94話 おっさん少女と褐色少女
広大な砂漠に崩壊したビルがポツポツと存在する、東京砂漠。日差しは極悪な暑さであり、何の準備もしていない人間はあっさりと脱水症状か熱中症になり死ぬだろう。いやその前に死ぬ可能性の方が高い。
その死ぬ可能性が高い砂漠に一人少女が戦っている。
ジャキンと金属の光沢が光る2メートルはあろう鋏がレキを切り殺さんと振りかざされる。ドスンと尻尾が貫かんと突き込んでくる。そして尻尾の先端が光り、赤いレーザーが焼き殺さんと撃ちだされていた。
しかし、レキはその攻撃をことごとく回避する。鋏が襲い掛かれば、寸前でジャンプする。尻尾が突き込まれてきたら、肉薄する尻尾に軽く手をそえて、捌き受け流す。レーザーはその射線を見切り僅かに身体を傾けてあっさりと避けていった。
デザートマント装備で砂漠地形無効になり砂に足を取られなくなったので、ますます体術に磨きがかかるレキである。
全てを回避した後に敵の懐に入り、口を開けて食い殺さんとする鉄サソリに拳を撃ち込んで粉砕しておしまいである。
数分後、全ての鉄サソリを粉砕したレキはデザートマントをくいくいと愛らしいおててで引っ張りながら言う。
「これは良い装備ですね。砂に全く足を取られなくなりました」
「うんうん。それに口や目に砂が入らなくなったから、かなり快適になったよね」
遥がレキと違う意見を言う。
「ありがとうございます。マスター。満足していただけて私も嬉しいです」
ナインが嬉しそうな表情で返答してくる。
遥とレキで感心する方向が全く違うところに戦闘と生活へのスタイルがわかる発言である。
デザートマントはフードもついており日差しも防げるマントである。まぁ、砂漠で使うマントなのだから当たり前の話であるが。
戦闘が終了したので、ローブをグイッと被る遥。なんかローブを被って砂漠を行き来するのって崩壊後の世界を旅する主人公らしくていいよねと、内心わくわくのおっさん少女である。
「しかし、外側エリアは敵が多いね~。鉄サソリもこれで30体目だよ」
さっきから少し歩くとエンカウントするのだ。エンカウント率高すぎである。
「都内からの脱出した生存者がいないはずだよ。この鉄サソリのエリアを越えるの無理でしょ」
速さもかなりのものがあり、レーザーを撃ってくるのである。まず一般人は脱出できないだろう。皇居跡にできた丘に生存者がいるとなると外に出れない状況になっていると思われる。
「よし、先に進みますか!」
気を取り直してリュックをガシャリと背負いなおし出発である。装備がリュックとモンキーガン、食料をいれたリュックという偽装の為にまたもや無駄になりそうなことをするおっさん少女であった。
それからも鉄サソリを倒しつつ、しばらくしてようやくサボテン群の前に到着する。周辺を見渡したところ、鉄サソリはいなくなり、砂トカゲがそこらへんをうろついているのも見える。
「どうやら敵のレベルが下がったみたいだな」
遥の呟きにサクヤが反応する。
「そうですね。敵の力が弱くなったのを感じます」
頷いて伝えてくるのを、うん、そうだねと遥も頷く。
「それじゃ、敵の強さを確認しようか。サボテンも怪しいから気を付けてね」
戦うのはレキなので、注意をする他人任せな遥である。
「わかりました。倒しましょう。簡単に終わらなさそうですが」
ジャキッとモンキーガンを構えるレキ。あれれと思う遥。殴りで倒すと思っていたのだ。
「どうやら見られているみたいです」
なぬと動揺する遥。確かにオアシスに結構近いかもしれないが、まだ見られるとは思っていなかった。
気配感知を行うと確かに崩壊したビルから視線を感じた。どうやら隠れている生存者がいるみたいである。
さすがはレキである。スキルを極限まで使いこなしているというのは伊達ではない。遥が使いこなしていてもアクティブスキルは使うのが苦手という事もある。常在戦場スキルは敵意が無い場合はスキルを使用しない場合が多いのである。なのでおっさんでは気づけないのだ。
監視の視線を気にしながら、レキはタタタタとモンキーガンを砂トカゲに撃ち始める。テテテと軽い音をたてて砂トカゲの肌は弾丸をあっさりと弾いた。ポテポテと小石のように落下する弾丸である。
まぁ、当然である初期のエリアにいた猿の武器なのだ。レベル1の武器で高レベル帯のモンスターと戦うようなものである。砂トカゲへのダメージはゼロであろう。
それでも砂トカゲがその攻撃に気づいて襲い掛かってくる。ドスドスと音を立て砂を蹴り走ってくる。その歩みはかなり遅い。オスクネーぐらいであろうか。
「しょうがない。逃げるとするか」
溜息をついて逃げ始めるおっさん少女。一生懸命に逃げるふりをして走り始める。えっほえっほと小柄な体躯で短いコンパスの健康そうな足を動かして、私は今一生懸命に逃げていますというフリをして逃げる。
その姿は愛らしい子供が一生懸命に逃げているようにしか見えない。
えっほえっほと走って逃げるが、オスクネー程度とはいえ、原付がアクセル踏みっぱなしにするぐらいの速さはあるだろうか? 普通に走っていたら追いつかれるだろう。だが、逆に言えばこの程度の速さでしかないのだ。砂いかだがどれぐらい遅いかわかるものである。
監視しているビルからは誰も動かないかな? と思っていたら、誰かがビルの外壁まで近づいてきている気配がした。
「ちょっとこっちよ! こっちをみて!」
崩壊前は3階ぐらいの高さだろうか? そこから勝気そうな目をした褐色の女の子が手を振っていた。
そして外壁にそってロープを投げてきた。
「このロープにつかまりなさい! 早く!」
元気で善良な子なんだねぇと思いながら、はい。と答えて一生懸命に走るフリをしてロープまで駆け寄る。
砂に足をとられないという超常の走りだが、相手が気づかないように祈るのみである。よく見ると固い地面を走っているようにしているのがわかるのだ。今のところおっさん少女が祈る場合の勝率はゼロであるが。神様の受信拒否は解けることがあるのであろうか。
テッテケと走って逃げながら、後ろからぐぁぁと叫び声が聞こえるのを無視して、ロープまで絶妙な速さで近づく。
「速く登って! 生きたいなら!」
また褐色の子が怒鳴る。もう危機一髪な美少女レキちゃんである。あわわとロープにつかまり登り始める。
だが、砂トカゲの方が僅かに速い。これではロープを登りきる前につかまってしまう。死んじゃうかもしれない美少女レキちゃん! と遥は勝手に頭の中でモノローグを語っていた。気楽なおっさん少女である。何しろ、オスクネーと同等の敵など相手ではないからして。
でもそれは自分視点のみである。他の人からは危機一髪に見えるのだ。
「速く速く!」
と怒鳴りながらロープを引っ張ってくる。登ると同時にロープを引っ張って助けようとしているのだろう。
「馬鹿が! お前は! 自分も死ぬぞ!」
奥から髭だらけの山賊みたいなのが出てきた。一緒にロープを引っ張ってくれる。
「お父さん! だってしょうがないでしょう」
怒鳴りあいながらそれでもロープを引っ張ってくれるのに、少し罪悪感がわくおっさん少女。
砂トカゲが目の前まで来る。目視で想定するとぎりぎり間に合わないだろう。パクリと食われる美少女レキちゃんだ。
しょうがないので、砂トカゲにはひるんでもらうことにする。ごそごそとぽっけから小石を取り出す。勿論、上の褐色少女たちからは見えないようにする。
ただの小石アターック! と指弾のようにビシッと小石を飛ばす。レベル1の投擲とはいえ、ステータスはかなり高いのだ。ひるませることぐらいは可能である。
しかも意地の悪いことに目を狙い撃った。そのためぎゃおんと怯んで動きが止まる砂トカゲ。
その間に、うんしょうんしょと頑張って登るおっさん少女である。
ようやく登り切ったら褐色の女性から引き続き怒鳴られた。
「こっちよ! すぐに逃げなきゃあいつは追いかけてくるわよ!」
タタタと結構な速さでコンクリートを蹴りながら移動する二人。そして奥にいた仲間も合流する。全員合わせて4人いたのだ。
「ついてきて!」
もう何かのイベントにしか見えないなと内心思いながら遥も美少女レキちゃんを演技して頑張って走るふりをする。
階段を急いで登る一行。5階は登っただろうか? 足を止める面々。ぜーはーと息を切らして汗をかいている。このパターンはやばいと遥もぜーはーと息をきっているフリをして汗をぬぐうフリもする。こんなに暑い砂漠なのに、息を切らしていないし汗もかいてないおっさん少女であるが。
「あなた! どうしてあんなところにいたの? 危ないでしょう」
顔を迫らせて怒鳴る褐色の女性、というか皆褐色だ。この砂漠で日焼けしたのだろう。ゲーム仕様のレキには無意味だが。
そしてこの女性は怒鳴ってばかりである。まぁ、仕方ないとは言える。子供に見えるレキがうろうろとしていたのだ。怒鳴るに決まっている。
「すみません。あんなに効かないとは思わなかったんです」
頭を下げて、持っていたゴミ武器のモンキーガンをいかにも頼りにしていますという表情で見る遥。
「そんな武器で砂トカゲが倒せるわけないでしょう! 何考えているの」
一層怒鳴る褐色の女性。まぁ、ゴミ武器だしねと内心同意する遥。そして偶然にもあのトカゲの名前は砂トカゲらしい。ビンゴで良かったと思う。
その怒鳴りあいを聞いていた山賊みたいな人が腕を差し込んで褐色の女性を止めてくる。
「まて、何か様子が変だぞ、君はどこからきたんだ?」
じろじろとおっさん少女を見ながら、不審な顔で聞いてくる山賊。早くも疑われたようである。おっさん少女のか弱い旅人演技終了のお知らせである。
え? と褐色の女性もこちらをじろじろと見てきて、何かに気づいたようにハッとする。
「あなた、どこからきたの? 何その肌?」
あぁ、肌か。そうだよね。どう考えても日焼けしていないとおかしいよね。と嘆息する遥。もういつも厳しい演技を求められるよと内心憤るが、演技が学芸会の木の役より酷い出来なので自業自得である。
仕方ないので、真実と皆に思われていることを話し始める。被っていたフードを取り褐色の女性に話しかける。
「こんにちは、私は財団大樹所属エージェントの朝倉レキと申します。あなたのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
いつかのナナとの出会いみたいに、またもや馬鹿丁寧に聞いてしまうおっさん少女であった。
「私の名前は光井 叶得よ、え? エージェント? なにそれ」
戸惑う表情で返事をしてくれる褐色の女性。いや叶得だった。
見ると17歳ぐらいか、髪型はショートであり気が強そうな目、口元も勝気に結ばれている。肌が焼けているため褐色の可愛い元気な女の子で150センチぐらいの背丈はありそうである。
「よろしくお願いします。助けていただいてありがとうございます。叶得さん」
周りの人間も戸惑う表情であるのを尻目に遥は問いかけるのであった。
「私はこの東京を調査にきたエージェントなんです。ここで何が起こったか教えてもらえませんか?」
ニコリと微笑んで、そう問いかけるおっさん少女であった。