぼんやりした顔の男が勇者か。どこでもいそうな男だがこいつが一番凶悪な強さを持ってるんだよな。
「そりゃ、楽しみだ。俺は腹が減ってるから早く頼む」
戦士は勇者よりは精悍な顔つきだが、あまり頭は良さそうじゃないな。頭よりも身体で動くと言ったタイプだろう。
「戦士さんはいつもお腹がすいていますね。そんなに急がないでいいですよ。まずは荷物を片付けますので」
魔法使い、こいつはロリ枠だな。顔は生意気そうだが人間にしてはなかなか可愛らしい。貧乳だが。
「お気持ちありがとうございます。これも神のお導きですね」
美人で清楚な顔つきをしているが、いわゆる爆乳なのが僧侶だ。パーティのまとめ役といったところか。
勇者どもは談笑しながらのんきに部屋に入っていく。
くっくっく。せいぜい束の間の安らぎを楽しむのだな。
大魔王たる余がこうやって宿の亭主に変装しているのにも気づかない間抜けな勇者どもめ!
そう。余は勇者どもの動向をさぐるために先回りしてこの宿の亭主になりかわったのだ。
正面から戦っても1ターンしかもたないからな。
こういうからめ手から攻めていくのだ。
「うまくいきましたな、大魔王様」
余と同じくこの宿の人間とすり替わった司令が嬉しそうにささやいてくる。
「まあ、余の作戦に間違いはないのだ。と、油断してはいけない。これからが本番だからな!」
「そうですな。では、例の・・・?」
「うむ、準備をいたせ!」
「はっ。最高級の材料をそろえておきます!」
「待っておれよ、勇者ども!余が腕によりをかけて料理をふるまってくれるわ!」
・・・超強力睡眠薬入りのな!
*
・・・おかしいな。とっくに効いてきてもいいくらい時間がたったのだが、ぜんぜんあいつらには睡眠薬が効いた様子がないぞ。
入れる皿間違えたかな~。でも、他のお客も寝てないし・・・。
「なあ、司令。どう思う?」
余はダンディーなウエイターになって料理を運んでいた司令に問いかける。
司令は目を細めて勇者どもを見つめて、しばらくして、
「どうやら、睡眠無効のスキルが働いているようですなあ」
「マジかよ! じゃあ、あいつらは・・・?」
「眠らないでしょうな。というかほとんどの状態異常に耐性があるようですな。あれなら料理に猛毒を入れていてもなんの問題もないでしょうなあ」
「・・・もう!あいつらホントに人間なのか!?」
余は思わずヒステリックな声をだしてしまう。それに驚いたように勇者たちのウエイトレスをしていた女魔族が恐る恐る声をかけてくる。
「大魔王様、勇者どもが大魔王様をお呼びですよ」
「なに?なんで?」
「さあ・・・。とにかくシェフを呼んでくれって言われてきたんですけど・・・」
困惑したように言う女魔族。
「いま、ちょっと余はお腹が痛いんだが・・・」
弱気になりかける余に、
「大魔王様!ここで逃げてはなりませんぞ!な・り・ま・せ・ん・ぞ!逃げては逃げ癖がつきます!大丈夫です、シェフとして堂々と会ってくるのです!」
司令のじじいがこんな時だけ勢い込んでやかましく言ってくる。っていうかそこは大魔王としてではなくてシェフとしてでいいのかよ!
・・・こいつ、ホント、他人事だと思いやがって。
仕方ない。行くか。さすがにここで行かないのは怪しすぎるからな。
*
「およびですか?なにか料理に不手際がありましたか?」
笑顔でしかし詫びるように尋ねる余に対して、
「違うんだ。不手際どころかめちゃくちゃ美味しくてな!それで一言お礼を言いたくて呼んでもらったんだ!」
戦士が口いっぱいにほおばりながら大声で褒めてくる。
はあ・・・。そんな理由で呼んだんかい。余はほっと胸をなでおろす。
「いえ、お恥ずかしい。なんてことのない田舎料理で・・・」
余が謙遜すると、
「こんなおいしい料理は聖都でも食べたことがありませんわ」
ふん、乳デか僧侶女か。僧侶のくせに胸に無駄な駄肉をつけおって。
「そうね。今まで色んな料理を食べてきたけど一番かも。何か特殊な調味料でも使ってるの?」
ロリ魔法使いが興味深そうにきいてくる。
「いえ、特には・・・」
魔界原産の超強力な睡眠薬は入れてるけど。あれ、そんなに美味いのかな。今度食べてみるか。
「ともかく、ありがとう!本当に美味しかったよ!」
屈託なくお礼を言ってくる気の抜けたような顔の勇者に、
「喜んでいただけて何よりです」
余は機械的に答えるだけだった。