87話 おっさん少女は電気会社設立を手伝う
そろそろ秋の風が吹き始め、木が緑から黄色の枯れ色に葉っぱが変わる頃になった。寒くなる時期がそろそろ到来する季節である。皆の服装も薄着から厚着へと変えるか迷う時期である。そんな季節に新市庁舎前にてまたもやお店を始めようとしている少女がいた。
小柄で可愛いいつもの少女である。今日の中身は残念ながらおっさんでもある。通常時はおっさんなのだ。レキは戦闘をすることが好きなのであって、働きたくないでござるという職種の人と同じ性格をしていた。なので、おっさんが操作していなければ、部屋でゴロゴロとしているか、敵を探してエリアをうろうろするかだけなので、おっさんが操作できてちょうど良かったりする。おはようからおやすみまで全てをおっさんに頼るレキなのであった。自分のトイレもお風呂もお任せの全く羞恥心の無いレキである。まぁ、おっさんから生まれた少女なので当然でもあるのだが。外見が美少女なのに性格が残念な子であるのだ。
そんな少女の中身のおっさんである遥はまたもや露店を開こうとしていた。
ガサガサッとクーラーボックスからどでかい牛肉を取り出す。そして客の目が集まってきたので、またもや食べ物屋をやるのだ。
「いらっしゃい、いらっしゃい。今日はレキの露店ステーキ屋さんをはじめまーす」
満面の笑みで可愛い両手をフリフリと振って、周りにアピールする遥である。ドデンとこれまたでかい鉄板をだして売り始める。
「300グラムサーロインステーキとご飯とスープはセットで1000円です。ご飯は大盛無料ですよ~」
愛らしく微笑む外見詐欺なおっさん少女である。みんながおいおいそんなに安い値段でステーキ食べられるの? とどんどん人が集まってきた。
むふふと口元を綻ばせて、つかみはOKだと喜ぶ。掴みも何も値段設定が明らかにおかしいレベルだ。A5の牛肉を用意して国産米の美味しいやつ、スープはコーンポタージュを用意してある。
崩壊前ですら、この値段でのお店はできないであろう。しかし万能なるマテリアルならちょちょいのちょいである。しかも部位毎に作成できるのだ。既存のお店を潰す気満々なステーキ屋である。
まぁ、今の世界にステーキ屋などないのであるが。そして人々はいつもこの可愛い少女が安い値段でお店をやるのを知っていたので集まってきた。恐らくはいつも自腹を切って人々に配っている優しい少女だと勘違いもしている。
もう秋である。食欲の秋でしょう。食欲の秋ならステーキ屋でしょうという、いつもの謎理論のおっさん少女。それに一度鉄板焼きで大量の肉をジュージューと焼いてみたかったのだ。鉄板焼きのお店で自分もステーキを焼いてみたいと常々思っていたのだ。
お店に人が集まってきて、私も俺もと注文が来る。はい、ありがとうございます、どうぞステーキですよと売っていく。みんな露店に設置してあるテーブルにそれぞれ座り舌鼓をうち、美味しい美味しいと喜んでいるので、遥も嬉しい。本来ならくたくたに疲れるところだが、レキぼでぃならこんなことで疲れることは無いのだ。
しかしやはりというか予想以上に人が集まってくる。ステーキを焼くので限界となる。間に合わなくなりオロオロし始める。相変わらずの集客力を考えないでお店を始める計画性のないおっさん少女である。
「レキちゃん、私も手伝おうか?」
おろおろするおっさん少女を見かねて声をかけてきた人がいる。見ると椎菜とその友人たちであった。
「すみません。お願いできますか? よろしかったらご飯とスープをよそってお客に渡してもらうと助かります」
ペコリと頭を下げてお願いする。わかったと元気に答えて椎菜たちがエプロンをつけてお手伝いを始めてくれた。
はい、お待たせしましたと、椎菜たちは見る見るうちにお客をさばいていくのであった。ほっと一安心の遥である。後でお礼をせねばなるまいと覚えておく。
知らないうちに誰かがお酒を持ち出してきたようである。わいわいと宴会に突入した模様。夢中で売っている間に日も落ちて暗くなってきたので、スイッチオンと持ってきていた街灯も設置して明るくした。
肉を大量に用意して、ご飯も大量に用意したのに無くなりそうなので、急いでこっそりアイテムポーチから補充する。知らない間に炊飯器が出てくるという不思議パワーなのに、椎菜たちはそういうものだと既に理解しているのでツッコミは無い。もう異常な法則に慣れてしまったようである。そうして新たなお客にステーキセットを売っていくのであった。
そろそろ夜になってきて街灯の周りに人々が集まってくる。明るくないと困るよねと遥特製謎パワー露店である。発電機も謎パワーで備え付けられており、街灯の2個や3個軽いものである。
だが、ここの人々にとっては夜の街灯は貴重なものである。監視所に設置してあるサーチライトか司令所だけに常に電気は使われていた。後は冷蔵庫に少ないながらものを仕舞っている。何しろまだ発電施設は復旧しておらず、発電機も設置場所やら燃料の保管で使用を制限されていて貴重なのだ。宴会ぐらいにしか灯火は灯らせてもらえない。
なので、それを知らない遥の露店に予想外の電灯に釣られて皆が集まってきた。
わいわいがやがやと騒がしいが、そろそろ肉の補給も必要ないぐらいに皆にいきわたったようで、遥も少し暇になってきた。
そんなところにナナが来た。この間のトレジャーハンターごっこで一躍お金持ちになった主人公である。
「こんばんは、レキちゃん。楽しそうにお店をしているね」
相変わらずの元気で人懐っこい笑顔を浮かべて、子供がお店ごっこを楽しんでいるのを微笑ましく見ていた親のような慈愛に満ちた言葉をかけてくる。
ちょっと気恥ずかしい遥である。中身もおっさんなのだからして。張り切りすぎたかと思うが疲れを知らず、体は羽毛のように軽く、動くことが楽しいのである。それに美少女だ。もうお店の成功は約束されていたのだ。これがおっさんぼでぃなら腰が痛くなるかもとか、疲れやすいとか、おっさんだと皆が警戒するのでとか言い訳をしてやらないだろう。おっさんは精神もぼでぃもダメなのであった。
「私もステーキセットをくださいな」
勿論ですと、ステーキをジュージュー焼いていく。料理スキル1でもすべての料理はプロ以上となる腕前なのだ。全く問題なくミディアムレアに焼いていき、サッとお皿にのせてご飯とスープを笑顔で、はい、できあがりましたと渡す。ちっこいおててで渡すその様は変態銀髪メイドが鼻血を出す可愛らしさである。このお店ごっこも勿論カメラドローンが撮影している。
ナイフでお肉を切って、パクリと食べるナナ。食べた後に肉の柔らかさにびっくりとした表情になる。
「なにこれ! すごい美味しいお肉だよ。こんなの崩壊前でも食べたこと無いよ。これが1000円なの!」
そうですよ~と遥が笑顔で言うと、おぉ~さすがレキちゃん太っ腹と頷いて食べ続けた。
そうして、食べ終わるころに、周りを見てしみじみとした感じで話しかけてくる。
「いつもこんな風に灯火が使えればいいんだけどね~。今日は珍しいよね。よく発電機を使わせてくれたね?」
と、頓珍漢なことを言うので否定する遥。
「いえ、これは私の露店に設置してある発電機です。ここの拠点の発電機は使用していませんよ?」
横で聞いていた椎菜が驚きの声を上げる。
「え~、やっぱりそうだったんだ! なんか露店からコードがでているからおかしいと思っていたんだよね。これ自前の発電機なの!」
椎菜の友人たちも羨ましい~と言い始めた。
「あ~、レキちゃんはピンとこないかも。発電機は貴重なんだよ~。燃料の保管も大変だから使用を制限されているんだよ」
ありゃりゃ、そうだったんだと初めて知る遥。発電機も販売していたので、みんなが使用していると思ったのである。だが、よくよく考えてみたらあんなに騒音が発生して燃料が軽油かガソリンという火災が怖いものである。使用を制限して当然であると言えた。
そこで、あれと首を傾げるナナ。
「どうしたんですか? ナナさん」
首を傾げるナナに椎菜が不思議そうな顔をして声をかける。
「そういえばね、上野の小拠点は電気が使い放題だったんだよね? なんでだろう」
遥に聞いてくるので、そんなの当たり前ですという表情で教えてあげる。
「あそこには池を利用した水力発電機を設置してあります。1個につき平均使用量100人まではカバーできます。それを5個設置しているので、あそこは多くても100人も常駐していないので、使い放題は当たり前です」
「え~! そうなの。すごいよそれ!」
なんで今更知ったんだろう。拠点を引き継ぐ際に言ったはずである。でも詳しくは教えなかったので知らなかったのかなと思う。
「レキちゃん! それを設置してもらえるように財団の人にお願いできる? そして一緒に暮らそう!」
なんかプロポーズらしきものも入っていたような気がするが、そこはスルーして返答する。
「レンタルなら可能だと思いますけど、それでも100人をカバーするだけですよ? 大量に設置もできますがこの拠点でそれを行ってもカバーしきれないでしょう」
使える量が多いので、反対に使える人を選択するのに争いが発生するのは目に見えている。
むぅ~と腕を組んで唸んで悩むナナ。すぐにこちらを見て聞いてくる。
「小型じゃないやつとかあるの? その発電機?」
「勿論です。中型は1000人まで、大型は1万人まで、確か超大型は理論上は100万人までカバーできるはずです。極大が1億人とか設計上はできるはずですが、夢物語ですね」
シムである。謎のシム施設なのだ。理論上はというか設計リストにはそう書いてある。その中には超電導発電所もあったが無視した。きっと青い光を放ちながら電力を作りそうなので見た目危なそうである。汚染度は低となっていたが。超電導なのに汚染が発生することが怖い。というかゲームの汚染がどういうものか想像するのが怖いおっさん少女である。何か恐竜とか生まれそうだ。
それだっ! とナイフとフォークを持ちながら興奮した表情でナナが立ち上がる。
「それだよ。それそれ! それを設置してもらうことは可能なの?」
ぐいぐいと顔を迫らせて聞いてくるナナ。あんまりにも顔が近すぎてくっつきそうである。
はいはい、おちついてくださいね、ナナさん。と椎菜がナナを押さえて遥から引き離してくれる。
残念ながら無理ですよという相手を気遣う表情を浮かべて遥は教えてあげる。
「ここら辺は水場がありません。川までは遠すぎます。水場を新たに作るにはある程度の土地を更地にして、その後に貯水池を作成。最後に水力発電機を設置し各所に電線を繋げる仕事が必要となります。大金が必要になります」
「どれぐらいかかるの?」
勢いこんで聞いてくるナナ。遥は少し待ってくださいね。オペレーターに聞きます。とウィンドウを見ながらナインに聞く。すぐに優しいナインは金額を算出して教えてくれたので伝える。
「貯水池を作成に10億、中型水力発電機を設置するのに1台1億。そして1台の水力発電機のレンタル料は1年間600万です。この拠点全員をカバーするならば5台は必要かと思われます。分割やローンは認められないとのことです」
防衛隊にそんな大金を払える余裕はないはずである。常に食料や生活必需品を買い上げているのだ。わかっていても設置はできまい。そして発電施設が復旧すれば無用の長物になる物でもある。だが、それでも支払える人間が目の前にいることを遥は知っていた。
「レキちゃん! 私が支払うよ! 5台設置をお願いしますって財団にお願いできる?」
予想通りの返答を輝く笑顔で拳をぎゅぅと握りしめてナナは言ってきた。
はぁ~と溜息をついてナナを見て言う。
「それでタダで皆さんに電気を使わせるつもりなんですか? ナナさん」
この善良なナナならそうしそうだ。20年間は軽く払えるレンタル料もあるからして。でも、そんな自己犠牲をしてほしくないのである。そういうのは余裕がありすぎるお金持ちだけで良いのだと遥は思う。ナナは命懸けで一攫千金を手に入れただけなのである。
遥の言いたいことに気づいたのだろう。この間の財宝分配時のことを思い出して、うっとひるんだ表情になるナナ。
「あの、タダで使用させる必要はないんじゃないですか?」
椎菜が恐る恐る話に加わってくる。ん? と二人で椎菜を見る。
二人の視線に少しひるんだ椎菜だったが、そのまま話を続ける。
「だって崩壊前だって、太陽光発電は抜きにして、普通は電気代を払っていましたよね? 3000円か4000円なら普通に払うんじゃないのでしょうか?」
ふむと顎に可愛いちっこいおててをつけて、その言葉を考える遥。たしかに今のレンタル料は1人1000円支払う事が前提だ。しかし1人なのである。家庭全部ではないのだ。おっさんが崩壊前に払っていた金額は5000円程度だった。一軒家だったので高めだったのだ。今の人々はそれぐらい払えるのだろうか?
そう考えていた遥に皆が声をかけてきた。
「お嬢ちゃん! うちは4人家庭で15000円は軽く超えていたよ。今の稼ぎは前よりも少しは悪いけど電気が使えるなら安いもんさ!」
うちだって余裕さ! わたしのうちも旦那の小遣いを減らせば余裕だよ。そりゃないぜ母ちゃん! とか大勢から声がかけられる。
別に個室で話していたわけではない。露店で話していたのである。みんながいつの間にか遥たちの話をかたずを飲んで聞いていたのだ。
「元を取るのは15年はかかりますよ? しかもそれまでに発電施設が復旧されている可能性も高いですよ? そうしたら無用の長物になるんですよ?」
やめておいた方がいいですよという口調で遥はナナを止めるが、答えは予想通りであった。
「やるよ! レキちゃん。私の口座から引いて設置をお願い!」
真摯な目で決意した熱意溢れる声でナナが告げてくる。
「わかりました。ちゃんとした人を雇って電気会社を作りましょう」
はぁ~と溜息をついて了承する。この人はどこまでも王道の主人公なのだなぁと思う。
そしてそれは荒須電気会社が設立された瞬間でもあった。