93話 おっさんの一休み
半径5キロある基地内には様々な施設が乱雑にたてられている。なぜか銀行がポツンとあったり、一般人の住む家があったりする。全てシム的に必要な施設を作っていった結果、統一性の無い施設建設となったのである。シムなゲームあるあるな基地であった。
その庭付き、ガレージ付き、家庭菜園付き、レンガ風のおしゃれな豪邸の中で遥はゴロゴロしていた。
正確に言うと、ナインに膝枕をしてもらい耳かきをしてもらっていた。耳かきでこりこりと音を立てて痛くないですか? と聞かれているデレデレのおっさんである。
オアシスに向かうはずのおっさんがなぜここにいるのか? 答えは簡単である。生存者がいるとはちっとも思っていなかったのだ。ゾンビだけで餓死する寸前までに追いつめられる人類である。スカイ潜水艦と同等の敵が雑魚で存在するようなエリアにはいるわけは無いと思っていた。
しかし砂いかだを見つけて、まだ生存者がいるとわかった。しかもまぁまぁ元気そうに東京砂漠を生き残っているみたいである。
会いに行こうと移動を始めたおっさん少女であるが、以前の二の舞になることを恐れた。今のところ、生存者のコミュニティの人と会うとなぜかおかしな人間だと思われるのだ。おっさん少女なので仕方ないと言えばいえるが、この展開を回避したかったのである。
なので、その対応のために急遽帰ってきたのであった。決して、面倒だなぁと思ったのではない。
さわさわとおっさんの頭の髪を撫でながら、耳かきをしてくれるナイン。天使か何かであろうか? と遥は思う。帰宅後はレキぼでぃでお風呂にサクヤと入り、後はお酒を飲んで寝るかなぁというところで、遥ぼでぃに戻ったのである。そこでナインがニコニコ笑顔で耳かきをしましょうかと聞いてきた。
おっさん的に断ることは絶対にできないのだ。絶対になのだ! 美少女に耳かきをしてもらうなんてお金を払わないと無理であろう。そしてそのようなことにお金は払う気のないおっさんである。そして憎からず思っているナインが相手である。
なので、お願いしますと柔らかい小柄なナインの膝に頭をのせて耳かきをしてもらっているのである。
ナインも満面の笑みで耳かきをしてくれる。天国かな? ここはと遥は疑うぐらい幸せであった。
こりこりと遥が痛くないように丁寧に耳かきをするナイン。静寂がリビングルームを覆うが、気持ちのいい静寂である。
「はい、終わりました。マスター」
最後に耳にふ~っと息を吹きかけてきて終わりである。あぁ、もう最高だ、死んでもいいな。どうせ24時間後には蘇生されるしと遥は思った。自動蘇生に頼る時点でずるい感じがするおっさんである。そしてナインは段々アグレッシブな娘になっている感じがする。
ちなみに静寂の中、サクヤは自分の部屋で一生懸命にレキぼでぃの撮影内容を編集している。今回も傑作と言っていた。最近のレキはジャンプを多用するので、スカート下が撮影できて嬉しいらしい。あの速度のレキのスカート下を撮影できるサクヤのスキルレベルはいくつなのか考えてしまう遥である。
「ありがとう、ナイン。それでさっきのお願いなんだけど、どう思う?」
膝から頭を上げようとしたところ、ぎゅっとナインの可愛い手で押さえられた。温かくて気持ちいい。おっさんは今日が命日かもしれない。24時間後に蘇生されるか期待である。
「そのままで大丈夫ですよ。マスター」
遥の頭を撫でながら頭上から覗き込むように優しい笑顔で見てくるナイン。いちゃいちゃカップルである。問題は歳の差だけであろう。
「そうですね。砂漠特化用だとマテリアルが足りませんね」
そのナインの答えを聞いて驚く遥。今まででマテリアルが足りないなど、初期の頃しかなかったような感じがするのだ。あの時はあったのに勝手にサポートキャラに使われたような記憶があるような気がする。
「高レベル帯での武器は高レベルマテリアルが必要です。今持っている最高のマテリアルはセイントマテリアル(小)です。最低でも中は必要ですし砂漠系のマテリアルも欲しいところですね」
ほぉ~と感心する遥。これからは素材集めをする旅が始まるのだろうかと思う。正直目的の無い素材集めとか面倒だと思うおっさん。
くしゃくしゃと遥の髪をもてあそびながら、ナインがう~んと考え込む。そして解決策を言ってくる。
「防具ではなくアクセサリー系にしましょう。それならば特化型の装備をセイントマテリアルで作成できます」
真面目な顔になり提案してくるナイン。真面目な表情も可愛いと思う遥。
「そのアクセサリーの名はデザートマントです。砂漠にぴったりかと思います。効果は作成してからのお楽しみという事で」
遥の頬をつんつんしながら、可愛い行動をしているナイン。ぐはっ、おっさんには効果的だ! と遥は思う。何だろうこの可愛い生き物はと考えてしまう。クラフト担当がナインで良かったとしみじみと思う。
そしてなるほどアクセサリーというのもあるねと思い出す。ゲーム仕様である。アクセサリーは何個つけられるのだろうかと考えてしまう。アクセサリーの効果というのは防御力はないが色々凄い効果があるのだ。火炎無効とか、毒無効などである。大体耐性系が多いだろうか。
「よし、それではそのデザートマントを作成しよう」
立ち上がろうとする遥をまたもやナインが頭を押さえる。
「今日はもう遅いですし、明日にしましょう、マスター」
その小悪魔のスマイルと提案に脆弱なおっさんが耐えらえるはずがなかったのであった。まぁ耐える必要もなかったが。
そうして夜は更けていくのであった。珍しく平和な夜であった。
翌朝、レキぼでぃに換装して遥は叫ぶ。
「デザートマント作成!」
3個しかないセイントマテリアルのうち、1個が輝いていく。いつもの光と違い白い光も混じっている。
ピコーンとハイクオリティの輝きが生まれ作成できた。
「成功:デザートマント(H)(砂漠においてステータス10%アップ、砂漠地形無効)」
ほぉ~とその性能を見て感心する遥。恐らくはノーマルだとステータスアップが無いか、5%なのではないかと予想する。メインは砂漠地形無効なのであろう。
これならレキの体術の抑制を取り外せるのである。
「おめでとうございます。マスター」
パチパチとモミジみたいなおててで拍手をしてくるナイン。いつものイベントであるので、レキぼでぃも同じく可愛く拍手する。サクヤも撮影するといつものパターンである。
「それで、今まで生き残ってきた生存者を装うには何が良いかな?」
トスンと可愛くソファにその軽い身体で座り、ナインとサクヤに聞く。
「そうですね、あそこは高レベルの敵ばかりのエリアです。正直に言うと人が生き残れるとは思いませんでした。しかし、現実に生き残っていたので不思議ですね」
真面目な表情でサポートキャラっぽく考えるサクヤ。それに合わせて遥も同意する内容を語る。
「うん。私もそう思うよ。あそこは人が住める場所じゃない。でも生き残っていた。そこには何か別の力が働いているのではないかな?」
「マスター、この間の撮影内容を映します。まずは遥様ボディにお戻りください」
ナインが唐突に提案してくる。ん? なんでと遥は首を捻るが、何か意味があるのだろうと寝室に戻り、遥ぼでぃに変えてまたリビングルームに戻ってくる。
そしてソファに座りナインの続きを聞こうとすると、テコテコと遥の前に歩いてきて遥の足の間に座るのであった。
「マスター。これで話し合いができますね」
遥の足の間に座ることができて幸せそうな表情で伝えてくるナイン。
この子、凄いよ! おっさん心を掴む方法を知っているよと驚愕の遥である。
「はいはい。では話し合いを進めますよ」
パンパンと手を叩いて二人に声をかけるサクヤ。何とサクヤのほうが普通に見える光景である。
その遥の表情に気づいたのであろう。サクヤが告げてきた。
「レキ様の時の方が圧倒的に多いので、ナインと話し合ったのです。仕方なく、しかたなーくお風呂はレキ様と私で二人きりで入れることを条件として遥様の時の時間を多くしたのです」
どこら辺が仕方なくなのかわからないが、悪魔の契約がなされたのは理解する遥。女性はやっぱり怖いなぁと考える。でもナインの行動は可愛らしいなぁと思ってしまう。まぁ美少女に迫られて悪い気になる男などいないのだからして。
「では、昨日の砂漠の時の砂いかだが襲われているシーンの撮影内容を映写しますね」
昨日見た通りの内容が中空に映し出される。SFチックなモニタを必要としない映像である。そして砂いかだが映し出される。砂いかだはサボテン群の間をすり抜けるように移動しており、それをでっかいトカゲが追っている。
「ご主人様、あのトカゲは砂トカゲと名付けました!」
出会っていないのに、先手を打って名付けてくるサクヤ。どうやら鉄サソリはかなり悔しかったらしい。
はいはい、わかりましたと大人の対応をして撮影の続きを見る遥。
砂トカゲに追いつかれると思ったのであろう。乗っている人が荷物を捨てて、その荷物に食いつくトカゲから砂いかだが逃げていって映像は終わる。
「ん? 昨日見た内容と同じじゃない?」
不思議そうに思い首を傾げる遥。昨日の内容と全く同じなのだ。
「いえ、わかりました。あの砂トカゲは弱すぎます。鉄サソリとは格が違うでしょう」
レキが唐突に声を出してきた。まぁ、二人は常にいっしょなので、遥ぼでぃでも意識はあるし主導権もとれるのだ。
「その通りです、ご主人様。体格は同じぐらい。恐らくは10メートル前後でしょう。しかしそのスピードは全く違いますし、反応速度なども遅いと推測されます」
サクヤが真面目な表情を浮かべ、さすがレキ様ですと拍手をしてくる。さすがレキだぜ、おっさんには全然わからなかったと思う遥。同じ性能なのにおっさんと美少女のプレイヤースキルがわかるというものである。
「だが、それならおかしい話にならないか? エリアの外側の方が敵が強くて、内側に近づくと敵が弱くなるの?」
腕を組んで不思議そうに、普通は内側に、敵の中心に近づくほどに強くなるはずなので疑問をサクヤに聞いてみる。
「そうなのです、マスター。推測ですが、日本独自の善良なる不可侵の概念が土地に残ったのではないかと思います。そしてその周辺はなんとか敵の侵入を防いでいるのではないでしょうか」
遥の足の間に座っていたナインがクイッと顎をあげて、遥に推測を伝えてくる。
「不可侵の概念? あぁ、そういうのがあるかもしれないな」
あの場所に何があったのか思い出す遥。たしかあそこは皇居があったはずだ。人々が不可侵と少なからず思っている場所である。人ではなく土地にその概念がついたとしたら、あり得る話なのだろうか?
「わかった、それなら是が非でも確認に行かないといけないな」
にやりと面白そうだという表情を浮かべて、おっさんは頷いたのであった。