75話 おっさん少女と不忍の池
真っ暗闇で前も見えない地下街の飲食店。すでに生者がいないため、テーブルには埃が積み重なり窓ガラスも割れて荒れ果てている。シーンとした静寂の中に聞こえるのは一人の少女の息遣いのみである。
レキぼでぃは深呼吸を繰り返し急速に疲れを癒していた。驚くべきチートな美少女である。見た目はひ弱で小柄な少女にしかみえないレキぼでぃは、先ほどの戦いで使い果たしたエネルギーの回復に努めていた。
その深呼吸はスースーと可愛い寝息であった。座りながら寝ているのである。常在戦場スキルを信じてお休み中なレキぼでぃである。寝ている姿をカメラドローンが静かに撮影している。
1時間は寝たであろうか。ゆっくりとまぶたを開けて、ふわぁと欠伸をする。紅葉のようなちっこくて可愛いおててで顔をゴシゴシとこすり起床した。
それからようやく10%を超えるほど、spもespも回復したことをステータスボードで確認する。
「よし、これで一応戦闘可能状態になりましたね。移動を開始します」
椅子から立ち上がり、うーんと小柄なレキぼでぃのちっこい腕を伸ばして背筋を伸ばして回復を確認する。よしよしと体を見渡して戦闘に支障がないことも確認する。その姿は凄い愛らしいレキぼでぃである。中におっさんがいなければ完璧だろう。
服装はすでに真っ赤になっており返り血だらけと言いたいところだが、時間が経過したことによりゲーム仕様の服は綺麗になっていた。どんなに汚れても少ししたら綺麗になるのである。ゲームらしい仕様であった。
「サクヤ、現状のことを考えて、不忍の池のボスだけ確認しよう」
びしっと真面目な顔でサクヤに話す遥。ここまで来たのだ、何も収穫がなく帰るのは嫌ですよ状態である。
そのため、よくゲームでやる敵をチラっと見て帰ろう作戦を行うこととする遥である。
大体がチラっと見て帰ろうとしてボスに殺されてセーブしたところからやり直すおっさんでもある。
そしてそこまで行くのに道がわからないので丁寧にマップを調べて手に入れた宝とか経験値を失い、なおかつ一度進んだ場所なので最短で移動してしまい、経験値は最短で移動したので全然手に入らなくなり、以前に手に入れた宝箱も最短で移動するのでスルーするという後悔しかない行動である。
だが、おっさん少女はその行動を現実でも選ぶのである。この危機の中でもなんとかしてくれるでしょう、勿論レキぼでぃとスキルが。というスタイルの遥だった。
それにチラっとみるだけだよ? 大丈夫だよね? とサクヤを見ると
「恐らくは大丈夫だと思われますが、気を付けてください。ご主人様」
あんまり気が進まない表情を見せて心配気に答えてくるサクヤ。
それを聞いて、やっぱりサクヤが真面目な表情だし不安が増してきたのでやめようかなと考える遥。でもほんのちょっとだから、少しだけだからと、お酒をやめられないアル中のおっさんみたいなことを言って移動するのであった。
そろそろと地下街を光学迷彩モードで進む遥。気配察知にも敵の気配はない。ついでに生存者の気配も全く無い。
ここは閉鎖空間である。数で押されたらひとたまりもないだろうと周辺を確認しつつ移動する。
コミュニティがあったようなテントや毛布なども見えない。見えるのは荒れ果てた店だけである。懐中電灯の光で見ると怖さが増す仕様だ。
バイオ的なリメイク2では、最初の暗い通路が怖かったと思い出すおっさん少女。懐中電灯の光の先しか見えないのに、周りからゾンビの呻き声が聞こえるのが物凄く怖かったのだ。
そう今の状況みたいにと自分で思い出して、必要もないのに怖がるおっさん少女。レキぼでぃの精神力が無かったら怖くて動けなかっただろう自業自得の遥である。
因みにおっさんであれば、暗闇を移動する前に既に敵にやられて通路を彷徨くゾンビ役になっているだろうから怖くはないだろう。脇役なおっさんなのである。
そうしてしばらく移動してようやく不忍の池出口までたどり着いたおっさん少女であった。
そ~っと不忍の池を建物の陰から顔を覗かせて見てみる遥。周りにはグールの気配はない。ここら辺からもさっきの地点に移動したのだろう。グールは足が速すぎである。倒した先から補充する仲間呼びのスキルは限界を決めてほしいと憤るおっさん少女。
池の付近を見ると水場に動物が多数集まっていた。どうやら上野動物園も檻が開放されたらしい。色々な動物がいるのである。リスらしき姿があるし、鹿とか草食系も水を飲んでいる。柵は既に壊されていた。
場所が都内と知らなければ平和そうな動物のコロニーだとも思っていただろう。しかしここはエリア化しているミュータントのボスがいるはずの場所なのだ。普通ではない水場なのである。
東京がジャングルになるので、みんなそれぞれ頑張って暮らす生き物たちかな? とよく見てみる。
東京がジャングルになると、動物の弱者は生き残れまい。少なくともおっさんのポメラニアンは生き残れなかった。最初のステージで諦めた経験を持つのだ。あれは鬼畜難易度過ぎるとプレイヤースキルが無いおっさんは当時怒ったものだ。
反応はダークマテリアルが多少ある。大型の敵が多いみたいである。たぶん檻に住んでいた動物ではないのだろうか? 小型の動物は檻にいても不満に思わなかったかもしれないが、大型は不満が増していたのだろう。何しろ自由に走り回ることもできないのだ。暗い心が生み出されるだろう環境である。
そしてミュータントは人間以外には敵対行動を取らなければ襲わない性質があるらしい。そうしなければ、あんなに動物が生きているはずがない。今までも鳩やカラスがゾンビに襲われる姿を見たことは無い。
鳩やカラスを追ってくれれば、ゾンビも移動しまくりだし空しか見ないから逃げるのも楽だろう。でもそんなゾンビ映画があったらすごい間抜けな映画になるだろう。カァとカラスが鳴いたらゾンビはそこに集まってしまうのである。人々は簡単に逃げてしまい生存者は誰も死ぬまい。
余計なことをいつも通り考えてしまうおっさんであった。
ようやく思考が戻り、でも誰が檻を開けたんだろうと不思議に思ったところに、大型のミュータントがこちらを向いた反応があった。恐らくは動物の勘なのだろう。光学迷彩をかけていたにもかかわらず見られている感覚がある。
ヤバイと思い退却しようとすぐさま体を翻す遥。
翻した遥の後方から超常の力を感じる。なんか嫌な予感とジャンプして屋上に向かおうとしたが、既に遅かった。
チラリと後ろを見ると高圧の水が飛んでくる。恐らくはダイアモンドを切り裂くとかいう威力があるに違いない。
直線状に飛んでくるが、水が放水され続けているため、横薙ぎとかもできそうな超能力である。どんどん水が伸びてくるがそれを見切るとそのまま動かされて回避方向に振られて身体が真っ二つとかにされそうである。
レーザーとかでよくあるパターンである。家とか人々とかを全てビーッという感じで斬ってしまうのだ。
仕方ないと後ろを振り向くと象が鼻から水を噴き出していた。水場からここまではかなり距離があるのに余裕で届くのであろう。射程が長すぎである。
象の体は装甲のように鈍い銀色であり硬そうである。鼻はなんだかホースみたいな機械的な感じである。狙いをつけて切り裂くのであろう。牙はなんだか氷粒をまとって見える。わかりやすくアイスレイン系統の技を使いそうである。
その象の姿を確認し、レキぼでぃは倒す方が速いと確信する。多分回避するといつまでも追いかけてきそうなジェット噴射な感じであるからして。
ふぅと息を吐き出して、レキぼでぃは自らにエンチャントサイキックをかける。空間が歪み、小柄なレキぼでぃの身体に超常の力が増してくるのを感じる遥。戦闘のための構えを行うレキぼでぃ。
「申し訳ありませんが、私にも余裕がないので一撃で終わらせていただきます」
ちっこいモミジみたいな可愛い手をぎゅっと握りしめ、超常の力をその一点に集める。空気が震えレキぼでぃの周りが振動する。パラパラとアスファルトに積もっていた埃がその力を受け浮いていく。
「超技サイキックブロー」
そのまま足をダンッと力強く踏み出す。踏み出した足はアスファルトを砕き、小さなクレーターを作る。
右拳を凄まじい速さで象目掛けて撃ち出す。
繰り出した拳から生み出される空気の歪みは、凶悪な破壊力で撃ちだされた射線上の車両も木も柵も全てバラバラに砕いていく。
象もその攻撃の破壊力を見て危険を感じたのだろう。パオーンと吠えて防御に入る。
その叫びが超常の力の発動トリガーであったのだろう。牙から氷粒が生み出されてビシリビシリと巨大な氷の盾を前方に一瞬で作り出す。
しかし、体術lv5の破壊力である。生み出されていた破壊力を氷の盾にて一瞬受け止めた。だがしかしその攻撃を一瞬防いだのみであった。盾はあっさりと歪み砕け散りその空間の歪みは象を包み込んでいった。
象はその体がギシリと音をたてて歪み砕け始める。そうして数秒後にはその巨体を粉々に粉砕するのであった。
「ご主人様、あいつはアイスマンモスと名付けました!」
倒し終わっているんだけど、もう名づけ遅いよね? とサクヤの言葉にツッコミたい遥であるが、一撃で倒したのだ。名づけのタイミングはなかったし仕方ないかと密かに嘆息するおっさん少女である。
「サクヤ、クリアにはなってないの?」
かなり強そうな敵であった。一撃で倒したとはいえ、ボスの可能性があるのでは? と思ったのだ。
「いえ、クリアとはなっていません。ついでにこのエリアは獣特性のミュータントの能力を底上げするエリアですね」
むぅ、残念だとがっかりするおっさん少女。たしかにスカイ潜水艦より弱そうだったと思い出す。
そうしてもうエネルギーも限界だしと改めて帰ることにする。もうエネルギーは限界なのだ、あと2回ぐらいしか超技は出せないだろうと思ってしまった遥。
そういうことを思うとアニメや漫画ではどうなるか?
フラグをたててしまったようである。
池から背を向け帰ろうとした遥に後ろから声がかかった。
「お帰りが早いのでないか? そこの人間のメスよ。もう少しゆっくりとしていけばいいのではないか?おもてなしが十分にはできていないと、余は思うのだがな」
重々しく偉そうなダンディな男性の声である。しかし後方からは人の気配はしていない。
なんだか、凄い振り向きたくない感じである遥。これは強者の予感がするのである。予感というか漫画とかだと確実に強敵である。エネルギーも少なくて苦戦しそうな感じがビシビシするおっさん少女。
まだ、エンチャントサイキックは残っているよねと体内の超常の力を確認し、振り向きざま身体を捻り右拳を撃ちだす。
「超技サイキックブロー」
再び、敵を粉砕せんと撃ちだすレキぼでぃ。これで戦闘終了、敵のボス戦は大幅カットにしたいと祈るおっさん少女。
振り向いた先にはいつの間にか道路にライオンが四つ足をアスファルトにつけて立っていた。動物園で見るライオンそのままであった。体は異常に大きくもなってないし、何か変な変化もない。鬣とかもドリルとか鋸とかになったりもしそうにない。違いは毛皮が黄金に近い色に見えるだけだろうか。
あぁ、こりゃ強いわと遥は思った。殆ど身体が変化していないのにミュータントということは、漫画や小説ではもうこいつは強者である。しかもこの高レベルのエリアでの敵だ。間違いない。できればロードをしたいおっさん少女。やり直しを要求します。探索はするつもりはなかったのです。また万全の状態で来ますねと考える。
できれば、この攻撃で倒れてくださいと祈りながら結果を見る。
先ほどと同様の空間の歪みが敵に迫っていく。
だが、ライオンが口を大きく上げて力強くさすがの百獣の王という感じで威圧感溢れる吠え声を上げた。
「ぐぉぉぉ」
テレビとかで見るサファリに住むライオンの吠え声ではなかった。声自体が威力があり力強い。威圧系でもあるのだろう。周りの空気がびりびりとする。動物系は皆使う技である。
しかし、違う点があった。その吠え声はサイキックブローの空間の歪みにぶつかり、空間がぶつかった場所で爆発したように震える。そうして震えた空気が消えた後は、相殺されサイキックブローの威力は消えてしまったのだった。
「ふ、その技は先程見せてもらった。余に同じ技は通用せん」
堂々とした態度で、威圧感溢れる余裕そうな声でそんなことをのたまうライオンさん。
「なるほど、百獣の王様のお出ましなのですね」
しかも聖なる闘士っぽい。それに加えて黄金だ。強さは半端ないだろう。
どうやら逃げられそうにないと、体を半身に構えて戦う準備をするおっさん少女であった。