68話 おっさん少女と零細大名
爆散して倒れ伏した武者ゾンビ達。黒い靄で包まれて身動きできなく苦しい声を上げる水無月コミュニティ。影響を受けずになんとか傷だらけの体で立ち上がっている爺さんと、部下が全滅したことをみて何が起こったと動揺している幽鬼。
そんな中に遥は、その地点へと隠れ潜んでいた森からジャンプで飛び出してきたのである。
「貴様! いたのか!」
レキぼでぃが目の前に着地したことをみて、動揺しまくっている幽鬼。先程までの威圧感が無くなっている。どうやら己が戦闘力との差を感じているらしい。
「ご主人様、あれは幽鬼と名付けました!」
敵の名乗りをそのまんまにパクるサクヤ。先に名乗りを上げられたら、もう名づけはいらないよね? と思う遥。結城と幽鬼かよ、語呂合わせかよと心の中でツッコミを入れるおっさん少女。
「まぁ、あれですね。幽鬼家が天下統一するのは無理だと思うんです」
眠そうな目で冷静に動揺しまくっている幽鬼を見上げて伝える遥。ここは天下統一を目指した幽鬼家の領土だったらしい。ずっとこいつを探していたのだ。だが、見つからなかった。力の差を感じて、ずっとレキぼでぃから隠れていたのである。セコイミュータントであった。
そのために、ちくちく敵を削りつつ兵の減少に焦った敵が補充をしようと動き出すのを隠れ待っていた遥である。
「スタートダッシュで、徴兵を繰り返して領土を増やさないと有能な武将はいませんし、領土は狭いしで詰んでしまいますからね」
うんうんと頷く遥である。結城家で始めるのは無理ゲーだと自分は思っていると戦略シミュレーションゲームを思い出す。最初に徴兵しまくって、兵がそろっていない領土を攻めまくり大きくしようとしても、途中で資源が尽きて、結局ゲームオーバーになったもんだとゲーム脳なおっさん少女である。なので、やるときは最低でも武田家なのだ。イージーモードが好きなおっさんなのだ。
そうして幽鬼をみやる遥。
「おかしなところはたくさんあったんです」
人差し指をフリフリと可愛くふるレキぼでぃ。教えようワトソン君と答えを言う遥である。ノリノリなので、今日は名探偵の気分であるらしい。
頭脳はおっさん。体は可愛い美少女!というアニメになっても売れないパターンであろう。頭脳におっさんはいらないのである。常に殺される被害者役のおっさんが似合う遥である。
「一つ、なぜ装備品が人間の身体能力を上げるんですか? 必要ないですよね? 最初はそんな仕様かと思いましたが、すぐにおかしいと感じました」
足軽ゾンビたちはその身体能力を上げていないにもかかわらず、人間が装備すると身体能力が上がる。何それ? おかしくない? ゲームではないんだよ。と気づいた遥である。
敵を利するような性能がつけてあるはずがない。あるとすれば足軽ゾンビたちも身体能力が上がっているだろう。その場合はここのコミュニティの人々が倒せるはずが無いのである。足軽ゾンビたちはそこそこ性能が高いのだ。それの能力がもっと高くなると普通の人は銃でもないと相手ができないであろう。
「二つ、どうして水無月コミュニティの周りにはゾンビしかいないんですか? ここはあなたの縄張りですよね? 足軽ゾンビたちに変異していないとおかしいのに、普通のゾンビしかいませんでした。まるで水無月コミュニティが簡単に崩壊したら困るという意図を感じました」
畑にゾンビばかりで不思議だったんですと話す遥。このコミュニティについた頃からおかしく思っていたのだ。グールすらもいないのである。敵が弱すぎたのだ。
「三つ、どうして武者ゾンビのようなそこそこ能力の高い敵が、あなたのようなレベルの低そうなボスの配下にたくさんいるんでしょうか? あなたのレベルなら数体が限界では?」
黙る幽鬼を見ながら語る遥。こんなにそこら中に武者ゾンビがいるはずがないのだ。だってミッションにも出てこない敵である。まだレベルが低い敵のはずである。武者ゾンビの数が多すぎだ。
「四つ、水無月コミュニティは武者ゾンビが数体いるだろうという楽観的な考えでした。私に襲い掛かってきた時は2体も武者ゾンビがきたにもかかわらずです。そしてボスの姿は影も形もありません。おかしくないですか?」
足軽ゾンビたちとだけ戦わせて、たまに武者ゾンビの姿を見せる。そうやって、敵が弱いと思わせたかったのだろう。強い敵は最初から倒す予定だったに違いない。例えば南下してきた遥みたいに。
はぁと溜息をつき続ける話を続ける遥。
「だから、私はもう一度この周辺の学校や駅を調べてみました。多数の足軽ゾンビたちがいた場所ですね」
調べた遥は、そこにコミュニティ跡を発見した。大勢が生き残っていた模様である。しかしそこは敵の巣窟になっていた。しかもダンジョンやエリアとして形成もされていない。生き残っていたコミュニティの人々はどこにいったかということだ。恐らく同じような一度装備を奪取させることにより強くして慢心させた後に殺したのだろう。後は絶望感と共に殺して武者ゾンビの出来上がりというわけだ。
「一生懸命に、強者から姿を隠し領土を増やそうとしていましたか。ご苦労様でした」
ペコリと敵の目の前で頭を下げる遥。遥が一生懸命に探したのに、今日まで見つからなかったのだ。頑張って隠れながら領土を増やしていたのだろう。恐れ入るミュータントである。
「でも、無駄ですよ。いくら多少強い雑魚を作成しても、あなたは強者には勝てない。少しレベルが高い者なら、鼻歌交じりにあなたの軍勢を撃破するでしょう」
スカイ潜水艦なら、傷一つ受けずに幽鬼軍団を撃破するであろう。天下統一なぞ無理なのだ。いくら雑魚を集めても質が数を上回るのが、この世界である。結城が行っていたことはあまり意味がない。
「あなたの元がなんなのか? 戦略シミュレーションオタクだったのでしょうか? ゲームではないので、残念でした」
チロッとレキぼでぃの可愛い舌を見せて微笑み煽る遥。もはやレキぼでぃの操作は完璧であろう。
ふんすと無い胸を張り、威張るおっさん少女。
「すべては私の推理どおりです!」
ドドーンと得意げに指を幽鬼にさす遥。調子に乗りまくっている。カメラドローンもそのシーンを撮影するべく頑張っている。 一生懸命に考えたのだ。ナインやサクヤに相談してようやくこの推理に至ったのだ。私は頑張ったと自画自賛である。
こういう推理を一度やってみたかったのだ。今回は奇跡的に当たったのである。やったやったと心の中では大喜びの遥。これはシャーロック遥の始まりかな?推理小説を書かないとと、いつも飽きると後ろから推理小説を見て犯人を知ってしまう作者が激怒しそうなことをしているおっさん少女。
希望と絶望を与えて上手く魔女に変えるアニメを思い出して、その結論に至ったのだ。相変わらずなおっさん脳である。
褒めて褒めてと周りを見るが、みんな動けないみたいなので、何も称賛はなかった。とても残念である。そして空気を全く読んではいなかった。
犯人はヤスなのだとわかっていても、途中のダンジョンで迷ってしまいクリアできなかったおっさんである。あのダンジョンは必要ないと思います。
「ぬおぉぉ!」
律儀に全てを聞いてからその巨体を震わせ己を鼓舞して叫ぶ幽鬼。
「俺の武力は53! 負けるわけはないわー!」
素晴らしいボケも入っていると感心する遥。武力53は低すぎる。自分の作成した武将を後継ぎにしないといけないと思います。その場合は全てのパラメーターを100にするのだ。そして当主をわざと殺して後継ぎにするのだ。戦略シミュレーションでは、その手をよく使った外道なおっさんである。
斬馬刀を振りかざしレキぼでぃを切り裂こうとする幽鬼。
「ご主人様、ミッションが発生しました。零細大名エリアを撃破せよ。報酬はexp3000です」
サクヤが発生したミッションを告げてくる。零細大名とは酷い表記である。可哀そうな事この上ない。
「まぁ、私から姿を隠していた時点で身の程を知っていたと思いますが」
残念ですと呟き、斬馬刀を半身をずらし、右腕を持ち上げてそっと刀の腹に手をそえてずらすレキぼでぃ。
ズズンと地面にめり込む斬馬刀をよそに、遥は足を踏み出し、腰をまわし、その力を左拳に集中させた。
「たぁっ」
軽い可愛い声を響かせて、裏拳で幽鬼の立派な胴鎧で守られた腹を殴る。
ビシッと胴鎧が砕けて、細い体がその隙間から見えてくる。
そのまま体にサイキックを纏わせる。
「超技サイキックブロー」
そうして腹に超技を叩きこみ粉砕するのであった。
零細大名の悲しい雑魚っぷりであった。
そしてレベルも15にようやく上がったおっさん少女であった。
神社には疲れた顔の人々が座り込んでいた。戦闘が終了して疲れた顔をしているが、それ以上に不安な顔をしている。
着ていた胴鎧も装備していた武器も今や、タダの見かけ通りの胴鎧と武器と化している。着こんでも超常の力で守ってくれないし、武器からは身体能力を上げる性能もない。勿論御札もただの紙切れとなっている。
呪いの武器を解除すると、その武器は壊れてしまうという仕様であった。
残っているのは、爺さんの流水刀だけである。あれも大した力はない。しかし呪われてはいなかった希少な武器である。しかしそれだけではこれからは気軽にゾンビも狩れない無力な人間となったのだ。
「うむ、あれだ、アニメや漫画みたいな展開はそうそうなかったということか」
うなだれて溜息をつく爺さん。さすがに敵に踊らされていただけというのは応えたらしい。
「わたくしたちも調子に乗っていました。敵から武器を奪い、その武器を利用してもっと強い敵を狩っていく。そんなゲームみたいな展開に疑問をもたなかったんですもの」
穂香がしょぼくれて呟いた。
「そうですね。ゲームみたいな展開なんてないんですよ。あるとしたら、それは作られた必然の展開だったということです」
仕方ない人たちですねと、偉そうにゲーム仕様に頼り切りな遥が言う。どの面を下げて言うのだろうか。しかしおっさんの面の皮は厚いらしい。
他人から聞いた内容は、知っていましたよという顔をして、知らない内容もうんうんと頷いて知ったかぶりをするおっさんである。これぐらいでは揺るがないのだ。
「これから僕たちどうなるのかな? もう戦うことはできないよね?」
不安な顔で聞いてくる晶。この先はゲームみたいにみんなは活躍できないのだ。100人足らずのコミュニティでは未来はないと急に思い出したらしい。
「嬢ちゃんの力はなんなんだ? それも敵から奪った装備の力ではなかったのか?」
爺さんが疑問顔で聞いてくる。それはそうだろう。自分たちも超常の力が使えたからこそ、レキぼでぃの力に疑問を覚えなかったのだ。その前提が崩れたのだ。
「私はこの異変に対抗するコミュニティの者です。まぁ、私のことは北部で聞けばわかるでしょう」
澄ました顔で返答する遥であるが、設定がよくわからなくなったのだ。サイボーグだっけ? 超人だっけ? いやそんな説明を北部でしたっけかな? という感じである。結局思い出せないおっさん脳であったので、いいや、北部の人が思っている設定に任せようと決めた遥である。相変わらずの他人任せだ。
「この周辺は幸いあの零細大名によりゾンビが大体駆逐されています。良かったですね、北部と交流できますよ? あそこは自衛隊や警官も多数存在している本当の意味で戦えるコミュニティです。助けてくれるでしょう」
北部の人も、ここの区域が解放されれば大いに助かるはずである。何しろコンクリートジャングルでは育成できない野菜畑が手に入るのだ。それと合わせて農家の人々もいるのである。
北部の人たちは遥の物資に頼り切りな状況を改善するべく、絶対に行動するであろうことは間違いない。
「そうか…、たしか通貨が使えるコミュニティということであったな。ならば復興を開始しているのであろう。我らも本来の生活に戻るべく、武器を置き警察や自衛官に頼るべきなのかもしれん」
しょげた感じで目が覚めたと爺さんが困ったことを言う。
「あちらも人手不足です。戦える人間は必要でしょう。お爺さんたち家族はその基準に近いと思いますよ」
まぁ、あちらは遥の残滓で能力が底上げされているから、なかなか難しいだろうけどねと思う遥。でも、戦うという選択肢をこの崩壊した世界で捨てたりはしてほしくないのだ。
「それに流水刀は本当に使える武器でしょう? ならば役に立つはずです」
流水刀だけは黒い靄が生み出されなかった。敵の動きを封じるように呪われて作成はされていなかったのだ。希少な普通に使える武器であるはずだ。
持っている流水刀を静かな目で見つめる爺さん。ぐっと拳を握る。
「そうか。そうだな! 我らも人任せなどにはできん! 我らの戦いを続けようではないか!」
腕を掲げて宣言をした。そこにはアニメの演技ではない、心からの宣言をする爺さんがいた。
おぉー! と皆が叫ぶ。どうやらまだまだ元気は残っていたらしい。
主人公だねぇと思いながら、それを見て水無月コミュニティのこれからを祈りつつ、おっさん少女は帰宅するのであった。