表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンクリートジャングルオブハザード  作者: バッド
5章 コミュニティを安全にしよう
61/579

60話 弓道部員とスーツの男

 新市庁舎前は既にお祭り騒ぎであった。もはや、住宅地となってしまった高層ビルである。洗濯物で作られた旗が翻り、ガラスはもはや割れている物など無い。床は綺麗に磨かれており、泥などはついていない。オフィスには人々が家族ごとに暮らしており、和気あいあいとしている。


 新市庁舎前のビルも開放されており、そこもそれぞれが暮らす住宅地となっているので自分の家をもっていない人間はいなかった。


 そんな人々は楽しそうな表情でワイワイと騒ぎながら、お祭りに参加をしているのである。お酒が大量に入っている人は、半裸で大声をだし歌っている。子供たちは屋台を回り、色々な美味しい食べ物を久しぶりにキャッキャッと笑いながら食べている。


 織田椎菜はその人々の姿を嬉しそうな顔で見ながら自分の売っている飲み物をお客に渡していた。売っていると言ってもタダである。配布しているが正しいだろう。でも一応屋台なのだ。売っていることにする。





 あの猿たちとの戦いから1週間、猿の脅威もなくなったため、三拠点はようやくバリケードで通路を繋げ、安全な地域となったのである。それを祝っているのが今の祭りだ。


 これからも大変なこともあるだろう。死んだ人たちを想って泣くこともあるだろう。でも今はそれらを全て忘れて人々は祭りを謳歌していた。


 椎菜はこの祭りに実行委員として参加をしていた。学生時代から祭りが大好きであるし、何か役に立ちたかったので参加したのだ。学生時代と考えたことに、もはや学生に戻ることは無いんだろうと寂しく思う。


 これください、とお客が立ち寄り飲み物を貰っていく。はい、どうぞ。お祭り楽しんでくださいと笑顔で答えるのが私の役目である。ニコニコ笑顔のお客を見ると自分も嬉しくなって張り切って売ってしまう。


「オレンジジュースにサイダー、ビールもありますよー」


 そろそろ太陽も落ちて暗くなるころだろうか?今日は夜も発電機を贅沢に使い、灯火は消えない予定だ。キャンプファイヤーもあるらしい。


 そのお祭り特有の喧噪の中で張り切って、飲み物をアピールする私の前に新たなお客が来た。


「すまない。このビールを貰えるかな?」


 見ると鋭い目つきの175ぐらいの背丈の上品そうなスーツのおじさんであった。ネクタイも締めてビシッとしている。見た覚えがない人だが、このコミュニティも大分大きくなってるし、警察署や消防署から来たコミュニティの人かもしれないと、私は缶ビールを手渡す。


「ありがとう、いくらかな?」


 財布を出して、お金を払おうとするおじさん。このお祭りでは全てタダだと知らないのだろうか。他のコミュニティから来たとしてもそんなことは知っているはずだけど。


「いいえ、今日はお祭りですので全部タダですよ!」


 元気に答えてニコリと笑って教えてあげる。タダと知らないと他の屋台に寄ることができないかもしれないと親切に教えてあげる。


「タダとは随分豪奢だな。それは凄い」


とおじさんは缶ビールのプルタブをプシュッと開けてごくごく飲む。


 だけど美味しそうな顔をしなかった。


「あんまり冷えていないね」


 確かに缶は水につけているだけだ。氷は貴重なので使っていない。でもこんな世界だ。これでも冷えているぐらいだ。キンキンに冷えているなんて崩壊前の世界だけだ。


 そんな私の疑問が表情にでたのだろう、おじさんはそれに気づいて謝ってくる。


「すまない。祭りだものな。楽しまないと」


薄笑いをして、そのまま周りを観察するように缶ビールを飲みながら話しかけてきた。


「素晴らしい。あの滅びを待つだけだったコミュニティがこんなに復興するとはな」


なんだか上から目線で話してくるおじさんだ。まるで他人のコミュニティを評価している嫌な感じだった。


「それじゃぁ、私は行くよ。他の屋台も廻らないとね。私は屋台の食べ物が昔から好きなんだよ」


と言いながら、ふらふらと他の屋台を見ながら行ってしまった。


 なんか変なおじさんだと、私は思った。何かここのコミュニティではない異質さを感じた。なんとなく浮いている感じがしたのだ。


 何が変なんだろうと頭をひねり考える。普通の格好であったはずだ。上等そうなスーツを着こなしているサラリーマンに見えた。おかしいところなどない。


 でも、そこで私は気づいた。それが変なんだと。もうスーツを着ている人なんてここにはいない。男性は力仕事が必要で作業着か普段着でもラフな格好をしている。どこでスーツを着て働くというのだ。


 気づいたら、どんどんおかしなところを思い出した。缶ビールを手渡したとき、やけに綺麗な手だったのだ。力仕事なんて無縁な手をしていた。今の人々の手は荒れている。手は生傷も多いし、爪の間も泥が詰まっている時もある。お風呂に入ってもなかなか取れないのだ。そしてなんで他人事みたいに周りを評価していたのだろう。自分はこのコミュニティに住んでいないという感じであった。


 何かの予感がして、私はあのおじさんともう一回話すために探し始めることにした。隣の友人である売り子に声をかける。


「ごめん、ちょっと屋台を任せていい?」


いいよ~。楽しんできなよ~と友人がニコリと笑って許してくれる。


 急いであのおじさんがいるか、各階を探す。大きいビルである。各階で皆が騒いでおり見つからない。スーツ姿のおじさんを見ませんでしたか?と皆がワイワイと楽しんでいる中で声をかけまくり、色々な場所を探す。


「あぁ、あのスーツ姿の変な人か。祭りだから一張羅でも着こんだのかな。その人ならうちのたこ焼き屋からたこ焼きを買って、食べた後に帰るかと言ってたよ。今日は祭りなんだから、ここに泊まっていけば良いのにね」


 たこ焼き屋をやっていた友人が教えてくれる。急いで私は新市庁舎玄関前に降りていく。

 

「皆、キャンプファイヤーを始めるぞ~!」


 声が響き、キャンプファイヤーをする薪に火がつけられる。みんながわーっと騒いでいる。ワイワイと凄い騒がしく人々はキャンプファイヤーをしている。


 それを尻目に私はおじさんの姿が見えなかったので、新市庁舎の裏側の道に行ってみる。


 そこは灯火もない薄暗い道だった。スーツ姿のおじさんはのんびりとその道を歩いていた。


「待ってください!」


 私はおじさんに声をかける。自分でもなんで声をかけたのかわからなかった。


「ん? さっきの子か。なんだね?」


 振り向いて、うっすらと冷たそうな笑いをしておじさんは私を見て聞いてくる。


 その冷たい笑みに私は気後れするが、それでも気になったことを聞いた。


「あの、なんでスーツなんですか?」


 こんな事を聞きたいわけではなかったが、それでも最初はその質問をしてしまった。


「あぁ、良いスーツだろ? オーダー品だ」


 スーツを褒めたわけではないのに、期待した答えと違うことをおじさんは返答してくる。オーダー品って、なんだ。この世界でまだオーダー品にこだわる人もいたのかと思う。


 「違います! なんでスーツなんですか?」


 浮いている。おじさんはこの世界からとても浮いている。まるで厳しいこの崩壊世界とは別の世界から来たみたいだ。まるで崩壊前の世界で今も暮らしているような感じの人である。


 ん? と首を傾げるおじさん。信じられないことに、本当に私の聞いていることの意味がわからないらしい。


「椎菜ちゃんが聞いているのはね、なんでこんな崩壊した世界でスーツを着ているかってことよ」


 私の後ろから声が聞こえた。その通りです。私はそれを言いたかったのと振り返ると、いつかみた女警官さんだった。たしかナナさんだ。


 いつの間にか現れていたナナさんは厳しい顔をしておじさんに話しかけていた。





 ナナさんは私が人を探してうろうろしているのを見て、誰を探しているのか気になって追いかけてきたらしい。


 そんなナナさんにおじさんはひょいと肩をすくめて、こちらを小馬鹿にするように答えてきた。


「あぁ、この世界ではスーツ姿は異質になってしまったのか。いつもスーツ姿だったから忘れていたよ」


 その返答はこの世界に生きていない人のような感じがした。いつもスーツ? 今の世界でどこで? と疑問に思う。


「そう。そちらでは仕事時はスーツ姿なのかしら?」


 冷たい声でナナさんが、おじさんを問い詰めている。


「勿論だ。仕事ではいつもスーツだよ。サラリーマンは大変だ」


 口元をわずかにまげて皮肉気に笑うおじさん。その姿を見て好きになれない人だと私は思った。


「たまには、外で仕事もいいものですよ? 私たちと一緒に働いてみませんか? 少女ばかりに働かせるのではなく?」


 おじさんを鋭い眼光で睨んで厳しい声になるナナさん。


「少女? あぁ、レキのことを言っているのだね。残念ながら私は事務職なんだ。外回りはレキに任せることにしているよ」


 軽い感じでそう答えるおじさん。私はその答えで悟った。この人はレキちゃんのコミュニティの人だ!


「あなたたちには、少女に頼らなくても強力な軍隊がいるのではないの? あの子は解放したらどうかしら」


 更に言い募るナナさん。もう完全にけんか腰である。それを見て私も奮起する。


「あのレキちゃんのコミュニティの方ですよね? なんでレキちゃんだけ戦わせているんですか? なんで大人が戦わないんですか?」


 私もナナさんと同じように強い口調でおじさんに聞く。


「戦う? そんなことはレキで十分だ。戦果も十分に出ているはずだ。問題は無い」


 飄々と答えてくるおじさん。この人は自分で戦うという選択肢を最初から考えていないようだと、びっくりしながら思った。


「あの少女を解放なさい! あなたたちなら自前で戦えるでしょう!」


 叫ぶように言うナナさん。


ふむと手を顎に当て、なるほどとうなずくおじさん。


「何か勘違いをしているようだね。あの子は確かに私たちの作り上げた傑作品だが、戦いを強要したことはない。自ら私たちの指示に賛同して行動しているのだよ。それに彼女は解放など求めていないよ」


 肩をすくめて冷たい口調で語るおじさん。


「そういう風に疑問を持たずに戦うよう作り上げたくせに! よくもそんなことを!」


 ついにナナさんは怒って、おじさんに近づこうとする。拳を振り上げて殴るつもりだ。私も一生懸命におじさんを睨む。あんな素直な子を道具のように使うなんて許さない!


「おっと、君たちはどうやらご機嫌斜めみたいだ。殴られては敵わないな」


 スッと空間が歪み、いつも補給品を持ってくるアインさんのようなロボットが現れてナナさんをけん制する。立ち止まるナナさん。


「君たちのコミュニティには十分に物資を補充しているつもりだ。悪いことは言わない。止めておきなさい」


 したり顔で言うおじさん。


「物資だけで感謝すると?」


ナナさんが、近づけないことに歯嚙みしながらおじさんに聞く。


「その通りだ。君たちには潤沢な物資を提供しているではないか。何が不満なのだ?」


おじさんの質問にナナさんが怒鳴る。


「物資だけで人は出さない? エリートさんは随分と頭が良いのだこと」


 拳をぎゅっと握って言うナナさん。


「その通りだ。人を出すつもりはない。何しろ、私たちも人手不足でね」


 全然そんな感じを出さないでふざけ気味に言ってくるおじさん。


「では、これで失礼するとしよう。殴られてもかなわんしな。あぁ、お祭りは楽しかったよ。久しぶりに楽しめた。では、また会う日までさようなら」


そういうと、おどけた感じでゆっくりと頭を下げて、そのまま空間が歪み消えていったのだった。


「必ずあの子を解放するわ。そしてあなたたちは必ず殴る!」


消えていった場所を見つめてナナさんが宣言するので、私もナナさんに同意する。


「私も、できることを頑張って、レキちゃんの解放のお手伝いします!」


「ありがとう。それじゃ私たちはレキちゃん解放同盟ね」


手を差し出してくるナナさんと握手をして、私もあの素直で可愛く戦いに疑問を覚えない可哀そうな少女を救うべく決心するのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりこの二視点の差がこの作品の面白い所の一つだと思います。 この両者間のギャップ大好き
[良い点] 外見は結構黒幕チックなおっさんのに中身は残念なの笑う。 めっちゃ嫌われちゃったじゃん。 ていうか、そんな外見しててあんな残念な死に方してるのかw
[良い点] このおっさんは絶対かっこいいからとか言って、変に勘ぐらせて自滅してるのは笑うわwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ