67話 決戦する侍コミュニティ
太陽が燦燦と輝いて、その輝きで田畑に植えられている野菜や稲がグングンと成長していく。農家の人が見たら、今年は近年にない良い天候だと喜ぶのかもしれない。貯水は十分かと不安になるかもしれない。人々がいなくなり、自然本来の天候に戻ったからだろうか。今年は天候不順が少ない。その日差しに包まれている中、その日の光の下にそぐわない異形が練り歩いている。
その体は既に朽ち果てており枯れ木のような細さだ。ボロボロの胴鎧を着こみ、片手にはボロボロの日本刀を持ち、この暑さでも気にすることなく、よろよろとおぼつかないフラフラと体を揺らしながら歩みを進めている。その朽ちて窪んだ真っ黒な目の先には山の上にある神社が存在していた。
現在、足軽ゾンビたちは500匹ほどで水無月コミュニティへと進軍していた。
神社は騒然としていた。何しろ500からの足軽ゾンビたちが近づいているのである。騒ぐのも当然であった。
指導者の指示を求めて社務所に集まっている人々。しかし騒ぎとは別に余裕な表情も見える。
「皆、聞け! ついに我らの攻撃に耐えかねたのだろう。奴等め、遂に決戦を求めてきたようじゃ!」
中心にいる人間が叫ぶ。もう60代も過ぎたであろうご老人である。だが、かくしゃくと体を動かして集まった人々を見まわしている。
「ここで、奴らを全滅させ、安寧な拠点としようではないか! 恐れることは無い。我らには、この力がある!」
腰に差していた刀を抜き、高々と掲げる。日の光が反射して輝く日本刀は伝説の剣みたいな凄みを感じさせた。
「皆さま、最初から我らの全力で敵を倒しに行きます。後続にいるであろう武者ゾンビたちを撃破するためにも、早々と弱兵は排除しましょう」
穂香の戦いを望む強い口調を聞き、皆テンションを上げて、おぉ~と叫び階段前に移動する。戦える人間は全て御札やら日本刀やらを持ち配置につく。60名はいるだろうが、500名に対して全く臆していない。
自分のもつ武器を信頼しているのだ。
それから間もなく、なぜか畦道を移動する足軽ゾンビたちが見えてくる。
「馬鹿正直に畦道を通ってくるとは、僕らもなめられたものだねっ!」
晶が元気よく御札を数枚持ち、振りかざす。
「氷柱符、全開だぁ!」
ノリノリで御札に発動せよと念じると、符が輝き氷のツララが多数生み出された。
「ゴーッ! 敵を打ち砕けっ!」
軽くジャンプをして札が手の中から消えていくのを見た晶はその手を振りかざした。若干演技が入っている。まるでアニメで出てくる巫女そのままである。
ブオンとツララがピッチングマシーンから放たれるボールのように勢いよく足軽ゾンビたちにぶつかると、その周辺の足軽ゾンビも巻き込んで爆発する。キラキラと凍っていく足軽ゾンビたち。
「わたくしもまいります! 炎球よ!」
穂香も生み出した炎を敵にぶつけ、どんどん焼いていく。敵は枯れ木のような体である。ドンドン燃えていく。
周りの御札持ちもドンドン撃ちまくり、足軽ゾンビはその数をあっという間に減らしていった。
敵の軍勢が目に見えて減ったために、前衛が突撃を開始する。
「今じゃ! お前ら突撃!」
爺さんが刀を持ち、その歳には見えないスピードで走っていく。原付バイクとタメを張れるかもしれない。後ろから人々が叫び声をあげ、突撃していく。
集団は、その能力の高さを利用し足軽ゾンビを次々と撃破していく。力任せの日本刀で切り裂き、斧を頭にぶちかます。その姿はどこかの蛮族みたいな感じである。練度もなく、ただただ力任せで敵を倒していった。
技にて倒しているのは、爺さんとその息子だけみたいだ。ヒュンヒュンと振るうたびに切り裂く音が聞こえ、抵抗もできずに足軽ゾンビは掃討されていった。
「とどめじゃ! 奥義、流水剣!」
爺さんの剣から流水が生み出される。それを見た爺さんは横薙ぎに、きぇいと掛け声を変えて振りぬいた。
振りぬかれた日本刀、振りぬく際に飛び散るはずであった流水は、その日本刀の延長となる刃となり、周辺の足軽ゾンビたちの体を上下に切り裂くのであった。
それから少しして、水無月コミュニティは足軽ゾンビたちを全滅させたのである。
「どうじゃ? 皆の者? 大丈夫か?」
爺さんが戦闘が終わり、足軽ゾンビたちの死骸の中を歩き、仲間を確認する。
「大丈夫ですよ、父さん。こちらは少し負傷者がでたのみです。御札も十分に残っております」
にやりと爺さんの息子が力ある笑みを浮かべ、爺さんに状況を説明する。
「これで足軽ゾンビたちは全滅したのでしょうか? 後は武者ゾンビだけですね」
背筋を伸ばし、真面目な表情で確認する穂香。
「これで、通貨が使えるという北部にも行けるのかなぁ? 楽しみ!」
僕っ子の晶も気楽な表情を浮かべ戦闘後のことを考える。
「うむ。北部は通貨が使えるということは、ある程度の復興は進んでいるのだろう。あの少女が持ってくる物資を見るからに想像できる。北部との交流をするためにも、ここの安定は必要だ。それを手土産に我らは対等に北部と交流をしないとならん」
爺さんは重々しく頷く。恐らくは北部も同じような装備をしていると予想しているのだろう。同じような装備をしているとなると油断はできないと警戒している。水無月コミュニティは人が少ないのだ。主導権を握られないためにも、南部の安定は必要である。
「よし、周辺を捜索して残党の武者ゾンビを」
新たに仲間に指示をだし、ここの敵を掃討しようとしたときに、森から何かが数体飛来した。
ズシンズシンと音を立てて、地面をえぐり着地したのは5体の武者ゾンビであった。真ん中は多少大柄でありボスであろう感じをさせる。
地面から上がる埃の中から出てくる武者ゾンビ。
「やりましたね。お爺様。これを倒せば、長かった戦闘も終わりですね」
穂香が武者ゾンビを見て、動揺せずに御札を持ち言い放つ。隠れられるよりよっぽど楽だと考えたのだ。
「そうじゃな! 皆の者! 総攻撃じゃ!」
ひるまずに、喜んで戦う水無月コミュニティ。炎が飛び、氷が敵を削り、武器を振るい敵を切り裂いていく。
数十分後、ズズンと大きな音を立て、全ての武者ゾンビはボロボロとなり地面に倒れ伏した。
それを見た人々はワーッと歓声を上げる。今まで苦戦してきた武者ゾンビを5体も倒したのだ。
「敵を殲滅した。これでここは安寧の地域となるだろう」
爺さんが叫ぶ。みんなも同様に叫び歓声を上げた。これで、ここの戦闘は終わり、あとはゾンビを倒して安全を確保すればいいと思っていた。ゾンビなら最早楽勝である。
そうして歓声を上げた水無月コミュニティ。
やりましたねと穂香が微笑み、晶が周りの人とハイタッチをする。疲れた疲れたと闘いが終わったので気が抜ける人々。
その人々の前に、もう一度森から何かが飛来した。
ズズズンと音がして、またもや地面がえぐれて武者ゾンビが着地をした。
その武者ゾンビを見た人々。先程とおなじ不意打ちだが、今度は呆然としている。
「な、なんでこんなに?」
穂香がかすれた声で、疑問を口に出す。
周辺には200に及ぶ武者ゾンビが飛来したのである。
呆然としている水無月コミュニティの面々。先程の喜びは消え失せていた。
「なぜだ? こんなに大量に武者ゾンビがいたのか!」
流水刀を構えながら、叫ぶ爺さん。
またもや、森から何かが飛来してきた。
それは一つ目の異形が数体と巨体の武者ゾンビ。黒光りする立派な武者鎧を装備しており、武者ゾンビと同じく面頬をしている。片手にはどでかい刀を持っている。アニメとかでたまにみる斬馬刀であろう。5メートルはあるだろうガタイである。鋭い眼光がその目から放たれており、人々を見下ろしている。
その威圧感は、間違いなくこの周辺のボスだと誰もが分かった。
なぜか周辺をしつこく確認しながら、なぜか安心したように水無月コミュニティの方を正面から見る。
「貴様が、ここのボスか!」
叫ぶ爺さん。すでに臨戦態勢であり先ほどの気が抜けた感じはどこにもない。
「いかにも、我こそは日ノ本を支配するべく存在する幽鬼当主なり!」
面頬が割れて、口が見えた、鋭く大きな牙を生やしている。そして人々にわからせるように大声で名乗りを上げた。
「幽鬼? ここのボスということじゃな! ならば、その命を頂こう!」
名乗りを上げた幽鬼に、爆発するような加速を出して接近する爺さん。
「儂の名は水無月志朗! いざ、尋常に勝負!」
幽鬼の懐に入ったが、爺さんを見下ろしているのみである。チャンスだと爺さんは奥義を放った。
「水無月流、流水剣!」
日本刀を流水が覆い、敵を切り裂く刃となる。武者ゾンビの鎧すら切り裂く一撃である。決まったと爺さんは確信した。
だが、想定していた結果とならなかった。
バシャンと刃がただの水のように幽鬼の胴鎧を濡らすだけだったのだ。切り裂くどころではない。ただ濡らしただけである。
一撃で倒れないとは思っていたが、まさか傷もつけられないとは想像外である。驚愕の表情で動きが止まってしまう爺さん。
ブンと風切り音がして、幽鬼の左腕が繰り出され爺さんを襲う。
その速さに反応ができずに吹き飛ばされる爺さん。そのままゴロゴロと地面を転がっていく。吹き飛ばされた流水刀もカランと地面に落ちていく。
「お爺様!」
その様子をみて焦り叫ぶ穂香。すぐさま御札を発動させようとする。周りの面々もボスを倒さんと幽鬼に走り寄ろうとする。
その姿を見た幽鬼はニヤリと口元が笑い叫んだ。
「戦国徴兵!」
その叫びと共に、水に発した波紋のように周りの空間が一瞬歪む。
「な、なんだ?」
「体が動かない!」
「私の御札が!」
歪みに巻き込まれた人々のもっている武器や着こんでいる鎧から黒い靄が生み出される。その黒い靄は持ち主を覆い動きを止めてしまう。
「これはいったい?」
なんとか炎球を生み出し反撃をしようとする穂香。しかしいつもはすぐに発動する御札が全く反応しない。
「うぐぐ、動けないよ、お姉ちゃん」
晶も錫杖を杖のように支えながら立っているが、その錫杖から黒い靄が生み出されており、体を拘束していた。
「良い、良い。これで我が軍団も兵の補充ができる」
満足そうに頷く幽鬼。
「どういうことじゃ?」
殴り飛ばされたにもかかわらず、何とか立ち上がる爺さん。爺さんの日本刀だけは黒い靄に包まれていない。
「ふふ、知りたいか? 知りたいであろう! 我が智謀の冴えを!」
斬馬刀をズシンと地面に立てて置き答える幽鬼。
「我が幽鬼家は脆弱よ! 天下を支配するには圧倒的に配下が足りん!」
口元を歪ませる幽鬼。
「人間どもに我の力で作成した武器を与え、力が強くなり武器の力に馴染んだところで絶望感と共に殺す! そうすればその力を纏った強き配下が作れるというものだ!」
ワハハハハと高笑いをする幽鬼。
「だが、最近はうまくいかなんだ。せっかく作り上げた部下はいなくなり、不穏な空気が我の領土を覆い始めている。なればこそ、まだ早いとは思ったが、そなたらを殺し徴兵することに決めたのだ!」
斬馬刀を再び握りしめる幽鬼。狙いは爺さんである。その手元の武器のみが黒く覆われていないのだ。幽鬼の影響下にない武器である。
「では、さらばだ。天下統一の偉業を手伝えること誇りに思うがよい!」
人々を囲んでいた武者ゾンビも、動けない人々を殺すべく動き出す。絶望の目をする人々。自分たちが飼われていた家畜だとわかったのだ。
敵から奪った武器で、いい気になって戦っていたツケが回収されようとしていた。
それは新たに飛来した弾丸により、未回収となったわけであるが。
細い銀色の雨が武者ゾンビたちに降り注ぐ。触れた武者ゾンビたちは当たった地点を中心に、次々にドカンドカンと爆発していった。
「なんだ! なんだこれは!」
むぅん! と爆散していく部下を見て、すぐさま一つ目を盾代わりに持ち上げて頭上にかざす。触れた銀色の雨は一つ目もすぐに爆散させていったが、なんとかやり過ごすことができたようである。
そうして武者ゾンビたちが全滅して己が一人になったことを確認し動揺する幽鬼。
その目の前にトンっと軽い音と共に少女が舞い降りた。