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コンクリートジャングルオブハザード  作者: バッド
5章 コミュニティを安全にしよう
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59話 おっさん少女とゴリラの雄たけび

 億ション最上階、一つのフロアしか存在しなかった場所である。レッドカーペットの如く毛の長い絨毯が敷かれ、天井を支える柱も各所に装飾されて存在しており、買うとしたら何億必要なのだろうかと考える場所である。


 そんな一つのフロアしか存在していなかったその場所は今や天井も壁もなく、風が吹き荒れるただの更地になっていた。もはや、このフロアは転売不可能、廃ビル一直線であろう。


 それらはキングモンキーの最後の攻撃により全て吹き飛んだのである。残るはキングモンキーの死体がごろりと焼け焦げになり転がっているのみと思われた。もはやキングモンキーすらもピクリとも動かない。


 だが、その近くに転がっていたごみの塊にも見える布の塊がもぞもぞと動き出した。


「ぶはっ! 酷い目にあったわ」


 バサッとその布が取り払われる。布に見えたのは静香のトレードマークでもあるトレンチコートだった。元々ぶかぶかのトレンチコートだったのだ。それを頭から被り床に伏せて難を退けた女武器商人である。トレンチコートは多少焦げただけで、破れもしなければ燃えもしていない。


「ぷはっ。本当に酷い目にあいましたね」


 可愛い声がカンガルーよろしく静香を包んでいるトレンチコートのお腹辺りから聞こえ、顔がひょこんと飛び出した。黒目黒髪の眠たい目をしている庇護欲を喚起させる子猫のような小柄な体、美少女なレキぼでぃである。


 中身? なんの話だろうか。


「良い性格をしているわね。お嬢様? 私のトレンチコートをシェルター代わりにするなんて」


 爆発の瞬間、静香のトレンチコートに飛び込み、そのまま静香の頭を下げてトレンチコートを被り難を逃れた遥である。


 そんな遥を面白かったと目で語りながらも、攻める口調で静香は言ってくる。


「私、以前考えたのです。静香さんがそのトレンチコートを執拗に脱がない理由」


 ニコリと邪気を感じさせない笑顔で質問に答える遥。もはやレキぼでぃの表情の操作は完璧である。ついでにカメラドローンの撮影も完璧である。銀髪メイドは笑顔を取り逃すことは無いのだ。


「もしかしたら、そのトレンチコートは凄い防御力があるから脱ぎたくないのかなぁと」


遥の答えにニヤリと笑う静香。


「ふふ、それもあるわね。でも、その予想が外れていたらどうしていたのかしら?」


 天井も壁も全てが吹き飛ばされているフロアを見渡し静香が聞いてくる。


「その場合は、私は耐えることができたと予想します。静香さんはお亡くなりになっていたでしょう。その時は静香さんの形見は私が大事に使ったので安心してください」


 こいつめと、静香にこつんと頭を殴られてテヘと小さく舌を出してレキぼでぃは、可愛い笑顔をした。


 てへ、である。伝説の技をついに使いこなした遥。おっさんが使うとそれをみた人間は体調が悪くなることは間違いない。美少女であるからこそ使える奥義である。


「はぁ~、まったく骨折り損のくたびれ儲けね」


 手を大きく広げて、肩をすくめて周りの惨状を示す静香。オーバアクション気味であり少し演技が入っている。それに骨折り損のくたびれ儲けなんて、久しぶりに聞いたなと思う遥である。まぁ、ハードボイルドの道を貫こうとする静香だ。仕方がない。それにしては貴金属の前には間抜けな女性であったが。


「まぁ、確かに。まさか自爆を使うとは思いませんでした」


 はぁ~と遥も溜息をつく。宝石を傷つけないように倒す縛りプレイは失敗の模様。達成ボーナスもなしである。最初から達成ボーナスなぞ無いのであるが、おっさん少女は勝手にあると決めていた。ロードが無いのでやり直しもできないから非常に残念であった。


「ねぇ、あの猿がこちらに来る前になんか言ってなかった? 唐突に動きが変わったような感じがしたけど」


 遥をみて問いかける疑問の表情の静香。確かに急に動きが変わったかもしれない。何しろ、ある言葉をきいてからの行動である。


「恐らくは私との力の差を感じて自棄になったのでしょう」


 腕を組み、うんうんとしたり顔で話す遥。落選というキーワードが自爆コードだったかもしれないが、そんなの知りません、存じません。秘書を通してくださいで言い張る予定のおっさん少女である。


「ふ~ん、気のせいかな」


 キングモンキーの死体を軽くつつくように脚で蹴りながら、静香が納得した模様。これで遥は無罪、無罪である。もうこの審議はおしまい。再審議はお断りだ。


「何もなくなっちゃったわねぇ」


 残念そうな静香。確かに周りは全て焼け焦げている。後で回収しようと密かに思っていたガトリング砲が吹き飛んだのが、おっさん的に一番痛い。自分で作る気は毛頭なかったのであるからして。


「目的の物は少ししか回収できませんでしたね。残念でした、静香さん」


 静香のトレンチコートを指さして、からかいの口調を含んで話しかける遥。


「まぁ、これだけしか取れなかったわね」


 にやりと悪そうな笑顔をして、静香はトレンチコートの前を開いた。


 痴女というわけではない。その中にはキングモンキーが吹き飛ばした際に回収した貴金属があった。ネックレスに指輪やバングルとジャラジャラと静香はつけていた。あの一瞬で凄い早業である。どこかの天空城から逃げた女海賊みたいな早業である。


「それも爆発していたら、どうするつもりだったんですか?」


 思案気に答えを聞こうとする遥。


「勿論、心中になるかもだけど悔いは無いわ」


 きっぱりと迷いのない声で返答する静香、さすが静香であると感心する。


「それじゃ、もう取れるお宝もないみたいだし、私は帰るわね。武器箱も回収しないといけないし」


すたすたと壁際に歩き始める静香。もはや貴金属はないので、帰宅につくらしい。


「そういえば、ここにはどうやって来たんですか?」


疑問であった内容である。ここに来るまでに静香とすれ違うことは無かったのだ。遥よりも先にどうやって来たのか疑問であった。


「ふふ、こうやってよ。またね、お嬢様」


 スチャッとどこから取り出したのか、ワイヤーガンを取り出す静香。そんな武器見たことあるよと遥が答える前に隣のビルにワイヤーガンを撃ち込む。ワイヤーには重さも長さも関係ないようである。きっと超常パワーで改修済みなのだろう。隣のビルに撃ち込まれるワイヤー。そしてシャーッとワイヤーを巻き込んでトレンチコートを羽ばたかせながら飛んでいく静香。


「かっこいいですよ。静香さん。次は女スパイに転職をお勧めします」


その静香をみて肩をすくめて呟くおっさん少女であった。





 しばらく遥は後続のゴリラ軍団を、スナイパーライフルを回収して待っていた。スナイパーライフルはさすがオーダー品である。壊れもせずに多少焦げただけで床に落ちていた。帰ったら整備が必要だろうと回収したのである。壊れなくて良かったと、戦いに勝つより嬉しいケチなおっさん少女。


 待っている間に、今まで疑問であった内容をサポートキャラに話す。


「どうしてこの世界は、ヒャッハー系の悪人がコミュニティにいないかわかってきたよ」


 静かにウィンドウに映るサクヤを見ながら語る遥。崩壊した世界では現れるヒャッハー系。それを今まで見たことが無かった。不自然ではなかろうかとずっと疑問だったのだ。その答えはキングモンキーが示してくれた。


 たしかに小悪党みたいな狐男とか、言動が突き抜けている生徒会長とかはいた。でも、あれはそこらへんにいるよく見る小悪党だし、生徒会長は正義感からの行動であろう。ナナ達やゴリラ軍団は立派な人たちである。


「強大な悪のカリスマを持つ人間は皆ミュータント化したんだね?」


 穏やかな表情でサクヤに問う遥。この解答は間違っていないと考えている。


「その通りです、ご主人様。あまりにも暗い心をもつ人間は平等にそのエゴを柱としたミュータントに変異したはずです」


 サクヤが思った通りのことを語ってくる。いつになく真面目な顔である。


「なるほどねぇ。この異変はノアの箱舟だったわけだ」


 腕を頭の後ろに組んで、うーんと背伸びをしながらその解答に納得する遥。


 現実的に善人だけが生き残るのは不可能だ。ならば反対に大きな悪の心を持つものがいなくなれば、少しはマシになるだろういう考えから発生しているノアの箱舟。洪水は現実では水ではなくミュータントという形を取ったわけではあるが。


「そうしてエゴを柱としてミュータント化した者は理性で行動することは、ほとんど不可能です。行動できるのは、まだましな暗い心を持っていた五野静香みたいな存在だけです。あれは大分希少な存在です」


 真面目なまま答えてくるサクヤ。


「そっか。でもこれからは時間がたてばヒャッハー系が生まれる可能性はあるよね?」


 遥も続けて疑問を聞く。環境が人を作るのである。衣食足りて礼節を知るというが、衣食が足りなければ悪人になる人間もいるだろう。


「その通りです。ですが、最初から悪人がいるよりはマシな世界になることは確実です」


 ふんふんと頷く遥。この洪水は今まで何回行われたのであろう? 700年で浄化されると、以前にサクヤたちは言っていた。それ以降ならまた天敵のいない世界を人類は作れるのではなかろうか? そしてまたいつか洪水は起こる。延々とダカーポのように続くのではなかろうか? と珍しく哲学的なことを考えるおっさん少女。


「もう起こったことはしょうがない。私が防げるわけでもないし。基地に帰還してビールにお風呂かな」


 今日は簡単なミッションのはずなのに疲れたおっさん少女である。ステータスボードを見るとレベル14になっていた。これでスキルを何か取ろうと考える。


「何か良いスキルがあるかなぁ。でも既存のスキルを上げないとなぁ」


 迷う遥。まぁ、帰還してからでいいやと考える。すでに心はメイドと一緒にお風呂。お酌してもらいながら食事をとる予定であるおっさん少女。お風呂はレキぼでぃではないと一緒に入れないのが残念であるが。


 難しい話はアレルギー反応を起こすかもしれないので、考えるのをやめた相変わらずのおっさんである。


「そうですね。レキ様の体は埃だらけになってしまいました。これは手も足も腰もあそこも、私が素手で洗い綺麗にして差し上げなくてはいけないと思います」


 やっぱり真面目な顔で、ふんふんと鼻息荒く顔を赤らめて言ってくる変態銀髪メイド。


 その姿に何故か安心した遥であった。






「しかし遅いなぁ。何やってるんだ?」


 ゴリラ軍団遅すぎない? こういう場面だと、大丈夫か! とか良いながら戦いが終わった瞬間にバタバタと足音を立てて来るんじゃないの? と映画や小説の情報で推察するおっさん少女。あいつら絶対に戦いが終わるまで隠れていたよね? 絶対に戦いたくないから様子をみていたよねといつも思う。


「あの少人数では各階の非常階段扉を封鎖しながら移動していても、かなりの時間がかかると思いますよ? ご主人様」


 サクヤが首を可愛く傾げて返答してくる。何言ってるのかな? こんな当たり前のことなのにという表情だ。


 全くその通りであった。数十名で高層マンションを制圧などできないのだ。映画の武装兵はどうやってあの少人数で制圧したのだろうか? 物凄いザルな穴だらけの制圧と現実はなるだろう。


 多分、現実準拠にすると高層ビルに立て籠もる少人数のテロリストと戦う主人公は何時間たっても敵と会うこともできまい。お互いに、どこだ? どこにいる? とうろうろするだけで2時間経過して上映は終わるだろう。戦いが無い斬新なアクション映画ができると思われる。


 手伝うしかないかぁ、面倒だなぁと思いながら結局非常階段を降りるおっさん少女であった。


 そして日が沈み夕日となり、カラスがカァと鳴きそうになるころに、ようやくゴリラ軍団は最上階に着いたのであった。


 戦うより疲れたおっさん少女である。もうぐったりとしていた。早くクリアしたいからエレベーターを三角飛びで移動したのに、結局非常階段の制圧をしたのだから当然である。


 それでも、最上階に到着したゴリラ軍団はテンションが高かった。


「儂らの勝利だ。おぉー!」


と銃を持ち上げて叫ぶ豪族。周りも、うぉーと叫んでいる。そして遥はそのテンションについていけずに隅でちょこんと体育座りになり、ゴリラたちを見上げていた。


 よくやるよ。おっさんにはもうあのテンションは無理だねとか思っている。もうおっさんなんだもんと言い訳を心の中でする遥であった。もう叫んで銃を持ち上げるのも疲れたので、お付き合いお断りである。


「ありがとう、レキちゃん。ここの戦いもきつかったでしょう?」


 体育座りで、周りのテンション上がっているゴリラたちから離れていた遥にナナが最上階の様子を見ながら近づいてきて話しかける。確かに全てが吹き飛んでいるので激戦に見えるが、真実は落選した猿が自爆しただけである。


「いいえ。そんなにたいしたことありませんでしたよ? 指示通りに目的は達成しましたので嬉しいです」


 ニコリと微笑むレキぼでぃである。たいしたことは無かったし、ミッションクリアでレベルが上がったのだ。ポイントを何に使うか今からわくわくものである。ここでの目的は見事達成したと言えるだろう。


そっかと、ナナは言って優しい表情で、ゴシゴシとレキぼでぃの頭を乱暴に撫でてきた。


「もぉ~、レキちゃんは良い子だな~! このこの」


ぐしゃぐしゃとレキぼでぃの頭を撫でる嬉しそうなナナを見て、遥もまた笑うのであった。








 


 

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