76話 おっさん少女と黄金の獅子
都会であれば喧騒からは逃げられないだろう。人々はそこにいるだけで足音や息遣い、服やカバンの擦れる音だけで騒がしくなるのである。様々な店の宣伝や車の音などに包まれていた音の街である。
しかし、それは数ヶ月前の話であり、もはや人が喧騒をたてられる場所でも無くなった。
すでに人々の音は聞こえてこなく静寂が街を包んでいる。
静寂の中で発する少しの音でも聞きつけて、白目をギョロリとさせて口からは涎を垂らしながら腐臭と血の臭いをまとったグールが生者を食い殺さんと勢いよく走って集まる地獄もかくやという危険地帯となっていた。
今は他の場所に集まっているグールであるが時間をかければ、再び集まってくることは明白である。
一時的に静寂が広がる荒れ果てたビル街と大きな池を挟んだ大通りで、一人の少女と猫科の動物がまるで西部劇のように見合っていた。
レキぼでぃとライオンさんである。先程の戦闘で私は強者ですよと、レキぼでぃの必殺サイキックブローをかき消してくれた親切な猫科だ。威圧的でダンディな声の持ち主である。
レキぼでぃを睨むその身体から脚に力が集まるのを感じる。近接攻撃に入らんとするのだろう。ガリとアスファルトを削る爪の音がしたと思った時には、レキぼでぃの目前に迫り前脚を振り上げ倒さんと突撃してきた。
全て見えていたレキぼでぃは、ライオンの右脚に擦るように右腕を滑らせて受け流す。流して敵の身体が横に流れていくのを横目に身体を素早く回転させて回し蹴りを食らわす。
レキぼでぃの人外パワーなら柔らかな横腹など一撃とばかりに蹴り入れる。
蹴り足が艷やかな毛皮に触れる。ちっこい猫ならモフモフするような毛である。そのまま動物の体温を感じて横腹に足が触れる。
だが予想していた足首が潜り、肉をえぐり骨を砕く感触はなかった。ふわりとライオンは蹴られるままに、その間合いの外へと移動したのである。
「なんだ今の! 手応えがなかったぞ!」
驚く遥。今のは痛恨の一撃だったはずである。しかし猫科の温かい体温と軽い枕を蹴ったような感触しかなかったのである。
「人間にしてはやるではないか。余が褒めてやろう」
上から目線で何処から日本語を発しているかわからないが、偉そうなライオンがこちらを褒めてきた。
「貴方もひ弱な猫なのに、私の攻撃をよく回避しました。報酬は猫缶で良いでしょうか」
微かに眉をひそめて目の前の獅子の脅威度を上げて返答するレキぼでぃ。猫缶ならあげるから逃してくれないかなというおっさん少女の願いも入っている。
しかし見た目は華奢で小柄な可愛い美少女でも中身のおっさんの願いは聞こえませんと、神様が耳を塞いだのだろう。煽られながらも気にせずにライオンは再び襲いかかってきた。
今度はアスファルトにしっかりと脚をつけて細かく脚を動かしながら近づいてきた。
そのまま猫パンチをライオンは繰り出してくる。
身体がでかくても、なんとなく可愛い猫科のパンチであるが、触れれば身体はあっさりと切り裂かれ血しぶきを上げて倒れることは間違い無さそうである。
おっさんなら、既に先程の攻撃で切り裂かれて美味しく頂かれていただろうが、高性能な可愛いレキぼでぃは眠そうな目をライオンにしっかりと向けて素早く両手を翳して猫パンチを受け流す。
猫が猫じゃらしに戯れるように、そしてその身体能力をフルに使って、ニャンニャンと連続で猫パンチで攻撃してくるライオン。
右に左にと素早く冷静に身体を捌きながら腕を素早く動かし舞うように受け流すレキぼでぃ。
目の前で見るとなかなか可愛いではないか、このライオンといらないことを考える遥。
怖いけど猫も好きな遥である。モフモフしてみたいなぁと闘いはレキぼでぃにまかせて現実逃避である。おっさんの得意技を使用していた。
正直レキぼでぃの身体能力と体術のスキルに耐える動物が存在するとは思ってなかったのだ。きっと巨大でメカニカルなアニマルとか魔法を使う悪魔系とかそんな敵でしか苦戦はしないと思っていた。
だがこのライオンはレキぼでぃと互角に戦っている。もはやその戦闘は高速過ぎて風を周囲に巻き起こしているのだ。
このままでは追い込まれると、次の猫パンチを大きく身体を沈み込ませて潜り抜けるレキぼでぃ。風圧が頭上をかすり通り過ぎるのを感じながら懐に入り込んで正拳突きを撃ち込もうとする。
ライオンは懐に入り込まれたのを見るや後ろ片脚に力を込めて身体を翻す。こいつどっかの武術家か! 中に人が入っているんじゃないのかと遥が驚いたところに、ブンと尻尾が飛んできた。
まるで工事に使われていそうな太いワイヤーみたいなビュォという風を切る音が力強い攻撃である。大木なんてあっさりと折ってしまう威力であろう。
その攻撃に対して、攻撃体勢に入っていたレキぼでぃは回避しきれないと判断した。素早く腕をクロスさせ後ろに飛びのく。
追いかけてきた尻尾は後方に飛びのく、その反応に追いつきレキぼでぃを吹き飛ばす。
バシンと何かが破裂するような音がして空中に吹き飛ばされるレキぼでぃ。だが、その威力を受け流してくるんと後方回転を行い、スタッと足音軽く着地をした。
ライオンさんとの距離が少し空いたことを確認したサクヤが叫ぶ。
「ご主人様! あの猫は猫王にゃんたと名付けました!」
ライオンさん、ご愁傷さまです。サクヤの斜め上の名付けにより、あなたは猫王にゃんたとなりました。なんか可愛い野良猫みたいな名前である。でも獅子の名前は色々な漫画や小説でつけられているから、名づけが難しいからサクヤには難しかったねと、獅子に同情するおっさん少女。
「ふ、この攻撃を防ぐとはな。誇っていいぞ、人間のメスよ」
もはや、猫王にゃんたなのである。かっこつけてもにゃんたにしか見えない遥。にゃーんと鳴いてよと一気に緊張感が失われていく。
「この攻撃はどうかな?」
うぉぉと唸ると身体が輝き黄金の毛皮になるにゃんた。
「この攻撃はやばい! 光速の攻撃だ。回避するぞ!」
もう黄金に光る獅子なんて光速の攻撃しかないでしょうと、敵の動きを見ずに回避するべくジャンプする遥。
その踏み込みにアスファルトに亀裂が入り、瞬時に移動するレキぼでぃに光る獅子が突撃してきた。
突撃してきたとわかったが、その動きは見えなかった。レキぼでぃの力をもってしてもである。スパッと何かが切り裂かれる音がしてにゃんたが通り過ぎる。
回避したために、完全には攻撃は入らなかったが肩を削られたレキぼでぃ。リキッドスーツの装甲を貫いて攻撃が入ったのである。
肩が爪で削られたのだろう、血が流れてくるのを見るレキぼでぃ。初めての出血である。
「初めて、出血させる敵に出会いましたね。にゃんたくん」
チラっと肩を見て冷静ににゃんたをみやるレキぼでぃ。全くひるんでいない。ちょっと痛いですねと呟いて再び構える。
ひるまない姿に驚いたのであろう。一瞬にゃんたの顔が驚きに染まったように見えた。
あの攻撃は何回もできないでしょう。できたら詰むので是非クールタイムをお願いしますと祈る遥。やばい事この上ない。やばい猫である。
周辺を確認して、ペットショップでもないかと探す。イベント戦ならペットショップを見つけて、そこで猫じゃらしとかまたたびを見つけて、それを使用し敵を弱体化するんだが、とギミックがあっても使わないで力押しをするおっさん少女は考える。
たぶんそのようなギミックがあった場合はそれをなんとかして使おうとして、その隙に死んでしまうだろう。ゲームではそのような行動をとり死んでいたおっさんである。
そうして思ったことは、百獣の王は強いのだなぁと改めて思ったことだけである。
「ご主人様、にゃんたは特化型です。恐らくは人間で言えば体術にほとんどのスキルポイントを割り振っている敵です」
わかりやすい説明ありがとうとサクヤの言葉に内心同意する。身体能力は華奢に見えても、小柄な可愛い美少女に見えても、レキぼでぃのほうがずっと上である。それは戦闘中に気づいていた。こちらの攻撃の始まりが遅くても敵の行動に追いつくのだから。
しかし、その攻撃は捌かれる。猫のくせに人間と同様かそれ以上の体捌きでレキぼでぃの攻撃を防ぐのである。
たまにいるのだ、こういう敵。こん棒をもってたまにしか当たらないが当たるとクリティカルで一撃で仲間を殺すやつとか、大魔法をMPが足りませんと言われているのに執拗に使い続け、MPが少しでも入ると圧倒的火力でこちらを倒すやつ。体が硬くいくら攻撃をしても倒しにくい亀とか、魔法しか効かない雲みたいな敵とか、銀色でクリティカルが入らないと倒せないおっさんが大好きな敵とか、あらゆる攻撃が弱点のおっさんとかである。
これがゲームでパーティーを組んでいるなら問題はない。他の仲間に任せるだけである。また、自分が超能力特化系ならば、問題なく倒せただろう。そして歯がゆい事に銃があれば、もっと楽になっていたはずだ。
今は、唯一の銃も弾丸がなく、spもespもほとんどない。相性が最悪な体術で倒すしかない状況である。溜息しか出ないおっさん少女。エリクサー、エリクサーが必要である。例えエリクサーがあっても使うか不明なおっさん少女は、ゲーム的な回復アイテムを望んだ。
「それでも、体術で倒すのですが」
レキぼでぃは呟いて、トンと軽く飛翔しビル同士の隙間に移動し始める。三角飛びにて飛翔を続け空中戦にて直線的攻撃を防ぎ倒す方法を探す算段である。
にゃんたもその誘いに乗り、お互いが空中戦を始める様相となった。軽い踏み込みでビル壁を飛び回るレキぼでぃと、力強い踏み込みで攻撃してくるにゃんた。
第三者が見たら、かっこいい! と動画撮影間違いなし。遥も第三者なら撮影をしようとスマフォを取りだして、どうやって撮影ってするんだっけと考え込み、流れ弾で死ぬところまで間違いなしだ。
空中戦が続いていく毎に、身体能力が高くても、体術スキルで劣っているためなのだろう。徐々に傷が増えていくレキぼでぃ。こんなにスキルが重要なキーとなるとはと驚く遥。身体能力だけでは押し切れない模様。それは遥の得意な脳筋戦法が効かないということである。
今までは全てにおいて敵を上回っていたのでスキルの力の差がいまいちわからなかったのだ。
攻撃を空中ですれ違いながら行っても、四つ足全てをバラバラに使う猫にあるまじき行動を取るにゃんたはうまく回避するのだ。そしてカウンターで爪を繰り出し、こちらを削ってくる。そして時折その体が輝き回避しきれない攻撃を食らうのだ。空中でなかったら大ダメージである。空中であるからこそ攻撃がかする程度ですんでいる。
徐々に追い込まれていくレキぼでぃ。可愛い身体が傷だらけになっていく。
さすが百獣の王、狩りも天才的だなぁと遥は歯嚙みをしながら考える。
「ん? 百獣の王?」
違和感を感じ首を傾げる遥。そしてライオンの王たる由縁を思い出した。
スッと周辺を見ると、そろそろビルの隙間も終わり、次なる大通りが見えてきていた。
なるほどと、納得するおっさん少女。レキぼでぃにライオンの王たる由縁を考えさせる。
「そうなのですか。わかりました百獣の王さん」
コクンと頷いて、次なる攻撃で終わらせるべく行動するレキぼでぃ。
ビルの隙間は終わり、大通りにスタッと着地するレキぼでぃ。周りには放置してある車がいくつもある。
すぐさま、追いかけてくるにゃんたを無視して、横に見えていたバンの後ろにダッシュする。バンの陰に隠れている敵を目指して。
予想通りバンの陰にはメスのライオンが伏せて隠れていた。表情を驚きに染めるメスライオン。気づかれるとは思っていなかったのだろう。
「エンチャントサイキック」
レキぼでぃの身体を超常の力で覆わせる。すぐさま左足をアスファルトに食い込む程踏み込み、動揺しているメスライオンの首を蹴り砕いた。どうやらメスライオンはそれほど強くないようである。
「うぉぉぉ、我が妻を!」
後方から怒りの声が聞こえるが無視をして、うりぁとそのままバンを持ち上げて反対側の車に投げつける。
バンの投擲から回避するために、もう一匹隠れていたメスライオンが飛び出てくる。
それを狙うレキぼでぃ。超技を発動させる。空気が震え周辺がレキぼでぃの威圧に包まれる。
その威圧に怯えて、メスライオンの動きが止まる。それを狙うレキぼでぃ。
「やらせん!」
瞬時に光り輝くにゃんたがメスライオンをかばうべくレキぼでぃの前に現れた。
「それを待っていたのです」
すこし悲しそうな表情を見せ、レキぼでぃは決着をつけるべく呟く。
「ブースト」
右腕の装甲が展開し、青い光が輝き噴出する。まだにゃんたに見せていない切り札である。
「ぐぉぉぉぉぉ」
サイキックブローを相殺せんと吠えようとするにゃんた。
その吠え声を無視して、超技を発動させずににゃんたの口に右拳を突き入れるレキぼでぃ。右腕の装甲は発動しかけている吠え声の威力に砕け、右腕もきしみ始める。
驚愕のにゃんたの視線に自らの視線を合わせてレキぼでぃは話しかけた。
「その攻撃は先程見せていただきました」
そうして、超常の力を発動させる。口内で膨れ上がる超常の力。うなりを上げる空間の歪み。
「超技サイキックブロー」
一気にとどめを刺すべくレキぼでぃは超常を発動させた。
「見事だ」
そう答える獅子の身体を膨れ上がる超常の力が蝕み破壊していく。守るメスライオンもその空間の歪みに巻き込まれて砕かれていった。
「テレビで見たことがあるんです。百獣の王の暮らしを」
胴体が砕け散り首だけになった獅子に話しかける遥。
「昔は雄ライオンは自ら狩りを行いメスライオンを養っていた。そんなことを言われていました」
静かに語るおっさん少女。
「でも、違うんですよね。本当の雄ライオンは外敵からメスライオンを守る存在であり、自ら狩りなんてしないんですよね」
だから、疑問に思ったのだ。王様は前線に立たないで配下から獲物を貢がれる存在なのだと。
そうして配下が殺されそうになったら、守るために前に出てくるだろうとも。だからこそ、狩りをするのならば、メスライオンがいないとおかしかったのだ。そしてメスライオンが死にそうなときには絶対に前にでて守ると思っていた。
「ふふふ、見事というしかない。王たる弱点を見抜かれていたか。余の不徳だな」
まだ、生命力が残っていたであろう獅子が目をつむりながら答える。
「今から、そなたが百獣の王よ。我が力をもっていくがいい…。さらばだ」
ふぅぅ~と最後の呼吸をして光る粒子に変わっていく獅子。
「やっぱりにゃんたは可哀そうだよ」
と、サクヤの名付けを否定するおっさん少女であった。
「でもやばかった。やばかったよ。今回の敵は!」
興奮した表情で、ふんふんと息荒くサクヤに話しかける遥。
「今回は私の智謀がなければ、やられていたね。きっとやられていたね!」
ちっこい胸をむんとそらして、両手を腰に当てて、ドヤ顔になるご満悦なおっさん少女である。レキぼでぃなので可愛い事この上ない。
「さすがはご主人様です。今回のミッションクリアは複数クリアとなりました」
にこやかに微笑むサクヤ。ドヤ顔げっとだぜと喜んでいる。まずは生き残ったことを喜んで欲しい銀髪メイドである。
「複数? そんなにミッションあったっけ?」
可愛く小首を傾げて不思議そうな思い当たることが無いなぁという表情でサクヤに問いかける。
「不忍の池エリアをクリアせよ。exp10000、上野動物園エリアをクリアせよ。exp10000、上野美術館ダンジョンを攻略せよ。exp10000、三つのエリアのボスを倒せ。exp15000です。それぞれアイテム報酬はスキルコアとなっています」
まじかよとステータスボードを見ると、サクヤの言った通りにクリアとなっている。不忍の池以外クリアした覚えはない。
「ご主人様、おめでとうございます。あの猫は三つのエリアを支配したエリアボスだったのです。そのため、一気にミッションクリアとなりました」
ほぇ~と口をあほみたいに開けて感心する遥。レベル20となっていた。いかにここのエリアが適正から離れていたかわかる感じである。適正をはるかに超えた場所だと一気にレベルが上がることがあるのだ。
命がけの戦いで、それをやってしまったおっさん少女である。たしかにあの獅子の光る攻撃は見切れなかった。基本レベルが大幅に違っていたのだろう。DLCが無かったら瞬殺に違いない。
「マスター、先程の猫のマテリアル以外に素材が手に入りましたよ。やりましたね。これで強力な武器が作成できます」
ニコニコ笑顔で人を安心させるナインが教えてくれる。
ほほぅ、何々? と見てみるとこう表示されていた。
「セイントマテリアル(小)」
おぉ、セイントだってさとナインに問いかける表情を向ける遥。
「セイントマテリアルはライトマテリアルの上位素材です。おめでとうございます」
ナインのお知らせに喜ぶおっさん少女。今回は大量だと最後のアイテムを確認する。
「黄金の爪(R)」
おぉぅ、黄金の爪ですか。そうですよね。獅子だもんねとちょっと不安になる遥。
「黄金の爪ってあれだよね? もつと敵がすごい集まってくるやつ」
ピラミッドで手に入るのだ。おっさんも取るために凄い頑張った覚えがある。取るまでは楽なのだが、取った後が大変なのだ。脱出するまでに敵が出まくる仕様である。
耳を澄ますと、うぉぉとうめき声と大勢の敵が近づいてくる音がする。どうやら、先程の攻撃を嗅ぎつかれたらしい。まぁ、あんだけ騒音をたてながら戦っていたのだ。当たり前である。
それでも、この素材のせいじゃないかなぁと、最後にこんな捨てられない危ない置き土産をするとはあの猫野郎と憤慨しつつ、良い素材を手に入れたと嬉しい胸の複雑な気持ちを持ちながら、おっさん少女は帰還の途につくのであった。