61話 おっさんはお祭りに参加したい
広々とした更地、すこしばかりの畑がある土地がある。他人が見ても開発予定の区域だろうかと思うだけの場所であろう。
そんな更地の真ん中に、庭付き、ガレージ付き、家庭菜園付きの、おしゃれなレンガ風の豪邸が建っている。本来は基地の中にあるのは豪邸ではなく、指令用のビルのはずだが、ここの建物の持ち主がけちっているため、建設できていない。更地に畑と普通の家というダメな基地というのが、ここの正体である。
そんな豪邸の中にある広々としたリビングルームで、ゴロゴロと少女が転がりながら騒いでいた。
「うぉーん、私も祭りに参加したい!」
叫ぶ少女は黒髪黒目の眠たそうな目、庇護欲を喚起する子猫のような小柄な美少女レキである。それを操作する中の人がいるとかいないとか、都市伝説がある。
そんなレキぼでぃを使い、ゴロゴロと毛の長いフカフカな絨毯の上で遥が喚いていた。ナナから祭りをやると聞いたのだ。
「私も祭りに参加したい! 参加したいのだぁ」
中身はいい歳のおっさんなのだが、このレキぼでぃは15歳である。小柄であるので12歳ぐらいに見えるかもだが。そのレキぼでぃだから、我儘を子供のように言ってもいいでしょうというダメなおっさん。精神年齢は恐らく12歳を下回るであろう。
「参加なさればいいのでは? マスター」
首をひねって聞いてくる疑問顔のナイン。祭りがあるのならば、普通に参加すればいいのでないだろうか? という顔だ。
「私は、遥ぼでぃで行きたいのだよ! ナイン君!」
叫ぶ遥。もう何歳なんだろうか? 一けたに落ちたかもしれない。さすが知力にパッシブでマイナスをつけるおっさん脳である。
「遥様のぼでぃで? それは危険ではないですか?」
戸惑ったようにサクヤも声をかけてくる。確かに遥ぼでぃは雑魚である。何しろ、最初にでてくるゾンビにもあっさり負けるおっさんなのだ。
むくりと起き上がり、レキぼでぃの眠たそうな可愛い目でサクヤに言う。
「遥ぼでぃはね、まったく外にでていないのだよ? そろそろ外で活動も良いのでないでしょうか?」
自分の体である。最近ずっとレキぼでぃなので、たまにはおっさんぼでぃで活動したいのだ。そしてワイワイと騒がしい祭りで屋台の食い倒れをしたい。
「なるほど、この周辺のゾンビはほとんど片付いております。問題ないと思いますよ。マスター」
ニッコリ笑顔で優しいことを言うナインである。思わず、良い子だなぁと良い子良い子と頭を撫でてしまう。だが、それでも不安があるので言い募る。
「ほとんどというところが問題なのだよ! 遥ぼでぃだと、漏れたゾンビに出会いそうな感じがするんだよね!」
おっさんは、来なければいいと思う時に必ずその出来事が来るのだ。面倒そうな仕事が発生して、自分に振られないように息をひそめていても振られてしまうのだ。
なので、おっさん的に必ずゾンビと出会い、うわぁ、またバイオ的終わり方だと食い殺されること請け合いである。人々がゾンビを克服している中で、まったく克服できないおっさんがここにいた。
はぁと溜息をつくナイン。しょうがないなぁと母性溢れる表情で遥に提案する。
「では、モンキーガンを持っていけば良いのではないでしょうか?」
あれならば、この周辺のゾンビなど相手ではないはずである。
しかし、我儘なおっさんはその提案を却下した。不安感いっぱいなのである。
「たぶん、戦う時に持っていることができないで落とすか、あっという間に銃弾を使いきって死んじゃうよ!」
確信しているおっさんである。必ずそうなると考えるまでもないと遥は言い張る。絶対に無駄玉を撃ちまくり弾倉が空になり、あわわわとマガジンを取り出す間に食い殺されるのだ。実際にこの間はそれで死んだ。
「ということで、ナインエモン、何かないかな?」
レキぼでぃを悪用し床に寝そべりながら、ウルウルとした上目遣いでナインに聞くいい歳をして、子供の考えにしがみつくおっさんである。
「では、装備作成をlv4にしましょう。あれには光学迷彩の装備リストがあるはずです。それならば、問題ないはずです」
素晴らしい提案をしてくるナインをブラボーと思わず抱きしめる遥。真っ赤になって、それほどのことでも呟くナイン。次は私ですねと手を広げて抱きしめられることを待つサクヤ。
うひょーと叫び、ポチポチと何回もこれでOKかな? とステータスボードを確認してから装備作成LV4を取得する遥。残りのスキルポイントは7あるし、スキルコアもあるし良いでしょうと自分の欲望を優先である。
すぐさま、装備作成である。作るはスーツである。
「どうしてスーツなんですか? マスター?」
小首を傾げて聞いてくるナインの疑問に答える遥。
「あぁ、スーツだとおっさんは、職質とか受けないんだよね。真面目なサラリーマンだと思われるんだろうね」
スーツ姿は大事であると崩壊した世界でもその論理が働くか、はなはだ疑問であったが誰もツッコミを入れなかったので、作成を開始である。
「装備作成! 光学迷彩スーツ!」
ごごごとマテリアルが光り、この祭りでしか使わないであろうスーツが作成されていく。マテリアルの無駄である。
シュワワーとこういう時に限って輝きを増すマテリアル。完成品はこうだった。
「成功:おっさんスーツ(O)防御力60 光学迷彩 物理攻撃耐性」
「素晴らしい! オーダー品ができたよ。ナイン! でもなんで名称がおっさんスーツ?」
やったぜと小躍りするレキぼでぃ。名称以外は満足である。小柄な美少女が小躍りするとかなり可愛いのである。
「おめでとうございます。マスター」
パチパチとちっこい可愛いおててで拍手をしてくれるナイン。遥も久しぶりにそれにのり、レキぼでぃのちっこいおててで拍手をする。
小動物を思わせる二人の可愛いシーンである。尚、サクヤはカメラで、可愛いです! 最高です!と激写していた。またレキぼでぃアルバムが増える模様。
「ナインさん。それでも少し不安なんですが? ちょっと怖いので護衛を希望するのですが?」
とまだまだヘタレるおっさん。どこまで落ちるつもりであろうか。
「では、ツヴァイの1機を護衛につけましょう。その装備を作成してください。マスター」
ダメなおっさんをドンドン甘やかしてダメにする典型的な尽くす女性、ナインである。
おっけーと叫び作成する遥。こんなのができあがった。
「成功:簡易強化外骨格装甲改(防御力20)(N)、光学迷彩」
ノーマルなのは残念だが、まぁいいだろうと遥は思う。
「ツヴァイは簡単な命令しか聞きませんので、ご利用には注意してくださいね? マスター」
ご利用はご計画的にと言われて、計画的に使うことができないかもしれないおっさんは気軽に大丈夫、大丈夫と頷いた。なんだか守れと命令したら容赦なく遥が危険な時はフルパワーで攻撃するらしい。ちょっと怖い。でも祭りの前に目をつぶる遥。都合の悪いことはいつも目をつぶるおっさんである。
「では、行ってきまーす!」
ツヴァイを連れて、いざお祭りである。遥ぼでぃに切り替えてぶんぶん手を振って、メイドたちに見送られて意気揚々と外出するおっさんであった。
色々装備やら、なぜかツヴァイたちが私を選んでくださいとアピールしてきたので選択に時間がかかってしまい、遥が新市庁舎の前に到着した時には夕方であった。2キロ程度なのに、ちょっと遠いな、今度移動用の車両も作ろう。タクシーが良いなと、ますますだめな思考をするおっさんである。
わくわくしながら、遥は祭りをやる新市庁舎の前に着いた。祭りの雰囲気は好きである。人々も楽しそうにしている。さてどうしようと考える。祭りはキャンプファイヤーとかもやるらしいが、それには興味はない。遥の興味は屋台の食べ物である。
子供のような考えだが、屋台のチープな味が好きなのだ。仕方ない。
どこから行こうかときょろきょろすると、聞き覚えのある声が聞こえた。見てみると椎菜であった。
知り合いが屋台をやっていたと、ほいほい近づいて椎菜ちゃん屋台をしているの? と聞こうとしたが、はたと思い出す。この体はおっさんぼでぃなのだ。椎菜とは知り合いではない。
レキぼでぃの中の人とばれるわけには絶対にいかない遥は、渋々と普通に話しかけることにした。
「すまない。このビールを貰えるかな?」
椎菜に聞くと、はいどうぞと缶ビールを手渡してきた。可愛い女性に手渡しされて、それだけで嬉しくなる単純なおっさん脳の遥。
「ありがとう、いくらかな?」
財布を出して、お金を払おうとした。商売でたっぷりお金はあるし、屋台価格でも余裕である。そうしたら、椎菜が意外なことを教えてくれた。
「いいえ、今日はお祭りですので全部タダですよ!」
元気に答えてニコリと笑ってきた。うんうん、若い女性の笑顔は良いねと密かに心の中で称賛する遥。それにタダとは凄い。豪族たちはかなり頑張ったと思われる。
「タダとは随分豪奢だな。それは凄い」
缶ビールを開けて飲んでみる。ごくごくと一気に飲むがぬるかった。
「あんまり冷えていないね」
ついつい言ってしまう。不満が顔に出てしまったのだろう、そんな遥をみて屋台だからしょうがないでしょう? という顔をしている椎菜。確かに屋台なのだから仕方ない部分もあるかなと遥は謝った。
「すまない。祭りだものな。楽しまないと」
レキぼでぃの時と同じように笑顔を見せて、ぬるい缶ビールを飲みながら、周りを見る。
「素晴らしい。あの滅びを待つだけだったコミュニティがこんなに復興するとはな」
心の中では、ふふん、私も頑張りましたよという感じで言う。何しろボロボロのコミュニティだったのだ。遥が助けていなかったら、今も厳しかっただろう。祭りなんてできないに違いない。
「それじゃぁ、私は行くよ。他の屋台も廻らないとね。私は屋台の食べ物が昔から好きなんだよ」
と椎菜に言って、その場を離れることにする。まだまだいっぱい屋台があるのだ。全てタダと言っていたし、食い倒れしないとねと思いながら歩き回った。
それからしばらく回った後にたこ焼き屋を最後にすることにした。
もぐもぐとたこ焼を食べるとちゃんとタコも入っている。ここの屋台は随分丁寧にどこも作っている。チープな味ではないのだ。店で売っていてもおかしくないなと思いながら美味しい美味しいと食べる遥である。
だが、さすがにお腹もいっぱいになったし、めぼしいものは食べたので帰ることにした。
お酒も入っているので、機嫌よくぶらぶらと周りを見ながら帰路につく。キャンプファイヤーをやるらしいが、何が面白いのかいまいち若いころからわからない遥はあっさりと点火される薪を横目に裏道に移動し始めた。
もう後は寝るだけだなぁと思いながら裏道を歩いていると、後ろから声がかけられる。
「待ってください!」
声をかけられたので振り向いたら、椎菜であった。何だろうと思う。この子とおっさんぼでぃは知りあいではない。
「ん? さっきの子か。なんだね?」
振り向いて、レキぼでぃでいつもしているようにニコリと笑う。何か忘れ物でもしたっけ? と思う遥。
「あの、なんでスーツなんですか?」
スーツのことを聞いてきた。なんだろう? 上品なスーツだから気になったのかと答える。なかなか見る目がある子である。
「あぁ、良いスーツだろ? オーダー品だ」
何しろオーダーである。滅多にできないのだ。少し自慢げに答えてしまった。
「違います! なんでスーツなんですか?」
ん? と疑問に思った。なんでスーツ? どういう意味? なんかスーツだとまずいのかな? スーツはおっさんの標準装備なんだけどと心の中で答える。これが無いと職質とかが増えてしまうのだ。おっさんは普段着もスーツである。
「椎菜ちゃんが聞いているのはね、なんでこんな崩壊した世界でスーツを着ているかってことよ」
考え込んだ遥にいつの間にか現れていたナナが教えてくれた。なるほどスーツは変なのかな? でもオーダー品だよ、いいじゃんスーツでもと返答した。
「あぁ、この世界ではスーツ姿は異質になってしまったのか。いつもスーツ姿だったから忘れていたよ」
おっさんは普段着もスーツなのだ。仕方ないと弁解する。オーダー品だしとオーダー品にこだわる遥。
「そう。そちらでは仕事時はスーツ姿なのかしら?」
ナナが赤い顔をして聞いてくる。少し酔ってるのかな? 絡み酒かなと遥は答えた。
「勿論だ。仕事ではいつもスーツだよ。サラリーマンは大変だ」
サラリーマンは大変なんだよ。常にスーツじゃないといけないんだよ? だから、オーダー品だし、スーツでいいよね? と確認の笑みを浮かべて答える。
「たまには、外で仕事もいいものですよ? 私たちと一緒に働いてみませんか? 少女ばかりに働かせるのではなく?」
怖いことを言ってくるナナ。主人公気質なナナと一緒に? アクション俳優ばりの動きにおっさんがついていけるわけがない。だからこそ、チートなレキぼでぃを使用しているのだ。
「少女? あぁ、レキのことを言っているのだね。残念ながら私は事務職なんだ。外回りはレキに任せることにしているよ」
すみません。事務職なんで、今までも運動をしたことはあまりないんだよ。主人公気質なナナとは違うのだと弁解をする。
「あなたたちには、少女に頼らなくても強力な軍隊がいるのではないの? あの子は解放したらどうかしら」
完全に酔っているのだろう。間違いなく絡み酒だと警戒する遥。
「あのレキちゃんのコミュニティの方ですよね? なんでレキちゃんだけ戦わせているんですか? なんで大人が戦わないんですか?」
椎菜もナナと同じ怖いことを言ってくる。戦力はいるけど、基地内だけで精一杯だよ。大丈夫、レキぼでぃで十分でしょ? おっさんぼでぃだと残機が減るだけである。わかってほしいと椎菜にも答える。
「戦う? そんなことはレキで十分だ。戦果も十分に出ているはずだ。問題は無い」
何度もレキぼでぃで助けているはずであると遥は思う。
「あの少女を解放なさい! あなたたちなら自前で戦えるでしょう!」
いよいよ酔ったナナが絡んでくる。ふむと手を顎に当て、なるほどとうなずいた。もっと戦力が欲しいらしい。まぁ、酔ってるみたいだし、ついつい本音が出るのは仕方ない。こんな崩壊した世界だし、本音はもっと戦力が欲しいのであろう。気持ちはわかるよ。
でも、うちの戦力はレキぼでぃだけなのだよ。残念ながらと正直には言えないので心の中で答える遥。それに解放ってなんだ? レキぼでぃでレベル上げをしないと死んじゃうんだよ。ミッションクリアはレキぼでぃでしかできないのだ。
「何か勘違いをしているようだね。あの子は確かに私たちの作り上げた傑作品だが、戦いを強要したことはない。自ら私たちの指示に賛同して行動しているのだよ。それに彼女は解放など求めていないよ」
それらしく答えて肩をすくめる。傑作品だよ? DLCも入れて多分サクヤたちのセンスも取り入れた最高の可愛いレキだ。
「そういう風に疑問を持たずに戦うよう作り上げたくせに! よくもそんなことを!」
ゲームキャラだからねと思う遥。うーん、なんか話にならないみたいである。酔っ払いだから仕方ない。なんか絡もうと近寄ってきたからだろう、ツヴァイが危機的状況であると過剰反応した。近づいたら殴りそうだ。やばいよ、ツヴァイは手加減なんかできない。止めないと。
「おっと、君たちはどうやらご機嫌斜めみたいだ。殴られては敵わないな」
ナナさんは酔っているみたいだし、ツヴァイが過剰反応するとヤバイのでナナを押し止める。
「君たちのコミュニティには十分に物資を補充しているつもりだ。悪いことは言わない。止めておきなさい」
卑怯だけど、話を終わらせるために補給品のことを言ってみる。まぁ、補給じゃなくて売ってんだけどね。
「物資だけで感謝すると?」
ナナが聞いてくるので、こちらは3人しか基地にいないんだよと心の中で答える。
「その通りだ。君たちには潤沢な物資を提供しているではないか。何が不満なのだ?」
潤沢な物資だけでいいでしょ? それで納得してほしい。
「物資だけで人は出さない? エリートさんは随分と頭が良いのだこと」
ナナがディスってくる。エリートは確かにいないから頭がいい人はいないのです。
「その通りだ。人を出すつもりはない。何しろ、私たちも人手不足でね」
外に出るとなると、おっさんぼでぃのみである。それもおっさんぼでぃが出るときは、レキぼでぃが使えない。
「では、これで失礼するとしよう。殴られてもかなわんしな。あぁ、お祭りは楽しかったよ。久しぶりに楽しめた。では、また会う日までさようなら」
お礼を言って頭を下げる。そうして危険な帰り道を移動するために光学迷彩を発動させる。
あー、もうナナさんは絡み酒なんだなぁ、今度お酒が入っている時は気を付けようと考えながらツヴァイと一緒に帰宅する遥であった。