80話 機械少女たちの日常
広大な更地がある、一般の上流階級が住む家を中心とした半径5キロを敷地とする基地である。いくつかの施設が建設されたり、他の土地は畑として一部は利用されているが、それでも使っている土地はほんの少しであり、第三者が見れば更地にしか見えないだろう。
そこに住む人間は3人。そしてそれを補佐する機械人形も51体しかいないのだから。
豪邸から少し離れた場所に建設されたマシンドロイド用兵舎。通常の人間の兵士が住むであろう兵舎と、ほとんど変わりはない。食堂もあるし、談話室やジムなども設置されている。これらの施設はこれからのマシンドロイドの改修が進めば使用されるだろうから用意されているのである。
たった一つ違うところがあるとすれば、マシンドロイドの個室にはベッドが無く、未来型カプセルが置いてある。そこでマシンドロイドはメンテナンスと充電のために人間に似た寝るという行動と同様の行動を取るのである。
その個室の一つで、シンプルな机の上に置いてある可愛い猫型の目覚まし時計がにゃんにゃんと鳴り始める。その鳴き声を聞いて、カプセルがプシューと中に空気が入るような音がして開き始める。
「もう朝ですか」
カプセルから起きだしたのは青色の髪をしているマシンドロイドの一人であるツヴァイ1である。
うーんと人間のように伸びをして、目覚まし時計を止める。そして、鏡に向かい髪型をポニーテールに整える。後は身だしなみがおかしくないか各所チェックしていくという普通の少女のような行動をとり、部屋をでる。
「おはようございます」
他のツヴァイも起床したのであろう、ポニーテールに髪型を整えて部屋から出てくる。見た目はほとんど同じツヴァイである。
上野に新たに作られた小拠点と夜警を行っているツヴァイを除き、みんなで食堂へと集まる。その佇まいは静かである。活発なアインとは違う性格をしているのである。
きっと司令はそう思っているのであろうと、ツヴァイ1はクスリと口元を綻ばせて微笑む。
だが、違うのだということがわかる。食堂では、それぞれがバラバラにおしゃべりをしている。天気の話から、昨日の出来事までバラバラだ。指令センターで情報を共有するのは最低限の軍事と行動指針のみであり、自分たちの個性には影響はしないようにしている。
ただ、みんなで同じフリをしているのは、司令が量産機だからみんな同じでしょうと思っているからだ。だからこそ、司令の前では皆で同じ性格をしているフリをしている。
談笑している間に活動開始時間になったのだろう、ナインさんがウィンドウに現れる。
「おはようございます。本日の行動はスケジュール表通りです。よろしくお願いいたします。頑張っていきましょう」
微笑んで指示を出してくるのに対して、了解しました。りょうかーいと司令には見せない答えをみんなバラバラにする。ソファーにぐだーと寝っ転がっていたり、漫画を見たりバラバラであったのだ。
これを見たら司令はびっくりするだろうと、また微笑むツヴァイ1。
全く同じ性格に製造される可能性もあったのだ。それをやめて多種多様な性格にしたのはナインさんである。司令はほいほいと言われたとおりに作成したのである。作成時の条件指定をよく確認すればわかることなのだが、ナインさんを信じ切っている司令は疑いもしまい。
ツヴァイ1が疑問に思い、なぜバラバラの性格にしたかナインさんに聞いたことがある。
答えはシンプルであった。その方が多様な性能を生み出す契機になる可能性があるとのことであった。
同じ性格では同じ性能のみで活躍する幅が無いというのであった。
なるほどと、納得したツヴァイたちである。
今日のツヴァイ1のスケジュール表で割り当てられた作業は残念ながら、各施設の掃除である。
その中で指令センターを掃除することになったツヴァイ1は掃除機を持ち、ツヴァイ2と一緒に指令センターに行く。
移動中にツヴァイ2が話しかけてくる。
「あぁ~、指令センターがあるんだから、司令官もセンターでお仕事してくれればいいのになぁ~」
つまらなそうに片手を頭の後ろにまわしながら口を尖らせて不満そうに語る。
「仕方ないでしょう。残念ながら私たちの性能では司令の補佐しかできないわ。最前線の主相手は司令のみが戦えると推測できるからね」
ツヴァイ1もつまらなそうに語る。私たちが戦えれば、司令は指令センターの司令官席に座り、指示を出していくだろう。そして私たちはその指示を受け、オペレーターや戦闘兵として活躍するのだ。
想像するだけでわくわくと楽しくなるツヴァイ1である。
「でも、それはまだまだ先でしょうね。この間の戦闘がようやく第一歩というところでしょ」
この間の戦闘は最高であった。自分たちは司令と共に戦っているという充実感に包まれたものだ。初めての司令と一緒の戦闘で皆凄い張り切ったのだ。中には作戦前日にカプセルに入らないでそわそわしていたツヴァイもいる。
「私たちがヘリの支援パイロットになっていればなぁ~」
肩を落としてがっくりとするツヴァイ2。確かに支援ヘリが司令と一番話すことが多いのだ。そして、あのパイロットたちは司令に覚えてもらおうと、一生懸命に自分の番号を伝えてアピールしている。
覚えてもらい寵愛を貰うのだと、ツヴァイもヘリのパイロットに選ばれなかったことを残念に思う。
初期にナインに作成されたために車両スキルを付けられなかったツヴァイ1である。後に車両支援のために司令自ら作成したツヴァイたちが機械操作スキルをつけられてヘリのパイロットに選ばれたのだ。
自分の合金の機械の身体をそっと撫でて、焦ることは無いと自分を叱咤する。この間までは骨だけであり、首から上が人間とそっくりという不気味な姿であったのだ。今は合金製の皮膚がついており大分マシになっている。
きっとこの先、人形作成スキルを司令が上げれば生身と同じ体となるだろうと確信している。それまでは抜け駆けされても追いつけると自分を慰める。
その際にはレキ様に夢中なサクヤ様や遥様にヘタレるナイン様にも負けないと闘志を燃やすツヴァイ1である。
ぐっと拳を握り、まずは指令センターの掃除を始めるツヴァイ1たちであった。
指令センターを掃除して綺麗にしたツヴァイたちはテコテコと歩いて他の場所のヘルプに向かうことにした。自分たちは疲れ知らずだし、他のツヴァイを助けることが司令を助けることにつながるからである。
どこに行きましょうとツヴァイ1とツヴァイ2は話し合い、二人の意見は畑を手伝おうであった。
畑は異常な育成能力をもつ野菜たちが繁茂しており、収穫しても収穫しても採りきる前に次の日には実が生っている。ナインさんが言うには2万人を1か月養える収穫量が1日で採れるらしい。連作障害もなく常に肥沃な土地である。これは司令の素晴らしい力のほんの一部だ。
そんな広大な畑である。機械の力やスキルの力を使っても採りきることはできないのだ。
決してよこしまな考えをしないツヴァイたちはそう判断して畑に向かった。汚れる可能性があるとは心の片隅にも思っていないのだ。
畑につくと、凄い光景が広がっていた。ジャガイモからトウモロコシまで様々な野菜や穀物の全ての実が生っているのである。レベル4の拠点時より更に早く育成がすすむようになった畑の野菜たちである。
その畑の中でツヴァイたちが機械を使い、または農業スキルで一定の範囲を一瞬で収穫していたりする。
「私たちも手が空きましたので、お手伝いします」
そばで収穫作業をしているツヴァイがこちらを見て、よろしくね~とおっとりした返事をしてきた。
それに頷いて、ツヴァイ1たちも収穫を手伝い始める。
そしてしばらくは一生懸命に収穫作業を行っているところに、敵が現れた。
テコテコと歩いてくるのはアインである。今日の新市庁舎の販売は終わったので暇だったのであろう。
暇そうに両腕を後ろに組みながら歩いてくる。
「よっ、なんか手伝おうか? 私も手が空いて暇なんだよな」
快活そうな健康少女といった風な赤毛のポニーテールのアインがこちらに言ってくる。
「大丈夫です。私たちだけで問題ありません。それにアインさんは農業スキルをお持ちではないのでは?」
有難迷惑ですという慇懃無礼な表情で断るツヴァイ達。
アインは司令に作られたオンリーワン。操作もしていただいていた、うらやまけしからん相手である。しかも名前も付けられている。
ツヴァイたちの目標はまずは自分だけの名前を貰うことである。ツヴァイマーク2とかでも良いのだ。自分だけの名前を司令に貰いたいのだ。
その目標を苦労もせずに貰ったアインはライバルである。がるる~と子犬みたいな唸り声を上げているツヴァイもいる。
ライバル認定されていることはアインも勿論気づいている。
二ヒヒッとこちらに笑ってこの間のことを自慢してくる。
「いやぁ~。私だけボスと共闘しちゃって悪いね~。やっぱりこれからの戦闘でも使われることが多くなるだろうなぁ~」
大変だなぁ~と頭をかきながら羨ましいことを言うアイン。殺意を覚える一瞬である。
「命令違反ぎりぎりの行動お疲れさまでした。ティラノサウルスと遊んでいたのを怒られたアインさん」
ツヴァイ1たちも負けてはいない。フフン、この命令違反めとアインをみんなで睨む。
うぅ~と可愛い声が響き、にらみ合いが続く中にウィンドウが開いた。サクヤさんである。
「アイン。少し相談したいことがあります。指令センターに来るように」
きりっとした表情で真面目に指示をするサクヤに、あいよっと答えてアインは去っていった。
サクヤさんが指令センターにアインを呼ぶなんて珍しいことだと思いながらも、やっぱり羨ましいと思うツヴァイたちである。
しばらく野菜を収穫して、倉庫にぽいぽいと放り込んでいたところに異変が起きた。
お~、頑張ってるな~。無理しないでね~と司令が散歩がてら畑に現れたのだ。しかも今日は珍しく遥様ぼでぃである。
ツヴァイたちの目がきらりと光ったような感じがする。このようなチャンスは滅多にないのだ。
どうやって話しかけよう。収穫の成果を伝えに行けばいいだろうかと考えている間にツヴァイ28が動いた。
ジャガイモを地面から引っこ抜こうとして、手が滑り地面にこけたのである。ずしゃんと音がして尻が土で汚れるツヴァイ28。更に焦って立ち上がろうとして、足が土に取られたのか、今度はあおむけにコテンと倒れた。もはや真っ黒である。
他のツヴァイたちはそれを見て唖然とした。ミスにではない。こんなミスをツヴァイがするわけはないのだ。
それを見た司令が焦ってこちらにやってきてツヴァイ28を見て呟く。
「あぁ~、真っ黒になったなぁ、こりゃ洗わないと駄目だなぁ」
「申し訳ありません、司令。ツヴァイ28はミスを行い真っ黒になってしまいました」
頭を下げて謝るツヴァイ28。しかし頭を下げる寸前に口元がニヤリと笑っていたことを他のツヴァイたちは見逃さなかった。
策士ツヴァイ28である。司令に洗ってもらうためにわざと転んだのである。
ツヴァイたちはレキ様の時に洗われる時も嬉しいが、遥様の時の方が全然嬉しいのだ。レキ様は10分で洗い終わり、完璧に綺麗にしてくれる。しかし遥様の時は1時間は時間をかけて、しかも細かい汚れが取れていない時も多い。
しかし、それが良いのだ。司令が頑張って洗ってくれたと実感してしばらくは幸福感に包まれるのである。
だが、遥様の時は体力を使うし面倒がり屋なので滅多に洗ってくれない。そう、こういう目の前で汚れたとき以外は。
ウヌヌヌと歯嚙みをするツヴァイたち。何という策謀なのだとツヴァイ28の機転に感心して自分たちも何か策が無いかと考える。
すぐにツヴァイ1は解決策を見出した。
「ツヴァイ28、そのジャガイモは私に渡してください。倉庫に仕舞っておきます」
ツヴァイ28に近づき、背に担いでいる籠のジャガイモを受け取ろうとする。
司令は気づかないが、ツヴァイ28は警戒したような表情になり、わかりましたとジャガイモを渡してくる。
それを受け取ろうとするツヴァイ1は勿論、ツヴァイ28に近づいていく途中で
「キャァッ」
と声を発してこけた。あおむけに真っ黒である。
ありゃりゃと司令は頭をかいて、んじゃ、二人を洗うかぁと呟く。
ふふふ。私の勝ちです。孔明よ、とにやりとあおむけでこけたまま、司令の呟きを聞いたツヴァイ1はにやりと笑った。これで私も勝ち組なのだ。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
「大変です。ツヴァイ1を助けます」
それを見ていたツヴァイたちが集まってきたのだ。
「きゃっ」「きゃあぁ」「わっ」
それぞれ叫んで、そしてみんなして偶然あおむけに転んだ。あくまでも偶然なのだ。
それを見た司令は溜息をつく。
でも、マスキングされた好感度があるかもなぁと呟いて全員を一生懸命に洗ってくれたのだった。
幸せな一日となったツヴァイたちであった。
後日、洗われたことを自慢したツヴァイたちの話を聞いて、その戦法が他のツヴァイに広まり多用するので遥が畑にしばらく立ち寄らなくなるという現象が起こるのであった。