88話 発電施設を建設したおっさん少女
あれから一か月が経過した。新市庁舎前から少し離れた場所にかなり広い貯水池が作成され、その脇には中型水力発電機が5台設置されている。今のキャパシティなら後10台は設置可能であろう。貯水池は2メートルの金網の柵で覆われている。そしてその横には3階建てのビルが建設された。その看板には荒須電気会社と書かれている。
皆で苦労して建設したのだ。元々あった家などを破壊し片付けて更地にして、その後に貯水池を作成するための穴掘りや発電機を設置するための護衛など、大変だったなぁと遥はしみじみと頷いた。
「いやいや、おかしいよね? レキちゃん! 一か月経過してないよ? まだあれから1日しか経過してないからね!」
レキぼでぃを掴んでがくがくと身体をゆすってくるナナ。揺すられると苦しいんだけどと遥は思う。そしてどうやら先程の内容を口に出していたらしい。
「いいじゃないですか。一か月経過したことにしませんか? その方がお互いのためですよ? たぶん」
遥の答えに戸惑った表情を浮かべて疑問を声に出すナナ。そんなに気にすることは無いのに意外と細かい人間である。
「だって、一日だよ? ううん、ステーキを食べて、寝て起きたらできていたよ? この施設!」
震える指を発電施設に差しながらナナが聞いてくる。善は急げだから良いんじゃないかなぁと思う遥。
確かにあれから夜中にちょちょいのちょいと建設スキルを使用して作成をした遥である。周りに見られないように注意をしたものだ。夜番の防衛隊の人は驚かないように、美味しい夜食をプレゼントした。見て見ぬふりをした夜番の人である。人ができている方である。それか見たことが信じられなかったのかもしれない。お酒でも飲みすぎたと思ってくれたかもしれない。おっさんなら見て見ぬふりを間違いなくする。突っ込んだら怖いことが起きそうであるし。
何しろ念動雨で更地にした後に、貯水池を作成ぽちっとな、発電施設を作成、おまけに発電管理センターを建設ぽちぽちっとなとボタンを押下して、マテリアル作成でピカピカと光り出来上がりである。所要時間10分であった。
「まぁ、気にしない方がいいと思います。私も財団の技術の全てを知っているわけではないのです」
しょんぼりとした表情でうなだれてナナに言うと、チョロインのナナは慌てて、そうじゃないの、レキちゃんをせめているんじゃないのよ? と慰めにきた。
こんなに騙されやすくて大丈夫だろうかと思うが、おっさんなら同じことをしても、冷酷にそんな演技しても無駄ですよ? ちょっと署までご同行お願いしますと言われるだけだろう。美少女だからこそ騙されるのだ。小説や映画のチョロインは相手がイケメンだから騙されるのだ。顔面偏差値の格差であるのだ。
「とりあえず。これで5000人までは余裕で電力をカバーできますね。工場などがあるわけではないですし」
遥の問いに嬉しそうな表情になるナナ。
「そうだね! これで皆が電力を使えるようになるね」
やったーと飛び跳ねて喜ぶナナ。嬉しそうで何よりである。
「あぁ、とんでもないものを作成したものだな」
後ろから声がかかる。振り返ると呆れた表情で豪族とゴリラ隊長たちがいた。
「何が作成されたかと思ってきたら、荒須電気会社? お前電気会社を始めるのか?」
昨日の今日なので、勿論豪族に話は伝えてなかったらしい。当たり前である。誰が一日で貯水池や発電施設ができると思う人間がいるのかという話である。遥みたいにゲーム脳に慣れ切った人間ではないのだ。
「はい、この施設は5000人の電力をカバーできるらしいです。これで皆が電気を使用できますよ。冷蔵庫だって、電子レンジだって使えます! パソコンは使用できませんけど」
ナナが豪族に嬉しそうに言う。そうなのだ、パソコンも電気が供給されても使用はできなかったのである。まぁ、当たり前の話である。パソコンを恨む人間など仕事をしていればいくらでもいるのだ。
「うむ。詳しい話を聞こう。何かとんでもない話みたいだからな」
嘆息して、何かを諦めたような表情で腕を組みながら豪族がナナから話を聞こうとする。後ろの隊長たちは苦笑している。
「あぁ、それなら発電管理センターの中でしましょう。あそこは1階が管理センター受付と仕事場、2階が応接室や談話室、資料室。3階が居住部屋となっています。お風呂もトイレも完備していますよ」
ニコリと微笑みナナを見ながらあなたの部屋ですよ、と教えてあげる。
「私の部屋? そんなのあるの?」
驚くナナ。予想していなかったらしい。でも当たり前の話である。何しろ曲がりなりにも社長なのだ。
「だってナナさんは社長ですよ? 部屋があるのは当たり前ですよ」
ほえぇ~と声を上げるナナ。私が社長! でへへと照れて、腕を体にまわし、くねくねとする。
「はぁ~、では荒須社長殿? お話をお伺いできますかな?」
頭を抱える豪族たちと共にぽちっとなと簡単に建設された新築ビルに入るのであった。
中に入ると立派な受付がある。まるで銀行の受付である。奥には数台の机が置いてあり、遥特製の通信はできないがローカル使用はできるPCが置いてある。
ほぉ~と感心する一行はそのまま2階へと上がる。応接室にはいるとフカフカなソファにドデンと高そうなテーブルが置いてある。
「給湯器が隣にありますので、コーヒーを持ってきますね」
様々な嗜好品も設置済みだ。設置費用は遥に優しすぎるナインが算出した金額である。正直に言うとぼったくりである。まぁ、ナナには悪いけど言わない。安いと皆が私も俺もとお願いしてくるだろうし。
給湯室でコーヒーを人数分いれて、お盆に乗せて持ってくるとナナたちは既に話し合いをしていた。これまでの経過を話しているらしい。経過と言ってもステーキを食べながら決めたというとんでもない適当さであるのだが。
「とんでもないお願いを財団にしたな、荒須隊員。これがどれだけ凄いことかわかっているのか?」
なんだか激しい頭痛がしているような豪族。最近の豪族は難しい政治判断が多くなって大変みたいである。後で遥特製頭痛緩和薬でもあげようと覚えておく。豪族のことなので忘れる可能性は高いが。
豪族の話を聞かされて、ナナは首を傾げている。勿論、遥もそんなに凄いことなのかと、可愛く首を傾げる。レキぼでぃなので愛らしい首の傾げ方だ。
ナナが理解していないことをわかったのだろう。ゴリラ隊長が教えてくれる。2人いるが、どちらが元警官隊長か自衛隊隊長か、もはや遥にはわからない。すでに警察官の服も自衛隊の服も着ていない。防衛隊専用の服を着ている。
以前に防衛隊の兵士だとわかるように専用制服の注文を受けたのだ。今の服は自衛隊隊員の服に青いラインが各所に入っている。
そして男の顔なぞ覚える必要は感じないし。まぁ、どちらがどちらでも良いだろう、ゴリラで良いだろうと覚えるのをやめるおっさん少女。
「荒須隊員。君はこれでこのコミュニティの全ての電力を管理する権利を得たんだよ。これが凄いことだとわかってくれたかな? 君に逆らうと電気を使えないということにもなりかねないのだ」
「えぇ~、私はそんなことをしません!」
頬を膨らませて、ぷんすこと怒り抗議するナナ。それに豪族たちも頷いて返答する。
「まぁ、お前が善良であることは知っている。その可能性を言っただけだ。お前が発電管理をするようになって助かった。勿論電力が使用できることも大いに助かることだ」
ソファに深く沈み込み、ふ~と息を吐いて豪族が優しい目でナナを見て聞いてくる。
「それで荒須隊員はこれからは電気会社社長をやるということでいいのだな? 防衛隊は除隊ということになるが」
キョトンとした表情になり主人公なナナが遥の予想通りの返答をした。
「え? 私は防衛隊をやめませんよ? これからも人々を守るために頑張りますよ」
その返答に疑問を覚えないナナは、豪族たちに元気よくこれからも防衛隊を続けることを伝える。
びっくりとした表情になる豪族たち。辞めてのんびりと社長業を行っていくと思っていたのだ。何しろ電力を管理するという重要な仕事である。防衛隊を除隊しても誰も文句は言わないだろう。
だが、この人は主人公なナナなのだ。辞めるという選択肢など、そもそもないのだろう、考えもしないに違いないと内心で苦笑する遥である。
「だが、荒須隊員が亡くなった場合はどうするんだ? この施設の権利やレンタル料はどうする?」
もしものことを考えてゴリラ隊長がナナを問い詰める。防衛隊を続ける以上は死の危険が常につきまとうのだ。
「大丈夫です! その場合はレキちゃんに全部を譲ります! お金も全部財団の口座にいれてありますので問題ありません!」
ナナがふくよかな胸を張って、えっへんと豪族たちに返答するのを今度は遥も驚いた。
「私に全部譲るんですか? ナナさん!」
遥の驚いた声と問いかけに、ナナは静かな微笑みを浮かべてゆっくりと伝えてきた。
「うん。これまでのことは全部レキちゃんがいなければできなかったし、私はとっくに死んでいたと思うの。それに私の家族は多分亡くなったと思うし」
最後の言葉を寂しそうに語るナナを見て、あぁ、崩壊した世界である。元気で人懐っこいナナを見ていたら忘れるが、ナナも崩壊したときに家族を失っているのだと思い出した。そう言われたら遥は断れない。
ふぅ~と嘆息して受け入れることに決める。そしてこの善良な女性に仕方ないなぁと用意していたものを渡すことに決めた。もしも社長業をやるので防衛隊を抜けると言っていたら渡すつもりのなかったものである。
ちょっと待っててくださいねと応接室を出て、こそっと通路に隠れてアイテムポーチからトランクを取りだす。そしてトランクを持って応接室に戻る。
ドンとテーブルにトランクを遥が置いたのをみんなが注目する。
「それ、なぁに? レキちゃん」
不思議そうな表情で聞いてくるナナ。確かに中身が気になるだろう。
がちゃりとトランクケースを開けて中を見せる。
「ワッペン?」
首を傾げるナナとなんだそれ?という表情の豪族たち。そこには12枚のワッペンが衝撃緩和のためのスポンジに包まれて大事そうに入っていた。
「これは私が無理を言って財団に作成していただいた最新防御フィールド発生器です。名づけて装甲シールドです」
えっへんと自慢しながら、ナナとちがい平坦な胸を張るおっさん少女。
「装甲シールドってなぁに?」
首を傾げながら聞いてくるナナの問いかけにこの装備の説明をする。
「これは肩にでも貼っておけば、全身をフィールドが覆い、ある程度のダメージを防ぎます。ハンドガンの至近距離からの攻撃すら弾くでしょう。グールの攻撃も3撃は防げると思います。基本壊れるまでの使い捨てです。重ねがけはできません。一度破壊された後に新しいワッペンを付けるにはフィールド発生の阻害を防ぐために、1時間のクールタイムが必要となります」
それらしいことを説明するが勿論ゲーム防具である。使い捨てのバリアシールドであり、ある程度のダメージを防ぐのだ。無限に装備できないように重ねがけ無効、壊れた場合は1時間のクールタイムつきのわかりやすいゲーム仕様である。そして消耗品なので自分では装備しない防具でもある。あんまり効果もないし。
だが、効果が薄いのは強敵と戦ってばかりいるレキ基準である。ナナたちには破格の防具であろう。
ほぉ~と、感心したように皆がそれぞれワッペンをもって裏返したり、重さを確認したりとしている。
「こんなものがそれだけのフィールド? を発生させるというのか? 姫様よ」
豪族がワッペンを持ちながら聞いてくる。
「はい、これらを防衛隊のみに販売したいと思います。これは試供品として使用してください。12枚入っていますので」
遥の答えに豪族がワッペンをこちらに翳しながら、睨むように聞いてくる。
「なるほど、聞いた通りなら素晴らしい性能だ。是非とも欲しい防具ではある。だが、このワッペンには模様がついているな。財団大樹と書いてある模様みたいだが? その下には防衛隊【若木】ともあるな!」
「それは仕方ありません。財団の人が絶対にその飾りをつけるのが条件だと言ってきたのです。気に入らなければ返却可能ですが?」
豪族をうるうるとした上目遣いで申し訳なさそうな表情で答えるおっさん少女。少女の性能をフル活用である。
豪族はガリガリと頭をかいて嘆息した。
「ちっ、あいつの入れ知恵か。仕方あるまい、その性能を聞いて導入しない理由は無いし、財団に頼りきりなのは今更だ。いいだろう。性能確認後、買い上げようじゃないか! 防衛隊若木がな!」
眼光鋭く言い放つ豪族を前に、おっさん少女はお買い上げになると思いますよと可愛い笑顔で答えるのであった。