82話 主人公な人々を見守るおっさん少女
上野へと地方から入る道に大きなハブ駅となっている場所がある。千葉、埼玉と都内を結ぶ北千住駅である。最近は大学も駅前に建設され、安い食べ物を求める学生に対する飲食店も立ち並び、栄えていた地域だ。勿論、他の地域と同じく荒れ果てており、生者の気配はない。大勢の人間が歩きにぎわっていた場所ががらーんとしているのは、いつ見ても寒々しい。
そして上野へと通過する遥達が掃除したため、敵が弱体化した場所でもある。
そこに敵の姿が無いか注意しながら武装した人間が移動を開始していた。
物資調達隊の新市庁舎コミュニティの面々である。
全員防刃ジャケットを装備しており、アサルトライフルを片手に持って、背中にリュックを背負いサブウェポンをぶら下げている統率された兵士たちである。
彼らは上野は危険すぎるため、その手前の北千住で今は物資調達をしていた。
本来は、まだまだ自分たちのコミュニティの周辺には様々な物資が放置されている。ここまでくる必要はない。
それでも来たのは、そろそろ貴金属類の調達が難しくなったからであった。武器調達は静香と取引しており、貴金属の収集は彼らの第一目標となっていた。
財団大樹が武器の取引を行ってくれれば問題は無いのだが、頑として武器の取引は行ってはくれなかった。面々は静香の組織と競合するのを恐れているとか、コミュニティに武器を渡すことは主導権を取られる可能性があるからだと噂をしていたが、噂の域を越えない。
そして自分たちには武器が必要である。コミュニティの周辺は安全となったが、まだまだミュータントはそこら中にいるのだから。
崩壊前の地図を見ながら、駅前通りを通り宝石店に向かう兵士の一人が何かに気づいた。車両の陰からゾンビが歩いてきていたのだ。
相変わらず、この世を恨んでいるような呻き声を上げながらのそのそと歩いてくる。だが、足元がそこまでふらついておらず体幹がまだしっかりとありそうである。そこから推察すると力もありそうである。
発見した兵士がハンドサインを出す。それを見てサイレントキルを行うべく、兵士の一人が後ろに回り込む。
改造されたサスマタを片手にもった女性である。すでにサスマタとは言わないだろう、先端にはコンバットナイフがつけられており、殺傷力が高そうな武器である。
重装備にもかかわらず、音を立てずにゾンビの後ろに回り込んだ女性は一気にサスマタを首に差し込んで、ゾンビの首を斬り飛ばした。ゴトンと首が落ち、ゾンビが崩れ落ちる。それを見て死んだことを確認し、問題ないとハンドサインを他の兵士にだした。
黒髪のストレートのロング、優しそうな目つきな荒須ナナである。古武術をやっていたとはいえ、ゾンビの首を一撃で切り離す術は、すでに人間を超えていると言っていいだろう。遥の浄化の力の残滓を受け取り着々と成長している主人公な女性である。
「問題ないみたいですね。隊長」
この部隊は元警察官で編成されている。隊長に話しかけるナナ。
「あぁ、ここもかなり敵が減っている。このまま警戒しながら進むぞ」
元警察官とは言え、もうそれは昔の話だ。自衛隊隊員にも鍛えられているため、そこらのゾンビには負けない。
しかし、それでもここは危険な都内の入り口なのである。
「レキちゃんの話だと、グールが波のように押し寄せてきたとか」
少し恐怖の表情になり、口元を引きつらせてナナが話す。
「あぁ、どうやら本当らしい。最初は撤退を行い大樹は戦車を複数台持ちだしたというのだから、本当だろう」
コクリと頷き、同意するナナ。あの人外の力を持つレキちゃんが撤退するなんて聞いたことが無かった。それだけ都内は厳しいのだろうと考える。
それに、そんな危険な場所にレキちゃんが行ってほしくはないと思うナナである。
そんな部隊が移動を再開しようとしたところ、少し離れた場所からタタタと乾いた銃声が響いた。
お互いに顔を合わせる。通常は銃は使わない予定なのだ。その音で敵をおびき寄せる可能性があるためである。
「異常発生だ! 行くぞ」
すぐさまゴリラ警官隊長が走りだす。他の面々もそれに追随する。
銃声のもとに辿り着くと、他の兵士がアサルトライフルでグールと戦っていた。
未だに浄化を受けていないハグレがきたのであろう。浄化地域にミュータントが入ったとしてもすぐには弱体化が行われるわけではない。効果は1週間後ぐらいから始まるのだ。それまでに迷い込んだミュータントはそのままである。
グールは10体はおり、すでに数体は倒れ伏していた。
「援護をするぞっ」
隊長の命令で、アサルトライフルを構え一斉に撃ち始める面々。グール相手ならば手加減する余裕はない。
弾丸が撃ちだされ、グールを打ち砕かんと飛翔する。しかしその飛翔する弾丸に対抗するべくグールの前に障壁が生まれる。数発の銃弾がその速度の勢いを失くしコロンと地面に落下する。
グールが持っている物理耐性を伴う超能力の障壁である。
しかし、兵士たちは動揺はしない。もう既にその能力は散々知っているのだ。
同じグールに更に銃弾を撃ち込むと、その攻撃に耐えられなくなった障壁が打ち崩される。そして障壁がなくなったグールは弾丸の前に倒れ伏すのである。
接近してくるグールにそれぞれが攻撃を与える。だがグールも障壁だけが自らの力ではない。薄い鉄なら簡単に引き裂く力があるのだ。ゾンビの時に崩れ落ちた肉の後から筋肉が生み出されており、その危険性を教えてくれる。そして、グールには毒効果もある。吐く息に力を籠めれば毒となるのだ。弱性の毒であるが、しばらくは体力が奪われていく超常の毒である。唯一の救いは時間経過で消えるということだろうか。
グールの中に銃弾の嵐を耐え抜け、兵士たちに近づいてきた者がいた。
「ぐぁぁぁ」
叫び、噛まれたらすりおろされそうなギザギザの牙がびっしりと生えている口を大きく開けて襲い掛かってくる。
「たぁっ!」
それに対抗してナナが周りを守るために飛び出す。両足に力を籠め、ジャンプして飛びかかってくるグール。
そのグールをナナは冷静に見極めて体を捌き、サスマタをグールの首に突き出して絡め捻り投げ飛ばす。
ドカッとグールが投げ出されたところを、他の兵士がアサルトライフルを撃ちとどめをさす。
すぐに他のグールも倒し終わる面々。負傷者がいないか確認する隊長の声をかぶせて、建物の壁が砕け散って、何かが飛び出てくる。
「デカゾンビだぞっ! 気をつけろ!」
筋肉の鎧に包まれた、ところどころ腐っており骨や内臓が見えている巨体のゾンビである。なぜか鉄球を鎖に括り付けてあり持っている。
「ぐぁぁぁ」
両腕をいきらせ、身構えて叫ぶデカゾンビ。叫びには僅かに超常の威圧とスタンを伴う力が込められている。
だが、その叫びにて動きを止める兵士たちは誰もいなかった。もはやその程度の叫びは耐性がついており効かないのだ。
周辺を適当に離れながら囲む兵士たち。自分の叫びが効かないと理解したデカゾンビは鎖を持ち上げて獲物を打ち砕かんとする。
じゃらりと鎖の音が響く中でナナが叫んだ。
「隊長っ! 鉄球を無効化します!」
アスファルトをダンッと力強く踏みつけ、デカゾンビに近づくナナ。その表情に焦りは無く戦う戦士の顔である。
近づいてきた獲物へと鉄球を叩き込もうとするデカゾンビ。だが、接近しすぎているために鎖が揺らいでナナへと力無く振られただけであった。
その力無い鎖の上を足場にしてナナはデカゾンビの頭上にジャンプした。
サスマタを構えて落下していき、その勢いでデカゾンビの目に突き入れる。ぐしゃっと音がしてデカゾンビの目が潰れる。
痛覚が無いゾンビだが、その攻撃によろめく。思わず後ろに下がる。
それを見たナナは地面に足をつけると背中にぶら下げていたショットガンを持ち、鎖を掴んでいるデカゾンビの手にドカンドカンと撃ちこみ始める。
強力な散弾を受け、デカゾンビの指はショットガンの鳴る銃声と共に吹き飛んでいく。
鎖を持つ手が吹き飛んだ後に、デカゾンビがよろめきから立ち直りナナに向き直るが、すでに趨勢は決していた。
武器がなくなったデカゾンビなど、ただの銃の的にしかすぎない。
「よくやったナナ隊員! 全員攻撃開始!」
ナナがすぐに皆の射線から退避して、兵士たちはアサルトライフルを撃ちまくり始める。
デカゾンビはその猛攻に耐えられずに身体を穴だらけにして倒れ伏すのであった。
戦闘が終わり、周りの称賛を受けながらナナは嬉しそうな顔をしてすぐにサスマタを回収する。
その後宝石店から貴金属を確保して兵士たちは帰還していくのであった。
その姿を少し離れた場所ビルの屋上で見ていた遥は呟いた。勿論レキぼでぃである。
「いやいや、ナナさん、主人公しすぎでしょ」
呆れたような感心したような表情である。デカゾンビとの戦いは映画さながらであった。ゲームであればできるだろうアクションであるが、現実に行われると凄いとしか言いようがない。
レキぼでぃの動きを棚に上げて、感心しながらそう思うのであった。
「でも、問題があるのよねぇ~。練度が高いのは良いのだけど」
隣にいて同じようにナナたちの姿を見ていた人間が話しかけてくる。
いや、すでに人間をやめており、ダークミュータント化しているので元人間である。
茶髪のセミロングのぼさぼさで天然パーマが軽くかかっている、冷たい感じを漂わせる目つきの五野静香である。久しぶりに会ったが、まだまだ夏が続くこの暑さでも男物のトレンチコートを着こんでいる。でかい武器箱も担いでいる。重さは全く感じないみたいである。
髪をかき上げて、妖艶な感じを出しながら遥に話しかけてくる静香。今回は困ったことがあるのと相談を受けてここに来たのだ。
「練度が高くて、死傷者も少ない。それは良いことだわ。でも最近は貴金属の収集に苦戦しているみたいなの。人が少なすぎるのね」
肩をすくめて困ったわと全然困った感じを見せないで語る静香は貴金属と武器を交換している武器商人である。
「安全と思われる場所しか探索しない堅実な人たちなのだけどねぇ~。お嬢様が都内の入口を開放したのだから、もっともっと貴金属を集めることができるはずなのよ」
「あぁ、まだまだ危険なエリアに探索に向かう自分の命をベットする馬鹿とかがいるはずでしたね」
いつものレキぼでぃの眠たそうな目で、何でもないという表情で遥は答える。
都内は広い。金券ショップも宝石店も大量にある。危険を考えなければ大量に手に入る可能性があるだろう。
まさに異世界では冒険者の仕事である。遺跡を調べて一攫千金を求めて命をかける無頼者である。
「あのコミュニティは町ともいえるほど生存者が増えましたが、それでも命を無駄に減らしていいほど、大勢はいないと思います」
先日、冒険者のようなことを行おうとした人間を思い出しながら話を続ける。
「まだ、時期尚早だとお嬢様は言うわけ? そちらの凄腕エージェントのおかげで、せっかく設立を手伝ったハンターギルドも閑古鳥だしねぇ」
がっかりとした雰囲気など全く出さずに、残念だわと腕を組みながら答える静香。
「あぁ、やはり静香さんも絡んでいましたか。そうじゃないかなぁと思っていたのです」
少し冷たい声音を混ぜて告げる。急なハンターギルドの設立は不可思議でもあった。設立に必要な武器はどこからでたの? である。まぁ、貴金属大好きな静香が一枚噛んでいるのであろうとは思っていた。
「だって、お嬢様が都内を入り口とはいえ開放させたのよ? それならば、この商機に乗らないわけにはいかないでしょう?」
ニコリと軽く微笑む静香。全く悪びれてはいない様子である。相変わらずのトラブルを巻き起こす女性である。トラブルはダークな女性がでてくるちょっとエッチな漫画だけで良いというのにと思う遥。
「まぁ、気持ちはわかります。ですが、こちらもせっかく育てたコミュニティが潰れたり、操作不能となるのは困るのです」
上司に怒られますと続けて返答する遥。ハンターギルドを名乗るアホが死にまくるのは構わないが、それらを守ろうと兵士たちが死んでいくのは困るのだ。それに正義感に無駄に溢れた面倒な連中が権力を掴む可能性もある。
きっとナナたちは、ハンターがミュータントに襲われてビルに立て籠もっているんだとか言われたら、命を懸けて助けに行ってしまうだろう。
その気持ちは全く遥は理解できないが、そういった危険な行動を取られるのは困るのだ。死ぬなら自己責任で死んでほしいハンターたちであるが、きっとそういった展開になることは想像できる。
映画や小説、ゲームでも、兵士たちを馬鹿にしながら、大量のお宝を回収する冒険者やハンターが敵に囲まれて兵士たちに助けを求めるシーンがある。どの面下げて助けを求めるのだと思うが、ゲームの時は報酬があったので助けに行った遥である。
だが、これは現実なのだ。そんな馬鹿に付き合えないのである。だからこそ先手を打ったのだ。それは今のところ効果的であるらしい。
「まぁ、お嬢様の言うとおりに諦めますか」
ひょいと肩をすくめて女武器商人は話を続けてくる。本当に諦めたか怪しいものである。
「だから、私と少し宝探しに付き合わない? そうしないと余計なことをまたしてしまうかもよ?」
ふふふと笑いながらおっさん少女を見て脅しを含めて提案してくる。
「面白い話なら乗りますよ」
何しろ厄介な女武器商人なのだ。女スパイか、女泥棒に転職を勧めたい人なのである。
きっと厄介な仕事であるだろう。でも報酬は美味しいかもしれない。
そう思い、おっさん少女は静香の提案を聞くのであった。